ループ1:時遠夏芽の怠惰
雪から連想してこの作品を書いてみました。
ミステリーやサスペンスが好きなので、そういうものを目指してみました。
タイムリープ要素も入っています。そういうのも好きなので。
謎が謎を呼び、最後にはすっきりと解けるよう頑張りたいと思います。
2021年 12月23日
待ちに待った終業式があったその日は今年一番の寒波で、普段は雪が降らないこの地方でも、辺り一面に真っ白な雪が積もっていたのを今でも覚えている。
おまけに、酷い吹雪が吹いていて視界も悪かった。
なのに、なのに………
真っ白な地面にゆっくりと広がっていく赤。
雪を溶かしながら白を侵食していく温かい赤。
見たくもないはずなのに、恐ろしいもののはずなのに、俺は、どうしても目が離せなくて――――――
俺はあの日、一つの命が失われていく光景を確かに見たんだ。
1 回帰と決意
「ハッ」
目が覚めると、見慣れた天井が目に飛び込んでくる。
視線を横にずらせば、壁にかかった鏡に、寝ぐせでボサボサの目つきの悪い男子高校生の姿が映し出されている。
ここは………俺の部屋?
体を起こす。
どうやらベッドで眠っていたようだ。
手櫛で寝癖を直しながら、俺はさっきの光景を思い出す。
今のは、夢?
頭がぼんやりする。
何か、とても怖い夢を見た気がする。
人が死ぬ夢だ。
……………いや、あれは夢なんかじゃない。
あれは間違いなく現実だった。
俺は確かに、真っ白な雪に血が広がっていく光景を見たんだ。
それで………俺はどうしたんだっけ?
ぼんやりする頭を振って、壁に掛けられたカレンダーの予定を見つめる。
2021年12月23日、終業式があった日。
はっきりと覚えてる。
あの日は朝から大雪で、部活が終わる頃にはすっかり雪が積もって吹雪になっていた。
本当は部活は5時に終わる予定だったんだけど、部室の大掃除が長引いて終わったのが6時になったんだっけ。
その後、急いで教室に行ったけど誰もいなくて………あれ、なんで教室に行ったんだ?
普段なら部活が終わったら、そのまま駅に向かっているはずだ。
………そうだ、確か待ち合わせをしてたんだ。俺に相談したいことがあるって言われて。
でも、教室にいなかったから、駅まで走っていった。
急げばまだ、駅にいるかもと思ったんだ。
外はすごい雪で、視界が悪かった。
だけど駅に着いた時、反対のホームにその子がいるのを見つけて…………あれは、女の子だった気がする。
「いや待て、陰キャの俺がなんで女の子と待ち合わせしてたんだ!?」
思わず声が出た。
だって、それくらい一大事だ。
どんなに贔屓目に見ても、俺は冴えないクラスの陰キャ。
小学生の頃はそうでもなかったのだが、今ではクラスの端っこで一人机に突っ伏して休み時間を過ごすような存在だ。
当然、女友達は一人もおらず、クラスの女子ともあまり話したことがない。
そんな俺が、一体何があったら女の子と待ち合わせをすることになるのだろうか。
うーん、思い出せない。肝心なところなのに。
ていうか、なんでこんなに記憶が曖昧なんだ?
確かに俺は面倒くさがりな性格で、細かいことはいちいち覚えてないし、気にしないところがある。
だけど、それにしたって昨日の出来事をこんなに覚えていないなんて異常だ。
そういえば、人は恐ろしいものを見ると、忘れたいという思いから記憶が曖昧になるって前にテレビで言ってたっけ。
きっと今の俺はそういう状態なんだろう。
何せ、人が死ぬところを見たんだから。
………そうだ、あの日、人が死んだ。
真っ白な雪に血が滲んでいく光景を、俺は確かに見たんだ。
誰の?
