ロリBBAと過ごす夏 1
「あっついのー、お主、そうは思わんか?」
勉強机に向かい、夏休みの課題をどの順番でやるか精査していた僕に向かって、その幼女は言った。
こいつは別に僕の妹でもなんでもない。あるきっかけで知り合った腐れ縁のようなものだ。
彼女は既に僕を助けた。だから今度は僕が助ける番だ。
当面の居住地として僕の部屋を差し出したのだ。ギブアンドテイクだ。
「あっついのー、お主、そ・う・は・お・も・わ・ん・か!」
ヴォリュームを上げてきたところでどうせこいつの声は俺にしか聞こえていないし、俺にしかみえないのだ。だが、流石にウザいので僕はベッドの上の幼女を睨んだ。
金髪のポニーテール、淡いブルーのワンピース。
「おお、こわいこわい。喰われるかと肝を冷やすわい」
この幼女とのいきさつはそう長くもない。だからついでに、僕の夢の話をしよう。
僕の夢は、つい先だっての春休みまでは、英雄になることだった。
英雄、国家や世界を救う、英雄。
しかしこの現代社会において、僕のような武闘派は脳筋と忌み嫌われ、また、法律も僕のアウトローな夢を否定していた。否定されつくしていた。
だから、春休みで死んだなら、それはそれで良かったのだ。少なくとも、僕の前に狼男に喰われそうになっていた、あの女子校生は救えたのだし。
どうせ夢も希望もあったもんじゃないし。
僕は社交性にかけ、クラスでも孤立し、勉強にもついていけなかった落伍者なのだから。
しかし、その狼男に喰われている僕を、この自称天津神、通称ロリBBAは救ってくれたのだ。
もちろん無償で。
「持たざるものから奪うほどわしはがっついてはおらん」
「そうか? 僕はなんだかんだ言ってここ最近はお前に貢いでいるぞ? 例えばそのゲーム機だ。僕はゲームは外で暇つぶし程度にしかしない。それをお前が大画面でやりたいからと、ねだって買ってやってそれがどうだ? ドラゴンクエストしかやらないじゃないかロリBBA」
僕は食って掛かるように言った。
「わしはドラゴンクエストがやりたいのであって、ゲームがしたいのではない。昔もお主は大好きだったじゃろう? ドラクエ。なぜやらん」
「ドラクエは単純に作業だろう? プレイスキルの介入する要素がない」
「コールオブデューティーじゃったか? お主が今やっているゲーム。見ているとお主は殺されてばかりじゃのう?」
「そりゃあ、パッケージのFPSをやるような連中はガチ勢だからな。チョコチップでいいのか? BBA」
「待った。この際言っておこう。女性に対してBBAはないじゃろう。こんなに! こんなにかわいくて仕方がないほどの美少女に向かって! BBA! 再考せんかお主。感謝せよとは言わぬ。わしが助けたかったから助かっただけで、お主は別に助かりたくなかったらしいしの。しかしBBAはないじゃろ普通」
「BBAという真名だという説が捨てきれない」
「FGOから離れよお主。林BBAなどという酔狂な名前の女子はおらんわ」
「ごめん、言い間違えたんだ。本当にすまない」
「言い逃れを」
「そもそもなぜ名乗らない? だからやむなくロリBBAというコードネームで呼んでいるんだが」
「名前と言うのは神聖な呪いなのじゃ。相手の名前を呼ぶということはそれ自体が呪詛なのじゃ。お主がわしの真名を呼べば、それはもう恐ろしい呪い返しが待っておる」
「そうなのか? じゃあ、あやで」
「特に理由もなく付けたつもりじゃろうが、いい所を突いてくる。流石はお主。やるのう」
これ以上雑談をする気は毛頭なかったので、僕は財布をズボンの右前のポケットに入れて、部屋を後にした。