ループ1:彩本栞の選択ミス
前回の投稿からだいぶ期間あきましたが、最新話投稿しました。
既に投稿した分も、一部読みやすいように修正していますので良かったら読んでみてください。
今回は彩本栞目線のループ1回目の話です。期間開いたのであらすじ載せておきます。(今までの投稿分のネタバレを含みます)
(今までのあらすじ)
時遠夏芽は2021年の終業式、同じ学校の女子生徒が電車に轢かれて死ぬのを目撃した。
その死を目撃した直後、夏芽はなぜか終業式の2日前にタイムリープしていた。
夏芽は女子生徒が死ぬのを阻止しようと前回と同じように行動して女子生徒に会おうとするが、終業式の日、何故か女子生徒は夏芽の前に現れなかった。
勝手に未来が変わったのだと思い込んだ夏芽は、普段通りに冬休みを過ごすことにする。
しかし、大晦日の日、近所の踏切を通りかかった夏芽が目にしたのは、最初の終業式の日に死んだ女子生徒の轢死体だった。
その直後、何故か夏芽はまたしても終業式の二日前に戻って来た。
どうして女子生徒が死ぬと時間が戻るのか、どうして彼女は死ぬのか、そもそも彼女は誰なのか、その謎を解くために動き出した夏芽は、美術部を訪れる。
そこには前回のループで出会った美術部の女子生徒がいた。
彼女は「やっぱりきたのね」と言うと、夏芽に終業式の日の真実と、彼女がタイムリープして見たものを教えられる。
その真実はあまりにも衝撃的なもので―――――
「っ」
目が覚めると、見慣れた天井が広がっていた。
ここは私の部屋?
どうやら知らない間にベッドで眠ってしまったらしい。
それにしても、いつ家に帰って来たんだろう。
全然覚えていないわ。
「………それより、時遠くんは!?」
急いで枕元に置いてあるスマホを手に取る。
と、そこでふと気が付く。
「私、時遠くんの番号知らない………」
本当に自分が嫌になる。
小学校の時から好きなくせに、好きな人のことを全然知らないじゃない。
「とにかく、学校に電話して…………え?」
画面に表示された数字を見て、手が止まる。
【2021年12月21日】
「なんで、2日前に戻ってる………」
急いでネットニュースを見てみるが、日付が21日までのものしか見当たらず、学校の最寄り駅で人身事故があったという事実も確認できない。
「どういうこと? あれは夢だったの?」
いや、そんなはずがない。
あれは確かに現実だった。
私はあの日、雪が降った終業式の日に、駅のホームから九条に突き落とされる時遠くんを見たのだ。
「でも、じゃあ何で21日に戻っているの………?」
まさか、小説とかで見るように、タイムリープしたとでもいうのだろうか。
「そんな、まさか………」
ジリリリリリリリリリ!!
突然、大音量で目覚まし時計のアラームが鳴り響く。
条件反射で止めて時刻を確認すると、今は午前6時30分。
もし本当に今日が21日なら、そろそろ準備をしないと学校に遅刻してしまう。
「とにかく、学校に行ってみましょう」
学校に行けば時遠くんが生きているか確認できる。
生きているなら昨日のあれは夢だったということになるし、そうなれば何も問題はないはずだ。
「………そうよ。何も問題ないはず」
昨日見た光景を忘れるように頭を振ると、私はハンガーにかかっている制服に手を伸ばした。
※※※※※※※※
学校に着くと、私は自分の教室の窓辺に立ち、登校してくる生徒たちを眺めることにした。
時遠くんは普段は私より遅く登校してくるはずだから、こうして見ていれば彼が登校してきたのが一早くわかると思ったのだ。
時刻は午前8時37分。
もうそろそろ登校してもおかしくない時間なのだが。
「……………あ」
いた。
時遠くんだ。
長めの前髪から覗く瞳は少し目つきが悪いけど、寒そうに首をすぼめて藍色のマフラーで口元を隠している仕草は可愛くて私は好きなのだ。
いつも見ていたからわかる。間違いない。
「よかった………」
生きてた。
時遠くんが生きてた。
だとしたら、あれはきっと夢だったんだ。
そうだ。時遠くんが死ぬわけない。
だって、今もこうして元気に歩いて………
「!」
ちょうどその時、時遠くんに向かって一人の男子生徒が駆け寄っていく。
その生徒は明るい茶髪に人好きしそうな笑みを浮かべている。
九条だ。
九条は時遠くんの肩に腕を回し、親し気に話しをている。
いつもの光景。
そうだ、これが本来の時遠くんと九条の関係だ。
だって二人は幼馴染で親友のはずなんだから。
それなのに、なんで夢ではあんな………
思い出すのは、近づいてくる電車を見て笑みを浮かべる九条の姿だ。
「私のせい、よね………」
そうだ。きっと私が時遠くんに関わったから、九条が逆上してあんなことをしたんだ。
あの夢は、時遠くんに関わるなっていうお告げなのかもしれない。
時遠くんを私の問題に巻き込もうとしたから、バチが当たったんだ。
決めた。
もう、時遠くんに九条のことを相談するのはやめよう。
本当はこんなこと、時遠くんじゃなくて先生とか警察に相談すればいいだけのことなんだから。
それなのに私は、大事にしたくなくて、あわよくば時遠くんと喋れることを期待して彼に相談しようとしてしまった。
もちろん、九条は先生や周りの評判も良いし、私が相談しても信じてもらえない可能性があるから九条と仲の良い時遠くんを味方に加えたかったというのもある。
だけど、あんな夢を見た以上、もう関わるのはやめた方がいいだろう。
普段通りに行動していれば、私と時遠くんが交わることない。
私は窓から離れると、いつものように自分の席に座って授業の用意をすることにした。
※※※※※※※※
「………おかしいわ」
放課後になり、私は美術部の部室でキャンバスに向かっていた。
今日は九条はバスケ部の助っ人で他校に練習試合に行っているから、尾行される心配はない。
だから気兼ねなく、大好きなお絵かきができると思ったのに、さっきから気になることがあって思うように筆が動かずキャンバスは真っ白なままだ。
それもこれも全部、あんな不気味な夢を見たせいだ。
あれは夢だ。時遠くんが生きているのだからあれは夢のはずなのに、なぜか私は今日の授業内容をすべて知っていた。
夢で過ごした21日と今日の授業の内容が全く一緒だったのだ。
それだけじゃない。友達と話した内容も、今日のお弁当のおかずも、美術部の先輩たちの行動も、全て夢と同じだった。
なんで、こんな偶然あるの………?
