粗雑なラブコメ。……ラブコメ?
「好きです! 付き合ってください! あと結婚してください!」
「なにーっ! そんなばかな! 俺なんか好きになるはずがないだろう! どういうことだ!」
「ところがどっこい好きなんです! 私と恋人になって! 夫婦になって! 頼む! 命令だ!」
「信じない! 信じないぞおお! ありえない! 不可能だ! 間違ってるう!」
ある日の放課後。
家に帰ろうと教室を出たところで、突然同じクラスの女の子に手を掴まれて屋上に連れて行かれた。
鍵がかかっているはずの屋上の扉は、彼女がノブを回すとあっさりガチャリと開く。
屋上にはなぜかエアマットが敷いてあって、俺はその上に押し倒された。
仰向けになった俺の上に女の子がのしかかってくる。
俺の腰あたりに座って見下ろしてくるその子は、とてつもない美少女だ。
背中まで伸びた真っ直ぐな黒髪。
細く優美な弧を描く眉。
少し吊り上がった、キラキラ光る大きな目。
長いまつ毛。
スッと通った鼻筋に、ふっくらと柔らかそうな唇。
頬はほんのりとバラ色に染まっている。
クラス一、学年一、学校一、町内一、全国一、世界一、宇宙一の美少女。
『真森の前に真森なく、真森の後に真森なし』と言われた空前絶後の美の化身。
美少女概念の究極の結論。
神様に毛が三本足りないだけの超存在。
宮塚真森だ。
そんな彼女が俺に告白してきたのだ。
信じられるわけがない。
「何を企んでいる? 俺が誰だか分かってるのか? なんの取り柄もない百凡の平民、中本英治だぞ!」
「結婚したら中本真森だね! きゃー! あるいは宮塚英治!」
「聞けい! いいか! 俺は背も低いし、顔もせいぜい普通、運動もできない、成績は中くらい、虫歯はあるし家は貧しい。あと背が低い。 これのどこが好きだってんだ!」
「身長が低いの気にしてるんだね……、大丈夫! 私、『グングン身長が伸びる術』を心得てるから! 覇ああぁあっ!」
宮塚真森の両手が何やらポワンと光る。
その光を頭の上に掲げると、合わさった光が大きくなっていく。
「えいや!」
ひと抱えほどになった光を、宮塚真森は俺の体に落としてきた。
「ぐあああああああっ!」
全身を焼くような熱さが駆け巡る。身体中の骨がミシミシいい始めた。
「痛たたたたたたたた」
「成長痛さ!」
特に膝が痛い。
宮塚真森が俺の口にカルシウムとアミノ酸とビタミンD入りのゼリー飲料を次々と流し込んでくる。
「178cmくらいでいいよね!」
それくらいでいいけど、伸びてるのか! 身長が! 今この瞬間! なんてこった!
「な、なぜこんなことを……!」
「気にしてたみたいだから! 英治くんの足りないところは、私が補います! 私が支えます! なぜなら好きだから! 好きだからァ! 恋焦がれてるんだぜ! ついでに虫歯も治しとくね! 覇ァ!」
告白というものはもっと甘い感じかと思ってたけど結構激しいものなんだな。
口の中で歯が全部抜け落ち、すぐに新しい歯がグギグギと生えてきた。次世代永久歯とでも呼ぶかな。歯並びも良くなった。
永久でもないくせに永久歯と名乗っていた旧世代永久歯を、宮塚真森が差し出したコップにじゃらっと吐き出す。
「この歯は迷信に従って上の歯は低いところに、下の歯は高いところに廃棄しておきますね!」
上の歯はマントル処分、下の歯は太陽系外に送り出すそうな。
そうこうしている内に身長の伸びが止まったようだ。
寝っ転がってるせいで実感が無いが、宮塚真森の言う通りなら164cmから178cmに14cmも伸びたことになる。
主に足が伸びたらしく、ズボン がつんつるてん だ。
「あとはー、頭蓋骨の形を整えてー、顔をちょっと対称にしてー、声はこのままでいいですね、視力を回復してー、お肌をきれいにしてー、小脳に運動神経プログラムをインストールしてー、成績は言うよりいい方だと思うのでこのまま。あとはご実家をお金持ちにしましょう」
「もう俺が跡形もねーよ! どんだけ改造するんだ」
「自我が連続してれば同一性は保たれるんですよ! 異世界転生なんてそんな感じじゃん。どんなに改造しても英治くんは英治くんです!」
一通りの改造が終わった。
うん。改造されても俺は俺だな。
「いっぱい代謝して垢が出ましたからお風呂でさっぱりしてください!」
「どこに風呂があるんでい!」
「そこに風呂があるんでい!」
そこに風呂があった。
学校の屋上だというのに温泉が引き込んである。
これが宇宙一の美少女の力か……!
