水森くんは見守りたい
恋する女の子は可愛い。
その想いが自分に向けられたものでなくとも、僕はそう思う。
表情が、仕草が、服装が、装飾品が、恋する誰かのために磨かれて光る。その輝きは得がたい宝石にも勝る。どんなにお金を積んでも手に入るものではない。
それはまるで毎日表情を変える月のようだ。笑い、泣き、憂い、喜ぶ。そのいずれもを僕は尊ぶ。できればずっと見ていたい。
というようなことを親友に語ると、彼は呆れたように肩を竦めた。
「雄哉は難儀な性癖してるなあ」
「星夜ほどじゃないよ。ハーレム野郎」
彼の名前は龍堂院星夜、物語の主人公かよって言いたくなる。成績優秀、運動神経抜群、おまけに顔と性格もいいチート野郎だ。もちろん彼の周りには沢山の女の子が寄ってくる。要はそんな女の子を見るのが僕の趣味だと伝えたわけだ。
なんでそんなことを伝えたのかというと登校中に一緒になって趣味の話になったから。
僕はわりとなんでも好きだ。スポーツも好きだし、アウトドアも好きだし、読書もすれば、ゲームもするし、アニメも見る。広く浅くが信条だ、とは言わないけど、どれも一流ではない。良くて二流、大体三流。やってない人には負けないけど、やってる人には勝てないなって感じ。人にはよくやる気が無いと言われる。でも肩肘張るより楽しむくらいが僕にはちょうど良い。ゲームで言うならエンジョイ勢ってヤツだ。
そんな僕だから逆に趣味はなんだと問われるとちょっと戸惑う。
というか、趣味ってなんだ? って概念から見直す羽目になる。
好きでやってることというのなら、生活のすべてが当てはまる。趣味は生きることです。って言うとなんだかサバイバルが好きな人みたいだ。興味はあるけど幸いにしてそういう状況に陥ったことはない。キャンプは好きだよ。かと言ってキャンプが趣味ですって言うほどキャンプに行くわけでもない。年に一度か二度ってところだ。
これはあんまり他人に知られたくはないのだが、実は勉強も好きだ。学ぶこと全般が好きだ。だけどこれを公言すると、好きなのにこの程度の成績かと呆れられるので、あまり口にはできない。勉強エンジョイ勢です。お手柔らかにお願いします。
そんな風に勉強のことに頭が向いたからか、最近の学校でのお楽しみに気が付いたのだ。能動的に何かをしているわけではないけれど、人間観察って立派な趣味のひとつだろ。
「ハーレムって、確かに俺は女子の友達も多いけど、友達だぜ?」
いけない星夜。その言葉を君に懸想している女子に聞かれたら、その子は枕を涙で濡らすことになる。
という言葉を飲み込む。じゃあ具体的には誰だ?と聞かれたくないからだ。両手で足りないくらいの名前を挙げることができるが、僕は特定の誰かの背を押したくはない。みんな可愛くてみんな尊い。いま二進数で数えたのかって考えた人は国語の反省文だ。作者の意図を読み取りましょう。
「別に星夜に恋する女の子限定って言ったわけじゃないよ」
まあ大体星夜に恋する女の子なんだけど。
「まあ、雄哉の言いたいことは分かる。恋する女の子は可愛い。俺も認める。だけどそれを見ているのが趣味だというのは、ちょっと趣味が悪いと言わざるを得ないな。あまり誰かに言ったりしないほうがいいぞ」
「分かってるって。星夜にしか言わないよ。こんなことは」
「せーいや、おはよう! 先に行くなんて酷いよ。水森くんもおはよ。なんの話してんの?」
突然後ろから現れて星夜の肩を叩いたのは、朝霞静香さん。星夜の幼馴染みで、僕の見守り対象のひとりだ。つまり恋する乙女。今も慌てて星夜の後を追いかけてきたのだろう。弾む息をなんとか隠そうとしているところが可愛い。
とは言っても恋する乙女フィルターを外したところで彼女の可愛さが損なわれるわけではない。学校一の美少女ってわけじゃないけれど、その美貌は学内のトップグループにいるのは間違いない。読モというよりは本職のモデルさんみたいな感じ。身長も女子にしては高くて、僕と視線がほぼ一緒だ。女子バスケ部のエースだというのも頷ける。今は髪を下ろしてストレートだけど、バスケするときのポニーテールが一番似合ってると密かに思っている。
