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ループ2:時遠夏芽の本気

小説2話です。

前回からだいぶ空きましたが、読んでくれるとありがたいです。

ミステリーを意識しました。

ループ2:時遠夏芽の本気



 「ハッ」


 目が覚めると、見慣れた天井が目に飛び込んでくる。

 ここは………俺の部屋?

 体を起こす。

 どうやらベッドで眠っていたようだ。

 いまのは、夢?

 何か、とても怖い夢を見た気がする。

 人が死ぬ夢だ。

 コンビニの近くの踏切で、降り積もった真っ白な雪を赤い血が真っ赤に汚し、バラバラになった肉片が辺りに飛び散っていた。

 むせ返るにおいの中、あの日見た赤いマフラーが飛び散った破片の中に混ざっているのが見えて………

 

 「………違う。違う、違う! あれは夢なんかじゃない! 俺が、俺が何もしなかったせいでまた………」


 また、あの子が死んだ。

 相変わらず顔も名前も思い出せないけど、あの赤いマフラーは間違いなく、最初の終業式の日に俺の目の前で死んだあの子だった。

 未来は変わらなかったんだ。

 いや、違う。俺が何もしていないのに勝手に変わってしまった。

 なんで、前回と同じようにあの子は教室にやって来なかったんだ?

 俺は、前回と同じように行動したはずなのに。

 混乱する頭を振って、机の上で充電していたスマホを手に取る。


 【2021年12月21日】


 「………またかよ」


 薄々感づいてはいたが、ロック画面に表示された日付を見て、ため息を吐く。

 でも、これで分かったことが3つある。


 1.例え俺が前回と同じように行動しても、必ずしも同じ未来になるとは限らない

 2.終業式にあの子が死ななくても、別の日にあの子は死ぬ

 3.あの子が死ぬと、21日に戻ってくる


 「………なんだよそれ」


 どうして、あの子が死ぬと俺が21日に戻ってくるんだ?

 そして、何よりどうして、


 「あの子は死ぬんだ?」


 名前も、顔も知らないやつが考えている事なんてわかるはずがない。

 だけど、あの子が自殺するのを止めないと俺は、


 「年を越せないってわけか………」


 ああ本当、前回の俺はなんて怠惰だったんだ。

 ………もう、面倒くさいとは言ってられないな。







※※※※※※※







 教室の自分の席に座って、俺は一度大きく深呼吸をした。

 面倒くさがるのはもうやめだ。

 俺の未来がかかっている以上、何としてもこの問題を解決しなくてはならない。

 その為には、あの赤いマフラーの女の子を探し出して自殺を止めなければならない。

 そうしないと、どうやら俺は先へは進めないらしいからな。

 だけど、どうやって見つける?

 今のところ手掛かりは、同じ学校の生徒で、赤いマフラーを着けた女の子だってことくらいだ。

 一応早めに学校に来て、教室の窓から正門から入ってくる生徒を観察しているが、赤いマフラーを着けた子は結構いる。全部で20人くらいはいそうだ。

 

 「これ、どうすればいいんだ………」


 コミュ障の俺には全員に話しかけるなんて到底無理だし、面倒くさ…………じゃなくて、そもそも時間が足りない。

 二回目の終業式の時は何もなかったが、今回もそうなるとは限らない以上、終業式の日までにはあの子を探し出して、自殺を止めるよう説得した方がいいだろう。

 その為には、情報が必要だ。

 手元に今ある情報が、「この学校の生徒で赤いマフラーを着けた女の子」だけである以上、新たに情報を集める必要があるけど、コミュ障で友達の少ない俺にはそれが難しい。

 誰かコミュ力が高めで人気者で、知り合いの多い奴でもいればいいのだが。

 まぁ、そんな都合のいい奴いるわけがないか。


 「よっ! 夏芽おはよう」

 「あ、いたわ」

 「え?」


 振り返ると、爽やかイケメンの俺の親友、九条翔太が困惑の表情を浮かべている。

 俺はそんな親友の機嫌を取るために、爽やかな笑みを浮かべて話しかける。

 

