凍りて出づる・3
新書「凍りて出づる」3
内通者がいるとしたら、責任者のラジミルだと思っていた。ニルハンブラ自体が、人口の少ない、閑散とした町だ。町長はおらず、教会と警察所と医院、役所はあるが、大抵は地元の者ではなく、基本はラジョドブレからの通いだ。ラジミル達はニルハンブラに自宅があるが、家族と住んでいたのはラジミルだけだ。妻子は一緒に、両親はラジョドブレに。魔法官の彼は、いわゆる地元出身の名士だ。
ソーガス達がいつからニルハン遺跡にいたのかは解らないが、こういう立ち位置のラジミルの目を、完全に誤魔化して活動するのは至難の技だ。大規模なデータの隠蔽の話を聞いて、確信した。
だが、俺の確信は、一部に過ぎなかった。
ラジミルは自宅に戻ると、妻に「逃げよう」と言い、口論になった。ファイスは、その口論の盛り上がりに、玄関から、
「緊急事態です。研究所に戻ってください。」
と、有無を言わさず連れ戻した。
イーサイは一旦自宅に戻ってから、直ぐに外に出た。彼はシンドンの所に行ったので、カッシーはハバンロと合流する形になった。
イーサイとシンドンは、中で暫く揉めたらしく、出てきた時は、険しい顔をしていた。しかし、カッシーとハバンロを見たとたんに、いきなり恐縮し、
「殿下にすべて話すから、取りなしてくれ。」
と言ってきた。
最後のログニールは、途中でミルファとシェードの尾行に気付き、攻撃してきた。転送に入りそうになったら拘束しよう、とタイミングを計っていたミルファ達は、不意打ちを食らった訳だが、戦闘に不馴れな新任魔法官は、あっさり捕まった。
男性三人は、お互いに非難しあっていた。彼らの動機は金で、ラジミルがイーサイと、当時の職員だった男性職員一人を誘い、引き込んだ。その職員は、王都が実家で、葬式に出席のため帰省していた時に、クーデターに遭遇して死亡した。後から代わりに来たのがシンドンだ。彼も仲間になったが、分け前の件で、最近は揉めていた。分け前、というより、ソーガスが逃亡してからこっち、連絡係(ルヴァン?)の来訪が間遠になり、渡される額が減っていた。しかし今更抜けるわけにも行かず、それで揉めていた。
彼らは、ここに来た順番とか、金の話とかを口々にしたが、それらは皆、それぞれの都合で、動機なんかははどうでもよい。
ただ、最後のログニールだけは彼らと違った。
「私は喋りません。殺すなら、殺してください。」
と、言い放つと、黙りを決め込む。
グラナドは、
「君はクーデターの時は王都にいた。殺された中には、同期の友人もいただろう。」
と言ったが、効果はなかった。また、男性三人は、彼女が自分達の「仲間」だとは、知らなかった。イーサイは、
「監視されていたのか。」
と彼女に言ったが、
「金、金と、うるさいからよ。」
と、いなされた。ラジミルは、何故かほっとした様子で、
「私達は、『有事に備えて、騎士団と神殿の運営で、山の中に特別な施設を作っている。その影響でこうなっているが、これは議会には伏せておくと決まったが、周辺の安全のために、監視は必要だ。』と聞いていました。」
とグラナドに言った。彼は、まだ言いたいことがあったようだが、ログニールが、
「余計なこと、言わないで!」
と、つっけんどんに遮ったため、黙った。だが、グラナドが、
「では、君が弁明しろ。」
と言ったら、不貞腐れたように、また黙る。仮にも王子に対して、この態度だ。相応な情報を持っているに違いない。攻め落とすなら彼女だな、と思った時、シンドンが率先して口を開いた。
「私達は、カオスト公爵から直々に依頼されました。お金のことはともかく、罪人扱いされる謂れはありません。」
グラナドは眉根を寄せた。俺も驚いた。ここに来て、今更、公爵が直接関わっていたとは。
ただ、どうやら、本人ではなく、公爵の使いを名乗る人物だったようだ。老人、ということで、自首した連中を思い出したが、彼らだと、時期が合わないか。
「誰が首謀者だとしても。」
グラナドはゆっくりと言った。
