凍りて出づる・4
新書「凍りて出づる」4
決意の光り、ただ穏やかなものだった。
※ ※ ※ ※ ※
「うっかりしてまして。私が『鍵』を解除しないと、例え騎士と魔法官が押し寄せても、ソーガスの所には行けません。忘れてました。」
ルヴァンの話によると、今現在、ソーガスの側近になっているのは、男性の魔導師二人で、後は子供たち三人だけだった。ログニールの娘も含む。
魔導師のうち、一人はレフトンと言う、地元の魔法医師で、「人相の悪い、悪徳医師」だそうだ。ログニールの婚約者だった男性の兄で、彼女の秘めた出産に一役買っていた。彼女に入る財産を狙って、弟を唆したらしいが、その話は関係ないし、話し続けようとするとログニールと口論になりかけたので、グラナドが遮った。
もう一人・キーファスは、「異世界から来た」と主張しているそうだ。こちらは、逃亡生活になってからの仲間だが、昔から居たかのような振る舞いをしている、と言う。
「態度がでかい、だけじゃないんですよ。」
と、ルヴァンは言った。
「例えばなんですが、あのクーデター当時の細かい話、私やレフトンすら知らなかったことを、何故か知ってますし。ソーガスが加わったのはクーデターの後なので、彼が話したとは思えません。
まあ、異世界から人がくる、なんて前提なんだから、このへんは、些細な矛盾だとは思いますがね。」
二人とも土魔法使いだと聞いた時は、少し意外な気がした。魔法医師は水魔法が多いからだ。火魔法使いはいると思っていたが、一人抜け二人抜けの状態なら、最終的に残ったのが、彼らだということか。
「レフトンのほうは、魔法力は大したことはないですね。頭はいいです。固いですが。
一応、資格は魔法医師ですが、一般の医師としても修行は積んでいて、それで子供たちの面倒を見ています。少し前までは彼の妻がいたんですが、逃げました。
一方、キーファスは『使い手』ですね。土魔法だけじゃなくて、怪しい術も使います。ただ、高齢で、体力はほとんどありません。
この人選も不思議なんですがね。一歩譲ってレフトンのほうは、若いのでまだ解ります。ですがキーファスはないでしょうよ。」
聞いてるとイライラとするが、グラナドが静かに聞いている以上、俺は口は挟まなかった。しかし、シェードが、
「肝心の中の様子はどうなんだよ。戦力は?」
と、気短かな口を利いた。ルヴァンは、驚いて、「ごもっとも。」と言うと、そのまま説明を続けた。
しかし、ルヴァンが逃げ、メドーケが死亡したことにより、残った側近は、その二人だけで、あとは子供三人、最初に説明した内容と変わらなかった。しかし、彼らの陣営には、物理的な戦闘が出来るものが、もうソーガスしかいない。彼の「変化」は、剣の腕は強化しないため、利点を生かして戦うとしたら、魔法戦を選ぶだろう。
ということは、オリガライトによる、魔法封じは使えない事になる。これは、俺達には有利だ。
「殿下達も、もうご存知の通り。」
ルヴァンは当然という口調で、あっさり言った。
「今のソーガスは、ノワードじゃありません。記憶はありますが。
私や、前のノワードの目的は、金と力です。まあノワードは、金のほうは、認めたがりませんがね。力を手に入れるってことは、金を集めるって事ですよねえ。
でも、今のソーガスの目的は違います。金や力、地位や血筋や才能みたいな、『この世の有益なもの』がいくらあっても、それだけじゃ、手に入らない物のためです。
言う事がころころ変わるんで、はっきりしないんですが、大筋は、大昔に滅びた国を蘇らせて、ついでに人も蘇らせて、ですね。
ただ、私は、そういう、訳のわからん物は駄目です。昔の王国が甦って、彼に何の利益があるのかも、見当つきません。
エクストロス様の時は、もっと現実的だったので、元々のノワードの趣味嗜好も、少しは入ってるかも知れませんが。意外にロマンチストな所はありましたから。」
ソーガスが既存の秩序を徹底的に覆してしまうと、ルヴァンの望む形での、財産と権力は手に入らない。彼がソーガスを見限ったのは、ルーナの事だけではないようだ。
「俺も、奴の動機はどうでもいい。」
とグラナドは言った。
「ここまでやるんだ、奴なりの正義や大義はあるだろ。だが、重要なのは、実際に何をしようとしてるか、だ。
国家予算五十年分を、五年連続注ぎ込んでも難しい真似を、せいぜい十年足らずでやっちまった。カオスト公爵の財産だけでは、絶対に足らん。金に困った様子がない所を見ると、資金源は、この世界にはないかも知れない。
で、資金は潤沢に引き出せて、失われた古代の術まで持ち出せる。この成果なら、その『王国を復活させる』ほうは、目処が立ってると見た。
本来はキャビク島に復活させたいのだと思うが、それは何らかの理由で、難しいと判断したようだな。
一方、『人を蘇らせる』ほうには、決定的な成果がない。死体や無機物に入れるのは失敗した。望んだ形ではない、という意味だが。
かと言って、生きた人間を利用するには、『親和性』というやつが引っ掛かる。それが高い個体を使っても、滅多に成功しない。無機物で体を作って、エレメントを利用して原動力にする方法も失敗した。
それで、魔法結晶に目を付けたんだろう。エレメントと物質の結果を見る限り、魔法結晶で有効な方法があるのか、解らんが。今のところ、直ぐに理想形が得られるとは思えん。
それに、魔法結晶は生産や成長、保管に技術がいる。だから神殿があるんだ。仮にメドーケがいても、方法が解るだけでは駄目だ。いずれ使い果たす。そうしたら、次はどうするか。