 「おはよう、翔太。ちょうどいいところに来たな」

 「………何? どこか具合でも悪いのか? そんな苦しそうな顔を浮かべて」

 「………いや、笑顔なんだけど。爽やかさを意識した」

 「え。いや、どうみてもお腹痛いの我慢している人の表情だろ、それ」


 冗談かと思って翔太の顔を見ると、本気で心配している様子だ。

 どうやら俺は笑顔を作るのが壊滅的にヘタクソだったらしい。


 「………いや、体調は大丈夫だ。それよりお前に聞きたいことがあるんだけど」

 「なに?」

 「ちょっと人を探してて。顔の広い翔太なら知ってないかなって思って」

 「へぇ、珍しいね。夏芽が俺以外の人に興味を持っているなんて」

 「別に俺だってお前以外の奴に興味ぐらい………」

 「え、夏芽って俺以外に友達いたの?」

 「ぐっ」


 思わず両手で胸を押さえる。

 心にダメージを負った。まぁ、実際翔太以外に話す友達なんていないのは事実だが。


 「ごめんごめん。本当のこと言い過ぎた」

 「うぐっ、お前なぁ」

 「あはは!」


 なに笑ってやがんだ。

 その笑ってる顔もイケメン過ぎてさらにむかつく。

 

 「いいんだよ。俺は人付き合いが面倒だからわざと友達を作ってないんだよ」

 「はいはい、そういうことにしておいてあげるよ。で、人を探してるんだっけ?」


 ひとしきり笑った後、翔太はこちらに向き直って首を傾げる。


 「ああ。といっても、顔も名前もわかんないんだけど」

 「え、それでどうやって探すつもりなの?」


 翔太は「バカなの?」とでも言いたげにこちらを見ている。

 いやまぁ、俺も反対の立場だったらそう言うだろうけど、もうちょっと隠せよ。


 「だからこうして顔の広いお前に頼んでるんだろ。協力してくれ」

 「まぁ、いいよ。夏芽の頼みだしな」

 「翔太………」

 「千円な」

 「お金とるのかよ!」

 「あはは!」


 いつも通りの翔太とのおふざけで、少し心の緊張が解けた気がする。

 もしかしたら翔太はわざとふざけて緊張を解いてくれたのかもしれない。

 翔太は俺と違って、他人の心の機微に敏感なやつだから。

 俺は本当にいい親友を持った。


 「それで、夏芽は誰を探してるの?」

 「えっと、赤いマフラーをした女の子なんだけど」

 「え!? 夏芽にもついに気になる子が!?」


 前言撤回。こいつ、ただ面白がってるだけだわ。


 「翔太、俺は割と困ってるんだ。知り合いとかでいないか?」

 「えーなに、一目惚れしたとか?」

 「だからそんなんじゃないって! 俺が年を越せるかどうかがかかってるんだよ」

 「え、年を越すのに関係あるってどんな状況?」


 最初は面白がっていた翔太もさすがに困惑の表情を浮かべている。


 「とにかく一大事なんだ。心当たりないか?」

 「えー、赤いマフラーを着けてる子なんて結構いることない? それ以外に情報はないの?」

 「いや、それが………」


 翔太の質問にまたしても言葉を濁す。

 正直に言っても信じてもらえないだろうし、どうしたものか。


 「俺こう見えても人脈広いし、頼ってくれていいぜ」

 「翔太………」


 確かに、こいつは持ち前のコミュ力の高さで誰とでも仲良くなれる奴だし、かなり頼りになるのは間違いない。

 だけど、今更だけどこいつを巻き込んでもいいのか?

 俺が探しているのは、近い将来に電車に飛び込んで自殺しようとしている女の子だ。

 そんな危険な案件に、翔太を巻き込んでしまっていいのだろうか。


 「………やっぱりいいや。俺一人で探すわ」

 「え、どうしたんだよ? ボッチのお前じゃ無理だろ?」

 「ぐっ」


 本当に顔はいいのに一言多い奴だな。顔はいいのに。


 「今更遠慮するなよ。俺たち小学校からの付き合いだろ?」

 「翔太………」


 翔太はニコッと明るい笑顔を浮かべている。

 どうやら遠慮している俺を気遣ってくれたらしい。

 さっきの言葉もきっと翔太なりの気遣いなんだろう。

 わざと失礼なことを言って、俺が遠慮しなくていいようにしてくれたんだ。


 「お前、本当良い奴だよな。顔だけとか思って悪かったよ」

 「良いってことよ。顔も悪いお前を放っておけるわけないしな!」

 