……………思い出せない。
でもあの日、駅のホームには、俺と反対のホームにいる女の子しかいなかった。
「………だとしたら、その女の子が電車に飛び込んだ?」
声に出すと、改めて現実味が帯びてくる。
そうだ、そうとしか考えられない。
………少し思い出してきた。
俺はあの日、線路越しにその子に声をかけた。
だけど、電車が近づいてきたからお互いの声が聞こえなくなってしまったんだ。
おまけに吹雪がひどくて女の子の姿が一瞬雪で見えなくなってしまって、次の瞬間…………雪に広がっていく血を見た。
ここまでくれば、答えは一つ。
「終業式の日、俺の学校の生徒が一人、自殺した………?」
ピピピ ピピピ ピピピ
突然、部屋に大音量のアラームが響き渡る。
もう冬休みに入ったというのに、癖で目覚ましをセットしてしまったようだ。
「………はぁ。面倒くさ」
けだるい腕を嫌々動かし、枕元に置いてあるデジタル時計に手を伸ばす。
「………え?」
アラームを止めて、改めて画面をまじまじと見る。
この時計は先月に買ったもので、画面に時間が映し出されるようになっている。
その画面の中にある文字を俺は目をこすって何度も見直す。
しかし、何度見ても映し出されている文字に間違いはない。
【2021年12月21日】
「は? 何で? 時計が壊れたのか?」
だけど買ったばかりだし、しかもデジタル時計がそう簡単に壊れるものか?
混乱しつつも、急いで机の上で充電器にさしていたスマホを手に取る。
だが、そのロック画面の日付を見て俺はさらに混乱する。
【2021年12月21日】
「なんで………いや、21日なわけが………」
まさか、2日前に戻ってきたわけじゃないよな?
そんなわけない。そんな漫画みたいなことあってたまるか。
タッ タッ タッ
混乱している頭をよそに、耳は階段を上る足音を拾う。
この足音は、母さん………?
足音はこちらに近づいてきたと思うと、部屋の前で止まった。
バン!!
部屋のドアが勢い良く開けられる。
「うお!?」
そこには、エプロンを身に着けて仁王立ちする、俺とよく似て目つきの悪い母さんの姿があった。
生来の目つきの悪さも相まって、その迫力は朝から凄まじい。
どうやらかなりお怒りのようだが、一体どうしたというのか。
今日は学校は休みだというのに。
「夏芽! 今何時だと思ってるの! 早く支度しないと遅刻するわよ!」
………ハハハ。母さんったら、俺が今日から冬休みだってこと忘れているらしい。
まったく、休みくらい静かに寝かせてほしいものだ。
俺は布団をかぶりなおして、けだるげに母さんの方に視線を向ける。
「母さん、何言ってんの。もう冬休みに入っただろ」
「何馬鹿なこと言ってんの! 今日は21日、終業式までまだあと2日あるでしょ!」
「!」
母さんは怒りの形相で、俺から布団をはがしとる。
普段だったら猛抗議するところだが、今はそれどころじゃない。
(いや、そんなまさか………)
「いや、昨日が終業式だったろ? すごい雪も降ってて、早く家を出ないと遅刻するって話してたじゃないか」
「まだ寝ぼけてるの? 終業式はまだだし、今年はまだ雪なんて降ってないでしょ!」
「っ」
そんなこと、あるわけない。
頭ではわかってる。
だが、狂うはずのないデジタル時計もスマホの時計も21日を表示している。
それに、母さんまで言うんだからこれはもう認めるしかないのかもしれない。
信じられないことに、雪が降ったあの日、俺は目の前で人が死ぬところを見て、それで
―――――――――2日前に戻ってきたんだ。
※※※※※※※※※
とにかく学校に行かないと母さんに怒られる。
俺は混乱しながらも、素早く準備を済ませて、学校に向かうためにいつも乗る電車に乗り込んだ。
揺れる電車の中、見慣れた景色をぼんやりと眺めながら、俺はこれからのことを考えてみる。
とにかく今は情報が欲しい。
どうして2日前に戻ってきたのかはわからないが、俺はこれからどうするべきなのか考えなくては。
「………あー、クソ。面倒くさい」
ごちゃごちゃ考えるのは面倒くさい。
どれだけ一生懸命にやったって、上手くいくとは限らないし。
そもそもどうして俺がこんな目に合わなきゃいけないんだ。
「でも、あの日………」
あの日、確かに人が死んだ。
なんであの子が自殺したのかは分からないが、人が死ぬことを知っているのに何もしないのは、いいのだろうか。
『――――夏芽くん』
小学生の頃の記憶がフラッシュバックする。
(………また、あの子の時の過ちを繰り返すつもりか?)
昔の記憶を振り払うように頭を振る。
とにかく一度整理しよう。
俺自身の記憶も曖昧だし、このままじゃ考えがまとまらない。
ぼんやりと窓の外を見ながら、俺はあの日のことをもう一度思い出してみる。
あの日は、今年最大の寒波で朝からたくさんの雪が降っていた。
線路にもたくさんの雪が積もっていて、電車のダイヤが大幅に狂っていたのを覚えている。
だから遅刻しないように、いつもより早めに家を出たんだ。
そうしたら早く学校に着きすぎてしまって、教室にはまだ誰も来ていなかった。
………そうだ。一人で教室にいたらあの子が来たんだ。
………………誰だっけ?
