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ループ0:九条翔太の記憶

今回は九条の過去編です。

九条目線で過去のことが少し明らかになります。

 僕は、引っ込み思案な子供だった。

 友達は幼馴染の夏芽くんくらいで、僕はいつも夏芽くんに引っ付いて行動していた。

 

 「翔太、行くぞ!」

 「待ってよ、夏芽くん………!」


 夏芽くんは明るくていつも人気者で、太陽みたいな眩しい人だった。

 僕は夏芽くんに付いていくのに必死だった。

 学校が終わると、いつも夏芽くんに連れられて近所の公園で他の同級生と一緒によく遊んでいた。

 その時が僕にとって、一番楽しい時間だった。

 でも、そんな楽しい時間も永遠には続かない。

 

 「ただいま」

 

 家に帰ってくると、いつも返事はない。

 だけど、お母さんはまだ仕事に行く前だから家にはいるんだ。

 アパートの部屋の中はいつも散らかっていて、僕の遊ぶスペースはあまりない。

 鞄と服が散乱する部屋の中、お母さんは机の上に化粧道具を並べて仕事に行く準備をしている。


 「お母さん、今日ね、公園で友達と遊んだんだよ」

 「………あっそう。今忙しいからあとにしてくれる?」

 「ごめん………」


 お母さんはいつも夕方に仕事に出かけて朝になると帰ってくる。

 忙しいお母さんはいつも疲れていて、僕の話を聞いてくれることは少ない。

 お父さんはいない。

 だから、お母さんはたくさん仕事をしなくちゃいけないんだ。

 僕のために頑張ってくれる母さんのことは大好きだ。

 だけど本当は、もっと僕の相手をしてほしい。

 でも、僕はお母さんに迷惑をかけたくなくて、わがままを言って嫌われるのが恐くて、今日も笑顔を浮かべてお母さんの機嫌を損ねないようにするんだ。






 小学校6年生になった。

 相変わらず僕は根暗で引っ込み思案な奴で、夏芽くんの後ろをついて歩いている。

 夏芽くんは学年が上がるごとに友達が増えて、夏芽くんについていけば一緒に色々な子と遊ぶことができた。

 だけど、僕は一緒に遊んだ子の名前をほとんど知らない。

 みんな夏芽くんと遊びたくて集まった子ばかりだから、わざわざ僕のように静かな奴に話しかける子はいないんだ。

 僕はそれでもいい。夏芽くんについていけば、僕みたいな地味で根暗な奴でもいろんな子と一緒に遊ぶことができる。

 ………だけど本当は、『夏芽くんといつも一緒にいる奴』じゃなくて、僕のことを見てほしいなんて思ったりして。






 「ねぇ、名前はなんていうの?」


 いつものように夏芽くんに連れられて公園に集まると、一人の女の子が僕に声をかけて来た。

 その子は最近転校してきた子で、ポニーテールが特徴的なかわいらしい女の子だった。

 僕にわざわざ話しかけてくる子なんて珍しいから、僕は少し緊張して答えた。


 「………九条翔太だよ」

 「そうなんだ! 私は冴祈あき。よろしくね、翔太くん」

 「っ! うん、よろしくね」


 思えば、一目惚れだったかもしれない。

 あきちゃんはその後も公園で一緒に遊ぶことがあって、その度に僕に話しかけてくれた。


 「翔太くんって、優しいよね」

 「え!?」


 僕が優しい? 僕は引っ込み思案でいつも夏芽くんの後ろを付いていってるだけの大した奴なんかじゃないのに。

 優しいと言えば夏芽くんだ。こんな僕なんかと友達でいてくれて、いつも僕をどこかへ連れて行ってくれる。


 「僕は夏芽くんと比べたら、全然優しくなんかないよ」

 「どうして比べるの? 翔太くんは翔太くんだよ」

 「!」

 「私、もっと翔太くんのこと知りたいな。翔太くんは何が好きなの?」


