凍りて出づる・1
かつてエレメントの暴発したニルハン遺跡。敵はそこに逃げ込んでいた。
湖の底に細工をし、子供をさらい、魔法結晶を奪う。そこまでする敵の目的を阻止するため、パーティは、わざと敵の誘いに乗った。
タイトルは
「志賀の浦や遠ざかりゆく波間より凍りて出づる有明の月」
から取りました。
新書「凍りて出づる」1
光に満ちて、輝く様子は、静謐さを感じるほどだった。思わず、「美しい」とさえ、口にしてしまう所だった。
※ ※ ※ ※ ※
俺達は、王都に戻った。だが、また時立たずして、出ることになった。
「それ」を聞いたのは、王都の門をくぐった後だった。道中が面倒なので、「こっそり」戻ったのだが、ミザリウスかヘドレンチナが迎えに出て、そのまま転送装置で魔法院に行く予定だった。が、二人とも、現れない。王宮のほうが騒がしいな、とシェードが言った時だった。
見慣れぬ金髪の騎士が、転送魔法で現れた。新人のようだった。彼は、
「王宮に賊が押し入って、謹慎中のカオスト公爵が暗殺されました。賊は陛下のことも狙い、今、クロイテス団長が応戦中です。陛下がご無事かはわかりません。」
と、飛んでもないことを言った。
その騎士は、俺は始めて見る顔だった。続けざまに、
「殿下は、このまま、イシアにお逃げください。アダマント副団長の部隊と、レアディージナ姫と、イスタサラビナ姫も向かわれました。」
と言った。しかし、戦闘能力のある俺たちが、みすみす女王の危機を見捨てるわけにはいかない。グラナドも同様に思ったようだが、彼は、
「神殿に向かう。」
と言った。
「魔法結晶を守らなければ。陛下とのお約束だ。神殿に匿っていた叔母様が逃げ出す事態なら、なおさらだ。」
俺は知らなかったが、イスタサラビナ姫は、神殿に隠されていたらしい。
しかし、騎士の青年は、驚いて、
「神殿は、手遅れです。ファランダ様もリスリーヌ様も亡くなりました。この上、殿下に何かあったら、大変です。足は確保してありますから、イシアにお逃げ下さい。」
と言った。
「なら、魔法結晶はまだ、持ち去られてないな。ファランダもリスリーヌも死亡して、陛下が王宮なら、地下の扉が開かない。尚更、神殿に向かわなくては。」
「いえ、イシアに。御命令です。」
「誰のだ?」
「陛下です。」
「無事かどうか、様子がわからない、のではないのか?」
「それは、団長から。」
「応戦中なんだろう?クロイテスは、具体的にどう言った?」
グラナドが問い詰めると、騎士は剣を抜いた。だが、ミルファの拘束魔法と、俺の魔法剣のほうが早かった。
「尋問したい所だが、今は陛下が優先だ。直ぐに行こう。」
「こいつは、どうする?」
グラナドの言葉に、シェードが問い返した。連れていくしかないか、と思った時、
「交換しましょう。」
と声がした。
目の前に、急に人が現れた。女の子だ。俺とグラナドに向かって押し出されたので、二人で支えてしまった。ミルファが武器を構えたが、魔法が緩み、騎士は離れた。ファイスが切りかかるが、一瞬の隙に、騎士の体は、風魔法で、浮き上がった。
「これ以上死なれると困りますからね。等価交換で。ああ、この子は、眠ってるだけですから。」
ルヴァンだった。カッシーが火の玉を、ハバンロが気功を出したが、届く前に、転送で逃げた。
グラナドは、追わずに王宮を目指す、と言った。レイーラが、
「この子は、どうしますか。」
と、引き換えになった少女を示した。
「おや、ルーナさん!」
ハバンロが気付く。その少女は、アレガノスで会った、ルーナだった。イゼンシャの養女で、ルヴァンの姪の。
怪我はないが、意識がない。眠ってるだけ、と言われたが、揺すっても起きない。眠らされた、訳だ。
王宮にしろ、神殿にしろ、戦闘中かもしれない所に、連れていく訳にはいかない。どうした物か、と思いあぐねていたら、タイミング良く、アリョンシャが、転送で飛んできた。
カオスト公爵は怪我はしたが、彼の暗殺は失敗した。女王は無事で、王宮の騎士が暗殺者を捕らえた。しかし、それは陽動で、公爵の軟禁されている王宮の一室に、人が集中した隙に、神殿と魔法院が狙われた。