女の子だったのは覚えてる。
学校に着いてから俺の教室にそのまま来たのか、鞄を持ったまま、コートと真っ赤なマフラーをつけていた。マフラーの色が目立ってたから、それだけは印象に残ってる。
でも、他は何も覚えてない。顔も名前も思い出せない。
確か喋ったのもこの時が初めてだったと思う。
なのになぜか、部活の後に教室で待ち合わせすることになった。
確か、相談したいことがあるって言ってたっけ?
そうだ。だから部活が終わる5時に待ち合わせをしたんだ。だけど部活が長引いて結局6時になってしまった。
急いで教室に向かったけど、案の定、教室にはもういなくて、まだ駅にはいるかもと思って駅まで走って行った。
そうしたら、反対のホームに真っ赤なマフラーが見えて…………その後、電車に飛び込んだ。
……………あれ、ちょっと待て。
相談したいことがあると言われたのにもかかわらず、俺は待ち合わせに1時間も遅れてしまい、相手の話を聞いてあげることができなかった。
特に話したこともない俺なんかに相談するということは、それくらい大事な話だったんじゃないのか?
これって、俺がちゃんと待ち合わせに行って相談事を聞いていたら、自殺を思いとどまってくれたんじゃ………
分かってる。そんなのは思い上がりだ。
俺が相談を聞いたところで、俺に自殺を止められるほどの力はない。
でも、名前も顔も思い出せないけど、最後に俺を頼ってくれた子が死んでしまうのは、なんか嫌だ。
「はぁ、面倒くさい」
難しいことを考えるのは面倒くさい。
人付き合いも苦手な俺が、名前も思い出せない相手のために何かをするなんて面倒くさい。
「面倒くさい。だけど………」
何もしないのはなんか違う。
俺なんかを最後に頼ってくれた相手に対して面倒くさいと言えるほど、俺はまだ人付き合いを諦めているわけではないらしい。
変えよう。
未来を変えよう。
そうだ、これはきっとチャンスなんだ。
終業式の日まであと2日。
それまでにあの女の子を探して、自殺を思いとどまらせる。
穏やかに揺れる電車の中、俺は静かにそう決心した。
2 怠惰
キーンコーンカーンコーン
午前の授業が終わったことを告げるチャイムが、古びた校舎に鳴り響く。
静かだった校内が一気に騒がしくなり、お弁当を持った生徒達が一斉に動き始める。
「………はぁ、どうしよう」
未来を変えると決めたはいいものの、あれからずっと授業中も考えていたが、あの日自殺した女の子を探す方法が思い浮かばない。
そもそも手掛かりは、同じ学校の生徒であることと真っ赤なマフラーを着けていたぐらいしかないのだ。
どんな見た目だったのか、名前も全く思い出せない。
真っ赤なマフラーを着けている子は多くはないが、それでも全校生徒となればそれなりにいる。
こんな情報量でどうやってその子を探せと?
まして俺は陰キャで、親しい友達もそう多くはないというのに。
「………あれ、これ詰んでね?」
「なに、ゲームの話か? 夏芽」
「あ、翔太」
顔を上げると、同じクラスで俺の唯一の親友、九条翔太の姿がある。
名前のかっこよさに劣らずその顔面も非常にイケメンで、今年の4月に入学してからすでに二桁の女子から告白されているらしい。
まぁ、何故かその全員断って今も彼女はいないらしいが。
全く、選び放題だというのに贅沢な奴だ。
今もクラスの女子や教室の外には他クラスの女子たちが弁当を持ってこちらを見つめており、翔太をランチに誘う機会を窺っているのがわかる。
恐らく翔太はそのことに気が付いているが、全員に断るのが面倒なのでこうして俺のところに避難してきたのだろう。何せ前回の21日もそうだったし。
「ここで食べていいか?」
「いいよ。モテる男は大変だな」
「からかうなよ」
そう言いながら、近くの椅子を持ってきて、俺の席に弁当を広げる。
彼はいわゆる陽キャというやつだ。
そんな翔太と陰キャの俺がなぜつるんでいるかというと、単純に家同士が近くで、小学校からの幼馴染だからだ。
昔の翔太はどちらかと言うとおとなしい性格だったと思うが、いつの間にか陽キャと言われる人種になり、俺とは正反対の存在になってしまった。
それでも翔太は人に合わせるのが上手く、誰とでも仲良くなってしまうような奴なので、そのハイスペックぶりに嫉妬することはあっても、嫌いにはなれない。むしろ一緒にいると楽しいと思える、この学校で俺が唯一心を許せる奴なのだ。
「それで、何が詰んでんだ? 悩みでもあるなら相談に乗るけど?」
「いやぁ、悩みっていうかなんというか………」
人脈の広い翔太に話せば、あの女の子を見つけられるかもしれないが、なんて説明すればいいのか。