彼女は身体がぶつかったりするバスケでエースを張っていることからも分かる通り、気の強い性格で、思ったことはなんでもズバズバ口にする。だから気の良い姉御分だと周りからは思われている。そんな彼女は星夜の前でも明るく強い女の子をしているが、唯一その恋心だけは口にできないでいる。そんないじらしさも可愛いポイントだ。よし、十億点あげよう。
「ちょっと趣味の話をな。実は雄哉のやつな」
「おい、星夜」
「ギター弾けるんだぜ。知ってたか?」
「あ、それか。まあ一通りだけど」
「えー、そんな風に見えないね! 意外」
朝霞さんはそれまで星夜に向けていた視線を僕に向けてそんなことを言った。
はい、それ、よく言われます。
「上手いか下手かで言えば下手だよ。多分、朝霞さんが想像してるようなのとはちょっと違うと思う」
多分、高校生でギターを弾くというとエレキでロックなイメージだと思うのだが、僕はアコースティックでカントリーな感じだ。
「そう言えば星夜も前にベース練習してたよね? 水森くんとバンド組んだりしないの?」
「ははは、音楽性の違いで解散したんだ」
星夜が笑う。というか、こいつはベースだけじゃなくてギターも弾ける。なんなら僕より上手い。
「文化祭で格好いいところ見られるかと思ったのに」
「残念だったな」
星夜が朝霞さんの頭をくしゃりと撫でる。朝霞さんは女子にしてみれば身長の高い方なのだけど、長身の星夜からすれば頭一つくらい低いから、撫でやすい位置に頭があるんだろう。というか、そういうことを自然としてしまう上、嫌みじゃないからこいつは。
だけど朝霞さんは頬を赤らめつつそんな星夜の手を振り払った。
「子ども扱いすな!」
それは多分言葉通りの意味なのだろう。星夜からすればずっと一緒にいるせいで、幼い頃の朝霞さんの姿が刷り込まれていて、ついそうしてしまうのだろうけれど、朝霞さんにしてみれば、子ども扱いより女の子扱いされたいのだ。うーん、尊い。ごちそうさまです。
星夜は多分だけど朝霞さんの恋心に気付いていない。鈍感系主人公なのだ。こいつは。
本当なら僕は空気を読んでそっとこの場を離れるべきなのかも知れない。だけど僕は星夜に恋する女の子のうちで特定の誰かに肩入れしないと決めている。朝霞さんも僕の存在をどう思っているのかは分からないけれど、表面上は邪険に扱ったりしない。話しかけるのは星夜九僕一くらいの割合だけど、一応会話も成立している。
恋する乙女の一挙一動をすぐ傍で観察できて僕は非常に満足です。
学校に到着すると朝霞さんとは別れる。僕と星夜は同じクラスだが、朝霞さんは別だ。名残惜しげに何度も振り返って朝霞さんは自分の教室に入っていく。
「おはよう!」
星夜が教室に入ると、皆の視線が彼に集中した。あちこちからおはようと返ってくる。僕と星夜はそれぞれの机に鞄を置いた。ちなみに僕の席の斜め前が星夜の席だ。
「なー、星夜、英語の宿題やった?」
そんなことを言いながら山辺亮一がやってくる。萩野拓也も一緒だ。僕らは大体この四人で連んでいる。
「また忘れたのか。しょうがねぇなあ」
星夜はそう言いながら鞄からノートを取り出した。
「そのまま写すなよ」
「わーってるって」
そのまま四人で雑談に興じる。昨日のドラマがどうだったとか、だれそれの新曲がいいだとか。そんな風に男四人でワイワイやりながら、僕は僕らに、いや、星夜に向けられる視線に気付いていた。視線の主は森本栄美さん。あと金田由香さんと、茅野玲奈さんだ。三人はちらちら星夜を盗み見しながら、僕らの話に混ざってくるタイミングを覗っている。だけど僕は気付かない振りをした。僕は特定の誰かに(以下略
話題が今度公開されるとある映画になったとき、好機と見たのか森本さんたちが近寄ってくる。
「まあ、龍堂院くんもその映画に興味がおありですの?」
相変わらず森本さんの喋りはどこのお嬢様だよって言いたくなる感じだ。金髪縦ロールの幻覚が見えそうになる。実際の森本さんは黒髪だし、ボブカットだ。顔立ちは整っているけど、いかにも日本人って感じで、喋り方からするとなんだか違和感がある。キャラを作ろうと無理している感じがして、そこが可愛い。
実際、高校デビューだと噂に聞いたことがある。中学生の時は地味な女の子だったのだと。僕の知る森本さんは教師に怒られないギリギリのナチュラルメイクで、お嬢様口調のクラスのムードメーカーだ。ちょっとキャラ作りが行きすぎている感じもするけど、クラスの空気はすでに彼女が握っている。だからこそ高校デビューだって噂を流されたんだろうけどね。
