遥かを照らす・1
ワールドの敵を倒し、野望を阻止したはずだったが、まだ、守護者としてのラズーリが、戦わなければならない敵がいた。
最終決戦です。
※有明の月の次は山の端の月です。
「暗きより暗き道にぞ入りぬべき遥かに照らせ山の端の月」
新書「遥かを照らす」1
目覚めたのは、ヘイヤントの、騎士団の病院だった。側には、レイーラとアリョンシャがいた。彼等二人だけだった。
丸二日強は経っていたが、二日しか経っていなかった事に驚いた。
アリョンシャの話しによると、グラナド達は、まず、俺をアレガノズに運ぼうとした。しかし、何故か
「王子が無事発見されて、アレガノズで治療中。」
という噂が飛び交っていたため、王都からアレガノズへの道には、記者を始め、大勢の人々が集まってきていた。転送装置も一杯らしく、俺を運んだ後で、王都に迅速に戻るのは難しかった。むしろ王都に戻るのは、ここが最大の隙だ、とグラナドは判断した。
途中、アリョンシャが、消耗の激しいレイーラと、意識のない俺を、ヘイヤントに運んだ。院長のカードン医師は、クロイテスと懇意で、俺達の周りに、特別なスタッフを付けてくれた。(「色々と検査をさせて貰いましたが、実に不思議です。」と、医師が言った時には、冷やりとした。)
レイーラは、俺より一日早く起き上がっていた。もうすっかり回復していた。アリョンシャは、俺達に付き添い、そのまま居残った。グラナドを始め、皆は、王都に戻っていた。
「まだ殿下達の事は、正式発表していないんだよ。直ぐヘイヤントに戻る、という話だから、動きやすいようにしたいのかも。」
とアリョンシャが言った。彼は、明言はしなかったが、現状に不満な様子が見て取れた。
俺は起き上がった時点で、体力は回復していたが、魔法はまだ、少し出にくくなっていた。
グラナドからは、俺とレイーラに、回復するまで休め、という言伝てだが、アリョンシャがいるという事は、「回復したら直ぐに来い」と同義だろう。魔法力の消耗だけなら、それほど長引く物ではない。
一日だけリハビリをし、病院側のはからいで、内部の転送装置を使い、ヘイヤント南の転送ポイントに向かった。騎士団用の施設だ。ここから王都の西のポイントを経て、そこから王都までは、アリョンシャの魔法で行く。
グラナドに会って、少しどつかれて、後はパーティ解散か。
概ね、そうなる筈だった。
だが西のポイントに到達した時、予定は覆された。
出た所にはハーストンがいて(彼はまだ完全に治りきってはいない)、俺達を待っていた。彼は、俺達を見るなり、
「クーデターです!」
と叫んだ。
※ ※ ※ ※ ※
俺達がソーガスと戦っていた時、カオスト公爵が亡くなった。グラナドは、王都に付いてから知ったそうだ。
公爵は、ソーガスが神殿を襲った時に、確かに怪我をしていた。が、命に別状はない、と聞いていた。しかし、劇的に容態が急変し、検査や治療の暇なく、あっと言う間に亡くなってしまった。
遺体は、ひとまず、郊外のサンクト・アレーナ教会に運ばれた。本来、神官以外の重要人物が亡くなり、国葬になる時は、王宮と程近い、聖コーデリア大聖堂で行われる。しかし、カオスト公爵には、先の事件の嫌疑がある。街中の聖堂では、顛末に納得しない市民が、抗議の為に、大勢集まる可能性が高い。このため、遺体は、騎士団の副団長であるアダマントが守りつつ、秘密裏にアレーナ教会に運んだ。女王達は、王宮で、葬儀と、これからの策を検討していた。
しかし、その場に、ファランダが駆け込み、死んだはずのカオスト公爵が、急に現れ、あっと言う間に、イスタサラビナ姫を攫って消えた、と言った。同時に、街中に、モンスターが現れた、と、騎士が次々と王宮に駆け込んできた。
先のクーデターの時と比べたら、小規模な物で、全体的には、前より弱かった。それでも、野犬がベースの物と、野鳥がベースの物なので、武器も魔法も使えない者は、屋内に閉じこもり、家具で内側にバリケードを張って難を避けた。その間に、騎士団や魔法官が退治する。