例の聖水と魔法結晶のの調査研究をするため、神殿から魔法結晶を何回か移動させているのたが、そのタイミングを突かれた。アリョンシャは丁度王宮にいた。神殿と魔法院の混乱は承知していたが、現状は知らなかった。
彼は、こういう場合に避難場になっている、屋敷の一つの名前を上げて、そこに隠れて、と言った。だが、グラナドは、神殿を目指した。
「魔法院はヘドレン先生とミザリウスがいれば、心配はない。だが、神殿は違う。神官達だけでは、戦えない。」
押し問答すらなく、アリョンシャは納得し、ルーナは自分が引き受けるから、と、あっさり転送で去った。
ルヴァンにまた出し抜かれたのは癪だが、事態の収集は、優先すべき場所に賭ける事にした。
グラナドとシェードが手分けして俺達を運び、王宮の門の前に出た。門前町には騎士団がいて、ラッシル系の隊長の率いる一隊が、門前に集まる人々を遠ざけていた。
「あんたみたいな、若造の言うことが聞けるか。団長を出せ。」
と、恰幅の良い男性が、隊長に食って掛かっていた。グラナドに気付くと、畏まる。
騒動は街にまでは波及していないようだが、門の内側からは、閃光や雷鳴に似た音が聞こえる。
「あらかた避難させたのですが、彼らは、王宮で働く者達の家族です。」
と隊長が苦々しく言った。
グラナドは、市民に向かい、
「これから、私が、中の様子を確かめる。お前達は、このレイオス隊長の指示に従え。」
と言った。先頭の男性は、まだ何か言いたそうだったが、傍らの同年代の男性が、「なあ、殿下のお力なら。」
と宥めた。
その間に、俺達は中に潜り込んだ。
王宮を横目に、神殿に向かう。地続きとはいえ、足で進むには広い。転送で慎重に、しかし急いで進み、ついに神殿の入り口についた。
空中に、巨大な魔法結晶が浮いている。
細長い菱形(正方晶系?)の、下の三分の一ほどが欠けていた。あちこちひび割れも見える。しかし、ひび割れの一つ一つが、照明を反映し、光に満ちて、輝いていた。その様子は、こんな状況にも関わらず、静謐さを感じるほどだった。思わず、「美しい」とさえ、口にしてしまう所だった。
ファランダが、俺達に気づいた。彼女は、中空を差して、何か叫んでいた。彼女の横には、フィールがいて、弓で結晶を狙っていたが、的が定まらないのか、射掛けてはいなかった。
結晶の背後から、金髪の男が、姿を表した。ソーガスだ。白地に黒い点のある、毛皮のマントを着ている。コーデラの物ではなく、変わった服だが、見覚えがあった。幻覚の中で見た、古代の服だ。
「遅かったな。不当な王子よ。」
と、ソーガスの声が言った。そう、声はソーガスだが、これは、ソーガスではない。彼にあったものが、これにはない。
ミルファが銃、ハバンロが気功、シェードがウィンドカッターでねらったが、フィールが、
「反らされるわ、気をつけて。」
と叫んだ。ミルファは手を止めたが、ハバンロとシェードは、一発出してしまった後だった。気功は空中に消えたが、カッターは逸れて、勢いは半分になったが、跳ね返る。軌道にレイーラがいたが、カッシーが、火の盾で止めた。シェードがレイーラに駆け寄ろうとしたが、そのシェードを狙い、ソーガスもカッターを撃ってきた。大型の、鎌のようなカッターだったが、的が大きく、動きも遅めだ。俺の魔法剣と、ファイスの盾で、難なく防御した。
「間違いだらけだ。守るべき物を間違う騎士か。」
浮かぶ男は、無表情に、こちらを見下ろす。その高さは変わらないが、少しずつ、横に移動していた。
グラナドは、彼を真っ直ぐに見上げて、
「どうする積もりだ。今から神官を育てても、何年かかる?お前達に扱える物ではないぞ。」
と、勤めて余裕を見せて言った。
「神官なんかより、いい使い道があるんですよ、殿下。全てが上手く行くような。」
驚く。ソーガスは、今はソーガスだった。人懐こい笑顔と、柔らかい声。礼儀正しい態度。グラナドは、変化を黙殺し、
「で、そのまま、あんな所まで、帰るつもりか?その速度にこの高さ。途中で打ち落とされるぞ。海は越えられまい。」
