2話 戦う理由
俺、五十嵐慶多は、半年前まで日本の高校生だった。
飛行機事故に巻き込まれ、目が覚めると、この魔術と戦争の異世界に放り出されていた。
異世界だろうがどこだろうが、社会を構成するのが人である以上、その本質は変わらない。
「争い」だ。
自らの主義主張を実現するため、徒党を組んで他者を排斥する。
少なくとも俺の元居た世界はそうだった。
そして今いるこの世界は、より原始的な方法でその争いが行われている。
力を以って殺し合う。
確かに俺の元居た世界でも、国外に目を向ければ、戦争で大勢が亡くなっていただろう。
だが、この世界の比じゃない。
超大国同士が近代兵器を用いて、全面戦争を行っている。
そして存在する全ての国家が、現在進行形の戦争当事者だ。
日本のような平和な国は存在しない。
何故か。
俺もこの世界に来てから、世界の歴史を学んだ。
何故、これほど発達した文明を築いていながら、未だに原始的な総力戦から抜け出していないのか、と。
そして一定の結論を得た。
俺が考える大きな理由は二つ。
一つ目は、核抑止力の不存在だ。
相互に相手を一撃で滅ぼしうる兵器を保有しておらず、戦術レベルの小競り合いから、大国同士が本格的な戦争状態に陥りやすい。
二つ目は、生存戦争としての側面があるということだ。
この世界において、絶対安全な国土というものは存在しない。
いかなる地域でも、大規模な活性魔力災害が発生する可能性があり、そうなれば大地はは汚染され、数十年単位で人の住めない不毛の土地となる。
生存をかけた領土の奪い合いは熾烈を極め、国家間に大きな禍根を残し、それが現在に至るまで連綿と続いているのだ。
現在の主要交戦国は三つ。
北の帝国、中央の皇国、南の連邦の三か国だ。
事の発端は、近年軍事力を急拡大したディラルディン帝国がアルビオス皇国へと南下し、皇都を制圧。
帝国軍は、皇国残存戦力の抵抗を受けながらも、レクサヴァール連邦領の北端である、ここ城塞都市アラモスベルグまで侵攻して来ている。
俺、五十嵐慶多は連邦陸軍に所属する魔術師であり、帝国の侵攻を防ぐべく日夜こき使われているというわけだ。
「おい、起きろケイタ、着いたぞ!!」
「…ん、ああ。やっと基地か」
アレスの声で目を覚まし、寝ぼけ眼を擦る。
グランドールの掌に比べれば、未舗装の山道を下る軍用車のシートは、高級ベッドも同然だった。
運転手の兵士にお礼を言ってから、車を降りて宿舎に向かう。
もう空は白み始めている。
結局、あの後夜通しで戦うことになった。
「…身体の節々が痛え。あのパイロットめ、覚えてやがれ」
「あれ相当上手い方だと思うから、他の人だったらもっと痛かったんじゃないか」
あの速度で、傾斜を移動しながら、両手に人を乗せるってのはかなり高度な芸当だ。
グランドール程、兵員輸送に向いてない兵器はないだろう。
「それもそうだな。やっぱり今から司令部に乗り込んで、あのクソメガネを叩き割りに行こうぜ」
基地の中央にそびえる建物に目をやりながら、アレスは拳を握る。
気持ちはわかる。
「准将、人使い荒いからな。死ぬほど有能だけど」
そう。
クソメガネこと、アルフレッド・クロムウェル准将は、部下をこき使うパワハラクソ上司だが、軍人としては「レクサヴァールの守護神」の異名を持つ、防衛戦の天才らしい。
圧倒的な戦力差がありながら、今まで帝国軍の侵攻を抑えているのは、ひとえにクロムウェル准将の指揮によるところが大きいとよく耳にする。
「どいつもこいつもクロムウェル准将ばっか持ち上げすぎじゃね? 俺達あっての戦果だって、って痛ぁ!?」
愚痴っていたアレスの頭が、吹っ飛ばされる。
あまりの威力に、俺は思わず身を引いた。
平手打ちを決めた人物は、よく知った顔だった。
肩にかかる金髪。
腰に当てられた手。
少しの怒りを感じさせる表情から、アレスに言葉を投げかける。
「さっきから愚痴りすぎよ。あとクソメガネって言いすぎ」
彼女の名前はアイシャ。
連邦の北端、アラモスベルグ防衛のために、クロムウェル准将が組織した、特殊魔術師部隊フォルセティ。
その部隊員の中でもトップレベルの魔術師だ。
「悪かったよ、。…チッ、よりによってお前に聞かれるとは運がねーな」
「反省する気ないでしょ、ったく」
そう言って、俺達を追い越していくアイシャ。
その後ろ姿を見送りながら、アレスは肩をすくめた。
「おー、怖。アイツはマジメすぎんだよなあ。可愛いからいいけど、なあケイタ」
「…ああ」
気のない返事を返す。
一瞬アレスが怪訝そうにこっちを見た気がするが、俺は彼女のことで頭がいっぱいだった。
彼女はフォルセティ所属の魔術師、アイシャ、ということになっている。
…だが、俺は彼女と瓜二つの人物を知っている。
名前は、一条結。
俺と飛行機に乗っていて、一緒に事故にあった、幼馴染だ。