表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/14

ループ0:彩本栞の見たもの

小説3話です。

今回はヒロイン目線の話です。

 2021年12月23日 終業式

 その日は今年1番の寒波で、朝から沢山の雪が降り積もっていた。

 私は天気予報をちゃんと見ていたから、いつもより早く起きて数本早い電車に乗った。

 お陰で教室には一番乗りだ。


 ………今日はいるかしら?


 普段はのんびりと登校する彼だが、大雪の今日なら早く学校に来ているかもしれない。

 意外とまじめな彼のことだ。電車が遅れるのを見越して早めに登校するはず。

 もしかしたら自分と同じ電車だったのかもしれない。


 とにかく、彼の教室に行ってみましょう。


 朝の学校はまだ暖房も効いていなくて寒い。

 コートとマフラーは着けたまま行こう。

 鞄も貴重品が入っているし、誰もいない教室に置いておくのは少し心配だ。

 結局、登校してきた時と変わらない格好で私は彼の教室へと向かう。

 同じ学年だから階も同じだ。それでも私の教室と彼の教室は廊下の端同士にあるので結構距離があるように感じる。


 「………アイツは、来ていないといいのだけど」

 

 アイツが来ていたら意味がない。

 彼と話したくても、教室にはアイツがいるし、いつどこでアイツが見ているか分からないから全然話しかけることができなかった。

 それでも、まだアイツが学校に来ていない時間帯ならチャンスはある。

 少し緊張しながら、私は彼の教室の前へたどり着いた。

 教室のドアは開いていて、そこから中の様子をよく見ることができる。


 「………いた」


 彼がいる。

 窓辺の席に座って、外の景色を眺めているようだ。

 そのほかには誰もいない。

 どうやら彼も私と同じく教室に一番乗りらしい。

 アイツはまだ来ていない。

 なら今が最後のチャンスだ。

 今日を逃せばもう冬休みに入ってしまう。

 その前に少しでも話ができれば、私の冬休みは平和に終わることができるかもしれない。

 ………それに、私は彼と話してみたかった。

 小学校の時も、中学校の時も遠くから見ているしかできなかったから。

 でも高校に入って初めて話しかけるのに、話の内容がストーカーについての相談なんて、ロマンチックの欠片もない。

 それでも、私は少し期待に胸を膨らませながら、教室の中へと足を踏み入れる。


 「時遠くん、よね?」

 「え?」


 彼―――時遠夏芽くんは私が教室に入ってきたのに気づいていなかったのか、驚いた様子で振り返る。


 「えっと、何?」

 「今日の放課後、時間ないかしら? ちょっと相談したいことがあって」


 今日は、アイツは放課後に生徒会の手伝いで、交流のある他校に行くと聞いた。

 なんでも、年末だからいらない備品を他校にあげたり、逆に他校の不用品で使えそうなものをもらったりと、倉庫の整理をするらしい。

 アイツは外面は良いし、生徒会長直々のお願いのようだから断ることはまずないだろう。

 いつもだったら放課後はアイツに尾行されているが、今日ばかりはその心配もいらない。

 あとは、時遠くんの返答次第だ。


 「あー、部活が終わってからならいいけど」

 「本当? 部活は何時に終わるの?」

 「5時には終わる予定だけど」


 よかった。私も美術部の大掃除があるし、終わったら良い時間になるだろう。


 「じゃあ5時にここで待ち合わせをしましょう」

 「………わかった」


 時遠くんは突然のことに戸惑いつつも、頷いてくれた。

 この様子じゃ、彼は私のことを覚えていないのかもしれない。

 無理もないか。せっかく同じクラスになれた中学1年生の時、彼はアキちゃんのことでひどく落ち込んで周りが見えていないようだったから。

 でも、彼にとっては知らない女の子である私の相談を聞こうとするなんて、やっぱり時遠くんの優しいところは変わっていない。

 彼は面倒くさいと言って人と関わらないようにしているけど、本当はお人好しで困っている人を放っておけない人なのだ。

 小学校の頃からそうだった。

 明るくて、困っている人がいたら助けずにはいられなくて、優しい人。

 ずっと遠くから見てたから私は知ってる。

 私はそんな彼のことが……………今も変わらずずっと好きだ。





※※※※※※※※




 「………遅いわね」


 時刻は午後5時45分。

 美術部の大掃除も終わり、5時前から教室で待っているが時遠くんの姿はまだない。

 まだ部活をやっているのかしら?