「2日後に人が死ぬから助けたい」なんて言っても信じてもらえるわけないし。
そもそも、顔も名前もわからない人を探すなんて無理があるんだ。
もういっそ23日になるまで待つのが手っ取り早い気がする。
何せ23日の朝になれば、向こうの方からこっちに接触してきてくれるのだから。
「………そうか。そうすればいいんだ」
解決策を思いつき、思わず笑みがこぼれる。
「………なんで笑ってんだ? キモ」
「おい、それが親友に言う言葉か」
「あ、ごめん。つい本音が」
「おい!」
「悪い悪い」
全く翔太は、一言余計なんだから。
でも、これは妙案だと思う。
探し出すのは面倒だし、23日に部活を早めに抜けて、その子との待ち合わせに遅れなければいい話だ。
そうすればきっと、あの未来は回避できるはずだ。
「いや、さっきまで悩んでたんだけど、たった今問題の解決策を思いついてね」
「問題?」
「ちょっとね」
「ふーん」
俺が話す気はないと察したのか、翔太は特に何も言わずおかずを頬張っている。
こいつはコミュ力も高いため、空気を察するのが上手いのだ。
口下手で面倒くさがりな俺には、かなりありがたい親友の美点だ。
「あ、その唐揚げ美味そう。もーらい」
「あ、ちょ!」
気が付くと、弁当のから揚げが一個無くなっている。
なんてことだ。冷凍食品だらけのおかずの中で、唯一、我が時遠家自慢の母の手作り唐揚げだというのに。
そういえば前回の21日でもこいつに唐揚げ盗られたっけ。
「このっ。 じゃあハンバーグもーらいっ」
「おい! ハンバーグはダメだろ!」
お弁当のメインを盗られて、翔太が箸で応戦する。
おかず争奪戦の開幕だ。
いつも通りの、前回と同じ穏やかな時間が流れていく。
このまま、終業式の日まで前回と同じように過ごしていればいい。
それで、すべて解決するはずなんだから。
※※※※※※※※
長くて退屈な授業が終わり、部活動が始まる時間。
前回と同じように所属している写真部に顔を出した俺は現在――――――じゃんけんに負けてジュースの買い出しに行っている。
「くそぉ、前回何の手で負けたのかちゃんと覚えておけばよかった………」
前回に引き続き、買い出しに行く人を決めるじゃんけんで負けてしまった。
せっかく2回目だというのに、これじゃあ意味ないじゃないか。
せっかくやり直しているなら、前回より何か得をしたいものだ。
ガシャン
自販機からハバネロミルクティーという狂気じみた缶ジュースを取り出し、持ってきた袋に詰める。
………うちの部員の味覚は大丈夫なのだろうか。
少し心配だが、とりあえずこれで全員分買えた。
「戻るか」
自販機は1階にしかないため、部室のある4階まで階段を上って戻らなくてはならない。
「はぁ、面倒くせぇ」
ため息をついて、重みのある袋を握りなおす。
前回も階段を上るのに苦労したっけ。それをまた繰り返さないといけないとは。
「はぁ」
吐いた息が上まで続く階段に吸い込まれていく。
踊り場には窓からオレンジ色の夕日が差し込み、冷たいコンクリートの建物を温かく彩っていた。
あ、そういえば、確か俺が前回買い出しに行っている間に何かあったな。
………そうだ。写真だ。
前回では俺が買い出しに行っている間に、空に飛行機雲がかかり、夕日と相まってとてもきれいな景色が見れたらしい。
残念ながら俺が部室に戻ったころには雲も薄れて見れなくなってしまった。
その風景の写真を撮った部活の仲間に自慢されたっけ。
「………今ならまだ見えるかも」
せっかく2回目なんだ。
ちょっとくらい得しても罰は当たらないはずだ。
どうせなら屋上に上ってみようかな。
俺の学校は屋上が解放されており、いつでも上ることができる。
フェンスがあるとはいえ、空の写真を撮るだけなら問題ないだろう。
部室のある4階を通り過ぎ、足を止めずにそのまま屋上まで階段を上っていく。
こんな寒い時期なら屋上の人気は落ちるから、誰もいないだろう。
そんなことを考えながら、屋上に続く扉に手をかける。
ギィィー
軋んだ音を立てて、古びた扉が開いていく。
そこには、俺の予想に反して先客がいた。
3人の生徒がパイプ椅子に座り、スタンドを立ててキャンバスに向かっている。
どうやら美術部が活動中らしい。
美術部であろう3人の女子生徒たちは、並んで座り、皆思い思いに筆を走らせている。
そのうちの一人が、俺の気配に気づいたのかこちらに振り向いた。
「!」
「っ」
気が付いた女子生徒は、長い髪を揺らしてペコリとお辞儀をすると、「どうぞ」と言いたげにジェスチャーしている。
とても気のよさそうな人だ。
制服のスカーフの色的に3年生の先輩だ。
