凍りて出づる・5
新書「凍りて出づる」5
どんなに正当な理由があれ、生きる意志のない者とは、生死を賭けた戦いは共にできない。矛盾するようだが、それが現実だ。
レイーラは、自分のシレーヌ族の能力と、神官の力をフルに活用して、「死者」であるソーガスの中に在るものを、浄化するつもりでいた。
ソーガスが「死者」という認識は、俺にはなかった。「魂」だけになって、他人の体に入る、というのは、このワールドでは、死者でなくてはあり得ない、という認識だが、俺は異なる。
取り乱すと思ったシェードは、動揺こそ隠せなかったが、予想よりはずっと冷静に見えた。
「なぜ、姉さんが、奴のために、そこまで。」
と、静かな声で言った。
「あの人のため、ではないわ。」
レイーラは、シェードの声より、一層静かな声で語った。
「私は、神官としての適正は不充分で、貰った恩恵に対して、小さな貢献しかできなかった。シレーヌの力はありますが、次に確実に伝わるかどうか解らない能力、と聞いています。なら、今、私で役立てる事をしたいのです。
私が居なくなって、悲しむ人がいることは、承知しています。だけど、それで留まる事は、出来ないところまで、来ているのではありませんか?」
シェードは、何か言いかけて黙る、を繰り返した。
以前の俺なら、最初から死ぬ気の者を、パーティーに加えて戦うことのデメリットを説明しただろう。そういう展開になったら、一時は感動的な伝説になって、勇者が納めやすくなるが、長期的には遺恨が残るため、後始末のデメリットが大きいからだ。
だが、今の俺が、彼女に言いたいことは違っていた。しかし、まず、グラナドの意見を待った。
「解った。」
彼は完璧過ぎるほど、冷静に言った。
「そこまで覚悟をしているなら、一緒に来てもらう。
だけど、生き延びる気が、まったく無い者は、敗因になる場合が多い。そういうのは、俺が指示するまで、必ず待ってくれ。
昔の複合体の時は、敵の正体と能力が解っていた。母の力が強かった事もあるが、有効な手段を魔法院で調査する時間もあった。だが、今回は異なる。オリガライトの性質からして、有効な手段は、ある程度解るが。
街も近い事だ。逆効果になることもある。
だから、必ず、待ってくれ。」
レイーラは、
「はい。」
と、はっきり返事をした。シェードは、小声で何か呟いたが、抗議はしなかった。グラナドは、
「お前も、それでいいな、ラズーリ。」
と確認を取った。俺は肯定の返事をした。
いざとなれば、俺の力をぶつける。水魔法ではなく、守護者としての力を。勇者を助けるための力、敵を倒すために、どこまで解放できるかわからないし、この体の維持は難しいかもしれないが。
明け方まで、短いながらも、睡眠を取った。グラナドは「準備がある」と言っていたので、手伝うつもりだったが、
「全体的に寝不足のパーティだ。お前だけでも休んでおけ。」
と言われた。何か調べものをしているグラナドの近く、椅子を並べて休んだ。熟睡できるはずもない、と思っていたが、短いながらも眠り込んでしまい、明け方にグラナドに起こされた。
明けると直ぐに、ログニールとルヴァンの案内で、「入り口」に向った。東屋、というか、東屋のようになってしまった石造りの廃屋が、数件並んだ廃村だ。昔の事件のはるか前から、この状態だったそうだ。
明けてから来たのが正解だった。明かりになりそうな物は、周囲には全く無い。かろうじて、灯りに縁があるのが、真ん中の家の、石の小さいテーブルにある、真ん中が折れた三叉の燭台だけだ。しかし、蝋燭は無い。魔法で点くタイプのようだ。これだけは、新しい物だ。
ルヴァンに促され、カッシーが灯りを灯した。夜明けの空に僅かに加勢する程度だが、暖かな色味の光が広がる。
ルヴァンは、テーブルの蓋を開け、中からキーパッドのようなものを取り出し、何か入力
した。次にログニールを軽く促し、テーブルに手をかざすようにさせた。
二つの光の柱が現れた。緑色と青色の光に彩られた、「実体のない」転送装置だ。
「青がソーガスの元に、緑が人質の所に行きます。」
とルヴァンが説明した。
まずシェードとレイーラ、ファイスとログニールを緑の方にやり、俺達とルヴァンは先行して、青に進もうとした。が、直前に、アリョンシャが、オネストスとハーストンを連れてやってきた。
「ああ、なんとか間に合った。」
とアリョンシャが言った。
ハーストンは
「ミザリウス様とヘドレンチナ様からです。」
と、拳大の箱を渡してきた。オネストスが
「クロイテス団長からです。」と、グラナドにメモを渡した。グラナドは、読んでから、
「やはりな。」
とつぶやいた。ごく短いメモで、
「残念ながら、殿下のご懸念は当たりました。こちらで対処いたしますので、都の事はお任せください。」
とあった。
内通者に関する話だろう。しかし、グラナドの「やはり」は、自分達の生存を、クロイテスに気付かれていたことに対してだろう。考えてみれば、そうでなければ、こう騎士は借りられない。
魔法院からは、「弾」だった。今のミルファの銃は、ラッシルから持ってきた物ではなく、王都で開発した物だったが、それに使う弾丸だ。新型の魔法弾という話だが、大いに変わった見かけの弾だ。虹色に半透明の、ゼリーのような物質の中に、金属製の弾が包まっている。
「殆ど偶然の産物ですから、一つだけです。」
と書き出しにある手紙をざっと見て、グラナドは、
「封はミザリウスだが、この字はユリアヌスだな。」
と言った。
オリガライトを、ゲル状の全属性を合わせた物体でコーティングしてある。アレガノスや沼地で見た技術を研究している時、実験で偶然出来た物らしい。全属性が代わる代わる、微妙なバランスで吸収放出を繰り返し、オリガライトの影響を押さえている。銃弾として発射すると、外側が弾けて、命中すれば、一時的だが、魔法力を抑える事が出来る。
「理論的には可能だって、先生から聞いてたけど、こんな短い間に。」
と、ミルファは驚いていた。グラナドは、盾か剣の形で提案したそうだが、その大きさのある物は直ぐには出来まい。
「本当に使えるかどうかは解らないが、役には立つだろう。こういう局面なら。」
と、グラナドはミルファに、弾丸を渡した。
アリョンシャ達が来たので、人質側には、ファイスの代わりに、彼等三人に入って貰った。脱出したら、アリョンシャ達には人質とログニールを連れて戻らせ、レイーラとシェードは、俺達の後を追う。段取りを確認してから、俺達は、青い方に進んだ。
転送装置に入る前に、背後を振り返る。
寂れたうら寂しい村と、薄暗い空は、墨絵のようだった。装置の光の青色があっても、この空は晴れなかった。