 連絡先も知らないから確認のしようがない。

 もういっそ部室を訪ねてみようか。


 「そういえば私、時遠くんが何の部活なのか知らない………」


 こんなことも知らなかったなんて………

 軽くショックを受けながら私は朝、時遠くんが座っていた机を指先で撫でる。

 これも全部アイツのせいだ。

 アイツは私が時遠くんを好きなことを知っているから、時遠くんと私が関わらないように監視していた。

 だからせっかくまた同じ学校になれたというのに、私は2学期の終わりまで時遠くんに話しかけることができなかったのだ。


 「………時遠くん、もう帰っちゃったのかしら」


 冷静に考えれば、彼にとっては私は名前も知らない女の子だ。

 そんな相手の相談事を、わざわざこんな大雪が降る日の放課後に残って聞いてほしいなんて、いくらなんでも虫が良すぎる。

 ………なんだか急に自信がなくなってしまった。


 「………帰ろうかしら」


 お気に入りの赤いマフラーを首に巻き付け、帰る支度をする。

 最後に期待を込めて廊下を見渡してみるが、人影はなく、足音も聞こえてこない。

 きっと、もう帰ってしまったのかもしれない。

 5時には終わると言っていたし、なにせこんな天気だ。

 雪も降っているし、電車通学の彼は電車が止まらないうちに早く帰りたいにきまっている。

 私も、電車がないと帰れなくなってしまうし、早く駅に向かった方がいいだろう。

 きっと、今日は間が悪かったんだ。

 そう思い、私は鞄を肩に掛けて昇降口へと歩き始める。

 外はたくさんの雪が降っていて、もはや吹雪のようだ。

 私は下駄箱から履きなれたローファーを取り出すと、転ばないように慎重に駅に向かって歩き始めた。




※※※※※※※




 駅に着くと、電車が行ってしまったばかりなのか、ホームには私一人しかいなかった。

 もしかしたら駅に行けば時遠くんに会えるかもと少しだけ期待していたが、彼の帰り道である反対のホームには誰もいない。

 

 「………せっかくチャンスだったのになぁ」


 私はいつもこうだ。

 今までも、中学でも小学校の時でも時遠くんと仲良くなれるチャンスがあったのに、それを掴めずにいた。

 今日だって、せっかくアイツがいないからチャンスだったのに。

 本当、なんて間が悪いんだろう。


 「はぁ」


 思わずため息が漏れる。

 吐いた息が、真っ白な雪と合わさって消えていく。

 そんな光景をぼんやりと見ながら顔を上げた時だった。


 「―――――」


 反対のホームに誰かいる。

 それが誰なのか、ずっと遠くから見ていた私にはすぐに分かった。

 時遠くんだ。

 まだ帰っていなかったんだ。

 私の後を追いかけて急いで来てくれたのかしら。

 時遠くんは肩で息をして、辺りを見渡している。

 

 (こっち。気づいて)


 心の中で呟くと、思いが伝わったのか、時遠くんと目が合った。


 「あっ」


 時遠くんは私に気が付くと、ホームの端まで近づいて手を振っている。

 嬉しい。

 時遠くんが気付いてくれた。

 それに何より、私との約束を破ったわけじゃなかったんだ。

 自然と笑みがこぼれる。

 私は彼に手を振り返そうと右手を上げ―――――


 「!」


 そんな。どうして。

 どうして、アイツが―――九条がここにいるの?

 アイツは生徒会の手伝いで他校に行っていたはず。

 手伝いが終わった後に、わざわざ学校に戻って来て、私の後をつけていたの?

 とにかく、いつからそこにいたのかはわからないけど、気が付いたら時遠くんの後ろに九条が立っていた。

 しまった。

 時遠くんが私に手を振っているところを見られた。

 でも、一体何をする気なの?

 とっさに手を下げて様子を見ていると、九条は線路の先を見てにやりと笑ったように見えた。

 つられて私も線路の先を見る。

 線路の先には、私のいるホームとは反対方向の通過電車が遠くに見え始めたところだった。

 …………まさか。


 「………逃げて。

 逃げて! 時遠くん!」


 私は嫌な予感がして必死に時遠くんに呼びかける。

 だが吹雪で声が届いていないのか、時遠くんは気が付いていない。


 「時遠くん! 時遠くん!」


 そうしている間にも、電車は近づいてくる。

 それに合わせるかのようにアイツも時遠くんへの距離を縮めていく。

 時遠くんは気が付かない。

 私に何か言っているようだが、風と近づく電車の音で何を言っているのか分からない。

 その間にも電車は刻一刻と迫ってくる。

 電車がホームに差し掛かり、ヘッドライトが一際まぶしく光った時だった。

 アイツは徐に両手を前に伸ばして―――――


 「だめ………だめ!!」


 プー―――――――――――!!!


 初めに聞こえたのは電車の警笛。

 そして、時遠くんの体が大きく前に傾いて――――


 キィィィィィィィィ!!!


 金属がこすり合う急ブレーキの音。

 だが当然間に合うことなく、電車はスピードを落としながらも、残酷な速さでホームを通過していく。


 …………いや。

 

 電車が通り過ぎたホームの線路上は、ペンキをひっくり返したかのように真っ赤な血が真っ白な雪を汚していた。

 そして、その中に、好きな人の、好きな人だったはずの右手が転がっているのが見えて、


 「いやあああああああああああ!!!」


 私の記憶は、そこで終わった。

お読みくださりありがとうございます。

次回もお待ちいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