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薄紙一重の奇才と天才(2)


 冷めかかったコーヒーを慌てて飲み干して、わたしはドーナツショップを飛び出した。

 ……貧乏性と思われるかもしれないけど、やっぱり注文したものを残して帰るのは、お店の人に申し訳ない気がする。

 チェーン店だし、バイトの店員はいちいちそんなこと気にしないというのも、自分の経験上わかってるんだけどね。


 そんなことより、今は六道(りくどう)先生らしき人物についてだ。

 店内から見えた服装は、黒っぽいテーパードのボトムに、Vネックのシャツ。

 少し背が高くて顔立ちが整っていることを除けば、どこにでもいそうなごく普通の青年といった格好だ。

 ちなみに『顔立ちが整っている』というのは客観的な世間一般の基準で、べつにわたしの個人的な主観が入っているわけではない……と思う。


 彼は今、わたしの少し先を歩いている。妙に背筋の伸びた、テンポの早いあの歩き方は、やはりどう見ても先生だ。


「あれって、あの作家先生……だよね?」


 わたしの後に続いて出てきた咲が、小声で囁く。

 以前、遠目で少し見ただけの彼女にもわかるらしい。


「……普通の服で普通に外に出て、普通に買い物とかするんだ」


 咲がわたしの思っていたことを言ってくれた。

 わざわざメイド姿のわたしに買い物に行かせたのは何だったのか。いや、そういう趣味だっていうのはわかってるけど。


 わたしと咲はなんとなく顔を見合わせ、歩いていく先生の後ろをこっそりつけてみることにした。

 向こうも、わたしがこんなところにいるとは思っていないのだろう。

 平日にしてはなんだか人通りも多く、わたしたちはただ他の買い物客の陰に隠れてついていくだけでよかった。

 ……そもそもメイド姿でないわたしを認識してくれるかどうかも怪しいけど。


「案外、デートとかだったりして。変な人に見えて、恋人の前では意外と普通だったり」

「こんなパッとしな……庶民的なショッピングモールで?」

「付き合いに慣れてきたカップルなら、このぐらいのほうが楽しかったりするのよ」


 あの先生に限ってそれはないと思うんだけど……わたしが強く否定するようなことでもないし、また咲にからかわれるだけだろうから言わないでおく。


 よくある嫉妬めいたものじゃなくて、それはあまりにもわたしが見てきた六道先生の性格や生き方と違いすぎるのだ。

 メイドに対するあれほどのこだわりをわたしには押し付けておいて、恋人のためなら自分はポリシーを簡単に曲げるとか、それがもし本当だったら人間不信になっちゃいそう。


――でも、だったら先生はここに何をしに来たんだろう?


 スタスタと歩いていく先生の向かう先に、思い当たるものがなくもない。


 前の買い物のときには用事がないから寄らなかったけど、家電コーナーの向かいには本屋さんが入っている。

 こちらもチェーン展開している書店で、わたしの行動範囲の中ではいちばん大きくて品揃えがいい。

 紙の本屋さんが減りつつある今、わたしも欲しい新刊があるときは決まってこのお店に頼っていた。部屋にある『ガランドーア軍国記』も、ここで買ったものだ。


「もしかしたら、本屋さんかも」

「本? そんなの通販で買えばいいじゃん。電子書籍でもいいし。有紗にも言えることだけどさ」

「本屋さんで買って読まないと、読んだ気がしないの」

「ふぅん。読書家って、そういうもの?」


 わたしは、読書家というほどではない、と思う。気に入った本を何度か読み返したりはするけど、そんなに数を読んでるわけじゃないし。


 それはともかくとして、わかってみれば拍子抜けするほど単純な話だ。

 先生はたぶん、急ぎで何かの資料が必要にでもなって、書店をのぞきに来たのだろう。

 あんな服装をしてくるのはちょっと予想外だったけど――


――などと考えていたのだが、本屋さんが近づいてくると、なんだか先生の挙動が怪しくなってきた。せっかく見た目は普通の人だったのに。

 何かを気にするみたいに、落ち着かずキョロキョロしている。

 

 そう言えば先生以外にも、今日は違和感があった。本屋に出入りする若い人が妙に多いような……。

 今日って、人気コミックの発売日か何かだっけ?