と言った。
「カマを掛けてるつもりですか?ご心配なく。」
と、ソーガスは、体を少しずらした。背後に、暗い穴が見える。
まずい、時空の歪みだ。このまま逃げられたら困る。俺は魔法剣を出そうとした。しかし、グラナドは、
「盾を出しておけ。」
と止めた。彼も、大きな水の盾を出した。
爆発音が響く。ソーガスは背中を何かに突き飛ばされ、魔法結晶と共に、落下した。
ミザリウスとヘドレンチナだ。ヘドレンチナが、火魔法を思い切りソーガスにぶつけた。ミザリウスが水魔法で、衝撃を和らげ、結晶とソーガスは、地面に叩きつけられることなく、落ちた。俺とグラナドの盾は、飛び散る火の玉の余波を止めた。
続いて、ヘドレンチナは、土の拘束魔法を放ったが、ソーガスは間一髪で避けて、縮み始めた背後の異空間に逃げ込んだ。
「まあいい。充分だ。…このままでは不公平ですからね。お気に召すままに、どうぞ。」
と、捨て台詞を残して、空間を閉じた。だが、閉じる前、一瞬、空間が輝き、窓のように広げて見せた。崖のような、荒れた風景が見えたが、瞬きの間に、消えてなくなった。
「見えたか。」
とグラナドは、俺に尋ねた。俺は、頷いた。ファイスが、
「どこですか、あれは。」
と問いかけていた。グラナドは答えようとしたが、フィールの叫び声が聞こえたため、そちらに振り向いた。
フィールは、必死に、リスリーヌの名を呼んでいた。ファランダがフィールと、倒れているリスリーヌを、交互に眺めている。
リスリーヌは亡くなった。神殿から魔法結晶を盗み出そうとした、「賊」を止めようとしたために。
グラナドは、もう物言わぬリスリーヌの亡骸に、
「もう一度、ゆっくり話したかった。」
と囁く。
最後に、ヘドレンチナ達が魔法をぶつけたお陰で、ソーガスが持ち去ろうとした、魔法結晶は無事だった。三分の一ほど欠けていたが、欠けた部分は、神殿の奥に残った、とファランダに聞いた。リスリーヌが刺し違えて、守った物だ。
だが、魔法院に実験のために移そうとした分は、移動の途中で奪われてしまった、とミザリウスが悔しそうに言った。どれほどの量かは、まだ解らない。が、有事に備えて、イシアとヘイヤントに保存してある分もある。俺は、それを思い出したが、俺が進言するより早く、ファランダが、
「イシアとヘイヤントに、すぐ連絡して、確認しましょう。」
と言った。
「わかった。それもだが、タッシャ叔母様と、ディジー姉様は無事か?」
とグラナドが問う。しかし、ファランダが返事をする前に、奥から、数人の神官が、叫びながら、走り出てきた。
いや、まだ神官ではない。髪の色もまだ濃い、十歳未満の少女達が十名ほどだ。新しい神官候補だ。ファランダと同じく、副神官長の任に就いているメドーケが、イシアで教育指導している少女達だ。
少女達は、リスリーヌの事を知るや、泣き出す者、座り込む者、敵を声高に批判する者、と、様々に取り乱した。
「メドーケはどこ?一緒ではないの?」
と、ファランダが一人に問いかけた。怪我人を見ていたレイーラの、
「こちらの方の怪我は医師に見せないと。」
という声と重なる。
だが、グラナドは、発言した彼女達を見なかった。丁度、奥からそっと出てきたメドーケを見て、そのまま釘付けになる。
「その姿は、一体。」
と言ったきり。
俺は改めてメドーケを見た。彼女は、だいたい、ホプラスと同年代くらいだ。神官歴が長く、シェードより白っぽい銀髪の、すらりとした女性だ。以前会ったのは、グラナドが帰還した時で、正装して髪は結い上げていた。今は、ゆったりしたガウンで、髪はばらしてある。王子の前に出る格好ではないが、時間も時間、襲撃された時は、休んでいたのだろう。ファランダも他の女性達も、似たり寄ったりだ。ことさら、グラナドが眉を潜めるような物ではない。
メドーケは、刹那、グラナドを見つめると、一瞬で、ミルファの近くに寄り、間合いを詰めた。
転送だった。だが、神官はエレメントの魔法は使えないはずだ。
「お前は、誰だ!ミルファから、離れろ!」
グラナドが前に進み出る。グラナドの目、彼は見通した。メドーケの「中身」を。