言うに及ばず、彼女が星夜を見つめる目線には熱がこもっている。僕らは森本さんのグループと交流のあるほうだけど、それでも星夜に話しかけるのはちょっと勇気がいるのだろう。だって星夜はあんまりにも美形だからね。男の僕ですらちょっと畏れ多いのだ。そんな障害をぴょんと飛び跳ねたばかりの彼女は、わずかに頬を上気させ、それでも星夜を真っ直ぐに見るのは気恥ずかしいのか、視線をあちこちに行き来させる。そのせいか僕ともちょくちょく目が合うのはご愛敬。すぐに目を逸らされるけど。
「ああ、監督が良いよね。この人の作品はほとんど外れ無しだし、次も期待だ」
「前作も良かったですわよね。私、ラストはちょっと涙が出そうになりましたのよ」
「私は大泣きしちゃった」
「玲奈のハンカチまで使うんだもん。ドン引きだよ」
金田さんは女の子って要素をかき集めてぎゅっと凝縮したような子だ。日本人なのにビスクドールみたいな雰囲気がある。日本人形ではない。ビスクドールだ。ひらひらのドレスを着て花畑で紅茶でも飲んでいそう。金田さんがお嬢様口調であるべきじゃないですの?
可憐な花のような彼女は入学してすぐに森本さんの庇護下に置かれた。というのも入学早々同級生上級生を問わず男子から目を付けられてナンパ紛いのことを何度もされたからだ。僕も何度か現場を見たので知っている。そこに颯爽と現れて彼女を守ったのが、我らの主人公、龍堂院星夜! と言いたいところなのだが、実際には森本さんだった。
これだと百合ルートじゃない?と言いたくなるが、現実ってヤツは呆れかえるほどに普通だ。女の子と女の子の間に恋は芽生えない。多分、そんなには。
ところで後述の茅野さんも含めて、三人グループがみんな同じ人を好きなのって大丈夫なの?って心配は特に必要ないらしい。彼女たちがどんな密約を交わしたのかまでは知らないが、三人はとても仲が良い。ちょっと真ん中にお邪魔したくなる程度には。
だけど僕はそんなことはしない。できないんだろって言ってくれていいよ。事実だし。それはともかく可愛い女の子が集まっているって良いよね。目の保養だ。恋の力によってみんな輝いている。三人いるから三倍で三千億点あげよう。
「監督の最初の作品は見た?」
「先週テレビでやってたよね。超低予算で玲奈笑っちゃった」
一番後回しになってしまったが茅野さんが悪いわけではない。恋するヒロインは順不同である。目立つ森本さんや金田さんの影に隠れているように一見見られがちだが、この森本グループを実際にコントロールしているのは他でもない茅野さんだ。一歩引いた立ち位置でありながら、隠しきれない存在感がある。このグループでは男子の目は金田さんに行きがちだが、茅野さんを推す声も決して少なくはない。主にその豊かな胸部のせいで。
いや、別に僕がどうとか思ってるわけじゃないよ。一般的、一般的な話だ。人間大きなものには目が行きがちだ。この生物としての性質が悪いのだ。しかも茅野さんはそんな自分のアピールポイントを理解して強調している。スカート丈も短いし、女の子観察が趣味の僕をもってしても目のやり場に困る女の子。それが茅野さんだ。
ぶっちゃけた話、茅野さんがその気になれば大抵の男はコロリと逝くだろう。相手が鈍感系主人公の極地にいる星夜だから、そのセックスアピールに溺れずに済んでいるだけである。そんなことを思っていると茅野さんと目が合って、パチリとウインクされた。特に意味も無く、一般通過モブを殺しにくるのやめてくれませんかね。好きになっちゃう。
あっという間に昼休みになった。森本さんグループも一緒になって昼飯を食った後は解散だ。僕らは仲良しだが、いつも一緒というわけではない。ずっと星夜について回って、星夜のことを好きな女の子を眺めているわけじゃないのだ。
僕の足は自然と図書室に向いた。多趣味な僕は色んなことにお金がかかるので、読書用の本は図書室や図書館で調達している。漫画が無いのは難点だが、ちゃんと完結まで置いてある本を選んで読めばお金が掛からなくていい。時々、途中の巻が抜けてたり、途中までしか置いてなかったりするんだよな。