 前言撤回。こいつに遠慮するとかありえないわ。

 むしろ地獄の果てまで連れまわしてやる。


 「じゃあ、遠慮なく俺の人探しに付き合ってもらうからな!」


 俺は宣戦布告するように翔太に指を突きつけ、翔太を教室の外へと連れ出した。

 …………さすがに、あの情報をクラスメイト達のいる教室で言うわけにはいかないからな。




※※※※※※※※※




 「………は? 今なんて?」


 教室から翔太を連れ出し、俺たちはいま写真部の部室の中にいる。

 朝ならだれも使っていないし、内緒話をするにはうってつけだ。

 そこで俺は、翔太に探している人物のあの情報を話した。


 「だから、赤いマフラーを着けた女の子で、自殺しそうな子を知らないかって言ったんだよ」

 「いや、なんで?」


 翔太は本当に困惑した表情を浮かべている。

 それもそうだろう。いきなり幼馴染から自殺しそうな子を探してると言われても戸惑うにきまってる。

 だけど、他に探している人物の情報がないんだから仕方がない。

 

 「他に情報がないんだよ。俺が知ってるのはこの学校の生徒で、赤いマフラーを着けていて、近いうちに自殺しそうってことぐらいしか」

 「いやいやいや、ちょっと待って! 何で自殺しそうってわかるんだよ?」

 「それは………」


 言葉が詰まる。

 正直に言ったところで信じてもらえないだろうし、どうしたものか。


 「………夏芽、お前一体何に首突っ込もうとしてるんだ?」

 「………………」


 翔太は真剣なまなざしでこちらを見つめてくる。

 きっと、翔太は心配してくれているんだろう。

 ………なんせ、昔の俺の失敗を幼馴染の翔太は知っているから。


 「夏芽、お前だって忘れたわけじゃないだろ? 

 昔、他人の事情に首突っ込んでどうなったか」

 「………ああ、覚えてるよ」


 忘れるわけがない。今も、あの子に言われた言葉が頭から消えない。


 「あの子のことだろ」


 小学6年生の時、俺は他人の家庭の問題に首を突っ込んで、その結果、女の子を1人自殺へと追い込んでしまった。





※※※※※※※※※






 あれは、小学校6年生の冬のことだった。

 当時の俺は今よりもだいぶ明るくて活発な子供だった。

 人と話すのが大好きで、困っている人を放っておけない、今思うと偽善者のような子供だった。

 そんな俺は、席替えで隣の席になったことをきっかけに、ある女の子と話すようになる。

 長いポニーテールが特徴的な、目の大きなかわいい子。

 その子は6年生になってから転校してきた子で、俺はその子と仲良くなりたくてとにかく何でも喋った。

 最初は無口だったその子も、俺の根気に負けたのか、次第に話してくれるようになり、夏休みに入るころにはすっかり友達になっていた。

 今思えば、俺はその子のことが好きだったのかもしれない。

 いわゆる初恋ってやつだ。

 休みの日には遊びに誘って、2人でいろいろなところに出かけた。

 俺の家に呼んで一緒にゲームをしたことだってある。残念ながらその子の家に俺がお呼ばれされたことはなかったが。

 それもそのはずだ。その子の家には致命的な問題があったのだから。


 「わたし、お父さんからいじめられてるの………」


 そう言われたのは、二学期の終わりごろだった。

 突然のことに、俺はなんて言葉をかけたらいいかわからなかった。


 「ごめんね、急にこんなこと言って。でも、何かしてほしいわけじゃないの。夏芽くんに知っていてほしかっただけなの。だから気にしないで」


 そう言ってその子は笑った。

 だけど、そのころの俺は、とにかく好きな子を助けなきゃと思って、その子に黙って先生に伝えてしまった。


 結果からいえばそれは大失敗だった。

 俺から話を聞いた先生はすぐに児童相談所に通報してくれ、その子の父親は警察と児童相談所から取り調べを受けた。

 だけど、結果として父親の虐待を確認できなかった。

 児童相談所で保護されていたその子も、しばらくすると父親のもとへと戻され、学校にも登校してくるようになった。

 俺はすぐに謝った。「助けられなくてごめん」と。

 その子は「気にしないで」と笑って許してくれた。

 だけど、その頃からその子は目に見えて元気がなくなっていった。

 俺が話しても笑ってくれなくなった。

 遊ぼうと誘っても断るようになった。

 そんな態度に耐えかねて、学校からの帰り道、俺はその子に聞いた。


 「どうして、そんなに元気がないの?」


 俺のその言葉に、今まで耐えていたものが一気に崩れてしまったのか、その子は激情を露わにして俺にこう言った。


 「夏芽くんのせいだよ! 何もしなくていいって言ったのに、夏芽くんが余計なことをしたから、お父さんのいじめが余計にひどくなったじゃない!」


 衝撃だった。俺は自分が正しいことをしたと思っていた。困っている人を助けるのは正しいことだと信じて、それができる俺は良い人間なんだって自己満足ばかりで、その子のことを何も考えちゃいなかったんだと気が付いた。