もしあれが夢なんかじゃないのだとしたら、このままだと時遠くんは終業式の日に………
「なにがおかしいの?」
独り言が聞こえてしまったのか、近くで作業していた智花先輩がこちらに振り返る。
智花先輩は二年生の先輩で、明るくて元気な美術部のムードメーカーだ。
トレードマークのポニーテールを揺らし、私の近くに椅子を移動させている。
「いえ、なんでもないです。気にしないでください」
私は誤魔化すように笑って、筆を握りなおす。
だが、相変わらず夢のことが気になって思うように筆が進まない。
「栞さん、どうかしましたか?」
いつもと違う私の様子が気になったのか、奥で作業をしていた三年生の先輩が筆を置いて立ち上がる。
後輩にも敬語を使う上品な彼女は、この美術部の部長だ。
美術部は部長と智花先輩と私の三人だけ。
一年生は私だけということもあり、二人の先輩は私のことよく気に掛けてくれている。
「栞さん、どこか調子が悪いのですか?」
「いえ、そういう訳じゃ」
「噓つけ~。全然集中できてないじゃん。いつもならシュババッて筆を動かしてるのに」
智花先輩は私の真似なのか、筆を大げさに振り回している。
「智花先輩、それはもしかして私の真似ですか?」
「お、正解! どう? 似てたでしょ?」
「いえ。全然」
「ガビーン」
「うふふ」
智花先輩はがっくりと肩を落とし、そんな様子を見て部長は笑っている。
いつもの美術部の光景だ。
二人のおかげで少しだけ心が落ち着いた気がする。
そうだ。もしあれがただの夢じゃないのだとしたら、私は夢と同じように行動すれば22日までは時遠くんと関わることはないということだ。
23日は私の方から時遠くんに関わりに行ったのだから、私が会いに行かなければ、彼を巻き込んでしまう心配もない。
そうすれば、時遠くんが死ぬことはない。
………なんだ。考えてみれば簡単なことじゃない。
「お、栞元気出た?」
「え?」
「だって、笑ってるから」
智花先輩に言われて気が付いた。
どうやら考えていたことが顔に出ていたらしい。
「よかったですね。元気になって」
「………二人ともありがとうございます」
本当に、私は良い先輩を持ったものだ。
「あ! ちょっと見て!」
突然、何かに気付いたのか智花先輩が窓へ駆け寄っていく。
私と部長もつられて窓を見ると、空には飛行機雲がかかっていた。
そうだ、夢の時も確か智花先輩が一番に気付いて………
「きれいですね。夕日も相まって絵になる光景です」
「でしょでしょ! 部長もこう言うことだし、屋上に出てスケッチしに行かない?」
夢と同じ流れだ。
やっぱり、あれはただの夢なんかじゃなかったんだ。
でも問題ない。
22日までは夢と同じように過ごしていれば、時遠くんと関わることもないのだから。
「良いですね。みんなで行きましょう」
私は夢と同じセリフを口にすると、手提げ鞄の中に絵の具と筆を詰め込み始めた。
※※※※※※※※
………なんで。
私の頭の中には今、それしかなかった。
あれから3人で屋上に上がって、夢と同じように絵は仕上げた。
あとは部室に帰るだけ、そう思っていたのに。
なんで、時遠くんが屋上にいるの?
夢では彼が屋上にやって来ることはなかった。
なのに彼は突然やってきて、今は智花先輩や部長と話をしている。
私は、関わってはいけないと思って完全に振り返るタイミングを逃してしまった。
どうしよう。私と関わったら時遠くんは危険なのに。
なんで、夢と同じにならなかったんだろう。
とにかく、今は私に気付かずに彼が去っていくのを祈るしかない。
「では、邪魔しちゃ悪いですし、これで失礼します」
もう用は済んだのか、時遠くんは帰るみたいだ。
よかった、これでもう安心だ。
「あ、ちょい待ち! よかったらこの子の絵を見たら? 一番きれいだった時の空を忠実に再現してるから」
「え?」
「ちょっと先輩!」
思わず声が出た。このまま空気に徹しようと思ったのに。
智花先輩が余計なこと言うから。
抗議の意味を込めて、私は智花先輩に視線を向ける。
だが智花先輩はそんな私の視線には気づいていないのか、ニコッと笑みを浮かべる。
「いいじゃん。減るもんじゃないし。同じ学年でしょ? 見せてあげたら」
「えー………」
先輩、お願いだから察してください。
そりゃあ、好きな人に自分の描いた絵を見てもらうなんて素敵ですけど、今だけはダメなんです!
