ループ2:時遠夏芽の無理解
前回までで彩本栞目線の話は終わり、ここからはまた主人公目線の話です。
ループする理由が分かったのも束の間、主人公の今までのツケが回ってきます。
「………そうして、私はまた気が付いたら自宅のベッドの上にいたってわけ。
これが、私が見た真実よ」
「そんな………………」
美術室の中、俺と向き合った彩本さんは悲し気に目を伏せて、前回までのループで起こったことを淡々と俺に話し終えた。
その内容はあまりにも衝撃的で、到底信じられないものばかりだ。
頭の中がこんがらがって、目眩がする。
「時遠くん、大丈夫?」
「ごめん、俺、今だいぶ混乱してる」
彩本さんが心配そうに俺を見てくるが、それどころではない。
どうして翔太が俺や彩本さんを殺すんだ?
それに、翔太が彩本さんを好きだなんて知らなかった。
なのに、なんで翔太は彩本さんを殺すんだ?
わからない。わからないことばかりだ。
「ごめんなさい。こんな話突然しても信じられないわよね」
「………いや、信じるよ。
実際、俺も彩本さんも21日をやるのは2回目だし。
俺には彩本さんが嘘をついているようには見えない」
「………ありがとう。そう言ってもらえると、私も頑張って話した甲斐があったわ」
「でも、何で君は翔太に殺されたの?
話を聞いても、俺はそれが理解できないんだけど。
翔太は君のことが好きなんだよね?」
「え? えっと、それは………のことが好きなのがバレたから」
「? ごめん、なんて?」
俺の質問に、彩本さんは何かを誤魔化すように視線を逸らす。
「実は、他に好きな人がいるって九条に伝えたから、九条が逆上したのよ。
でも、そもそもどうして九条に好かれているのかわからないの。
小学校でも中学校でもそんなに関わりなかったし。
それにあの言葉、『あの日のことを言うのか』『やっぱり見たんだ』とか、一体何のことなのかしら?」
「………あの日?
本当、何なんだよこれ」
頭が混乱する。
分かったことがあって、わからないことがさらに増えた。
タイムリープする理由はわかった。
彩本さんではなく、俺が死ぬと何故か21日に戻って来るんだ。
俺が死ぬ理由が分かった。
翔太が俺を殺すんだ。
だけど、翔太が俺を殺す理由が分からない。
今日だって翔太と笑いながら話をして、俺の人探しに協力してくれるって言ってくれたんだ。
小さい頃からの付き合いで、俺があきちゃんのことで落ち込んで、人と関わらなくなってからも翔太だけは変わらず俺と友達でいてくれた。
そんな翔太がどうして。
「どうして、殺すんだよ………」
「………安心して、時遠くん。
これ以上私と関わらなければ、時遠くんは殺されないわ」
「え?」
「九条は私とあなたが関わるのが嫌なのよ」
「どうして?」
「それは………九条は、時遠くんが私に何かを教えたと思っているようだったから」
「どうして俺の話が出てくるの? 前回までは俺、彩本さんとそんなに関わってないはずだけど」
「それは………とにかく、九条は私が男子と関わるのがいやなのよきっと。
だから私に関わらなければ時遠くんは殺されないわ。
だから早く、この部屋を出て行って。
それですべて元通りよ」
彩本さんは俺から視線を逸らすと、筆をとってキャンバスの方へ向き直る。
まるでこれで話は終わりだという様に、早くこの部屋から出て行けと言わんばかりの態度に、俺はどうしたらいいのか分からなくなる。
彩本さんの言う通り、彩本さんとこれ以上関わらなければ俺は翔太に殺されることはないのかもしれない。
だけど、本当にそれでいいのか?
このまま俺がこの部屋から出て彩本さんと一切かかわらなかったとしても、彩本さんの抱える問題は何も解決しない。
俺はもう、前回のループで彩本さんと翔太の間に何があったのか知ってしまった。
それを知った上でこのまま部屋を出て知らんぷりしてしまって本当にいいのか?
彩本さんは相変わらず、静かにキャンバスに向かっている。
だけど、一向に絵を描く様子はない。
気になって俺は彩本さんの手元をのぞき込み、そこで気が付いた。
筆を持つ手が微かに震えている。
………そりゃそうだ。平気なはずがないよな。
俺は思わずその手を掴んだ。
「え」
「彩本さんは?」
「………何?」
「彩本さんはどうするつもりなの?
このまま俺が君に関わらなくても、また前回の時みたいに殺されちゃうんじゃないの?」
「それは、何とかするわ」
「何とかって、どうするつもり?」
「あの、時遠くん、手………」
「え?」
彩本さんに言われて見ると、俺は彩本さんの手を握ったまま、話すのに夢中になってだいぶ顔を近づけてしまっていた。
近づいたおかげで今までより、彩本さんの顔がよく見える。
あれ、彩本さんの顔、さっきよりちょっと赤い?
それによく見ると睫毛も長いし、目も大きくてくりっとしてるな。頬もほんのりピンク色だし、肌も白くてツルツルで………って、何やってんだ俺!?
「ご、ごめん!」
「いえ………」
俺は急いで手を離して5歩ほど後ろに後ずさった。
俺は久しく至近距離で女子の顔を見る機会なんてなかったため、さっきまでの自分の行動に驚愕する。
「………………」
「………………」
お互いに気まずい沈黙が流れる。
そんな沈黙に耐えきれそうになく、俺は何かしゃべろうと口を開いて―――
ガラッ
突然、美術室の扉が開いて誰かが入ってくる。
そこに立っていた人物を見て、俺は頭が真っ白になった。
「あれ、夏芽こんなところにいたんだ」
「翔太………」
今、一番会いたくない人物がそこにいた。
どうして翔太がこんなところにいるんだ?