 でも、その時にはもう遅かった。

 だってその子はもうとっくに傷だらけだった。目に見える傷じゃない。

 児童相談所や警察が虐待を見逃したように、体は傷一つなくきれいだった。

 だって、その子が受けていたのは、暴力なんかじゃなくて


 「私が何されてるかわかる? 私はお父さんから――――――――――」


 心の虐待だった。

 体はかわいがって、その子の心をボロボロに傷つけていた。

 真相を聞いて、俺は黙ったままそこに立ち尽くすしかなかった。

 そして、そんな俺を見たその子は、


 「夏芽くんなんて、死んじゃえばいいんだ!」


 そう言って、俺を置いて夕日の中に消えていった。


 それから次の日のことだった。

 その日は俺の心情を表すかのように、雪が積もって寒々とした一日だった。

 俺はいつになく落ち込んで登校した。

 今日会ったら、あの子に謝ろう。

 そう決心して昇降口の近くまで来た時だった。


 ドサッ


 急に目の前に何かが落ちてきて、俺はびっくりしてしりもちをついた。


 「―――――え」


 目の前の雪を、真っ赤な血が汚していく。

 その血は俺の目の前に落ちて来たものから広がっていた。

 それは、目を閉じてもう永遠に動くことのない、俺の初恋の女の子だった。


 後から聞いたことだが、屋上にはその子の靴が揃えて置いてあったらしい。

 それから、俺はもう他人に関わることはやめた。

 他人と関わってもろくなことがない。

 人を傷つけるのも、自分が傷つくのももう懲り懲りだ。

 俺はもう、他人と関わるのが面倒になったんだ。




※※※※※※※※※




 「夏芽、もう他人の問題に首突っ込むのはやめたんじゃなかったのか?

 お前、あれから誰とも喋んなくなって、今じゃ腐れ縁の俺ぐらいしか話さなくなっちゃったじゃないか。お前が人と関わるのをやめたのも、あの子が原因なんだろ?」

 「………別に、今度は余計なことをするつもりはねぇよ」

 「夏芽………」


 あの頃の俺を知っている翔太が心配するのは無理もない。

 だけど、今回は違う。

 自殺を思いとどまらせたいのはただ単に、そうしないと俺が強制的に21日に戻ってきてしまうからだ。

 どういう理屈でそうなっているのかはわからないが、そうしないと俺は先に進めないのだ。

 昔のように他人の事情に深入りする気は毛頭ない。そんなことしたって良いことなんて何もないことは身をもって知っているんだから。

 言い聞かせるように心の中で呟き、俺は翔太に向き直る。


 「翔太、俺は別に昔の過ちを繰り返すつもりはねぇよ。

 俺は俺のためにその子を助けなきゃいけないんだ」

 「どういうことだ?」

 「その、信じられないとは思うんだけど………」

 「?」


 言い淀む俺を見て、翔太は不思議そうに首を傾げている。

 正直に言ったところで頭がおかしくなったのかと心配されそうではあるけど、ここまで話した以上、正直に言ってしまった方がいいだろう。

 そう決心して俺は翔太を見つめる。


 「実は俺、その子が死ぬと、21日からやり直さなきゃいけないんだ」

 「……………は?」


 とうとう頭おかしくなったのかと言わんばかりに翔太は眉を顰める。

 その反応は想定内だが、こちらは至って真剣なんだ。まともに聞いてほしい。


 「まぁ、聞いてくれ。実は俺が21日、つまり今日をやるのもこれで3回目なんだ」

 「…………そんな。悩んでたならもっと早く俺に言ってくれればよかったのに。

 もう取り返しのつかないレベルまで頭が」

 「イカれてねぇよ! 良いから話を聞け!」


 深刻そうな顔でなんて失礼なことを言うやつだ。

 とにかく俺の名誉のためにも、俺は今まで起こったことを翔太に話すことにした。


※※※※※※※※



 「………というわけだ」

 「………いや、意味わかんないんだけど」

 「まぁ、そういう反応になるよな。でも本当なんだよ」


 俺の話を聞いた翔太は、頭を抱えて困惑している。

 まぁ無理もないか。

 こんな話、信じろっていう方が無理な話だ。


 「それじゃあ、あれか? 夏芽は21日からループしているってわけか?」

 「まぁ、そうなるな。今は2回目のループの真っただ中だ。できれば今回で最後にしたいんだけど」

 「………でも、それっておかしくないか?」

 