「あれ?」


 隣で咲が小さく声を上げる。

 本屋さんに入るかと思っていた六道先生だが、店頭に置いてあった回転式の絵本ラックの陰に身を隠すようにしながら、何かの様子をうかがっているようだった。

 もはや言い逃れようもなく不審者だ。せっかくまともな服装なのに。


 何を見ているんだろう。

 わたしたちの位置からはまだ、途中のお店が邪魔で見えない。


 すると、咲がわたしの手を引っ張って、吹き抜け側の半透明なフェンスに貼られた一枚のポスターを指さした。


「これじゃない?」


 やたら目と胸が大きな美少女が表紙に描かれたライトノベルの書影の下に、いかにもお店の側で用意しましたという感じのデザイン性を度外視した大きな文字でこう書かれている。


――『おい魔王、世界の半分なんていらないからメイドに転生して俺に仕えろ』2巻発売記念! 鯖野みそに先生サイン会!


 あらためてイラストを見直すと、確かに表紙の美少女は申し訳程度にフリルの付いたヘッドドレスと布面積が赤ちゃんのよだれかけぐらいしかないエプロンをしている。

 六道先生が言うところの「よく巷で見かける感じのメイドっぽい衣装」だ。


「有紗は知らなかったの? このイベント」

「うん。こういう感じのラノベは守備範囲外だし……」


 それでもいちおう、タイトルと名前は目にしたことがある。

 まぁ、あまり忘れようのないペンネームだしね。

 ちなみにわたしは、母のサバ味噌煮が好きだったのだけど、妹が小骨を嫌がるので最近は作っていない。




 近づくにつれ、六道先生がこっそりとのぞき見している先がわたしたちにも見えてきた。

 書店から通路を挟んだ隣は、小学生の頃たまにお世話になっていたファンシー雑貨のお店が撤退して以来、イベント用の空きスペースになっている。


 今回もまた、福引か何かのキャンペーンでもやっているのかと思った。でもよく見ると、並んでいるのは若い男女がほとんどだ。わたしたちみたいな制服姿もチラホラ混じっている。

 そして彼や彼女たちは皆、さっき見た表紙のラノベを手にしているのだった。


 ゴテゴテした派手な色のメイドっぽい衣装を着た女の子のイラストが並んでいるところを見たら、六道先生はなんて言うかな……そう思って視線を先生のほうに戻すと、先生はあちらに目を向けながら、何かを必死に堪える表情で唇を嚙み締めつつ、気を紛らわせるように手でグルグルと絵本ラックを回しているのだった。

 その姿はなぜか、回し車のハムスターを連想させた。


 その一方でサイン会の列は思ったよりも早くはけていく。

 対象の本の会計はすでに書店のほうで済ませているので、あとは流れるままスムーズに進んでいくのだろう。このへんはお店の側にも作家や出版社側にもノウハウがあるのか、手慣れたものみたいだ。


 最後の客が立ち去ろうとするのを待って、ついに六道先生が動いた。


「すみません、整理券の配布は終わってしまったんですよ」


 担当の店員さんが止めるのも構わず、先生はスペースのほうに近づいていく。


「整理券なら持っている。その男が送り付けてきたからな。――番号は“0”、私が最優先だ」


 そう言いながら先生はどこに持っていたのか文庫本を取り出した。

 表紙の女の子の衣装は、付箋をペタペタと貼って隠してあり、なんだか余計にいかがわしい感じになっている。

 先生が無造作にページをめくると、そこには大きく“0”と書かれた真紅の紙片が挟み込まれているのが見えた



 白い布をかぶせた会議机の向こうに座っていた男性――ラノベ作家・鯖野みそにがゆっくりと口を開いた。


「――来たか、六道鏡哉」


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