「そんなこと言わずに見せてあげたらどうですか?」
「部長まで………」
後ろから思わぬ援護射撃を受け、かなり断りづらい状況になってしまった。
まぁ、見せたくないわけではないし、むしろ時遠くんに見てほしい。
だけど、安全を考えればここで時遠くんと関わってしまうと未来が悪い方向に変わってしまうかもしれないし………
ふと時遠くんを見ると、心なしか悲しそうな顔をしているような気がする。
そっか、私が時遠くんに絵を見せるのを嫌がってると思ってるんだわ。
そういう訳じゃないのに。
彼には悲しんでほしくない。
未来が変わってしまうのは嫌だが、彼が悲しむのは嫌だ。
私は逡巡の末、しぶしぶキャンバスを時遠くんに向けた。
「………………すごい」
時遠くんはそう一言呟くと、見入るようにキャンバスを覗いている。
嬉しい。
そんなにじっくり私の絵を見てくれるなんて。
「本当、すごいよ。ありがとう、こんなに良い絵を見せてくれて」
時遠くんは心からそう思っているのか、微笑んでそう言ってくれた。
嬉しい。本当に嬉しい。
………でも、もうこれで私は時遠くんと喋ることはないんだ。
その事実を認識した途端、さっきまでの喜びはどこかに行って、暗い感情が頭をもたげてくる。
「…………別に」
思わず、声も暗いものになってしまう。
「………俺、何かまずいこと言いました?」
「大丈夫だよ。元々クールな子だし」
そんな私の様子を見て、時遠くんは心配そうにしている。
ごめんなさい。本当は時遠くんは何も悪くないのに。全部私が悪いのに。
「では、俺はこれで失礼します。ありがとうございました」
「良いってことよ!」
あぁ、時遠くんが行ってしまう。
近くで話すのも、もうこれで最後なんだ。
「また遊びに来てもいいですからね」
ダメです。ダメです部長。
時遠くんは優しいから、そんなことを言うと気を使ってまた会いに来てくれるかもしれない。
でも、それはダメなんです。
「………ダメ。二度と来ないで」
私はわざと冷たい声で、大好きな人を突き放す言葉を呟いた。
※※※※※※※※
2021年12月22日
終業式まであと1日。
屋上での出来事の後は問題なく夢と同じように過ごせている。
あれ以降、時遠くんとの接触はない。
昨日の帰り道、いつものように校門で待ち伏せしていた九条が後を付けてきたが、特に何もしてこなかったし、昨日の屋上でのことはとりあえず大丈夫そうだ。
今の問題はとりあえず、今日の放課後のことだ。
帰りのホームルームが終わった教室で、私は教科書を鞄にしまいながら考える。
………夢の通りなら、今日の放課後に、九条が私に初めて直接接触してくる。
今までは、帰り道に私の最寄り駅まで後を付けられたり、携帯を向けられたり、遠巻きに見てきたりするだけで表立って何かしてくることはなかった。
だけど、今日の放課後、帰り道で突然目の前に現れて私に話しかけてくるのだ。
「………何とかしないと」
九条は夢の中で22日に私に冬休みに遊びに行こうと誘ってきた。
何度断っても全然引いてくれなくて、結局遊びに行く約束してしまったのだ。
だけど今回はそうはいかない。
私は帰り支度をしながら、九条の誘いを回避する方法を必死で考える。
とにかく前回と同じ行動をしてはダメだ。
前回は、部活が休みだったから途中まで同じクラスの美友と一緒に帰って、家の最寄り駅で別れた。
その一人になったタイミングを見計らって九条が話しかけてきたのだ。
だったら、今回は一人にならないようにすればいいだろう。
私は急いで教室を見まわして一緒に帰るはずの美友の姿を探す。
しかし、すでに教室に姿はない。
美友は園芸部に入っていて、帰りのホームルームが終わるとすぐに花壇や植木鉢に水をやりに行くのだ。
秋くらいまでは草取りや育てている果実の収穫をしたりと活動していたみたいだが、冬になった今は特に部活としての活動はやっていないらしく、帰る前に部員が交代で水やりをするだけになっているらしい。
私は急いでスマホを手に取り、美友にラインを打つ。
『美友、今日良かったら帰りにショッピングに行かない?』
『いいよー』
すぐに既読がついて返事が返ってくる。
はぁ、よかった。
これで、一人にならなくて済む。
美友がいれば九条も変なことはしてこないだろう。
私はお気に入りの赤いマフラーを身に着けると、美友と待ち合わせしている昇降口へと足を向けた。
※※※※※※※※
「ごめんね。急にショッピングに行きたいなんて言っちゃって」
「全然いいよ~。あたしも新しい服とかほしかったし」
家の最寄り駅で降りた私たちは、私の家とは反対の方向にあるショッピングセンターへ向かっている。
美友はボブカットの髪を揺らしながら楽しそうに私の横を歩いている。
急に誘って迷惑じゃなかったか心配していたけど、杞憂だったみたい。
「ねぇ、着いたらどこの店見る? あたしはとりあえずCDショップに行って、そのあと新しくできた服屋に行きたいな!」
「いいわね。私はスタバの新作が飲みたいかも」
「栞ったら………天才! その案採用!」
美友はいつになくハイテンションで歩いていく。
私もその陽気につられてワクワクしていると、反対の歩道に私たちと同じ学校の制服を着た男子が歩いていくのが見えてハッとする。
そういえば、九条は?