 翔太は何かに気が付いたのか、真剣な顔でこちらを見つめてくる。

 俺の親友は実はイケメンなうえに頭もいいというハイスペックぶりだ。

 もしかしたら俺が見落としている、何か重大なことを見つけたのかもしれない。

 俺は期待の眼差しを翔太に向ける。


 「なにがおかしいんだ?」

 「いやだって、普通逆だろ!

 ループものは主人公が死ぬと戻るってお約束だろ!

 何お前だけ主人公ポジ盗っておいて女の子に死ぬ役やらせてんだよ!」

 「いや、そんなこと俺に言われても………」

 「うるさい! なんだよその漫画みたいな話! いいなー主人公!

 お前だけずるいぞ! お前が主人公ポジだっていうならお前が死ね! そして俺もループしてみたい!」


 突然の熱狂ぶりに思わず圧倒されてしまう。

 そういえば翔太って昔から漫画とかアニメとか大好きだったな。

 そんなお約束とか言われても、こっちは好きで戻っているわけじゃないからどうにもならないんだが。


 「翔太! これは漫画の世界じゃなくて現実なんだよ。

 俺にとっては死活問題なんだ。真面目に考えてくれ」

 「っと悪い。ループなんて聞いたらオタクの血が騒いじゃって」

 「全く………」


 どうやら落ち着いたらしい。

 翔太はイケメンではあるが、たまにこうしてオタクの発作が起きてしまうのだ。

 そこがまた陰キャな俺には好感が持てるところなのだが。


 「とにかく、俺の人探しに協力してくれないか?

 お前もこの学校の生徒が死んじゃうのは嫌だろ?

 一緒に自殺を止めようとまでは言わない。その子を探してくれるだけでいいんだ」

 「うーん、正直あまり信じられる話じゃないんだけど………」


 やっぱり無理か。

 だが、今の情報から探し出すのはコミュ障の俺のだけじゃ無理がある。

 なんとしてもコミュ力の高い翔太の力は借りたいところだ。

 仕方ない。こうなったら最後の手段を使おう。


 「もし見つけられたら、ステーキゴストの………」

 「一番高いメニュー」

 「………1500円までじゃ」

 「一番、高い、メニュー」

 「……………わかった」

 「よしっ!」


 強欲な奴め。

 だけどそれゆえに食べ物で釣れてよかったと考えるべきか。


 「それで、俺は何したらいいの?」

 「友達とかに悩んでいる女子はいないかとか聞いてみてくれ。

 お前ならその辺上手くやれるだろ?」

 「りょーかい。それとなく探ってみるよ」

 「助かる」


 翔太は「任せろ」と親指を立ててドアの方へと歩いていく。

 そういえばもうそろそろ始業のチャイムが鳴る時間だ。

 俺も急いで教室に戻らないと。

 

 「あ、そういえば」


 ドアに手をかけたところで、翔太はこちらに振り返る。


 「どうした?」

 「俺、放課後はやることあるから人探しできなさそうなんだけど、いい?」

 「え? まぁ、終業式までに見つけられればいいけど」

 「わかった。休み時間とかに聞き込みしてみるよ」


 翔太はそう言うと先に教室の方へと歩いていく。

 それにしても用事って何なんだろう。

 翔太は部活はやっていないみたいだし、塾とかも特に通ってなかった気がするけど。

 まぁ、食べ物に釣られてるし、なんだかんだ言って翔太は友達思いな奴だ。ちゃんとやってくれるだろう。

 俺も頑張らなくちゃな。

 決意を新たにし、部室のドアを閉める。

 ちょうどその時、始業のチャイムが鳴り響く。


 「………あ、そういえば」


 思い出した。

 俺は前回のループ中、未来が変わらないようになるべく前回の時と同じように行動するようにしていた。

 だけど、その中で唯一、前回と大きく違う行動をした時がある。

 