「殿下の目は、誤魔化せません。もう、これが限界です。」
形だけメドーケである「人」は、そう抑揚のない声で言った。
ヘドレンチナが、直接、メドーケの腕を捕らえようとした。だが、弾き飛ばされる。ミザリウスが、風の拘束魔法を放つ。だが、一瞬早く、メドーケは膝から崩折れたミルファを抱え、転送で神殿入口に移動し、内部に逃げた。
カッシーが、外に逃げると見て、ハバンロと共に道を塞いでいたが、これで肩透かしを食らう。
グラナドは、
「ミザリウス!ヘドレン先生!皆を外へ!誰も近づけるな!」
と、言い、直ぐに後を追い掛ける。俺達は、当然、彼に続いた。
神殿の奥には初めて入るが、グラナドが道を知っていた。メドーケは最奥、つまり王宮への転送装置のある部屋を目指しているようだ。彼女は、飛び飛びだが、慣れた様子で風魔法を使っていたので、俺達より速かった。
それでも最後には追い付いた。行き止まりの最奥の部屋に飛び込むなり、グラナドは、高い天井に向かい、土礫を放った。俺は合わせて氷塊を、シェードはカッター、ハバンロは気功を。ファイスは切りかかろうとしたが、丁度、天井から、装飾の一部が落ち、行く手を隔てる。
グラナドは、
「道は閉ざした。動力がなくては、装置は働かない。さあ、ミルファを返せ。」
と、メドーケに言った。今、壊した装置は、宮殿に直通の物だ。しかし、メドーケが逃げるなら、ミルファを宮殿に連れて行くはずはない。行き先に細工していたのか、別の手段があるか。俺は、ジェイデアの所に行った時の、ゲートのような物を警戒した。
だが、ソーガス達がメドーケを残して去った事を見ると、グラナドが神殿に駆けつけたのが、想定外の可能性が高い。転送であれ、ゲートであれ、今、使う積もりは無かったかもしれない。
推測が当たったか、メドーケは、あっさりと、ミルファを放り出した。彼女は意識はあったが、全身に力が入らないようだ。一番近くにいたファイスが抱き止める。
メドーケは、起動しないはずの転送装置のスイッチを押し、
「移動した後、爆破する積もりでしたが、仕方ありません。皆さん、お逃げ下さい。私も、騎士の娘。王族を殺すことは、やはり出来ないようです。」
と言った。
「そんな事をしたら、貴女も。」
とハバンロが答えた。だが、メドーケは、淡々と、
「私は、ここまでです。先には行きませんし、行きたくありません。」
と、ただ佇んでいた。俺はグラナドを連れ出そうとしたが、グラナドは、振り払い、水魔法を使う。俺も合わせた。爆音と同時に魔法が炸裂し、壁が唸り、粉塵が舞う。爆発したが、炎上は防げた。しかし、メドーケを囲む周囲は崩れだした。
「こっちです!」
レイーラの声だ。良く通る。埃の中、灯りが見えた。灯りに従い、走り込むと、表側とは違う、簡素な、薄暗い廊下があった。
「こっちよ、脱出用の地下通路があるとか。」
カッシーがいた。ファランダもだ。彼女たちに導かれて、隠し通路から、急いで外に脱出した。
外には、ミザリウスがいた。
俺達が飛び込んだ後、ヘドレンチナは避難誘導、ミザリウスは脱出経路確保のために動いた。カッシーとレイーラは、内部を目指し、ファランダと行動を共にした。
ファランダは当然だが、魔法院所属のミザリウスが、神殿の地下通路を知っていたのは不思議だが、修復の時に、彼とヘドレンチナが中心に計画し、新しく作ったそうだ。
ミザリウスは、
「メドーケも知っていたはずですが...。」
と苦々しく言った。
先程の、メドーケの言葉。
《行きたくありません。》
埃のため、細かい表情まではわからなかった。だが、疲れた声色。彼女がいつから一味だったのかは知らない。勝手な言い分だが、何故か腹立たしい物はなかった。
「どうしますか?まず、宮殿に戻りますかな?あちらは、もう安全なんでしょう。」
とハバンロが言った。女王に話さなくてはならないし、それ以外にないな、と、思った。
だが、グラナドは俺の思惑を覆した。
「いや、このまま、王都を出る。」
そろそろ明けつつある大空に、低いが、朗々とした声が響いた。
※ ※ ※ ※ ※