美友と一緒だからあまり周りを気にしていなかったし、九条はいつも最寄り駅で私が下りると尾行をやめて帰っていくから自然と警戒心が緩んでいた。
いけない。
夢では、九条は駅で降りた後に話しかけて来たし、まだ油断はできないのに。
ちなみに、美友を含めて友達や家族にも九条のことは話していない。
九条は学校でも人気者だから、私が九条にストーカーされていると言っても信じてもらえるとは思わないし、逆に私が被害妄想がやばい奴だと思われて、九条に憧れている女子からいじめられてしまうと思ったからだ。
親は海外出張に行っていて両親ともに家にいない。
毎日おばあちゃんが料理を作るに来てくれるから不自由はないけど、忙しい両親やおばあちゃんに心配をかけたくなくて話せていない。
だけど、そんなことを言っていられる状況じゃなくなったのも事実だ。
現に、九条は親友の時遠くんを殺した。
私が時遠くんに関わっただけで、九条は親友を手に掛けたのだ。
もちろん、あれは私の夢であって、現実に起こったことではないのかもしれない。
でも、今のところ大体が夢と同じように進んでいる。
夢と同じように私が23日に時遠くんに会いに行けば、九条は時遠くんを手に掛けることになるだろう。
あの時見た光景を思い出すと、心配かけたくないとか言っている場合じゃないのかもしれない。
でも、そもそも盗撮されたという証拠もないし、実害もない今の状態では、先生や警察に行っても何も対処してくれないだろう。
「………はぁ」
「どうしたの栞? ため息なんて吐いて」
「え? ああ、ごめん。ちょっと考え事してた」
「もう、せっかくショッピング行くんだから、なんか楽しい話でもしようよ!」
「そうね、じゃあ………え」
「どうしたの?」
思わず立ち止まる。
うそ、なんで………
「あれって、もしかして九条くんじゃない?」
美友が指さす先、私たちが歩いている道の向かいから九条が一人で歩いてくる。
まさか、美友もいるのに私に接触して来ようとするなんて。
この道はそれなりに人通りがあるから九条は変なことはしないと思うけど、これは想定外だわ。
幸い早く気付いたおかげで、まだ九条とはだいぶ距離がある。
今この場を離れれば、九条が声をかけてくることもないかもしれない。
「美友、ちょっとそこのコンビニによって行かない?」
「待って! 九条くんと学校の外で会うなんてレアだよ!? こんな機会滅多にないよ! もう少し九条くんを鑑賞させて!」
美友が嬉しそうな声を上げる。
それもそのはず、九条は学校内でも人気者で、整った容姿から女子人気も高い。
ミーハーなところがある美友も、例にもれず九条に好感を持っているらしい。
そんな美友の声に気付いたのか、そういう演技なのかはわからないが、九条が顔をこちらに向ける。
「っ」
「ねぇ、もしかして目が合った!? どうしよう栞!」
美友はまるでアイドルに会ったかのように楽しそうにその場で飛び跳ねている。
どうしようと言いたいのは私の方なのだけど。
九条を見ると、視線を逸らすことなく真っすぐ私たちの方へと歩いてくる。
「え、うそうそ、九条くんこっちに来てない?」
「………」
これはかなりまずい。
美友のこの反応じゃ、この場から離れるのは無理だろうし、九条も明らかにこっちに向かってるから今逃げたら逆上して何をしてくるかわからない。
これは、もう話を聞く以外に選択肢がない。
私は覚悟を決めて九条の方に向き直る。
大丈夫。無難に話を終わらせればいい。
美友がいるから強引に話を進めるようなことはしないだろうし。
九条は私たちの近くまで来ると、片手をあげながら笑みを浮かべる。
「あれ、確か彩本さんと草薙さんだよね? こんなところで会うなんて珍しいね」
「うそ、九条くんあたしの名前知ってたの? あんまり話したことないのに」
「そりゃあ同じ学年なんだから知ってるよ。確か園芸部に入ってるんだよね?
よく花壇に水やりしてるところを見かけたから気になってたんだ」
「キャー! どうしよう栞! 九条くんが私のこと認知してたよ!」
「よ、よかったわね」
美友のアイドルファン並みの反応に戸惑っていると、九条がゆっくりとこちらに視線を向ける。
「彩本さんんは、久しぶりだね」
「………そうね」
「え、栞と九条くんって知り合いなの!?」
「同じ中学だったの。私は途中で転校したけど」
「あと小学校も同じだったよね」
「そうね」
「えー! なんで栞教えてくれなかったの?」
「ちょ、美友落ち着いて」
美友は不満げに私の鞄を掴んでぶんぶん揺らしてくる。
私はそんな美友をなだめるように背中をさする。
そんな私たちのやり取りが面白かったのか、九条は声を上げて笑っている。
「あはは! 草薙さんって面白いね。
彩本さんもそう思うでしょ?」
「………ええ。美友は面白いわ」
「え! 九条くんが褒めてくれた!?」
「私も褒めたわよ」
「ごめんごめん」
「あはは。本当に二人は仲がいいんだね」
九条は人好きする笑顔で話しかけてくる。
だけど、私はその笑顔の下に何を隠しているのか気になって仕方ない。
「そういえば、彩本さんとはせっかく同じ高校になったのに全然話す機会がなかったね」
「………そうね」
「こうしてまた同じ学校になったのも何かの縁だし、冬休みとか一緒にご飯にでも行かない?