「さあ脱げ脱げ脱げーい!」
すぽぽーん、と俺は服を全部脱がされてしまった。
「なっ、何をする! この人痴女です! 痴女! 痴女ー!」
「服着て風呂入るやつがありますか! 私が洗ってやるからね!」
続いて宮塚真森もすぽぽーんと服を脱ぎよった。
「うわああああ何脱いでんだてめえええ」
「洗ってやるっつってんだろ! 服着て風呂入るやつがあるか!」
隅々まで洗われてしまった。
「責任取りますから気にしない気にしない! ひと休みひと休み!」
用意してあった着替えは、伸びた身長に合わせたサイズの制服だ。
風呂からあがった俺たちは、プラスチック製のガーデンチェアに座って宮塚真森が淹れてくれた紅茶を飲んでお菓子を食べる。
見た目チープだけどめっちゃ座り心地がいいなこの椅子。
「さて……返事を聞こうか」
優雅に紅茶を飲んでいた宮塚真森がカップを置いて切り出した。
「何の返事?」
「告白の!」
そうだった。
「ここまでしてもらっておいて申し訳ないけど、俺、好きな娘がいるんだ。幼稚園の頃に結婚の約束をしたけど家の事情で離れ離れになった幼馴染が」
「それ私だよ」
「なんと!?」
宮塚真森が握った左手の甲をこちらに向けた。
そこに光る紋章が浮かび上がる。
「そ、それは確かにあのとき幼馴染のまもちゃんと交わした婚約の証!」
俺の左手にも対となる紋章が浮かび上がる。
「そうだったのか……」
「そうだったのさ! さて……返事を聞こうか」
「うむむ、実は問題がある。俺、厄介なストーカーに狙われているんだ。付き合うと宮塚に迷惑がかかるかも」
「それも私だよ」
「なんと!?」
宮塚真森が俺の盗撮動画や盗んだ靴下とかの『英治くんコレクション』を見せてきた。
確かにこいつストーカーだ。
「そうだったのか……」
「そうだったのよ。返事を聞こうか」
「実は俺、病気の義妹を助けるために悪魔に魂を渡す契約をしてるんだけど」
「それも私だよ」
「そんな気はしてた」
宮塚真森の頭にポンと角が生えた。背中からコウモリのような羽が生え、先っぽがスペードの形をした細い尻尾がスカートの下から出てくる。
うん、あのとき契約した悪魔だな。
「あと義妹も私だから」
「なんと!?」
こっちは予想つかなかった。
宮塚真森の髪が美しい銀髪に変わった。瞳の色がルビーのような赤になる。
確かに義妹だ。
「いつの間にか病弱な妹ができてたと思ったらその正体は宮塚だったとは……! そういえば義妹の名前も真森だったぜ!」
「そうだったんだよお兄ちゃん! 返事を聞かせてお兄ちゃん!」