 こんなことを言ってくれる子は初めてだった。

 初めて、僕のことを僕としてみてくれた。

 僕に興味を持ってくれた。

 僕は益々あきちゃんに惹かれていった。






 中学生になった。

 中学生になって、いろいろなことが変わった。

 夏芽くんは、全然しゃべらなくなってしまった。

 僕が話しかけても素っ気ないし、他の子と話しているところも見なくなった。

 夏芽くんも僕も、心にぽっかり穴が開いてしまったようだった。

 僕は、夏芽くんがいなければ独りぼっちだ。

 さすがにそれはまずいと思って、僕は初めて自分から誰かに話しかけに行くことにした。

 だけど、誰も僕のような根暗な奴なんて相手にしないだろう。

 だから僕は、僕にとって一番の人気者である夏芽くんをマネすることにした。

 夏芽くんの真似をして明るく話しかければ、みんなが僕の相手をしてくれた。

 僕を面白い奴だと言ってくれたり、遊びに誘ってくれるようになった。

 僕は、みんなに僕という存在が認められていく感覚に酔いしれた。

 僕はどんどん夏芽くんの真似をして友達を増やしていった。

 僕は夏芽くんのように人気者になっていく。

 誰かに認められるのは嬉しい。だけど、同時に気が付いてしまった。

 誰も本当の僕を見ていない。みんなが見ているのは夏芽くんの真似をしている僕だけ。

 本当の僕は根暗で、引っ込み思案な駄目な奴。

 寂しい。誰か本当の僕を見て。

 だけど、そんなこと誰にも言えないまま、また今日も僕は夏芽くんの真似をするんだ。

 苦しい。

 夏芽くんは相変わらず一人で静かに席に座っている。

 お願い、また僕に話しかけてほしい。

 誰か気付いてほしい。

 本当の僕を。

 僕も夏芽くんと一緒だ。

 僕はあの日から進めない。

 夏芽くんと同じ、あきちゃんが死んだあの日に捕らわれている。

 だって、あの日、僕は―――――

 あの日から僕は心から笑えなくなった。

 心から楽しむことができなくなった。

 人気者になったって虚しい。

 ねぇ、どうして夏芽くんは僕に言わないの?

 誰か、僕をあの日から解き放って! 僕を救って!

 それができるのはきっと………夏芽くん、君だけなんだ。




 「よっ、夏芽おはよう」


 中学1年生の2学期の終わりには、()は完全に夏芽に成り代わっていた。

 今じゃ俺はクラスの人気者。

 それどころか他のクラスの子とも仲良くなって、放課後に遊びに行くことも珍しくない。

 かつての夏芽のように、俺は明るくて誰とでも仲良くなれるすごい奴になっていた。


 「………おはよう、翔太」


 夏芽は、最近少し笑うようになった。

 今までは心ここにあらずといった感じで、返事が返ってこないことも珍しくなかったのに。

 夏芽は、少しずつあの日から前に進もうとしているのかもしれない。

 もうすぐだ。きっと夏芽は、俺も一緒に前に連れて行ってくれる。

 俺をあの日から解き放ってくれる!

 さぁ!(怖い)さぁ!(やめて)さぁ!(僕の秘密を暴かないで)

 気持ちが矛盾する。

 あの日から先に進みたいのに、俺は夏芽の真似をして手に入れた今の地位を手放すのが怖くなっていた。





 2学期の終わり、ある知らせが届いた。

 あきちゃんの件で、警察は事件性はないと判断したとのことだった。

 その知らせが届いた次の日から、夏芽は学校に来なくなった。

 夏芽がいなくなって、俺は完全にあの日に取り残された。

 俺をあの日から解き放ってくれるはずの親友は、あの日から逃げてしまったんだ。

 俺はそれを悟った日、放課後の教室で一人泣いていた。

 そこに、あの子が来たんだ。


 「大丈夫? 泣いているの?」

 