同じ中学の奴あんまりいないから、思い出話とかしたいし」
「え! 栞すごいじゃん!」
「………」
九条の言葉を聞いて、美友は目をキラキラさせてこちらを見てくる。
かなり断りづらい雰囲気になってしまった。
もしかして九条はこうなることを狙って、美友といる時でも話しかけてきたのかもしれない。
………だけど、わたしはもう同じ過ちは繰り返さない。
ここで約束をしようが、私が時遠くんに関わらない限り、九条が時遠くんを殺すことはないだろう。
でも結局、問題は何も解決しない。
時遠くんに九条を止めさせる協力が頼めない以上、これからは私自身の力で九条を撃退しないといけないんだ。
私は、緊張で詰まった息を吐きだすと、九条に向き直る。
「ごめんなさい。冬休みは予定が詰まってて、約束をできそうにないの」
「………そっか。
そう、なんだ。
でも、俺はいつでも暇だから、予定が空いているときがあったら言ってよ」
「わかったわ。予定が空いたら声をかけるようにするわ」
「えー、もったいない」
美友が不満げに私を見てくるが、私はポーカーフェイスを維持する。
「じゃあさ、ライン交換しない?
予定が空いたら連絡できるように」
「あぁ、ごめんなさい。私、今日はスマホを家に忘れちゃって」
「あー、そうなんだ」
さすがにわざとらしかったかしら。
九条の表情が少し曇ったように見える。
「………じゃあ、九条くんはあたしと交換しようよ!」
「え? うん、いいよ」
「やった!」
美友は嬉しそうにスマホを握りしめて九条と話している。
美友と話す九条の表情はいつも通りのように見えるが、私はさっき一瞬曇った九条の表情を思い出して緊張の糸を張り詰める。
そうこうしていると、ライン交換が終わったのか美友はこちらに駆け寄って来て徐に私に抱き着いてきた。
「終わったよ、栞! 九条くんのラインゲットしちゃった!」
「よかったわね」
「うん! 九条くんありがとう!」
「こちらこそありがとう草薙さん」
「じゃあ私たちもそろそろ行こうか。またね、九条くん!」
「うん、またね」
美友は相変わらずハイテンションで九条に手を振りながら歩き始める。
そんな美友に続きながら横目で九条を見ると、大人しく駅の方へと歩いていく。
………よかった。何とか切り抜けられたみたいだ。
心の中で胸をなでおろす。
それにしても、結果的に美友に一緒にいてもらったのは正解だったのかもしれない。
私がスマホを忘れたと嘘を吐いた時、美友が会話に入ってこなかったらどうなっていたことか。
「………ありがとう、美友」
「いいよ。栞、九条くんのこと苦手だったんだね。
あたしこそ一人で盛り上がっちゃってごめんね」
「ううん。美友がいてくれてよかった」
「えー何? かわいいこといってくれるじゃん」
美友は嬉しそうに肘で私の鞄を小突いてくる。
私はその攻撃を笑って受け止めながら、本当にいい友達を持ったなと心から思った。
※※※※※※※※
2021年12月23日。
終業式が無事に終わり、私は美術部の大掃除に参加するために部室へ向かっている。
夢で見た終業式の日同様、今朝は雪が降り積もって窓の外は見事に雪景色だ。
こんな天気では運動部もお休みらしく、普段より学校に残っている生徒は少ない。
私は何となく、いつもより廊下に響く自分の足音が気になって少しゆっくりとスピードを緩めて歩いていく。
そのせいか、他の生徒の足音がやけに耳に入ってくる気がする。
一番近くだと、すぐ先の階段を誰かが上っている。
ここは1階だから、上級生か、私と同じように文化部の生徒だろうか。
文化部の部室は大体3階か4階に集中しているから、私もその階段を上らないといけない。
階段の下まで来ると、ちょうどさっきの足音の人物の後ろ姿が見える。
「!」
あの後ろ姿は間違いない。
時遠くんだ。
私は夢での反省を生かして、今朝は時遠くんに話しかけていない。
21日に屋上で少し話す機会はあったけど、それでも2日ぶりに見る彼の姿に私の胸は高鳴る。
時遠くんは寒そうにネックウォーマーに首をすぼめながら階段を上っていく。
その仕草が何だか可愛く見えて、いつまでも見ていられそうだ。
そんな後姿を見ながら、私は気が付く。
もう、時遠くんと私が直接かかわることはないんだ。
少なくとも高校3年間、私は時遠くんと今より親しい関係になることはできない。
もしそんなことがあればまた、時遠くんは夢で見たように九条に殺されてしまうかもしれない。
………その未来だけは何としても阻止しないといけない。
ブブッ
ポケットに入れていたスマホが振動する。
ラインの通知だろうか。
遠ざかっていく時遠くんの後ろ姿を眺めながら、私はスマホをポケットから取り出してホーム画面を確認する。
………美友からラインだ。
画面をタップしてトーク画面を開く。
『栞!大晦日にクラス会やるって!