「もしかしてネトゲでいつもいっしょに狩りをする頼りになるフレンドも?」
「それも私だよ」
「10年続いてる文通相手も?」
「私なり」
「昨日曲がり角でぶつかったパンを咥えた転校生は?」
「私やで」
「作り過ぎた御飯を差し入れてくれる隣の家の綺麗なお姉さんも?」
「私なのよ」
「裏庭に山の幸を置いていく子狐も?」
「私だコン」
「俺を巻き込んで異世界召喚された勇者も?」
「私だぜ!」
「その他もろもろ」
「全部わたし! さあ! 逃げ場は無いよ! 結ばれましょう! 死が二人を分つまで! 死んだ後には永遠に!」
「うむむ」
「へいへい! こんだけお膳立てしてもらって何をためらってるんだい? ちょっと手を伸ばすだけだぜ!」
「お膳立てしてもらったからこそためらってるというか……こっちからそっちにしてやれることって何かあるのかと」
「全てを私に捧げなさい! 私があげたものも含めて! 投資は回収!」
「そんな感じでいいのか……よし! 行くぞ!」
「こっ、来い!」
宮塚真森と向かい合って立つ。
「宮塚さん。好っ」
好き、と言いかけて引っかかる。
好きなんだろうか。俺は。宮塚真森を。
あらためて宮塚真森を見つめ直す。
やはり凄い美少女だ。
真っ赤になってモジモジしてうみゅうみゅ言ってる。かわいいな。
宇宙一の美少女で、結婚の約束した幼馴染で、ストーカーで、契約した悪魔で、大切な義妹で、ネトゲの戦友で、文通相手で、ぶつかった転校生で、隣の綺麗なお姉さんで、山の幸を置いていく子狐で、異世界召喚に巻き込んだ勇者で、男だと思っていた親友でいっしょに体育倉庫に閉じ込められた僕っ娘でやたら注意してくる風紀委員でよくイジってくるギャルで懐いてくる後輩で居候の宇宙人で勝手に世話してくるメイドでバイト先の同僚でお忍びの王女様で取り憑いてきた幽霊でスキー場で会った雪女で試験で人間界に降りてきた天使見習いで自我に目覚めたアンドロイドで庭で冬眠してたドラゴンで、その他もろもろの。
宮塚真森を、俺は好きなのか?
うん、好きだな。
なんの関わり合いもなかったはずの宇宙一の美少女は、今では一番大切な存在になっていた。
かわいい。すき。あいしてる。すきすきちゅっちゅっちゅ。なでなでしてだきしめたい。ずっとみていたい。てをつないで、おはなしして、かわいいこえをきいていたい。みてほしい。みたい。はなしてほしい。はなしたい。さわってほしい。さわりたい。あいしてほしい。あいしたい。あいしてる。すき。かわいい」
気がついたら宮塚真森がでろでろに溶けていた。
「英治きゅん……全部声に出てましゅ」
スライムがしゃべった!