「湖は水源だ。海水は底に溜まっているだけとはいえ、もし水路に流れ込んだら、どうなると思う?ここがどういう場所かも、知ってるだろう。カオスト公爵自身は、海水対策も水路の工事もしていない。」
男三人はうなだれたが、ログニールだけは、小声で、
「もしも、なんて。」
と、呟いた。聞こえたのか、カッシーが、
「私の母は、ここの出身よ。事件の時に、ルミナトゥス陛下達に助けられて、生き残れたわ。偶然、陛下と一緒に、村外れにいたから。」
と言った。
「母は、親戚の家に引き取られたけど、妊娠して追い出された。運良く、芸を身に付けたから、生きていけたけど。
事故なんかなくて、両親と一緒に、平和な村で暮らして行けたなら、もっと穏やかに生きられたと思うわ。
でも、あの事故は、何の前触れもなく起きた物だから、対策も何も立てられなかったでしょうね。」
これには、流石にログニールも反論なく、カッシーから目をそらし、口をつぐんだ。
カッシーは、グラナドと、並んだ俺を見て、わずかに微笑んだ。
グラナドは、男性三人に、
「お前達は、使いの者とやり取りはしたが、彼らの元に行ったり、リーダーに会ったりは、したことがない、そういうことか?」
と尋ねた。三人は頷いた。ログニールには、
「では、案内できるのは、君だけということになるが。」
と言った。彼女は、口調こそ、先程よりは穏やかだったが、案内は出来ない、こちらからは、迎えが来るまで何も出来ない、と簡潔に言った。
シェードが、彼女の態度にカチンと来たらしく、
「あのさ、さっきから…。」
と言いかけたが、ミルファが制止した。二人は彼女の担当だった。捕まえた時に、何かあったのかと思った。
「あら、ミルファ。」
とカッシーが言った。ミルファは、右サイドの髪を、軽く押さえた。
今、気づいたが、よく見ると、一部が短くなっている。
「さっき、ウィンドカッターで。避け損なったの、盾が間に合わなくて。」
武器が銃で、両手を使うとなると、確かに、素早く盾を出すという訳には行かないだろう。だが、シェードも居たことだ。余程、上手く不意を突かれたか。
「どんなだ?」
とグラナドがシェードに聞いた。シェードは、
「四方八方に、細かいカッターを打ってきた。夜道だし、気づいた訳じゃないかもと思って、攻撃をやめさせようとして話しかけたんだが、攻撃は続いた。これは怪しいと思ったから、全力で捕まえたんだ。」
と答えた。
それを聞いたファイスが、
「彼女に、質問があるのですが、かまいませんか、殿下。」
と、珍しく口を挟んだ。グラナドは、少し驚いていたが、承知した。
ファイスは、いきなり、
「貴女は、ソーガスとは、どういった仲なのか。」
と尋ねた。ログニールも驚いていたが、俺達も驚いていた。皆の注目に気付き、説明を始めた。
「ソーガスの妻になった女性とは、知り合いだった。彼女と、この人は、少し似ている。ただ、彼女はラッシルの血が入ってはいても、シュクシン人なので…。」
と言い終わらないうちに、ログニールがカッターを出し、ファイスに放った。一発だけなので、ファイスは盾で止めた。俺は彼女を取り押さえた。
彼女は激昂していて、
「よくまあ!」
「なんてことを!下衆な!」
「冗談じゃないわ!」
と次々叫んだ。それを無理に落ち着かせて、
「下衆な誤解が嫌なら、説明してくれ。」
と言ってみた。ログニールは渋っていたが、
「子供です。」
とひと言言った。ハバンロが、
「ソーガスとのですか?」
と言ってしまったので、また暴れようとする。
グラナドが、
「悪いが、ラズーリ残して、皆、隣の部屋に行っててくれ。たぶん、そろそろ、アリョンシャが戻るはずだから。話を聞いといてくれ。」
と、退室を促した。
俺はログニールを押さえていたので、残されたのだろう。
グラナドは、
「君の子供の話だな。だが、君は独身だったと思うが。」
と、彼女に語りかけた。ファイスとハバンロが居なくなったせいか、少し落ち着いた彼女は、事情を話した。