栞も参加でいい?』
メッセージの後には、謎のゆるキャラが「何卒」という文字とともに土下座をしているスタンプが送られてくる。
「………ふふ。なにこのスタンプ」
思わず笑みがこぼれる。
そうだ、暗いことばかり考えていてはだめだ。
せっかく冬休みに入ったんだから、楽しまないと。
九条のことを考えるのはとりあえず後回しにして、今は少し休憩しよう。
今日の午後6時過ぎ、来るはずだった時遠くんの死を回避できた。
今は、それだけでいいじゃないか。
私はスマホをポケットにしまうと、ゆっくりと時遠くんが上っていった階段を上り始めた。
※※※※※※※※
2021年12月31日
大晦日、クラス会当日。
私は通っていた小学校の近くにある駅前のカラオケにいる。
そこのパーティ部屋に午後からみんなで集まって、今はアニソンメドレーが繰り広げられている。
アニメや歌に疎い私は、入り口近くの隅にの席に座ってお菓子を食べながら、タンバリンをたたく役に徹している。
隣には美友が座っていて、歌好きな美友はマラカスを振りながらいつになくハイテンションだ。
「いえーい! みんな歌うまーい!
栞、楽しいね!」
「そうね。美友はもう歌はないの?」
「うーん、あたしアニソンは詳しくないんだよね。
アイドルソングメドレー始まったら入っていくつもり!
栞は歌わないの?」
「私は歌うことにあんまり興味ないの。
聴いている方が楽しいから」
「そんなこと言って~さてはお主、音痴かな?」
「ち、ちがうわよ」
「慌てちゃって、説得力ないぞ」
「もう!」
「あはは! 怒らないでよ栞。
あ、終わったみたい。次は何の曲かな~」
歌が終わり、拍手が起こる。
歌っていた子はクラスの中心にいる女子グループのリーダー的存在、青空さん。
そんな彼女の歌を聞いて、クラス会の盛り上がりは最高潮だ。
そんな盛り上がりを見せる中、青空さんは手元のスマホを見ると、嬉しそうに飛び跳ねている。そこにグループの女子たちが集まって来て、何かが始まりそうな雰囲気だ。
「ん? どうしたのかしら?」
「え、なになに? 何か始まるの!?」
急に喜びだした青空さんたちの様子に、クラスメイト達は何か始まるのかとソワソワし始める。
すると、青空さんがマイクを手にもって一歩前に出る。
「みなさーん! お待たせしました!
実は今日、スペシャルゲストが来てまーす!
ちょうど来たらしいので、入ってきてください!」
青空さんの言葉に、皆は「誰だ」とワクワクしながら入口の方に注目し始める。
私と美友もつられて隣の扉の方へと顔を向ける。
ガチャ
扉が開いて、スペシャルゲストと呼ばれた人物が部屋に入ってくる。
その人物を見て、会場は一気に盛り上がりを見せる。
「うそ………」
「え! 何で!?」
「まじかよ!」
入ってきたのは、人好きする笑みを浮かべる整った顔の少年―――九条だった。
「どうして………」
「みなさーん! スペシャルゲストは、3組の九条くんでーす!
ダメもとで頼んだら、まさかのオッケーもらえたので呼びました!」
クラスメイト達の反応を見て、満足げに青空さんが九条を紹介する。
九条はゆっくりと部屋の中心に移動して、青空さんの隣へ移動していく。
その時に一瞬、九条が私の方を見た気がした。
「っ」
「じゃあ、ゲストの九条くんからひと言お願いしまーす!」
九条は青空さんからマイクを受け取ると、困ったように笑いながら口を開く。
「こんにちは。3組の九条です。
誘われたので他クラスだけど来ちゃいました。
今日はよろしくお願いします」
九条の挨拶を受けて、会場は一気に沸く。
九条は男女問わず学校内で人気者だから、クラスのみんなは九条の登場に盛り上がっている。
だけど、私はそれどころじゃない。
どうして九条がこんなところにいるのか。
今言ったようにたまたま誘われたのだとしても、やっぱり私に接触するために誘いを受けたのだろうか。
とにかくこのままではまずい。
みんなには悪いけど、隙を見て会場を抜け出すしかない。
「栞、大丈夫?」
美友は心配そうに小声で私に尋ねてくる。
美友は昨日の一件で、私が九条を苦手なのを知っているから気に掛けてくれたみたいだ。
私はそんな親友に感謝しつつ、口を開く。
「………ごめん、私隙を見て会場を抜け出すわ。
聞かれたら、私は急用が入って帰ったって言っておいてくれない?」
ここは、私が九条を苦手だという事情を知ってる美友に頼るしかない。
美友は私の言葉に頷いて、膝の上に置いた私の手を握ってくる。
「わかった。何か困ったらいつでも言ってね」
「………ありがとう」
※※※※※※※※
九条が合流すると会場は一気に盛り上がりを見せ、すぐに九条を交えてカラオケが再開した。
九条は引っ張りだこで、一曲歌っては誰かと話してという流れを繰り返している。
クラスの中心的な生徒たちが九条と話をしているため、幸い私たちの方に九条がやって来ることは今のところない。
だけど、わざわざ私のクラスのクラス会にまで顔を出したということは、いずれは私に接触を図ってくるはず。
なら、九条が曲を歌っている間に会場を抜けるのがいいだろう。
そう考えていると、タイミングよく次の曲が始まる。
九条はクラスの男子からマイクを渡されて前に出るよう促されている。
私は美友に視線を向けると、スマホを操作して美友にラインを送る。
『今から抜けるわ』
『わかったー
気を付けてね』
すぐに返信が返って来て、美友の方を見ると、小さく手を振ってくる。
私も小さく手を振り返し、目立たないようにゆっくりと立ち上がって部屋から外に出た。
カラオケの外に出ると、空はすっかり夕暮れ時だ。
スマホのホーム画面を見ると、時刻はすでに夕方の4時少し前。
正午からからクラス会が始まったから、すでに4時間近くカラオケにいたことになる。