何故か王宮と魔法院、神殿の敷地には、門が空いていても入ってこない(入ってきたのは、カオスト公爵だけになる)。このため、クロイテスは、王宮周辺にいた、外出中の市民を、敷地内に誘導した。
一方、町中では、鳥系が窓に、犬系が壁に激突し、先のクーデターで、被害の大きかった地域を中心に、徐々にパニックが広がった。騎士の指示や誘導を無視して、散り散りに郊外を目指して、逃げようとする者もいた。騎士達は、彼らのフォローに回った。モンスター退治が魔法官任せになり、全体の連携が乱れた。
王都西側の、薄い山脈から、ナンバス方面に逃げようとした数人の男性が、アレーナ教会の近くで、カオスト公爵を見た、と、引き返して王宮に転がり込んだ。彼等が戻った時には、町中のモンスターはほぼ駆逐され、皆も落ち着き始めていたが、この話が出た時、誰かが、
「カオスト公爵は、亡くなったはずだ!」
と言ったため、再び不安が広がった。
その時、アレーナ方面から、新手のモンスターが来た。骸骨の集団である。だが、それらは、神官達の魔法で、直ぐに大人しくなった。
ミザリウスは、アダマントがアレーナから戻って来ないのを気にして、アレーナを多勢で取り囲むことを提案した。ヘドレンチナは、骸骨が倒されても、見た者達がまだ騒いでいるため、少数精鋭で、気取られないように行動しては、と言った。しかし、クロイテスは、アレーナに人を割くより、王宮周辺の護りを固める方法を取った。彼は、これを新たなクーデターとして、王宮にいる女王と、王都中心部を、敵から守り抜かなくてはならない、と話した。
ハーストンは、
「シスカーシア様が、『クーデターなら、尚更、市民を、西から来る敵の手から、守らなくては。』と仰有って、揉めました。ミザリウス様もヘドレンチナ様も同意見でした。
ですが、殿下が、
『西は俺達が行く。』
とお収めになりました。」
と言った。
「殿下やシェード達だけで、アレーナ教会に?」
とレイーラが言った。ハーストンが
「いえ、レベルの高い神官五名と、護衛にフィールさんの部隊が付きました。全体で四十名にはなります。」
と答えると、アリョンシャが、
「戦闘力を考えたら、少くはないけど。騎士も魔法官も置いて?」
とつぶやくように言った。
俺はグラナドの意図は分かった。だから、ハーストンが、俺達を王宮へ連れて行こうとするのを止め、直接、アレーナ教会に向かうことにした。
ハーストンは報告に女王の元に返し、レイーラとアリョンシャと共に、西を目指す。アリョンシャが麓まで、慣れた転送で、俺達を運んだ。道すがら、彼は、アレーナ教会と、騎士団の話をしてくれた。
「最近の孤児出身の騎士には、死後はアレーナ教会に埋葬してほしい、と希望する人達が、結構居てね。王都が見渡せる位置にある教会で、墓地に余裕がある所は、限られているから。
貴族出身の騎士は所領に、庶民出身の騎士は、故郷があれば故郷に、家族がいたら、家族の暮らす街に眠りたがる。
未婚で故郷に知己が無く、役職のない騎士は、王都かヘイヤントを希望する傾向がある。
今は、予め、希望埋葬地を聞いておくんだ。僕達の時は、そういうのは無かったけど。」
騎士に不人気なカオスト公爵の遺体が安置された事は、そういう背景なら、不思議な話だった。
「それじゃ、その人達のご遺体が?」
と口にしたレイーラは、直ぐに、はっとして、ごめんなさい、と続けた。アリョンシャは、
「気にする事は、無いよ。それなら、これから、僕達が、何とかすればいいだけの事だから。」
と答えた。
後味の悪い予感を持ちながら、転送で俺達が到着した時、勢いのある「準備だ!」と掛け声が響き、大勢の返事が呼応していた。
狩人族の弓隊がいて、その丁度背後に、転送魔法で出た。
アレーナ教会を囲む林、奥に向かう、なだらかな道の起点、小さな木造の小屋がある所だ。
フィールとゾーイが、俺達の姿に気付いた。駆け寄ってきたのは、フィールだった。
当然、俺達の事は、何も聞いていない予定外だ。だが、彼女は質問はせずに、
「殿下は、入り口に。」
と簡潔に言った。
その言葉通り、グラナドは「入り口」にいた。道の入り口、教会の名入りの古い石碑と、新しい木製の地図のある所だ。石碑には、「聖女の神聖を信じぬ者に、恩恵は」とあるが、「恩恵」の先は欠けていた。