神殿襲撃と、リスリーヌの死の知らせは、コーデラを駆け巡り、国中を震撼とさせた。
神殿の中央、結晶のある部屋に、いきなり現れたソーガスは、有無を言わさず、リスリーヌを剣で殺害した。胸を一突きだったが、どういうわけか、出血は殆んど無いまま絶命した。突剣だったと証言があるが、どうやら何か特殊な武器だったようだ。
イシアの魔法結晶は、新人の神官に使用する僅かな分を除き、全て持ち去られていた。ヘイヤントのは無事だったが、これで、全体の四分の一が消えたことになる。
イシアには、メドーケが教育のために頻繁に出入りしていた。いつから無くなっていたかはわからないが、ソーガス達が、わざわざ王宮と神殿を狙ったのだから、ほぼ同時くらいではないかと考えられる。
幸いな事に、女王はほぼ無傷だった。怪我はしたが、かすり傷だった。イスタサラビナ姫とレアディージナ姫は、王宮に避難し、無事に助かった。カオスト公爵は結構深い傷を負ったが、命に別状はない。
メドーケは死亡ではなく、行方不明扱いになった。遺体が見つかったかどうかを確認する前に王都を出たので、定かではないが、彼女の行動は暫く伏せる事になったからだ。幸い、周囲にいたのは新人の神官達で、動揺していた事もあり、正しく事態を把握している者はいなかった。
そして、グラナドも、「行方不明」になった。
脱出後、ファランダだけ先に帰した。一人だけ、なんとか助かったが、前後の記憶がないと言うことにした。そして、三日後に、ミザリウスを、突然、神殿の庭に出現させた。彼は転送が使えるから、簡単な演出だった。彼も、一週間の記憶は漠然としている、と言うことにした。
ファランダとミザリウスには口止めした。ファランダは女王に黙っている事は不服だったようだが、悟られたら話す、という条件で内密にした。ミザリウスも、ヘドレンチナに隠せるとは思えない、と言ったが、これも承知させた。他に、俺達八人を除いて、真相を知っているのは、アリョンシャとロテオンだけだった。
俺達は、ヘイヤント北部の「隠れ家」にいた。クーデター以来、非常時に備えて、王室がいくつか用意した隠れ家の一つだ。そう人里と離れているわけではないが、集落からも街道からも、大いに外れるので、人はいない。ここを密かに管理しているのがロテオンだった。
カメカのロテオンの地元のほうが便利はいいが、人目がある。彼の家族や、道場の門下生達は、グラナドとハバンロとは面識もある。
山奥とはいえ、ロテオンの所とは、転送装置で繋がっているし、アリョンシャも連絡に訪れるため、不自由はなかった。
アリョンシャは、王宮にいたハーストンとオネストス、ルヴァンの連れてきたルーナ、神殿にいたフィールから取った調書を、静止画で撮影して持ってきた。極めて画質がよく、白黒だが、細かい文字の癖まではっきり見えた。ヘイヤントで改良した、魔法を使わない最新の技術で撮られた物だった。さらに彼は、ナンバスで開発中、と前おいて、「録音」を聞かせてくれた。ただしこちらは、雑音が入りやすいらしく、テキストとしての調書の写真を見ながらなら、分かる程度のクオリティだ。
「動画の改良も進めているから、十年後には、信じられないものが観られるかもしれませんよ。」
とアリョンシャは語った。(グラナドは感心していたが、俺は、十年後にその「映画」を観るまで、存在していたらなあ、と考えてしまった。)
四人の証言を合わせると、ソーガスは、神殿と王宮を細かく往復して、リスリーヌ、カオスト公爵、女王、魔法結晶の順に狙ったようだ。しかし、王宮と神殿は目と鼻の先で、転送を使った事を考慮しても、移動が早すぎる。
俺の疑問は、他の皆も気付いていた。グラナドは、資料を二度読みしたあと、
「当たって欲しくないことに限って、当たるな。」
と呟くと、おもむろに、シェードとハバンロに対して、
「この一年で、背は伸びたか?」
と尋ねた。二人とも、驚いてはいたが、直ぐに答えた。今の身長は、シェードは昔のルーミと同じくらい、ハバンロは彼と俺の中間くらいだ。出会った時からあまり変わっていない。