もうそんなに経っていたなんて。
楽しい時間は過ぎるのが早いってよく言うものね。
私はそんなことを考えながら、駅に向かって歩き始める。
とにかく、早くこの場を離れないと。
私がいないことに気付いたら、九条が後を追いかけてくるかもしれない。
そう思いつつも、降り積もった雪が邪魔をして早くは歩けない。
今日は終業式のあの日に劣らず気温が低く、辺り一面雪景色だ。
私はお気に入りの赤いマフラーに首をすぼめながら、気を付けて足を動かしていく。
急がないと。
早く駅に行って電車に乗らないと。
さすがに電車に乗れば九条も追いかけてこないだろう。
だから電車に乗るまで気が抜けない。
夢中で足を動かしていると、遠くの方に駅近くの踏切が見えてくる。
駅の改札は踏切を渡った向こうにあるから、電車に乗るにはあの踏切を渡らないといけない。
もう少しだわ。
私は目的地が見えてきて、少しほっとして歩くスピードを緩める。
ブブッ
不意にポケットに入れたスマホが振動する。
スマホを取り出すと、ホーム画面に通知が映し出される。
「美友からだわ。なにかしら?」
ロックを解除してラインのトーク画面を開く。
「………え?」
そこに書かれた内容を見て、体から一気に冷や汗が出てくる。
『栞!大変だよ!!
さっき九条くんが「急用ができた」って帰っちゃった!
2分くらい前だよ!ライン遅れてごめん!』
美友のラインを見て、私は恐る恐る後ろを振りかえる。
駅の近くとはいえ、私が通って来た道はそこまで人通りが多くない。
だから、すぐに見つけることができた。
遠くに、明るい茶髪の少年が自転車に乗ってこちらに近づいてきている。
「九条………!」
私はすぐに前を向くと踏切に向かって走り出す。
雪が積もって早くは走れないが、私は懸命に走って駅へと急ぐ。
だけど、神様は私の味方をしてはくれなかった。
カンカンカンカン
踏切を目前にして、無情にも遮断機の警報が響き始める。
私が踏切に着くころには遮断機も下りきってしまい、しかも矢印は左右両方を示している。
どうしよう。
電車は遮断機が下りてもすぐに来ることはない。
このまま踏切が開くのを待っていたら確実に九条に追いつかれてしまう。
いけないことだけど、遮断機の下をくぐって無理やりわたるべき?
どうしよう。
警報機が鳴り響く中、私は踏切の前で立ち尽くすことしかできない。
警報の音が心を掻き立てて考えが上手くまとまらない。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
このままじゃいけない。このままじゃいけないのに。
「………どうしたの?」
「っ」
思ったよりすぐ後ろからかけられた声に驚いて振り返ると、恐れていた光景が目に飛び込んでくる。
「………九条くん」
目の前に、自転車を手に押した九条が立っている。
私が迷っている間に追いつかれてしまったらしい。
九条はにこりと笑うと一歩近づいてくる。
「彩本さん、どうして途中で帰っちゃったの?
俺、彩本さんとも話したかったのに」
「………ちょっと、用事ができちゃって」
「それ、嘘だよね」
「え」
「彩本さん、俺のこと避けてるでしょ?」
九条は相変わらず笑っている。
決して怒っているようには見えない。
だけど私は九条が怖くて仕方がない。
震える手を後ろに隠して、私は九条を怒らせないような答えを必死で考える。
「………避けてるわけではないわ。
私、あんまり男子と話すのが得意じゃないの」
「へぇ、そっか。そうなんだ。
確かに彩本さんが男子と話してるところあんまり見たことないかも。
でも、俺らは小中同じだし、気軽に話してくれると嬉しいな。昔みたいに」
昔?
私は九条とそんなに話したことあったかしら?
正直、よく覚えていない。
だけど、そんなこと言ったら九条が怒るかもしれない。
私は愛想笑いを浮かべて九条と話を合わせることにした。
「………そうね。
話すの久しぶりだから緊張しちゃったみたい。
九条くん、昔とだいぶ雰囲気変わったから」
「あはは。昔の俺はもう少し暗かったもんね。
でも、彩本さんが話しかけてくれたから、俺、もっとかっこよくなろうって頑張れたんだよ?」
九条は照れたように笑いながら一歩近づいてくる。
私は反射的に一歩下がりそうなのを何とか踏みとどまって、笑顔をキープする。
九条を絶対に怒らせちゃいけない。
私はこの場を乗り切るために、九条の機嫌を損ねないような言葉を必死で選んで口を開く。
「私、そんな大したこと言ってないわよ。
九条くんが変わったのは、九条くんが頑張ったからよ。
昔から九条くんは頑張り屋だったものね」
これは嘘ではない。
昔から九条はよく人のことを見ていて、人に合わせるのが上手かったし、勉強も運動も成績が良かった。
そういうところは私はすごいと思っていたし、実際九条の長所だと思っている。
九条は私の言葉を聞くと、嬉しそうに笑っている。
心なしか顔が赤い。
「彩本さんにそう言ってもらえると、嬉しいなぁ。
………ねぇ彩本さん、俺ずっと君に言いたいことがあったんだけど」
「何?」
九条は真っすぐに私の方を見てくる。
私は何となく九条がいう言葉を想像できてしまい、思わず身構える。
「彩本さん、俺と付き合わない?」
「………………」
想像通りの言葉が九条の口から飛び出した。
まぁ、そうだろう。
何せ高校に入ってからずっと、九条にされてきたことを思ったら告白されるのは何も不思議なことじゃない。
だけど、いざ言葉にされると返答に困ってしまう。
答えはもちろん決まっている。
だけど、それを伝えて果たして九条は納得してくれるのだろうか。
逆上して、また夢でみた終業式の日ように彼を殺してしまわないだろうか。
だったら、嘘をついてでも九条の機嫌を損ねない返事をするべき?