もう、そこでかなり分厚い壁に当たってるんじゃないか。」
一気に話したグラナドに、一拍置いてルヴァンが手を叩き、
「さすが殿下。その通りです。」
と感嘆した。人を食ったような態度には、相変わらずイラつきを感じたが、俺は嫌悪感までは感じない。鍵を解除して恩を売る気でいるのは確かだが、それは多分、姪のルーナの未来のためだろう。それは理解できるからだ。
「ところで、その『鍵』を変更されている可能性は無いのか?」
グラナドが尋ねた。ルヴァンは、
「ああ、それはないですね。『鍵』に関しては、私が『マスター』になるので、私でないと変更ができないんです。」
鍵のシステムを設定した時、ソーガスが、ルヴァンを「マスター」指名した。キーファスがやりたがってたが、当時、まだ残っていた仲間逹が渋った、というのが理由だ。
「そういうのに詳しい仲間がいて、彼がその辺を担ってたんですが、残念な事に、今は居なくなってます。鍵のシステム自体は、キーファスが持ち込んだ物ですが、彼は使い方は知らなかったんですよ。まあ、魔法使いなんて、たいてい、機械音痴ですから。
それはそれとして、ここが大事なとこですが。」
と大袈裟に人差し指で、「秘密」のジェスチャーをした。
「何故、ソーガス自身がマスターにならなかったか、と言うことです。ならなかった、のではなく、なれなかった、のですよ。
システムが、彼を上手く認識できなくて。」
グラナドは、
「そういうことか。」
と呟いた。ミルファが、
「どういうこと?」
と尋ねた。グラナドは、
「俺が知ってるのは、神殿や魔法院で使用している仕組みだが。」
と前置きし、ざっと説明した。
例えば、クーデター時にネックになった、王宮と神殿を繋ぐ転送装置のシステムでは、個人を識別するのに、指紋などの固定的な情報だけでなく、個別の生体を示す情報として、魔法を使う時の、魔力の波動を使用する。魔法が使えなかったり、魔力が極端に弱い場合は、物理的な生体の反応を使う必要があるが、魔法院と神殿の関係者なら
、まずその心配はない。
その魔法の波動は、個人により異なる上、自由意志で調整できる物ではない。最初に基礎となるデータを取っておいて、チェックする時は、そのデータとの一致を確認する。ただし、同じ人のデータでも、健康状態などにより多少の変化はあるので、定期的にベースの更新は必要だ。
今、ソーガスの肉体には、彼の本来の人格の他に、別の者が宿っている。神殿での様子からすると、上手く一体化出来ていないようだ。それで魔法の波動が、不安定になっている。
これは、アドバンテージになるな、と俺は考えた。グラナドも同じ考えに至ったようで、
「付け入る隙がある訳だ。」
と静かに言った。
彼は、ルヴァンとログニールに、改めて内部の様子を確認した。「入口」には、レフトンのいる、子供たちを収容している廃村に通じる転送装置と、キーファスとソーガスのいる、「王の間」に通じる転送装置とがある。廃村は湖の東岸、「王の間」は北岸にある廃墟にあるため、どちらも湖の向こう側だ。
「それなら、今すぐ、乗り込みますか。」
とハバンロが言った。グラナドは、
「いや、少し準備がある。明け方に行く。少し休め。」
と、皆に退室を促した。
ログニールとルヴァンには、ミルファとカッシー、ハバンロを付けた。職員三人はアリョンシャに渡した。彼は、三人を連れ帰るためにファイスを借りた。転送を使えるシェードが一緒に行こうとしたが、
「お前とレイーラは、少し残ってくれ。話がある。」
と引き留めた。
夜明けまで、時間はありそうで、ない。後の守りはアリョンシャ達に一任する(しかない)が、レフトンとキーファスは街中にいるかもしれないので、動向は知られている可能性がある。相手に準備の暇を与えないうちに、一気に攻めたほうが有利だ。シェード達と奇襲する気だろうか。
シェードは、俺と同じことを考えたようで、
「先に子供達を助けるのか?」
と聞いてきた。グラナドは、直接は答えず、レイーラに着席を促した。
「中に入ったら、二人は、子供の救出のほうに回ってくれ。ログニールとルヴァンを連れて。脱出したら、アリョンシャ達と合流して、待機だ。」
俺とシェードは、同時に「えっ。」と言った。それでも、シェードは指示に従う様子を見せたが、レイーラは、
「私はお供します。」
と言った。彼女がここまで言うのは、珍しい。だが、俺は、グラナドの采配には驚いたが、彼女の意思には驚かなかった。グラナドは、答えを探しているかのように、しばし黙っていた。シェードは、
「お前が理由もなく、そう言うことは言わないのは分かってる。でも、ここまで一緒に来たんだ。出来れば、最後まで、一緒に戦いたい。」
と言った。
「それに、転送の足は、多いほうがいいんじゃないか?」
と軽く付け加えて。
僭越だとは思ったが、俺は口を出した。
「レイーラは、君と一緒じゃないと、生きる努力をしない。」
シェードは、さっきより驚き、レイーラと俺を交互に見た。グラナドは、少し眉を寄せた。止められなかったので、俺は続けた。
「レイーラ、君は、賭ける気だったね。自分自身を。
ソーガスを止めるために。」
レイーラの瞳は、真っ直ぐに俺を見ていた。瞳に宿るのは決意の光、彼女の光は、のどかな春の日差しのように、穏やさを維持していた。
それは、のどかには程遠い、決意の現れだった。