俺たちの混乱をよそに、翔太はいつもと変わらない様子で笑いながら教室に入ってくる。
俺はどうしたものかと後ろにいる彩本さんへと視線を向けた。
「………………」
彩本さんはさっきとは真逆に、顔面蒼白で俯いている。
その肩は微かに震えている。
それもそうだ。
彩本さんに聞いた話だと、翔太にストーカーされていて、さらに前回のループで翔太に殺されたんだから。
恐いに決まってる。
俺は何となく彩本さんと翔太の間に立って、翔太と向き合う。
「翔太、どうしてこんなところに?」
「それはこっちのセリフだろ? 夏芽って彩本さんと仲良かったの? どういう関係?」
翔太は普段通りのトーンで人好きする笑みを浮かべている。
特に怒っているわけではなさそうだ。
なさそうなのに、俺は何となく緊張して言葉を選ぶ。
「仲いいっていうか、たまたまさっき会って話してたところだよ」
「さびしいなぁ、俺も混ぜてよ。
二人で何の話をしてたんだ?」
「………いや、昔話を少しね。ほら、同じ中学だったし」
「昔話、ね?」
「翔太………?」
翔太は相変わらず笑みを浮かべている。
だけど、その親友の表情がなぜか怖く感じてしまうのは、俺がおかしいからなのだろうか。
「二人で何の昔話をしてたの? お前は中学の時ほとんど学校に来てなかったじゃん」
「えっと、それは………」
「小学校。小学校の時の話よ」
振り返ると、彩本さんは相変わらず指先を震わせながら、しかし笑みを浮かべて俺たちの方を見ている。
彩本さんが頑張ってくれてる。
あんなに震えているのに。
このまま彩本さんに頼りっぱなしじゃだめだ。俺がこの場を何とかしないと。
「そう!小学校に面白い先生いたよなぁって話をしてたところだ」
「へぇ………それで? 本当はどうなの?」
「え」
「とぼけるなよ。俺の話をしてたんだろ?」
「っ」
翔太の発言に、俺は思わず肩を揺らす。
その反応があまりにもわかりやすかったのか、翔太はフッと笑い声を漏らす。
「やっぱりそうなんだな。
………ねぇ夏芽、俺さ、お前に聞きたいことがあったんだ」
急に翔太の声のトーンが下がった気がする。
その雰囲気に、何故だか威圧されて思わず一歩後ずさる。
どうして、そんな態度をするんだよ。
俺たち、親友だろ?
「翔太?」
「夏芽ってさ、やっぱり、見たんだろ?」
「は? 何を?」
「………とぼけるなよ。彩本さんと隠れてコソコソと俺の話をしてたんだろ?
じゃあやっぱり見たんじゃないか」
「だから何の話だよ!?」
「とぼけるなっつってんだろ!! そうやってはぐらかして、あの日のことを言うつもりなんだろ!!」
翔太は急に叫びだすと、俺に近づいてくる。
わからない。どうして翔太は怒ってるんだ?!
とにかくまずい。彩本さんが後ろにいる以上、ここで翔太を暴れさせるわけにはいかない。
彩本さんを守らないと。
とりあえず、このまま翔太の体を受け止めて、彩本さんから離れたところに連れて行こう。
そこで話しをしよう。
話し合えば、翔太だってきっとわかってくれるはず――――――
「時遠くん!!」
不意に後ろにいる彩本さんが俺の名前を呼んだ。
呼んだというか、その声はもはや悲鳴に近かった。
その声が部屋の中に響くのに少し遅れて、翔太の体が俺にぶつかる。
ポタッ
「………え」
ぶつかった直後、一滴、何かが足元に落ちる。
それは鮮やかな赤色で、また一滴落ちては足元に赤い水たまりを作っていく。
「は――――――」
翔太がぶつかってきた場所、お腹らへんに違和感を感じて俺は思わずそこに触れる。
ビチャ
手にべっとりと温かい何かが付く。
それが何なのか理解すると同時に、俺は自分の腹に何が起きたのか視線を向けた。
「あ、なんで………………」
翔太が右手に持ったカッターナイフを俺から引き抜くと同時に、俺の体はバランスを崩してその場に倒れこんだ。
「きゃああああああ!!!」
後ろで彩本さんの悲鳴が聞こえる。
その声を聞きなら、俺は必死で考える。
なんで、どうしてこうなった?
俺は、何か変なことを言ったのか?
おかしい。
俺たちは親友のはずで、こんな、こんなはずじゃ…………
ビチャ ビチャ
俺から流れ出た血だまりを踏みながら、俺を刺した張本人が近づいてくる。
「な、んで………翔太………」
「夏芽………頼むからもう、俺から何も盗らないでくれ」
そう呟いた翔太の顔は、なぜだかとても悲しそうに見えた。
どうして、お前がそんな顔をするんだよ。
刺したのはお前なのに。
お前は一体何を考えている?
わからない。わからない。わからない。わからない。お前のことが分からない。
………………当たり前か。
俺はずっと、あの子が死んだあの日から人と関わることを避けて来た。
他人のことを知るのが怖かった。
だから他人のことを分かろうとしてこなかった。
俺はもう、あの時のように傷つきたくなかったから。
だから翔太、お前のことも、親友と言いながら俺は本当に分かろうとはしてこなかったんだ。
俺は、本当に後悔している。
俺はどうしようもなく、お前のことが無理解だ。
お読みいただきありがとうございました。
まだ続きます。
次話もお付き合いいただけると幸いです。