………………いや、それは無理だ。
私は、嘘でも九条と付き合うことはできない。
それが彼―――時遠くんを守るためだとしても、私は私の恋心に嘘を吐くことはできない。
そう思ったら、自然と言葉が口を出ていた。
「ごめんなさい」
「………………」
九条は、笑顔を浮かべたまま黙っている。
私は、沈黙に耐えかねて俯いてしまう。
どうしよう。
私は、これで良かったんだろうか。
せっかく時遠くんが殺されないように、夢と同じにならないようにしてるのに、この選択でよかったのだろうか。
もう今更考えても遅いことはわかっている。
もう私の答えを九条に伝えてしまった。
だから私はその答えを貫き通すしかないんだ。
「そっか、もう俺のこと好きじゃなくなったんだね」
「え?」
九条は相変わらず笑っている。
私は、九条の言っている意味が分からなくて頭が混乱する。
九条は「私が九条のことを好きだった」って思ってるってこと?
九条は、なんでそんな勘違いをしているんだろう?
「そうだよね。最近………ていうか高校に入ってから夏芽のことよく見てるもんね」
「っ」
バレてる。
九条は、私が夏芽くんのことを好きなのを知ってたんだ。
でも、じゃあ断られるのを分かってて告白したってこと?
わからない。
九条が何を考えているのか分からない。
「………じゃあさ、俺のこともう好きじゃないなら、あのこと言うの?」
「え? あの事って?」
「とぼけるなよ。
聞いてるんだろ、夏芽から! あの日のことを!」
九条は私の言葉を聞くと突然表情を消して一歩近づいてくる。
急変した九条の態度に私は怖くなって一歩後ろに下がる。
このままじゃまずい。
私は本能的に危険を感じて思わず叫んでいた。
「それ以上近づかないで! 警察呼ぶわよ!!」
「!」
それが決め手だったのだろうか。
「やっぱり、お前も知ってたんだな!!」
九条は私の言葉を聞くと怒りの形相で私に掴みかかって来た。
九条の手から離れた自転車が「ガシャン」と大きな音を立てて地面へ倒れる。
逃げようと思っても、すぐ後は踏切で、九条はものすごい力で私の両肩を掴んでくる。
「痛い! 離して!」
「やっぱり見たんだ! あの日!」
「何のこと!?」
「何で、何で俺のこと好きじゃなくなったんだよ!!
どうしていつも夏芽なんだよ!!
もう、もう…………………………………………………………思い通りにならないなら、要らないや」
「え――――――」
九条の最後の言葉は、酷く冷たく無機質に感じた。
そして次の瞬間、足が浮かんで体が後ろへ倒れこんでいく。
目の前には冷たい顔で両手を前に突き出した九条の姿。
………そっか、私は九条に踏切の中に突き飛ばされたんだ。
そう理解した瞬間、世界がひどくゆっくり動いていることに気が付いた。
こういうのって危険が迫った時に世界がゆっくりに感じるっていうあれかしら?
そんなどうでもいいことばかりが頭の中に浮かんでは消えていく。
左から迫りくる電車のヘッドライトが酷く眩しい。
右からも遠くに電車の姿が見える。
もう、この状況から助かる術はない。
私は、どうしようもなく選択を間違えてしまった。
九条と接触しないようにもっと違う行動をしていれば、今日クラス会に参加しなければ、九条の気に障るようなことを言わなければ、何かが変わっていたのかしら?
今更考えたって何もかもが遅い。
お気に入りの真っ赤なマフラーがふわりと揺れる。
鉄がこすれる金属の音と警笛の音が不協和音となってあたりに響く。
地面には真っ白な雪。
真上には夕暮れの空。
そして最後に前を向くと―――――え、どうしてあなたがそんな顔をするの?
最後に見た九条は、まるで迷子の子供のように、今にも泣きだしてしまいそうだった。
※※※※※※
「………そうして、私はまた気が付いたら自宅のベッドの上にいたってわけ。
これが、私が見た真実よ」
私は、前回までのループであったことを、努めて淡々と時遠くんに話した。
もちろん、私が時遠くんのことを好きだということは省略して話している。
だって、本人に知られるのは恥ずかしいし、それに………時遠くんと関わったら、時遠くんは九条に殺されてしまう。
私のこの恋心は叶うことはない。
だから、誰にも知られるわけにはいかないの。
最後までお読みいただきありがとうございました。
話はまだ続きますので、次回もお付き合いいただけると嬉しいです。