3話 日常との乖離
そう、俺はゾンビ・・・。
あれから2週間。
俺は以前と変わらず、平凡な引きこもり生活を送っていた。
心臓の鼓動はしないが、それ以外に変わった点は想像以上に見受けられなかった。
食事も水も普通に取れるし、味もある。
排泄にも睡眠にも支障を来すことはない。ぐっすり寝られるし、風呂だって入れる。皮膚も臓器も、一向に腐りはしない。
というか、むしろ良い事すらある。
2週間前までが嘘のように朝日に対し頭痛を感じなくなったし、ずっと外に出ていなくても肌の色が、心なしか健康色になってきた気がするのだ。
(何だこれは・・・死んでいるのに以前よりも生き生きしている・・・)
朝、鏡を見るたびにそう思う。まるで実際に死ぬ前の方が死に体だったかのような現実。
勿論、今でもいつかプッツリと意識が亡くなってあるべき姿・・・つまり動かぬ死体となるのでは、という不安はあるのだが。
(これが博士という人が言ってた身体能力の変化ってやつかな?今日辺り、電話してみようか。)
そう思い、俺は何時もの調子でスマホを手に取りソシャゲを始めた。
育成中の女騎士、ロゼリアは今日もゾンビとなった俺に優しく笑いかけている。
その時・・・
"ピンポーン・・・"
玄関のチャイムが鳴った。
本来なら頼れる母が出る所だが、生憎今はパートで不在。
しょうが無い、俺が出るしかない。
俺は重い腰を上げ、今更部屋着から私服に着替えて玄関に向かった。
(どうせ宅配便か何かだろう)
そんな軽い気持ちでドアを開いた俺の前に現れたのは・・・
両手にハンマーを持った大男。
目にはサングラスを掛け、頭にはニット帽を被っている。
宅配物は・・・何処にも見当たらない。
「ほ・・・?」
俺の奇声をよそに、振りかぶった大男の一撃が俺の頭部を強打する。
"ゴッチン・・・!"
とでも形容しよう効果音が響き、俺は一瞬にして意識が遠く失われるのを感じ、その場に倒れ込んだ・・・。
(俺は死ぬのだろうか。もう死んでいるのに。)
いや、よく考えれば頭を割られればゾンビだって割と死ぬ。
流石にこれは死ねる。弱点とされるだけの事はあった訳だ。
しかし何故、強盗はこの家を狙ったんだ・・・?
金品になるようなものは何もなかったはず・・・
ともかく、まだ母じゃなくてよかった。本来、既に死んでいた俺ならば、母も父も遠からず忘れてくれよう。
しかし折角一度チャンスを貰ったのに即こんな末路とは、俺もとことん哀れだな・・・
「チッ・・・なぜ割れないんだ!?クソッ・・・死ね!死ねえぇぇぇ!」
男の野太い声と、ハンマーを打ち込む音に俺は目を覚ました。
目に前には血溜まりが広がっているが、俺の意識は存外にしっかりとしていた。
頭が少し痛いが、立ち上がれない程ではない。
(やった・・・!)
俺は内心そう直感した。
これは、相当な当たりクジかも知れない。頭をハンマーで打たれたのに、どういう事やら俺は生き返っている。
否、未だ死んでいない・・・!
「クッ・・・お、起き上がっただと!?クソ!信じられねぇ!」
俺がハッして振り返ると、そこには怯えた様子のハンマー男がたじろいでいた。その手のハンマーは知らぬ間にどちらも赤く染まっており、玄関はそこら中が血だらけだった。
まるでドラマの殺人現場だが、その真ん中に立つ男はどちらかというと被害者のような怯え方だった。
(まさかコイツ、今まで俺にハンマーを打ち続けていたのか?というかコイツの声・・・まさか・・・)
「まさか・・・父さんか!?」
そう、大男の声と背丈には見覚えがあった。そして、その一言を聞いた男の反応を見て俺は確信した。
「がっ・・・っぐ・・・!涅斗・・・!オマエのような化け物・・・一緒に生活出来る訳がないだろう!頼むから俺の前から消えてくれ!」
大男は再び、大きくハンマーを振り上げた。
俺は咄嗟に避け、玄関の扉をはね開ける。
真実を知ったショックやら何やらで、とにかくがむしゃらに家を出て走り出した。
(何で・・・父さんが・・・どうしたこんな・・・)
頭の傷はどうやら深くなく、血も走り始めてから直ぐに止まった。
(ゾンビの弱点が頭だと分かっていて、初撃で決めに来たに違いない。本気で俺を殺すつもりだった・・・?)
化け物と呼ばれて否定できない自分が悔しい。
始めから、普通の生活など得られる筈がなかったのだ。
「俺は・・・ゾンビ・・・」
その現実が改めて俺に重くのし掛かり・・・そして俺は、遠く歩いた河川敷で腰を下ろすと、堪らず博士に電話を掛けた。
女騎士ロゼリア
涅斗が遊ぶソシャゲのキャラ。
ウルトラレア(星5)。
涅斗の父
母親と涅斗が病院から帰った後に現状を聞いて以来、恐怖で正気を失ってしまった。