邪魔しちゃ悪いけど、何も言わずに出ていくのも逆に失礼かもしれない。
正直よく知らない人と話すのは面倒でしょうがないが、仕方ないか。
女子と話す機会はあまりないため、俺は少し緊張しながら3人の方へと歩いていく。
「すみません、邪魔しちゃったみたいで………」
「いえいえ、コンテストも終わって今は暇な時期ですから」
「そうそう、部長の言う通り。君は1年? こんなところで何してるの?」
お辞儀をしてくれた気のよさそうな人が部長さんらしい。後輩である俺にも敬語を使っていていかにも優等生といった感じだ。
その隣に座っているポニーテールの人は元気そうな人で、突然現れた俺に興味津々といった様子だ。
残りの髪を二つ結びにした人は、絵に集中しているのか、こちらに見向きもしない。
「はい1年です。空がきれいだったから写真を撮ろうと思って」
「そうだったんだ。因みに私は2年生。確かに、今の空はめっちゃきれいだよね!」
「でもさっき程ではなくなってきたかもしれません。雲も薄れて来たし、夕日も沈んできちゃいましたから」
「そうですか。………でも、一応写真を」
何もしないのも気まずいので、ポケットから素早くスマホを取り出してカメラを起動する。
パシャ
「これでよし」
まぁ、本当は一眼レフで撮ったほうがきれいなのだが、部室に置いてきたのをすっかり忘れていた。
「でも本当残念ですね。あと5分くらい早ければ一番きれいな頃だったんですけど」
「いえ、最近は日が沈むのも早いですし。これで十分です」
スマホをポケットにしまってジュースが入った袋を持ち直す。
「では、邪魔しちゃ悪いですし、これで失礼します」
「あ、ちょい待ち! よかったらこの子の絵を見たら? 一番きれいだった時の空を忠実に再現してるから」
「え?」
ポニーテールの先輩はさっきから黙々と作業をしていた二つ結びの部員を指さす。
正直、ここまで女子と長く話していることはそうそうないため、緊張しすぎて早く立ち去りたいのだが。
「ちょっと先輩!」
「いいじゃん。減るもんじゃないし。同じ学年でしょ? 見せてあげたら」
「えー………」
俺と同学年らしいその子は、眉をひそめてすごく嫌そうだ。
そこまで嫌がられるとこちらが傷つくのでやめてほしい。
「そんなこと言わずに見せてあげたらどうですか?」
「部長まで………」
先輩二人に言われたからか、その子はしぶしぶキャンバスをこちらに向ける。
そんなに嫌なら別にいいのに………
そうは思いつつも、やはり興味は湧くもので、向けられたキャンバスをのぞき込む。
「………………すごい」
そこには、前回の時に部の仲間が撮った写真と瓜二つの空が描かれていた。
いや、写真よりこの絵の方がもっと躍動的で、幻想的な印象だ。
正直芸術とか俺にはよくわからないが、この絵を見ていると自然と胸が熱くなっていく感じがする。
さっき見た景色よりも、この絵の方が感動するというか、何だが目が離せない。
「本当、すごいよ。ありがとう、こんなに良い絵を見せてくれて」
口下手な俺にしては珍しく、すんなりと零れた褒め言葉だった。
だけど、その子は
「…………別に」
なぜか悲しそうにそう言うと、再び背を向けて作業を始めた。
「………俺、何かまずいこと言いました?」
「大丈夫だよ。元々クールな子だし」
心配になってポニーテール先輩に小声で聞いてみるが、どうやら誰にでもあんな感じらしい。
それならいいけど………
お目当ての写真も撮れたし、これ以上邪魔するのもよくないだろう。
「では、俺はこれで失礼します。ありがとうございました」
「良いってことよ!」
「また遊びに来てもいいですからね」
扉を閉めながら別れの挨拶を告げる。
扉が閉まる寸前、あの二つ結びの子が振り返る。
「………ダメ。二度と来ないで」
「え」
その目はなぜか真剣で、放った言葉はひどく冷たく感じた。
※※※※※※※※
それから、俺は未来が大きく変わらないようになるべく前回と同じように過ごしながら、穏やかな日常が流れて行った。
このまま行けば何もかも上手くいく。
なにせ2回目の経験なのだから。
23日になれば向こうの方から俺のところにやってくる。
そして待ち合わせの約束をして、今度は遅れないように気を付ければいい。
たったそれだけのことだ。
それで何もかも上手くいく。
そう、上手くいくはずだ。
そう、思っていた……………
※※※※※※※※
「………なんでだ?」
今日は、2021年12月23日。大雪が降る終業式の日。
現在時刻、午後6時15分。
俺は部活が終わり、駅のホームに立っている。
「どうして」
どうして、今日の朝、あの子は来なかったんだ?
