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薄紙一重の奇才と天才(4)


「……このままだとお店にも迷惑だし、人に聞かれて炎上とかしたらみんな困るでしょ」


 抗議の目を向けるわたしに向かって咲は小声でそう言う。

 彼女の先導で、わたしたちはとりあえずフードコートに移動することにした。


 奥まった席を選ぶと、鯖野(さばの)さんはわたしにさりげなくソファ側の席を勧めて、自分は樹脂製のチェアに座った。

 明るめな茶髪に、左目の下の泣きぼくろ。六道(りくどう)先生と対峙していた時はずっと険しい表情だったけど、こうしてみると本当にそのへんの大学生という感じだ。


 某ミステリ界の大御所のように黒い指貫手袋をはめているのかと思ったら、よく見ると湿布メーカーの手首サポーターだった。

 サインをするのもなかなかの重労働らしい。販促のためとは言え、こんなところまでわざわざ来るのも大変だろう。特にギャラも出ないらしいし。


(そう言えば六道先生のサイン会とか聞いたことないな……)


 この鯖野さんもまた、悪い人ではないんだろう。

 ……でも、荻坂さんや六道先生もだけど、世の中、悪人でなければ何をやっても許されるってわけでもないと思う。



 そんなことを考えていると、咲と六道先生がジューススタンドのスムージーを運んできた。

 先生がそんなことをやっていると、なんだか自分がやるべき仕事のような気がして落ち着かない。


 わたしは首を振って、雑念を振り払った。

 今は業務時間外、わたしはただの学校帰りの高校生だ。メイドではない。

 なので、この場に付き合う義理もないはずなんだけど……。


「あれ? 3つしか……」


 テーブルに置かれたトレイの上を見て、わたしは思わずそうつぶやいた。


「あ、私はバスで先に帰ってるね」

「は?」

「雲ゆきも怪しくなってきたし、あとはよろしく」


 またとんでもなく勝手なことを言い出した咲に、わたしは呆れかえった。

 自分から16ビートで雨乞いのダンスをノリノリで踊っておいて、雲ゆきも何もない。


「それじゃ、上手くやりなよ。……言ったでしょ、ショッピングモールでのデートって案外悪くないかもよ」


 わたしの耳元に顔を寄せて小さくそうささやくと、咲はバッグを背負って早々に立ち去っていった。と言うか、逃げた。


 デートだとか言うなら……まず目の前の鯖野さんをどうにかしてほしい。


「……!」


 入れ替わるように六道先生がわたしの隣に腰を下ろしたので、ソファのクッションごしに伝わる軽い振動に合わせるように、わたしの心臓もドキンと揺れた。


 ……そりゃ、鯖野さんの隣よりはわたしの隣を選ぶだろうし、別にこのぐらいの距離感は今さら初めてってわけでもない。

 でも、こういう場所で制服姿のまま先生の横にいると、妙に意識してしまう。

 家族以外の若い男性と一緒に飲食する機会なんてなかったし――咲の捨てゼリフにまんまと踊らされている。


 こんなことでいちいち反応してしまうから、毎回毎回あの子にからかわれっぱなしなんだよね……。

 と、そこでふと気づいてフードコートの入り口のほうを見ると、イヤな予感がしたとおり、帰ったはずの咲が遠くからスマホを構え、わたしの様子を撮影していた。


(……ったくもう!)


 こちらも素早くスマホを取り出し、威嚇するアリクイのスタンプを連打で送ってやると、咲はぺろっと舌を出して今度こそ逃げていった。


「それで、六道先生よ……なんなんだ、このJKは」


 プラカップに注がれたスムージーを手に取りながら、鯖野さんが口を開いた。


「わ、わたしはただの六道先生のファン代表です」

「当事者ってのは?」

「あぁ、彼女は私の――」

「えっと、その、メイド好きな読者視点として、という意味で」


 わたしはあわてて六道先生をさえぎってそう言った。

 自分でメイド好きと名乗るのは抵抗があったけど、先生の家でメイドをやっていると知られるよりはマシな気がする。


「それは私の(おご)りだ。本の内容はともかくとして、とりあえず同業者として2巻の刊行を祝わせてもらおう。……最近は世知辛くなってきたからな、この業界も」

「あぁ……コミックは好調らしいのにな……」


 メイド論争をしていた頃とはうってかわってテンションが下がるふたり。

 外は曇り空で薄暗いけど、まだ夕方と呼ぶほどでもない午後のフードコートには、主婦層やわたしたち学生、年配の方々など、そこそこお客がいる。

 なんか、女子高生がイケメンふたりを侍らせているようにでも思われたりはしないだろうか。


「――提案だ、鯖野」


 気を取り直した先生が、『おませか』の文庫本をテーブルの上にぽんと置いた。美少女キャラが描かれた表紙を下にして。


「ヒロインの衣装を黒色にし、スカート丈は最低でも膝より下にしろ。それであれば、それ以外の内容には目をつぶってやらんこともない」


 とつぜん学校の服装検査みたいなことを言い出した六道先生の言葉を、鯖野さんは一生に付す。


「ハッ、そんな地味な表紙じゃな、よっぽどデザインが神がかってない限り売れねーんだよ。百万歩譲って俺がウンと言ったって、編集サンに止められるわ」


 この件に限っては、鯖野さんの言い分のほうがもっともだと思う。

 いくら六道先生と言えど、他人の創作物のキャラクター造形に口出しする権利なんてない。


 児童文学で育ってきたわたしとしては、とあるランドで原作の挿絵とは程遠いタッチで描かれたクマのプーさんやアリスのグッズを見るとモヤッとしてしまい、普通の女子高生のように手放しで「かわいい~」などとはしゃげないのである。


「あんたのメイド観は、もう古いんだよ」


 そう言いながら、鯖野さんは手を伸ばし、文庫本の表紙イラストを上に向けた。


「時代など関係ない。メイドとは職業性と精神性を内包した“在り方”だ」


 すかさず六道先生がそれを再び裏返す。


「――バールのようなものを振り回す者を侍と呼ばぬように、ロケットランチャーを構えた者をガンマンと呼ばぬように、内面の発露である外面もまた問われるのは当然のことだろう」


「あんたは海外コンテンツに出てくる“ニンジャ”を忍者と認めないクチか? あれはあれでカッコよくて浪漫だろ。カラーの柔道着や空手着だって認められる時代だ。グローバルってやつだ」


「いくらグローバルであっても、シースルーや水玉模様の道着は認められまい。越えてはいけない一線というものがある」


 言い合いながら、ふたりは交互に本を裏返しあっている。いったいどういう競技なんだろう。


「エプロンドレスとニーハイという絶対領域の組み合わせ、それは進化しアップデートを果たした現代のメイドの姿だ。そこは譲れねーぜ。……労働者という立場から解き放たれ、自らカワイイ衣装を望んでメイド服をまとうようになった、自由と革新の象徴だ!」


 鯖野さんは、ばんっと音を立て、半ば叩きつけるように表返した自著に手を乗せた。

 一方の六道先生は、じっと腕組みをして静かにそれを見下ろす。


「それがお前の考えるメイドの本質か。――では、この作品でお前は、それを表現できていると言えるのか?」


 料理漫画の格上ライバルみたいなことを言い出した先生の横で、わたしはただ、もうちょっと声を抑えて話してほしいなぁ……うちの学校の生徒が近くにいませんように……などと考えるばかりなのだった。


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