序章
ある日、昂国を天変地異が襲った。
地の果てまで届くかのような轟音が、その始まりを告げた。
変わらぬ風景と思われた高山が吹き飛ばされ、無残に形を変えた。大河のような太い炎の柱で天と地が繋がり、空の色は鈍く染められた。灼熱の絨毯が広大な土地に敷かれ、その後にはあらゆる生き物が死に絶えた。
風は見えない毒を含み、生き物の内部に入り込み、胸の奥を引っ掻いた。雪に成り代わったかのように、しんしんと灰が降り注いだ。
灰の原野の色に染められたのか、生き残った人々の髪は白く変わってしまった。虚ろな眼からは、黒い涙が流れ、痩せた頬を汚した。
緑はやせ細り、次々と倒れて行った。行けども行けども果てがないと思われた大森林も、潮が引くようにその際を退いた。露になった地表は、さらに乾き、ひび割れ、もはや緑を育む余裕を失った。
生命が死に絶えたかのような荒野は広がり、四方八方へと広がって行った。辛うじて自然の姿を保った楽園のような土地も、そこに生き残った生物が集中した為、あっという間に実りを吸い尽くされ、周りと同じ風景と化して行った。
生き残った民は、それでも文明を蘇らせようと苦心したが、こんな時でも人心は一つにならなかった。守り、再生することよりも、今を生きることを優先する者が多数派となった。彼らは自分たちが永らえるため、他人の持つ富を奪うことを当たり前とした。必死の抵抗に昂ぶり、残り少ないと自覚しつつも、人の手でもって、人を減らして廻った。
目の前に現れた地獄に人々は慄き、涙した。それから、この地での生活を断念した。人として生きることを望んだ大半の者たちは、祖国を捨て、海外へと逃れて行った。
昂国の歴史が途絶えたこの暗黒の時代を【起近】という。
数百年後、それでも昂の地で生きていこうとする人がいた。その窮状を見かねて、日本を始めとする諸外国は、幾たびか救援の手を差し伸べた。
だが、異変が収まり、少しは緑が戻ってきたとはいえ、一度死の大地と化した所で、多くの人が生きて行くのは困難だった。慈愛の心は変質して行き、諸国の使節団は昂民を救うという大儀より、自身の安全と居場所を守ることに腐心するようになった。
昂国の西の洋上に位置する日本からは、最も多くの人が移り住み、祖国が閉ざされた頃より、自らを日向人と名乗るようになった。彼らはこれまで通り救国の為と称し、昂民を〈保護〉して、九つの邦に囲い込んだ。
一方、他国に逃れていた者達の子孫も故国に戻ろうとして来るが、人が住める土地は限られており、そこにはすでに邦がある。これ以上は受け入れられないと、日向人は戻って来ようとする民を追い返してきた。とはいえ、全土に眼を配り切れるはずもなく、侵入を許していた。日向人はそうした者たちを荒斗と呼んで、人以下の扱いをするようになった。
日向人、昂民、荒斗、それぞれが力を増して行くにつれ、緊張も高まっていた。【起近】後、昂国の歴史が大きく動く【永和還復】は、もうすぐそこに迫っていた。