「私の場合は、もう、伸び代がありません。」
とハバンロは言った。
シェードは、少し悔しそうに、
「ラズーリくらいにはなるかな、と思ってたけど、打ち止めみたいだ。期待した程はないよ。男は25までは伸びるって言うのにな。」
と言った。グラナドは、次にカッシーから小型の鏡を借りて、二人に交互に渡し、
「身長は分かりにくいか。じゃあ、自分の顔を、良く見てくれ。」
と言った。シェードは、女顔を揶揄されたと思ったのか、ややムッとしていたが、渡された鏡を見は素直に見る。しかし、分からないらしく、ハバンロに渡した。
ハバンロも分からないようで、
「特に変わりませんな。そう言えば、背はもとより、実は髭が生えかけていたのですが、一度剃ったら、生えなくなりましたな。リンスクにいた時です。」
と答えた。
ミルファはきょとんとしていた。ファイスもぴんと来ていないようだ。レイーラとカッシーは、同時に、「ああ。」と言った。アリョンシャも解ったらしく、
「そういうこと?」
と言った。ミルファが先を促したので、グラナドは続けた。
「出会って二年近い。14から16になるハバンロ、18から20になるシェード。お前達が、一番変わる時期のはずなのに、殆ど変わっていない。
俺の場合は、男性の魔導師は、個人差はあるが、男性的な外見にはなりにくい。それに俺の実父は、比較的、小柄な人だった。だから、自分だけ見てたら、気付かなかった。」
グラナドは背は少し伸びているが、それこそ自分の事だから気付いていないようだ。しかし、本題ではないし、指摘はしなかった。
「クーデターで、国民全体の統計資料には抜けと遅れがある。だから、全体に影響があるかどうか、あったとしてどの程度なのかは、数値ではっきり示せない。しかし、今のところ、子供の成長が止まった、という話も聞かない。
ソーガス達は、色々やって来たが、一番の目標は、昔のキャビク島の王朝を復活させる事だろう。つまりは、時空を自在に操るための、魔法の研究を続けている訳だ。今まで、俺達は、他の者より、たびたびより深く、それに関わってきた。異空間で戦った事も何度かある。
その影響が、俺達に出ている。」
グラナドが語り終わると、しんと静まり返った。俺も初めて聞く話だが、鏡の当たりで、彼の言いたいことは見当がついた。理論的にも可能性のある話だ。いち早くアリョンシャが、
「人を絞ったのは、影響を小さくするためですか?」
と尋ねた。グラナドは肯定した。
「しかし、発表したほうが、注意喚起できるのでは。」
とハバンロが言った。しかしカッシーが、
「でも、『老化を遅くする』って事になったら、きっと彼等の支持者が増えてしまうわよ。」
と意見を述べた。ミルファが、
「でも、もし『不老不死』になれたとしても、あの人達は、キャビクの古い王家を復活させて、それで上に立ちたいんでしょ。文化や宗教ががらっと変わってしまうのに、簡単に支持するかしら。」
と疑問を述べたが、グラナドが、
「前例があるだろ。クーデターの時に。」
と言うと、納得していた。
「この現象は、薬の副作用みたいなもので、意図してやってる訳じゃないから、奴等が全面的に喧伝してくる事は無いかもしれん。だが、利用しようとする者は出てくるだろうな。」
そう言って、グラナドは俺を見た。俺は、うなずいて、皆を見渡した。
ファイスは、何か考え込んでいる様子だった。シェードは、目をぱちくりさせている。
レイーラだけ、落ち着いていた。心無しか、少し微笑んでいるようにも見えた。彼女は、シェードの直ぐ隣にいて、彼を見つめていた。
シェードが気がついて、顔を上げて、レイーラを見る。
「驚いただけだよ。」
と言い、グラナドに向かい、
「で、奴等がどこにいるのか、分かるのか?キャビク島か?なら、対決する前に、島の人は避難させないと。騎士団なしでやるなら、早いほうがいいぞ。」
と話を降った。
グラナドは、
「お前が話すか、ラズーリ?」
と俺に尋ねたが、俺はグラナドに任せた。
去り際、ソーガスが指し示した場所。招待状の映像。
「ニルハン遺跡の跡地だ。」
グラナドの声が、続く道を示した。