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薄紙一重の奇才と天才(3)


「――来たか、六道鏡哉」


 そう言ってパイプ椅子から立ち上がった人物が、“鯖野(さばの)みそに”というペンネーム(だよね?)を名乗る作家なのだろう。

 ずいぶんと若い。うちの兄と同年代ぐらいだろうか。

 カジュアルなジャケットを羽織り、首元にはシルバーアクセ。どこにでもいる小洒落た大学生といった感じだ。


 身長は六道先生より少し低く、ふたりが向き合うと現場に妙な緊張感が走る。


「……引っ越して音信不通というウワサもあったが、無事に届いたようで何よりだぜ。出版社の方によろしく伝えといてくれ」


 鯖野さんは、少しぶっきらぼうな調子で六道先生にそう言った。


「こんな嫌がらせめいたシロモノを送り付けて挑発してくるとは、相変わらず性根が捻じ曲がっているようだな、鯖野」


 文庫本を突き付けて六道先生が言う。

 うーん……ただの善意の献本じゃないのかなぁ。


「あ、あの、整理券……」

「だから、ここにあると言っているだろう! わからん人だな!」


 本来は、整理券配布と対象書籍の販売とを、書店のほうでまとめて先に処理する形なんだろうな。

 このふたりの間では通じるやり取りなのかもしれないけど……お店の人、困ってますよ?


 ちらっと横目で咲のほうをうかがってみたが、明らかに「面白いからもう少し見ていよう」という顔をしていた。

 周囲にまともな人間がいないので、わたしは店員さんに少し同情した。


「その表紙を見れば、あんたなら来てくれると思ってたよ。どうだ、可愛いヒロインだろ?」

「どういう巡り合わせか、たまたま新居の近くだったからな」

「そんな変装までして、ご苦労なこった」

「このような低俗で下卑た本を買ったなどと、万が一にも私の読者に思われたくはないのでね。だから解散するまでわざわざ待ってやったのだ」


 ……あ、やっぱりその格好って変装という認識なんだ……。


 あのタイトルと表紙を見た時点で、先生がこの作品に良い印象を持たないのはわかっていたけど、どうやらこのふたりの若い小説家の間には、わたしの想像以上に浅からぬ因縁があるらしかった。

 ……たぶん想像以上にくだらない因縁なんだろうな、というのもうすうす察しはつくけど。


「――で、どうだった、六道先生よ。俺の『おませか』2巻の感想は?」

「おませか……?」

「『おい魔王、世界の半分なんていらないからメイドに転生して俺に仕えろ』の略称に決まってんだろ」

「それは略称になっていないだろう。文意の前提部分、それも最初のほうしか説明していないじゃないか」

「略称なんてそんなんでいいんだよ。マッキントッシュやマクドナルドをマックと略して何の情報量もなくなってんのと一緒だ」


 それについてはわたしも不合理だと常々思っていた。大根(だいこん)大葉(おおば)をどちらも“大”と略すようなものじゃないかと思う。

 まぁ、心の中ではいつもそんなことを思いつつ、女子高生としては普通に使うけどね。


「口ではどれだけ悪態をついてたって、あんたがすでに目を通してることはわかってんだ。目の前に文字の書かれた印刷物を置かれたら、読まずにゃいられない性分だろ、俺もあんたも。――ましてそこにメイドが登場するならな」

「――私は、こんなものをメイドだとは認めない。断じてだ」


 正面から睨みつける六道先生を軽くいなすように身体をズラすと、鯖野さんは六道先生の肩にポンと手を置いた。


「相変わらずのメイド警察ぶり……いや、メイド異端審問官とでも呼ぶべきか。だが、ここに並んでたファンたちを見たろ? こんな日でなきゃ、たぶんもっと並んでくれてたはずだ。あんたのメイド道を否定はしない。けどな、世の中には俺が書くようなメイドに萌えてくれる読者も大勢いるんだぜ」


 咲がわたしの肩をつんつんとつついて、黙ってスマホの画面を見せてきた。

 どうやら『おませか』とやらのあらすじを検索してみたらしい。



――人類を苦しめる悪の魔王を封印すべく、108人の賢者が命を捧げて発動させた封印術式。しかし先代勇者アテールが出来心から直前に手を加えたため、魔王は封印されるかわりになんと巨乳な美少女メイドに転生してしまった!

 女体化と忠誠の呪いに縛られた元魔王と、勇者の称号を受け継いだアテールの息子タイトは、怒り狂った人々の迫害から逃れるため、流浪の旅に出るのだった……。



(……ひ、ひどい……)


 命を捧げた賢者さんたちが可哀想だし、民衆が激怒するのももっともだ。魔王もわりと気の毒だと思う。巨乳という情報はあらすじに必要なんだろうか。

 何より、無理やりメイドを強要されるという状況が身につまされて仕方がない。


 いや、わたしは女子高生だからまだずっとマシなほうだ。

 魔王というからには、現実世界の人間で例えるなら某国の大統領みたいな、60代や70代の初老の男性といったところだろうか。それが明日から突然メイドの女の子として生きていかなければならないなんて、考えただけでもつらすぎる。


(……シテ……コロシテ……)


 あらためて見ると、画面に映った表紙の女の子は、そう語りかけているように思えた。


「誰が何と言おうが、あんなものはメイドではない。ただメイドっぽいだけの何かだ」

「それの何が悪い? フィクションの本質ってのはすなわち『っぽさ』だろ」


 鯖野さんは、六道先生の肩に手をかけたまま、声の圧を強めた。


「人々が求めてんのは、風呂やトイレも整備されておらず、野盗や疫病が横行し、ジャガイモが存在しないリアルな中世の世界なんかじゃない! 魔法が使えて、女の子たちはちょっとエッチな格好をしていて、美味しいフライドポテトが食べられるファンタジー世界のほうが楽しいに決まってんだろーが!」


「……まぁまぁ、おふたりとも。こんなところで立ち話も何ですし」


 え……?

 隣にいたはずの咲が、ちょっと目を離したすきに鯖野さんと六道先生に近づいていた。


 どうしてそんな自然に、あの雰囲気の中に割って入れるんだろう、あの子。

 それこそラブコメ系ラノベに出てきてもおかしくなさそうな清楚な黒髪美少女にいきなり話しかけられ、ふたりとも毒気を抜かれたようだった。


「それに、どちらも大事な視点が欠けてますよ。当事者であるメイド自身の意見も聞いてみなきゃでしょ?」


 咲は微笑みながら、手のひらを上に向けてわたしのほうを指し示した。


 あの、ちょっと。なに言ってんの?


「有紗くん……?」


 わたしに気づいた六道先生がつぶやき、続いて鯖野さんが当惑した表情を向ける。

 その間で咲はわたしにウィンクしてみせた。


 いや、ほんとにその合図は意味わかんないんだけど。

 親友だと思っていたのに。

 けっきょくこの子は、面白さのためなら平気でわたしを売ろうとする。


 魔王が人間を滅ぼしたくなる気持ちが少しだけわかった気がした。

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