昼休みの図書室は人が少ない。貸し出し用のカウンターにも誰もいないが、司書室にはちゃんと誰かしら居て、呼べば出てきて対応してくれる。とりあえず司書室をノックして、中で談笑していた後輩女子たちに借りていた本の返却処理をお願いする。責任を持ってお預かりしますとやたら畏まった言葉で本を受け取った女の子はカウンターの内側にあるブックワゴンに僕が借りていた本を収めた。そしてキョロキョロと図書室内を見回している。ああ、時々は星夜が一緒だから、その姿を探しているのかと微笑ましくなる。
ごめんね、今日は僕ひとりだよ。と思ったけど口にはしない。
「あの、水森先輩」
「なんだい?」
「今日は龍堂院先輩は、その……」
「星夜ならグラウンドでサッカーでもしてるんじゃないかな」
図書室からはグラウンドがよく見える。司書室からも同じだろう。きっとこの後、この子たちは星夜の勇姿を見ようと顔を並べるに違いない。その光景を思い浮かべて僕はほっこりした。
よく見てみれば随分と可愛らしい女の子だ。この高校、顔で合否を決めている疑惑が浮上してくる。あ、それだと僕が落ちるな。前言撤回。やはり恋をしているフィルターだろう。後輩女子は真っ直ぐに僕を見ている。星夜と一緒にいるとき、女の子たちはみんな星夜を見ているから、僕自身が長時間真っ直ぐに見られるという経験はあまりない。なんだか照れてきた。
「龍と王座の物語、好きなんですか?」
それは僕がいま返却した海外ファンタジーのシリーズだ。七巻まであって、翻訳版だと一巻が各上下巻に分かれているから全部で十四冊。いま四巻の上巻、つまり七冊目を読み終わったところで、折り返し地点だ。すごく続きが気になるところで終わっていて、四巻の下巻も一緒に借りれば良かったと後悔していた。
「今のところ楽しんでいるからネタバレはしないでね」
「じゃあ最後まで読んで後悔はしませんよ、とだけ」
「それは良かった。しばらく寝不足が続きそうだ」
後輩女子は夜はちゃんと寝てくださいねとはにかんで司書室に戻っていった。星夜の観察へと移るのだろう。名前は知らないけどその顔はしっかりと心に刻んだ。見守り対象と銘を打って。文学少女と後輩女子の二つの属性を同時に持っているのは強いな。一兆点。
放課後になった。星夜は今日はバスケ部の助っ人だという。特定の部活に所属しているわけではないけど、頼まれたらどの部活へも手助けに行くのが星夜だ。運動部のみならず、文化部も網羅している。僕は星夜のマネージャーじゃないけれど、彼の予定が一年先まで埋まっているのは知っている。一年先までなのは、それ以上先の予約を受け付けていないというだけのことだ。僕ら高校生にしてみれば一年先なんて遙か未来のことで、どうなっているのかなんて想像もできない。まあ、高校生やってるとは思うけれど。
一方、僕は帰宅部だ。高校生になったら小遣いくらいは自分で稼ぎなさいという母親の方針により、日々の活動費を手に入れるためにバイトをしなければならない。バイト先は個人経営のカラオケ店。資産家のオーナーが趣味でやってる事業らしく、雰囲気が緩いのがとてもいい。在庫管理、なにそれ?みたいなどんぶり勘定で、まかないとして店の食品は自由に食べて良いし、友達が来たらほどほどに無償提供して良いと言われている。
流石に店を傾けるわけにはいかないので、たとえ星夜たちが歌いに来ても一品か二品サービスするくらいだ。他人事ながらこんなんでやっていけるの?と思わないではいられないが、オーナー的には固定資産税が払えるくらい稼げればそれでいいそうだ。固定資産税。税金の話は高校生には雲の上過ぎてよく分からない。バイト代をもらっても税金が引かれてるわけじゃないし、僕らに関係のある税金というと消費税くらいだ。
「ねーえ、雄哉くん。今日は星夜くん来ないの?」
気だるげにそんなことを聞いてくるのはバイト先の先輩の高藤真理さん。大学生。僕ら高校生と数年しか年が変わらないことが信じられないくらいに大人の色香を漂わせている。そんな彼女は僕がバイトしているからという理由でやってきた星夜を一目で気に入り、こうして近況を聞いたりしてくる。
「来ないですよ。バスケ部の助っ人だって言ってましたし」
「えー、星夜くんのバスケ姿見たいなあ。仕事抜けていい?」