「ふみゃみゃみゃみゃみゃ」
「しっかりしろ宮塚! これからプロポーズだぞ!」
「もうこっちからしてるでしょ! 返事を聞こうか!」
なんとか人の形を取り戻した宮塚真森と向かい合って見つめ合う。
「よろこんでお受けします! 末永くよろしく!」
お互いの左手の甲を合わせる。
「我らが運命は!」
「両性の合意にのみもとづいて結ばれん!」
役所も神も親族も関係なく。
ここは今、二人だけの世界。
「「死が二人を分つまで! 死んだ後には永遠に!」」
婚約の紋章が、婚姻の紋章に変わった。
「これで夫婦だね! やったぜ! 英治くんとラブちゅっちゅ!」
「だいぶ粗雑な展開だけどいいのかなこれで。最後にもう一波乱あってもいいかも」
「あるよ、もう一波乱。実は私、もうすぐ寿命なの」
「なっ!?」
「異世界でラスボス邪王極魔神インフェラーを倒した時、呪いを受けちゃったんだ。その呪いと不治の病と鉄砲で撃たれた傷と天使試験に落ちたショックと地球温暖化とご飯の食べ過ぎで、もう長くないの」
「そんな!」
宮塚真森の体が淡く光り始めた。
「ああ、もう、ダメみたい。終わる前に、英治くんと結婚できてよかった……」
「逝くな真森! お前がいなくなったら誰とリオ○ウスを狩ればいいんだ! 誰が山の幸を持ってきてくれるんだあああ!」
「まもりって呼んでくれたね、うれしいよ、死が、二人を分つまで、死んだあとには永遠に……」
俺は薄れていく真森の手をしっかりと握った。
「死なせない! 全てを捧げろと言ったよな! 捧げるぞ! 投資は増やして返す! 覇あああぁ!!!!!」
真森からもらったもの。
身長や、次世代永久歯や、頭蓋骨整形や顔骨調整や視力や美肌や運動神経プログラムや実家のお金持ち化や。
その全てを。
「倍にして返してやるぜ!」
真森を救う力に変える。
できるのか? そんなことが。
「やるんだよおおおおお!!!」
「だめ、えいじくん、せっかくあげたのに」
「おとなしく受け取れえええ!」
変換した力を、真森の中に注ぎこむ。
「んあああああっ!」
薄れかけていた真森の存在が、濃くなっていく。
俺の身長が、縮んでいく。
歯が旧世代永久歯に戻り、頭蓋骨が歪み、顔が非対称になり、視力が落ち、肌が荒れ、運動神経が悪くなり、家は貧乏になる。
もらったものを、全て返す。
が、足りない。
真森の存在が、まだ薄い。
「まだもらったものを返しただけだぜ! 捧げるのは、俺の全てだあああああああああ!」
俺という人間の全存在を、救う力に変える。
「だめえええええええええ!」
自分が、薄れていく。
なにか たしかなものにだきしめられている
ああ たりたんだ
だいすきなひとが
たしかな そんざいのつよさで
そこにいる
すくえた
なかないで
いいや
ないて
わらって
おこって
おれは
えいえんに
きみのもの
「逝かせないよ! 今度は私の番でしょ! 捧げる! 私の全てを!」
宮塚真森が怒っている。泣いている。
「最後は笑ってみせるよ! 宇宙一の美少女の地位を捧げる! 覇ァ!」
宮塚真森の手に太い注射器が現れた。
それを、俺の心臓にぷすっと刺してくる。
「ハイパーミラクルカテコールアミンインジェクション!」
「ふおおおおおおおおおっ!?」
い、いい気持ちだ。
力が、力が俺の中に入ってくる。
ありがてえ。
「世界一の美少女の地位を捧げる! 全国一の美少女の地位を捧げる! 町内一の美少女の地位を捧げる! 学校一の美少女の地位を捧げる! 学年一の美少女の地位を捧げる! クラス一の美少女の地位を捧げる!」
力がさらに流れ込んでくる。
俺の存在が、この世に繋ぎ止められていく。
「私の全てを「そこまででいい」
真森をさえぎった。
「もう、大丈夫だ」
真森の手を握る。しっかりと。
「ありがとう……真森!」
「英治くん……! よかった、よかった」
「泣いてないで、笑ってみせなよ」
「英治くんもでしょ」
しばらく二人で、泣いて、笑った。
「わたし、何の取り柄もない百凡の女の子になっちゃったけど、こんな私でよければ、あらためて、わたしと、付き合ってください」
「よろこんで。どんなに改造しても真森は真森だよ。宇宙一の美少女でなくなっても、俺にとっては一番かわいい女の子だから。それにほら」
お互いの左手の甲に、婚姻の紋章はまだ輝いている。
ずっといっしょだ。死が二人を分つまで。死んだ後には永遠に。
壮麗な祝福のBGMとともにカメラが引いていき、二人がいる屋上を、町を、生きる世界を映しだしていく。
最後に、裏庭に置かれた山の幸の映像がアップになり、そこにこんな文字が重なった。
[ FIN ]