俺達を見ると、グラナドも、フィールに負けず劣らず簡潔に、
「少し、待て。」
と言った。ミルファとシェード、ハバンロの姿が見えない。グラナドの側には、カッシー、ファイスがいた。
そこで早口に、王都の事情を聞いた。先にハーストンから聞けなかった所を補足できた。
オルタラ伯を始めとした、議員達とは、彼等の多くが領地に戻っているせいもあるが、連絡が殆ど取れていない。女王が宮殿に集める事が出来たのは、もともと王宮にいた者と、私的な側近が中心だった。
「揉めたんだが、クロイテスやミザリウス達には、陛下と王都を任せた。陛下は今ひとつ、納得行かなかったようだが。」
複合体の時は、魔法院主導で、色々と動かしていたのに比べ、もどかしさを感じる。当時は、魔法院長が宰相だったせいもあるが。
それが現在の体制なら、不満はない。が、ここにいるのは、おそらく最後のボスだ。取り損なうと、「終わる」。
短い緊張の中、転送で、シェード達が戻ってきた。彼はレイーラを見て、やや複雑な表情をした。
彼等は、ミルファの探知魔法で、偵察に行ってきたのだ。魔法が急に無効化されても対応できるように、ハバンロを連れて。
だが、ここには、魔法の無効化は、無かった。遺体を動かしているのだから、少なくとも暗魔法は無効化されていないわけだが、シェードは転送、ミルファは探知魔法を、それぞれ使えた。
この教会は、古い礼拝堂と、新しい聖職者の住居と、前庭に墓地、裏庭に洞窟を利用した、これまた古い納骨堂がある。怪しいのは納骨堂だが、入り口が崩れていた。グラナドの話では、十年前の地震でそうなったが、洞窟が既に忘れられた遺跡で、大昔の歴代の聖職者の遺骨があるだけのため、修復はしなかった、ということだ。代わりに、墓地を拡大して、居住部分を新しくしたからだ。
しかし、ミルファによると、礼拝堂と住居には、人の気配がしない、という事だ。墓地は半分は荒らされていたが、「何も出てこない」。納骨堂付近でも、何も探知されないが、こちらには人の気配があり、微かに物音がした。三人は、扉の手前まで近づき、よく見たが、もともと崩れた時のままにしては、入り口が滑らかだった。後から柔らかい土をかけて、押さえて固めたように見えた。
少なくとも、イスタサラビナ姫と、教会の管理者、聖職者は、閉じ込められている可能性は高い。
シェードは、一か八かで、中に転送しようかと思ったが、ハバンロが、先に報告に行こう、と止めたそうだ。
グラナドは、早速、納骨堂への侵入を決意した。
フィールとゾーイを呼んで、墓地まで隊を進める事と、いくつかの指示を与えた。
弓隊から、転送の出来る男性二人と、同行した神官五人のうち、三人を連れて行く。神官は、皆、つい最近、回復を覚えたばかりと思われる、若手だった。
納骨堂では、ハバンロが入り口を崩して開けた。しかし、そこには、教会の職員数人と、イスタサラビナ姫が、横たわっているだけだった。
グラナドは、神官に応急処置を指示し、弓隊の男性に、
「さっき言った通りに。後はフィールの指示に従え。」
と言った。
「囮か。」
と俺は言った。彼は肯定したが、
「確証は無かったが。」
と付け加えた。続いて
「王宮に、戻るぞ。」
と言うと同時に、
「待って!」
と女性の声がした。
イスタサラビナ姫だった。上半身を起こし、神官の女性に支えられている。
「行っては、駄目よ、グラナド。」
軽く咳き込む。
「あれは、もう、あの人では、ないわ。何か、違う物よ。見てすぐ、わかった。」
切れ切れに言うと、また咳き込み、神官に促されて、横になる。グラナドは彼女に近付き、話しかけた。俺も行こうとしたが、ファイスが、
「アダマント副団長達がいない。」
と言うのが聞こえ、彼の方を向いた。ファイスは、アリョンシャとカッシーに向かって話していた。彼らに声をかけようとしたが、俺の背後から、グラナドが、
「戻ろう。」
と簡潔に言ったので、そちらを向いた。
イスタサラビナ姫達を、神官とフィール隊に任せ、俺達は、そのまま転送を重ねて、すぐに王宮に戻った。
王宮は、戦闘状態だった。