 「一応、行ってみるか」


 もしかしたらその子につながる何かが分かるかもしれない。

 俺は部室のドアを閉めると、窓の外の空を見上げた。


 ―――――始めよう。

 今度こそ、あの子を救って、俺は先へと進むんだ。


 胸の中で呟き、チャイムが響く廊下へと一歩踏み出した。





※※※※※※※





 放課後の廊下は、文化部の生徒が残っているだけで少し閑散としている。

 俺はある教室の前に来ると、扉に手をかける。

 扉の上の表札には「美術室」の文字。

 前回のループとループ前とで違う行動といえば、21日に俺が屋上に行って美術部の3人と会話をしたことくらいだ。

 だから、あの3人と話せばあの子に関する何かが分かるかもしれない。

 それにしても他の部活の部室に入るのって緊張するな。

 めっちゃ手汗出てきた。

 後で教室出る時にドアノブの汗拭いておかないと美術部の人にキモイとか思われないか心配だ。

 少し不安になってきたが、とにかく3人から話を聞かないと始まらない。

 俺は覚悟を決めて扉を開く。


 ガラ


 扉を開けると、そこには一人の女子がいた。

 木製の椅子に座り、キャンバスに向かっている。

 2回目の21日に屋上で会った、俺に絵を見せてくれた二つ結びの美術部員だ。

 前回はなぜか嫌われているようだったが、今回のループでは初対面だし大丈夫だろう。

 緊張で汗ばんだ手を握り、俺は彼女に声をかけようと口を開く。


 「………やっぱり来たのね」

 「!」


 俺が声をかける前に、その子は手に持っていた筆を止め、そう一言呟いた。

 二つ結びの黒髪を揺らしゆっくりと振り返る。

 前回の屋上の時は絵を見るのに夢中で気が付かなかったが、白い透き通るような肌に深い色の大きな瞳、そこに影を落とす長い睫毛といい、とても綺麗な顔立ちだ。

 その表情は驚きも戸惑いもなく、ただ真っ直ぐにこちらを見つめている。

 さっきの言葉といい、まるで俺がここに来ることを知っていたようなそぶりだ。

 でもそんなはずない。だって今の俺とこの子は初対面のはずなんだから。


 「それで、こんなところに何の用なの。時遠くん」

 「! なんで、俺の名前を知って………」

 「こう見えて小学校から中学1年生まで同じ学校だったんだけど?」

 「え?」


 二つ結びの女の子はそういうと、スカートを整えながら立ち上がる。


 「彩本栞。それが私の名前よ」

 「さいもと、しおり………」


 そう言われると聞いたことがある、気がする………


 「聞いたことあるかも。確か同じクラスにはなったことなかったよな?」

 「………中学1年の時は同じクラスだったのだけど」

 「…………………」


 気まずい。

 正直中学の頃の記憶はあまりない。

 なんせ、あの頃の俺はかなり荒れていたから。


 「まぁ、覚えていないのも無理はないわね。あんなことがあった直後だもの」

 「彩本さんも、知ってるのか?」

 「当然。だって私、アキと友達だったもの」

 「------」


 そうだ。思い出した。

 いや、忘れたわけじゃない。だけど思い出すのを心のどこかで避けていた。

 冴祈(さいき)あき

 それが昔、俺が自殺に追い込んでしまった女の子の名前だ。

 そんなことまで知っているなら、間違いなく彩本さんは俺の昔のクラスメイトなのだろう。

 でも、だからといって何で俺が来るのを知っているような言い方をしたんだ?


 「それで、何の用なの?

 まぁ、大体は予想がつくけど」

 「?」

 「最初の21日と前回の21日とで違う展開といえば、屋上で美術部員と話したことだものね」

 「! 君も覚えて………」

 「ええ、バッチリ覚えているわ」


 俺だけじゃなかったんだ。21日に戻っているのは。

 でも、だとしたらあの日死んだのは目の前にいる彩本さん?

 じゃなきゃおかしい。

 だって時間が戻る時に決まって俺の近くにいたのは、終業式の日に死んだ女の子だけだから。

 

 「でも、ここに来るのは間違ってるわ。もう戻りたくないなら、私には関わらない方がいい」

 「そういうわけにもいかないんだよ。

 俺は君の自殺を止めないと、先に進めないんだ。

 死にたい事情があるのかもしれないけど、悪いけど俺は全力で止めて………」

 「待って。あなた何を言ってるの?」


 彩本さんは眉をひそめてこちらを見つめる。

 まるで心当たりがないとでも言いたげに。


 「いや、だって君が死ぬと21日に戻っちゃうんだろ?