「いや、OGでもない大学生がいきなり高校入っていったら不法侵入でしょうよ」
「大丈夫。高校生のときの制服あるし、それ着ていけば星夜くん狙いの他校生くらいに見えるでしょ」
「大丈夫な要素が無いよ。どう見てもコスプレだよ。それは」
真理さんくらいの大人の女性が女子の制服を着ていたら、それはもういかがわしい感じにしかならない。
「えー、あたしまだまだ現役だと思うけどなあ」
「百歩譲って仕事早抜けするのはアリですけど、千歩譲ってもコスプレはコスプレですからね。身元引受人にはなりませんよ」
「えーん、雄哉くんが苛める」
わざとらしく真理さんは目元を覆う。だけど口元の笑いが隠せていない。
ちなみに真理さんが下の名前呼びなのは彼女自身のご指名によるものだ。
最初は高藤さんと呼んでいたのだが、他人行儀な感じがすると矯正された。いや、僕ら他人じゃないですかね。親しき仲にも礼儀ありと言いますよ。
だけど真理さんには何を言っても無駄なのだ。多分、それが大人の余裕とかそういうヤツなのだろう。包容力とかそういうのに包まれて、僕は為す術も無く溺死するしかない。そんな真理さんでも星夜の話をするときだけは、なんとなく可愛くなる。可愛い大人の女性とか反則かよ。一京点奪われちゃう。
大人の女性にまでこんな顔をさせる星夜は本当に凄いヤツだ。
それに対して僕はモブもいいところ。なんで星夜と親友をやっているのか自分でもよく分からない。特徴と言えるのは大抵のことは楽しく切り抜けられること。そんな僕の趣味は恋する女の子を見守ることだ。
☆★☆ 星夜サイド ☆★☆
恋する女の子は可愛い。そんなことを雄哉が言い出したとき、俺はつい吹き出しそうになった。
そりゃ可愛いだろうよ。
女の子は恋する相手にもっと自分を見て欲しくて頑張っているからだ。だけど恥ずかしくて素直にもなれない。そんな女の子は確かに可愛くて仕方がない。
静香は以前に捨て猫を見つけたことがある。だけど静香の家は弟がアレルギー持ちで動物は飼えない。かと言って静香は目の前の子猫を放り出せるような性分じゃない。ジレンマに陥っていたとき、偶然居合わせた雄哉が助け船を出した。誰かが貰ってくれるまで僕の家に置いておくよって。そして静香と一緒にあちこち駆け回って貰い手を見つけ出した。
それだけの話。特別でもない、どこにでもありふれたちょっといい話だ。
ただそれから静香は雄哉の前で俺に子ども扱いされるのを極端に嫌がるようになった。
栄美は高校に入ってからのキャラ変に苦労していた。最初は口調を揶揄されることも少なくなかった。やっぱり自分には無理だったのだろうかと、折れそうになった頃に、雄哉が言ったそうだ。
「僕は森本さんの口調、とても個性的でいいと思うよ」
多分雄哉にしてみれば、褒めたつもりでも、貶したつもりでもない一言だった。
だけど栄美にとっては芯になった。それ以来彼女は背筋を伸ばし続けている。
由香の件はもう言うまでもない気がするが、一応言及しておくと彼女が校内でナンパされていたときに最初に助けたのは栄美ではないということだ。とは言っても男子生徒のほうに呼びかけて先生が呼んでましたよって追い払う程度のことだったらしいけど。それでも男慣れしていなかった彼女には十分だった。何にって? それを聞くのは野暮ってもんだろ。
玲奈の場合はその見た目から性的なことにおおらかであるというような良くない噂が流れていた。雄哉はその火消しに走り回った。玲奈には知られないように。時には上級生を相手に殴り合いまでやったそうだ。大人しそうな見た目なのにやるときはやる男。それが雄哉だ。一年の冬くらいには変な噂はもう流れなくなっていた。
etc.etc.
雄哉は女の子が可愛くいられるためならなんだってする。火中の栗だって拾いに行く。本人はあまり目立たないようにしているつもりらしいが、それ、あんまり成功してないぞ。だけど本人に言ってやるのも癪なので、俺はおおらかな気持ちで見守っている。
確かに恋する女の子は可愛い。
そしてそれが自分に恋する女の子ならもっと可愛い。
最後までお読みいただきありがとうございます。
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