俺は前回と同じように行動した。
前回と同じ電車に乗って、前回と同じように教室に1番乗りだった。
なのに、あの子は俺のところにやってこなかった。
それからも話しかけやすいように、一人で行動してみたが、やはりあの子はやって来なかった。
なんで? どうして?
もしかしたらと思って部活の後に教室ものぞいてみたが、当然中には誰もいない。
こうして前回と同じぐらいの時間に駅にやってきたが、反対のホームには誰もおらず、俺一人きりだ。
どうして、未来が変わったんだ?
前回と同じように行動したはずなのに。
俺の混乱を表すように、吹雪となった雪が視界を真っ白に覆いつくす。
こういうの、ホワイトアウト現象って言うんだっけ。
現実逃避気味にそんなことをぼんやりと考えていると、電車が近づいてくる。
そこで気が付いた。
「………なんだ」
何もこれは悪い状況じゃない。
だって、少なくとも今日は誰も死なないってことじゃないか。
スマホのニュースを見てみたが、遅延情報は特にない。
何があったかは分からないが、あの子は今日自殺することを思いとどまってくれたのかもしれない。
「………なんだ。よかったじゃん」
俺はほっとした気持ちでやってきた電車に乗り込んだ。
今思うと、この時の俺はバカだった。
いや、本当は気付いていたんだ。
なにも事態は解決していないことに。
23日に自殺しなかったというだけで、根本は何も解決しちゃいない。
たとえ23日に相談を聞いていたとしても、俺ごときで自殺を思いとどまらせることが果たしてできたのだろうか。
時間はあったのに、せっかく2日前に戻ってきたのになぜ何もしなかったのか。
俺は面倒だからと、考えることを放棄していた。
俺は間違いなく――――――――怠惰だった。
※※※※※※※※
2021年12月31日
今年の大晦日は、あの終業式の日に負けず劣らず雪が降り積もっている。
そんな雪にテンションが上がったからか、俺は大晦日に家いじっとてしているのが嫌で、近くのコンビニまで行こうと出かけた。
コンビニに行くには面倒だが踏切を越えなくてはならない。
あそこの踏切は人通りが少ない抜け道のような所にあるため、夜になると真っ暗になって見えにくくなってしまう。
今は午後4時。
最近は日が短いし、行くなら早くいった方がいいだろう。
そう思い、俺は踏切へ向かった。
踏切に着くと、すぐに異変に気が付いた。
辺りに漂う、むせかえるような鉄のにおい。
不自然な位置で止まっている電車。
慌ただしく電車から下りてくる運転手。
そこで、俺は…………
俺は、
白に混じる、温かい赤を見つけて、
それが辺りにたくさん飛び散っていて、それで、
それで、
かつて人間だった小さな物体が転がっているのを見つけたんだ。
そのバラバラにとんだ物体の中に、
あの日、
最初の終業式の日に見た、
女の子が着けていた真っ赤なマフラーが、
大量の赤に紛れているのを確かに見た。
「あ、ああ、ああ………」
俺は、俺は、
「あああああああああああああああ!!!!!」
なんて怠惰だったんだ。
最後までお読みいただきありがとうございました。
次回も投稿できるよう頑張りますので、待っていていただけると嬉しいです。