2話 そしてゾンビになる
ゾンビである事が断定されました。
「心臓が止まっているね。」
医者は、綿密な診察後に一言、真面目な顔でそう言った。
個人的には、やはりというべきか。
否、実は移動中、自分でも気付いていた。
(自分の現在置かれている状況なら、心臓の鼓動をもっと激しく感じてもいいだろうに・・・)
そう思うや否や、胸に手を置くまでもなく気付いた。
察してしまった。
一度そう仮説を立ててしまえば、もう胸に手を置くことなど出来そうになかった。
というか怖くて全力で泣き出しそうだった。
そういう状態の心構えで、診察を受けていた。
「そうですか・・・治るのですか?」
母が割と冷静に尋ねる。
「お母様は、死人が生き返ったケースを聞いたことはございます?」
医師が返す。俺はもう、他人事のように、ただ死人らしく呆然と聞き流すしかなかった。
「ありませんが・・・あ、いや、でもそういう話は昔からありますよね。一度死んだはずの我が子・・・あ、いや、お人が、その、再活動したという前例も。」
医者が返答する。
「・・・んー。ただそういう前例は、現代医学では確認出来ていないんですよねぇ。息子さんの場合、寧ろ何故動いているのか信じがたい所なので。一応、というか、即刻精密検査を行いたいのでこの後お時間宜しいでしょうか?」
「あ・・・はい・・・」
ほぼ同時に、俺と母は答えた。
その後、精密検査に備え改めて自分がこうなった経緯、症状を医師に小一時間ほど語るも、中々渋い顔をされたままに精密検査は始まり、結局のところ渋い顔のまま終わった。
俺はもう、いつ唐突に倒れてこの世を去っても良い覚悟が出来つつあった。
きっとこれは、ほんの裁量を間違えた気まぐれな神様の手違いであって、一日二日のズレで俺は問題なく死ぬんだろう。
今夜床についたが最後、明日こそ目が覚める事なく生涯を終えている。そんな予感がする。
或いは親孝行すら出来ずに死ぬなど、子の本業を満たしてもいない、という罰なのかも知れない。
だとしたら俺は、ゾンビと言うよりは成仏を許されぬ幽霊なのか?
どっちにしろ、心臓の鼓動がしないとは、ここまで不気味な事だとは。
まるで生きている事を誰にも許されていないかのようで、何か悪魔のような存在に目を付けられたかのようで心底居心地が悪い。
あわよくば今夜、分かり易く最後の別れを家族に告げて安らかに首を吊りたい気持ちすらあった。
兎に角誰かスッキリさせて欲しい。
そんな葛藤を、恐らく母と共に抱いていた矢先。
実に、病院に駆け込んで10時間も後の事だった。
待合で待たされていた俺と母の前に、突然さっきとは違った医師が現れ、俺たちは別の部屋に案内された。
人通りの少ない暗い廊下を案内され、連れて行かれた一室。
そこには、様々な分野の専門家的な連中が10人ほど立っていた。
引きつった笑顔の者もいれば、あからさまに訝しげな目で見てくる者もいた。
そして、その中央に立つ偉そうな白衣の男が一言、俺に言った。
「君の症例は珍しくてね。まだ確固たるサンプルが少ないから断定は出来ないのだけれども・・・おそらくは、ある一つの病名が該当した。」
(ごくっ・・・)俺は固唾をのむ。
医師が告ぐ。
「病名は"A型ゾンビ症候群"。君の場合は原因は不明だが、何らかの経路でA型ゾンビウィルスに感染したと思われる。」
俺は兎に角、前例があったという事に安心した。
感染症なら、他に症例があるのは確かだ。とは言え・・・
「感染って・・・でも俺、以前から体調が悪くて。外にも出てない日が続いてたんですよ?」
「引きこもりかよ・・・チッ・・・学生の本業も果たさずに・・・社会のクズが・・・」
俺を囲む男の一人が辛辣な言葉を小声で発する。
言わなければよかった・・・
「まぁまぁ、君の場合は新しいケースかもしれないが、取り敢えずは君は一人じゃないという事に安心してほしい。」
「治るのですか?」
母が間髪を入れずに尋ねる。
医師は、申し訳なさそうに首を横に振った。
「残念ながら・・・特効薬は存在しません。ですが通常と変わらぬ生活は可能です。ただ、注意していただく事は、今後は如何なる体調不良や怪我であっても通常の診療方法ではなく、我々にご一報頂きたい。君の身体は、公に知れたら困るからね。」
「一先ずは、普通に過ごせるんですね。」
俺はもう、ただその一言が嬉しかった。
このまま謎の研究施設に連行され、人体を解剖されたり、変な薬を飲まされたりするのかと身構えていた所だ。
「しかし、博士。ウィルスに感染したキャリアである彼を通常の生活に戻すのは・・・」
男の一人が口を開く。
言われてみればご尤もな話である。
「否、彼の場合は経過観察も必要だ。何より、彼が感染したのは恐らく彼の特異体質によるもの。通常の人間には、感染する可能性はほぼ皆無だよ。」
「しかし・・・」
「それともう一つ。君には以前と違う特別な身体能力の変化が見受けられるかもしれない。今はまだ不明だが、もしこの先何か変わった力に気付いたら、その時も連絡してくれ。」
博士と呼ばれたその男は、俺と母に名刺を渡した。
そうして俺達は、長い一日を終えてようやく帰路についた。
涅斗の母
割と何事にも冷静。肝が据わっている。
博士
何事にも気楽な性格。危機感が乏しい。