 終業式の帰り、駅のホームで君が飛び込んでから俺は21日に戻ってきたんだ」

 「何を言ってるの?

 あの日死んだのは、時遠くんの方でしょ?」

「…………………………え?俺が? 

 いや、そんなわけ」


 そうだ。そんなわけない。

 だって俺ははっきり見たんだ。吹雪で一瞬、彩本さんの姿が見えなくなった次の瞬間、雪に血が広がっていく光景を。

 …………あれ、でも飛び込む瞬間は見てない?


 「気づいてないの? 私はあの日、駅のホームから突き落とされる時遠くんを見たのよ」

 「え――――」


 なんだ、それ。

 あの日、雪が降ったあの日、駅で電車に轢かれて死んだのは俺の方だっていうのか?

 

 「でも、一体誰が! ………いや、じゃあ2回目の時は?

 大晦日の日、電車に轢かれた君を見た直後に俺は21日に戻ったんだ!」

 「それに関しては、私はもうすでに死んだ後のことだからわからないけど………でも、少なくとも私が死んで時が巻き戻るなら、時遠くんが私を見つける前にもう戻ってるはずでしょ。

 あなた、私の死体を見た後にまた殺されたんじゃない?」


 そんな。そんなのおかしい! いったい誰が俺を殺すっていうんだ?

 ………でも、そう考えれば辻褄が合う。

 彩本さんの言う通り、彩本さんが死んで時が戻るなら、俺が彩本さんの遺体を見れるはずがない。

 死ぬ瞬間を見たのならあり得るのかもしれないが、前回は電車は完全に止まって運転手が下りてくるところだった。彩本さんが死んでから数分は経っていただろう。

 それに最初の終業式の日も、よくよく考えれば彩本さんが飛び込んだのだとしたら、彩本さんの姿が見えなくなった直後に雪に血が広がっていく光景を見るのはおかしい。

 普通は電車が止まって車体の下敷きになって見えないか、そもそもしばらく電車の車両が通り過ぎるまでは見えないはずだ。

 それなのにすぐに血が広がっていくのが見えたということは、あれは吹き飛ばされて雪の上に落ちた体から出た血ってことになる。

 だとしたら、あれは、俺の頭が雪の上に落ちて見えた景色だったのか?


 「そんなわけ…………

 ていうか、俺が一体誰に殺されるっていうんだよ? 恨まれる覚えなんてないし」

 「私のせいよ」

 「え?」


 彩本さんは苦し気に瞳を伏せ、口を開く。


 「時遠くん、あなたが死ぬ理由は簡単。私に関わったから、ただそれだけよ」

 「………どういう意味?」

 「私ね、厄介なストーカーがいるの」

 「は? 何だよそれ」


 冗談かと思ったが、彩本さんは真剣な顔でこちらを見つめ返してくる。


 「もしかして、最初の終業式の時に俺に相談したかったのって………」

 「ええ。ストーカーについてよ」

 「じゃあ、俺を殺したのって」

 「私のストーカーよ。この目で時遠くんが突き落とされるところを見たもの。間違いないわ」


 彩本さんはそう断言すると、一歩近づいてくる。

 それに合わせて俺は一歩後ずさった。

 怖い。

 いったい誰がそんなことをしたのか、知るのが怖い。

 だけど、聞かずにはいられない。

 

 「それは、誰なんだよ」

 「あなたのよく知っている人物よ。

 だから、あなたに相談しようと思ったの。あなたの言うことなら聞いてくれると思って。でも、それも間違ってたみたいね」

 「それってまさか」

 「九条翔太よ」

 「…………」


 彩本の口から紡がれた聞きなれた名前に、俺は頭が真っ白になる。

 なんで、そんな。

 きっと何かの間違いのはずだ。

 だって、あいつがそんなことをする理由なんてないはずだ。


 「………あいつは、そんなことしない」

 「信じられないのも無理はないわ。

 でも、私は確かにあの日、駅のホームからあなたを突き飛ばす彼の姿を見たの。

 あの日何があったのか、私の知っていることをすべて話すわ」


 そう言うと彩本さんは立ったまま、雪が降ったあの日、最初の2021年12月23日のことを話し始めた。






読んでくださりありがとうございます。

続きもぜひ楽しんでください。

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