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XXXしないと出られない(2)

 エプロンの紐を後ろ手でリボンのように綺麗に結ぶのも、少し上手くなってきたような気がする。

 鏡に映った後ろ姿をチェックして、わたしは今日も仕事を始める。


 今日は台所まわりを掃除し、土曜に買った調理道具などを収納。他にもあったほうが良さそうなものをメモしておく。

 先生はどうやら、日ごろの食事は主に外食で済ませているらしい。カップ麺やコンビニ弁当ばかりよりはマシだけど、それでも栄養が偏ってしまうのは否めない。

 やはりわたしが来たときに、お惣菜を何食ぶんか作り置きしておくべきかもしれない。庶民臭いとイヤがられるかもしれないが、こればかりは先生の健康のためだ。


 当の先生は、今日こそ仕事部屋で執筆活動に専念しているはずだ。

 早く『ガランドーア軍国記』の続きを書きあげてもらわないと困る。策に嵌まり敵地で孤立してしまった傭兵隊長ガガリがどうなるのか、こっちは1年以上やきもきしているというのに。


 キッチンからホールに出て2階の様子をうかがう。部屋に籠もって真面目に仕事をしているようだ。

 カタカタという音がしてそちらを見ると、わたしのメイド服と同じく白いフリルで装飾された丸いお掃除ロボットが、変な角度で壁と戸棚の間に入り込んでしまったらしく、身動き取れなくなっていた。


「サルサさん。あなたはまだメイドの仕事の何たるかがわかっていないようね」


 わたしはお掃除ロボットを持ち上げ、ふざけてそう言った。


「ピッ」


「口答えするんじゃありません。床掃除しかできないくせに」


 ……なんて、ロボット相手に先輩風を吹かせている場合じゃない。わたしはサルサを床に下ろしてやり、つぶやいた。


「メイドとしては、先生にお茶でも淹れてあげようかしら」


「ピッ」


 六堂先生以外の声にはとりあえず電子音で返すらしい。無駄に凝った音声ユニットだ。


 きちんと手を洗って、わたしはキッチンに戻る。いつものことながらレトロ調で高価そうな食器棚には、これまた高給っぽいティーセットが並んでいた。

 普段使いのものを買おうかと迷ったが、けっきょくやめた。作家にとって、執筆中の紅茶や珈琲は、インスピレーションの糧だという。ならば、出し惜しむべきではないのではないか。ここで使わずしていつ使うのだ。


 ――どうせ趣味で揃えただけで、お客を招いたりとかあんまりしそうにないしね。


 わたしは深呼吸して、精神を集中してそっとティーセットを取り出す。それから、なんだかお洒落な缶に入った茶葉も。

 電気コンロで湯を沸かし、調べておいた美味しい紅茶の淹れ方を実践してみる。自分でも驚くほどのいい香りが鼻をくすぐった。高い葉を使ってるせいもあるだろうけど。

 今この瞬間も、先生はきっと真剣に作品と向き合っている。

 だったら私も、せめてメイドとして、それに報いられるだけの存在でありたい。



 わたしは、銀のトレイにティーセットを乗せ、慎重に2階への大階段を上っていく。メイドをやるのに意外と両腕の筋肉と平衡感覚が必要だとは思わなかった。夏休みに短期でファミレスのバイトを経験しておいて良かった。

 ……そう考えてみると、あのファミレスのドリンクバーマシンたちは、お掃除ロボットのサルサと同じく、進化した現代のメイドの一種と言えるのかもしれない。わたしは心の中で先輩メイドたちに敬意を表し、ティーセットを乗せたトレイをバランスよく片手で支えながら、先生の仕事部屋をもう一方の手でノックした。


「――何かね?」


 ドア越しに六堂先生の声がする。


「お茶をお持ちしました。……ご主人様」


 まだその語を口にするのにはちょっと抵抗がある。これは慣れてしまってはいけないやつだと思う。


「そうか、ありがとう。入りたまえ」


 ドアを開けて入室すると、机に向かう先生の背中が真正面に見えた。

 執筆用のデスクとチェアは、最新のオフィス仕様のものを特注でアンティーク風にしたものらしい。

 仕事と身体を支えていると言っても過言ではないものだけに、こればかりは見た目よりも機能性のほうを重視しているんだろう。


 初日に案内してもらったところ、書斎は仕事部屋とは別に隣にあって、こちらには最低限の辞書ぐらいしか置かれていない。

 そればかりかデスクとチェア以外には家具もなければ窓もない。

 別配線らしい天井のライトとエアコン以外は、電源コンセントすらない。


 先生はここでノートPCに向かって、バッテリーが切れれば予備と交換し、執筆するのだそうだ。

「私なりに執筆効率を追求すればこうなったのだ」と、先生は言っていた。

 そう、六堂先生はやる気にさえなってくれれば、ちゃんと書ける作家だ。そのぐらいの集中力がなければ、あそこまで深く練り込まれた作品が書けるわけないのだから。


 わたしは、広いデスクの脇のほうにプレースマットを敷き、ティーセットを並べようとして――


「ひぅっ!?」


 裏返った変な声とともに、紅茶の入ったポットをひっくり返しそうになった。

 先生のノートPCの画面、文字が並んだエディタのウィンドウの左上のほうで、なんだか見たことがあるような動画が再生されているのが見えたからだ。


「そ、それ……」


「ん? ああ……水原嬢と言ったか、君の友人から送られたものだ。君も聞いているだろう?」


 そこには、メイド服をしてショッピングモールで買い物をするわたしの姿が映っていた。

 あのときは、これほど恥ずかしい思いをすることはそうそうないだろうと思った。

 でも違った。それをこうして他者の視点で客観視させられることで、1粒で2度恥ずかしい。


「今までずっと、それを見てたんですか」


 震える声でわたしは言う。

 部屋から出て来ず、わたしの様子も見に来ないと思ったら。

 ……あぁ、きっと今わたし、顔真っ赤になってる。


「もともとそういう話になっていたはずではなかったかな」


「そ、そうですけど……何もわたしがいるときに見なくても……いったいいつから」


 あっ。ループ再生になってる……!


「なに、気にすることはない。一種の環境映像として流していただけだ」


「環境映像って……」


「やはりメイドの効果は素晴らしい。これまでにないほど執筆がはかどったよ」


 先生はエディタにびっしり並んだ文字列を指し示してみせる。……そう言われると、こちらとしては何も言えない。

 わたしだけじゃなく、大勢のファンが、先生の新刊を待ち望んでいるのだから。

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