とある山の頂にて
十五年前、とある山の頂にて。
雲一つなかった空。今は世界の終焉を思わせる、曇天が広がっている。
穏やかだった晩夏の風は、暴風へと豹変。
遠吠えのような轟音の中、雪が乱れ舞う。
吹雪の中、少年は意識を取り戻した。
体を起こすも、錘がのしかかったように動かない。
頭を上げ、視線を胸部へ。誰かが覆い被さっている。
風になびく黒髪。それが母のものだと、すぐに気がついた。
数分前、少年はかばわれたのだ。
子を守った母の手は、もう動くことはない。
「母さん」と、呟きかけた時──。
何かが通り抜ける気配を感じ、少年は息を殺した。
長い足にくびれた腰、程よく張り出た肩甲骨。
骨格や肉のつき方は女だが、服を着ていない。
一糸纏わぬ己の姿や、広がる惨状さえ気にする素ぶりはない。
白髪をはためかせ、吹雪の中へ姿を消した。女が去ると、次第に風が弱まった。
少年は母を押し、雪上に横たえる。やはり、目が開かれることはない。
背中には、折れたトレッキングポールが突き刺さっていた。
力なく膝をつき、少年は辺りを見回した。
絶命した大勢の登山客が、雪に埋もれている。
その中に、青いパーカーを着た死体があった。それは少年の父だった。
無数の死体が転がり、灰のような雪が舞う光景は、戦場を彷彿とさせる。
母の亡骸を前に、少年はうなだれるだけだった。