 声をかけてくれたのは、同じクラスの彩本さんだった。

 長い黒髪を二つ結びにしていて、教室でもそんなに目立つ存在じゃない。

 だけどよく見ると、大きな黒い瞳と真っ白な肌はとても綺麗で、整った顔をしている。

 彩本さんとは小学校も同じだったけど、今まで絡みがなかった。

 確か夏芽に連れられて公園で遊んでいた時に、何回かいた気がするけど、その頃の俺は引っ込み思案で夏芽とあきちゃん以外の子とは話したことがなかった。

 だから、そんな彩本さんが声をかけてくるなんて珍しい。


 「………泣いてないよ」

 「隠さなくていいわ。アキのこと、事件性がなくてよかったって皆は言うけど、辛いわよね。

 だって、自殺ってことになったんだもの。自分で死を選んだなんて、やっぱり悲しい………」

 「君も辛いの?」

 「もちろん。アキは友達だったから、ずっとこれからも忘れられない。いつまでも辛いまま生きていくと思うわ」


 そう言うと彩本さんは泣き出してしまった。

 俺は目の前で女の子に泣かれる経験なんてなかったから、どうしていいかわからずとりあえずポケットに入っていたハンカチを差し出した。


 「これ、使って」

 「………ありがとう。アキの言っていた通りだわ。九条くんって優しいのね」

 「え」


 彩本さんはハンカチを受け取りながら微笑んだ。

 その光景が、かつてあきちゃんが俺に「優しい」と言ってくれた時の記憶と重なって、俺は一気に頬が上気するのを感じた。

 あきちゃんと同じだ。俺のことを、ちゃんと見てくれてる。

 俺は気が付けば、目の前の女の子に心を奪われていた。


 「クラスの女子が九条くんのことを良いって言ってたのも納得だわ。こんなに優しいんだもの、みんな好きになっちゃうわよね」

 「それって………」


 まさか、彩本さんも俺のことが好きってことか!?

 そんなことがあるなんて。

 でも、わざわざ今まで絡みのなかった俺に話しかけてくれるなんて、向こうも好意があったからとしか思えない。

 俺は完全に彩本さんに恋をした。




 それから3学期になり、夏芽は完全に学校に来なくなった。

 俺は、彩本さんのことが気になって彩本さんの様子を観察することにした。

 そして気づいてしまった。

 彩本さんが、寂しそうに夏芽の席を見つめていることに。

 ………どうして、どうしていつも夏芽なんだよ!

 あきちゃんの時だって、本当は俺の方が先に好きだったのに!

 このままじゃだめだ。もっと夏芽の真似をして、彩本さんに好きになってもらわないと!

 ………これは夏芽への復讐でもあるんだ。

 俺を救わずにあの日から逃げた夏芽。

 夏芽のポジションも恋人も全部俺のものにして復讐してやる!

 ………………だけど。





 中学2年生になると、彩本さんは転校してしまった。

 夏芽は相変わらず学校に来ない。

 俺はクラスで人気者。

 だけど、俺の心にはぽっかりと穴が開いたまま。

 俺はあの日に捕らわれている。

 あの日から前に進むことができない。

 そんな俺を救い出すことができる存在が一人だけいる。

 ―――――それは夏芽、お前だけなんだ。






 高校生になった。

 俺は夏芽と同じ高校に進学した。

 高校生になると、夏芽は学校に来るようになった。

 俺たちの過去を知らない人ばかりの学校。

 そこで夏芽は、大人しく自分を抑え込んで過ごしている。

 夏芽は、人と関わることを避けている。

 安心した。

 やっぱり夏芽は相変わらず過去から逃げ続けている。

 だから、俺とも変わらず仲良くしてくれる。

 …………………俺はお前が嫌いだよ、夏芽。

 俺をあの日においていったまま、逃げ続けているお前が嫌いだ。

 だけど同時に安心もしている。

 俺はもう、何かを失うのは嫌なんだ。

 夏芽の真似をして手に入れた人気も友達も信頼も、何も失いたくない。

 俺はもう、あの日から解き放たれたいのか、あの日に残ったまま生きていきたいのか、自分でももうよくわからない。

 ただ一つだけ言えること、それは、


 ――――――夏芽、お前が殺したいほど憎くて、俺の唯一の救いなんだ。

 

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

書いていて、九条はとってもめんどくさい奴だと思いました。

次回もお付き合いいただけると幸いです。

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