彼女は現在は22歳だった。10歳の時に魔法院に入った。15から16の年は、休学して、故郷に帰っていた。父親が倒れたためだ。父親は死亡時は独身だったが、三回離婚再婚していて、彼女は最後の妻の娘だった。このため、相続でかなり揉め、結局、母親と二人で、故郷に暫く住むことになった。
そして、その間に、女の子を1人産んでいた。
子供の父親については、「婚約者」としか語らなかった。産んだ子供は、一度教会に預けられたので、教会が名前を付け、リーリアという名になった。それから、母親が引き取って「養女」にしたが、名前はそのままだった。
つまりはログニールの妹という扱いだ。そして、クーデター後に母親が亡くなったので、ログニールが帰郷して育てていた。
お互い15なら、「婚約者」と結婚は出来るはずなので、事情はより複雑そうだが、そこは詳しく聞かなかった。重要なのは、その娘が、ソーガスの下にいることだった。
彼等が、子供を「使っている」事は、俺達は知っていたが、彼女は、ただの人質と思っているようだ。
彼女は男性達の監視役と、情報収集役だったが、ソーガスは妙に自分を幹部扱いしようとして、ラジミル達には言ってないことも話し、(娘に会うためだが)「奥の部屋」にも何回か入った事がある、と付け加えた。
敵の一味が、一転して悲劇の母になった訳だが、俺は眉唾だと思っていた。娘は八歳にはなっているはずだが、いきなり姿を消して、近隣や学校の反応はどうなんだろうか。怪しいこと限りなしだ。あと、娘が母の養子になったなら、遺産で揉めていた所に、新しい相続人が増えたわけだが、そこは揉めなかったのか。子供の存在そのものも疑わしい。
しかし、グラナドは信じることにしたらしく、「奥の部屋」の様子を聞き出し、彼女に案内を頼んだ。
だが、彼女の返事は、
「自分だけでは、中には入れない」
だった。入り口に、数値の並んだパスコードを入力する装置があるのだが、彼女一人分では開かない。内部から誰かに認証してもらうか、外部から権限のある人物と共に入るかしか、ない。大勢引き連れていれば、前者は無理。後者も、向こうから使いが来なければ無理だ。
「早く話を着けたかったんだが。待つしかないのか。」
とグラナドが呟いた。その口調から、彼は戦闘ではなく説得を期待していたのでは、と思ってしまった。俺は今までの例からして、異空間での戦闘を想定し、そのための少人数だと思っていた。が、それでもやはり、外部に影響は出る。騎士団や魔法官のバックアップ無しに、戦闘は避けたいのが正直な所だ。
部屋の外が、急に騒がしくなった。ドアからカッシーとアリョンシャが顔を出した。そう言えば、戻ると言っていた。
「あの三人は、ハーストンに任せてきたから。」
と、開口一番に、アリョンシャが言った。俺は驚いたが、グラナドは納得していた。
「足の付かない」卒業間近の新人騎士と、フィールの隊を、クエストを口実に連れ出したそうだ。王宮が襲撃されて、それがよく通ったな、と思ったが、騎士団の中心部が王都に釘付けとして、ヘイヤントから地方のフォローに人を出す、という口実なら、有りか。
「オネストスも借りてきた。あと、レオニードもいる。」
魔法官と神官は借りられないから、ルパイヤが、ギルドから人を出してくれた、ラルフや、ナンもいる、とアリョンシャは言った。
中枢から情報漏れを懸念している訳だから、王宮の情報を掴めない立場からの応援ということか。だが、メドーケが敵と通じていたことを考えると、オネストスとハーストンに動きがあるのは問題ないだろうか。
しかし、アリョンシャは、新人だけだと隊が纏まらないし、女王の要請があったから、と言った。反対に女王の側が心配だが、それはアダマントが当たっているそうだ。
「では早速、と言いたかったんだが、1つ、新しい問題が解ってな。」
とグラナドが言った。鍵の事だろうが、アリョンシャは、
「それは心配ありません。『持参』しました。」
と、飄々と受け答える。
そうして、背後から出てきたのは、
「お久しぶりです。…それほどでもありませんが。」
ルヴァンだった。