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1話 この世界での日常

 





 漆黒の闇。

 

 人間としての、根源的な恐怖がそこにはあった。

 無味乾燥なものではなく、蠢くような何かが。


 闇に溶け込み、はっきりとはわからないが、"それ"は確かに目の前の斜面のどこかに潜んでいるのだ。


 ドロリとした悪意が自分に向けられている確かな実感。

 …それだけで少し気が変になりそうだ。

 

 長く続く戦争によって、巻き上げられた砂塵は本来の星空を隠し、唯一の光源である月もその姿を見せない。

 今夜は新月だった。


 「お前さ、何でそんなに冷静なんだよ」


 隣の男から声をかけられる。

 若干の苛立ちを含んだ声音。

 だが眼前の闇に吸い付けられたように、俺は目を離せない。


 「怖いに決まってるだろ」


 ぶっきらぼうに返す。

 自分でも不思議なくらい感情のこもらない声だった。


 …余裕がないのだ。

 唯一の仲間に対して、この返し。

 昼間はもう少しマシだったのに。

 


 しばしの沈黙。



 先に口を開いたのは、俺じゃなく、この男、レオンの方だった。


 「…すまねえ、気を悪くしないでくれ。

 実戦だと思うと、正直ビビっちまって」


 バツの悪そうな謝罪。

 どうやらレオンも俺と同じのようだった。

 

 当然だ。

 満足な訓練もなしに、付け焼き刃でこんな山の中に放り込まれたのだから。

 無理やり震える身体を押し殺して、戦場に立っている。

 紛れもない、今の俺たちの等身大の姿だった。


 「いや、俺こそ悪い。気が立ってた」


 今度はマシな声が出た。

 アドレナリンと恐怖の狭間で、自分を保つのは本当に難しい。

 

 レオンは一瞬キョトンとすると、すぐニカっと歯を見せて笑った。

 

 「へへ、あのメガネも俺たちをここで死なせるつもりはねえだろうし…

 精々使えるって見せつけてやろうぜ」


 「…そうだな」


 周りを安心させる人懐っこい笑顔だ。

 色素の薄い髪を揺らしながら、レオンは頬を叩いて、うしっと気合いを入れる。

 固く結んでいた両拳をゆっくり開閉させる。

 これは大体の魔術師にとっての基本動作だ。


 「ケイタ。お前がしっかり受け止めてくれるかどうかにかかってるからな」


 「それを言うなら、お前がしっかり仕留めるかどうかにかかってるだろ」


 レオンに倣って、両手を開閉しながら感覚を確かめる。

 お互い弱気だ。

 俺たちは2人で1つの戦術単位。

 お互いがそれぞれ攻撃と防御を担当する魔術師ペアだ。

 どちらがヘマをしても、もう1人も強制的に道連れになる。


 そして、魔術。

 付け焼き刃といっても1ヶ月は訓練したのだ。

 この訳の分からない現象にもいい加減慣れた。


 "わかる"のだ。

 極端だが、歩き方のように。

 自転車の乗り方のように。


 ずっと前から、やり方が体の奥底に染み付いているかのような、知る以前に戻れないという根拠のない確信。


 (どうなってしまうんだ、俺は…っと)


 ビクッ


 全身が、総毛立つ。


 なんとも言えない感慨に耽る俺を現実に引き戻したのは、闇から発せられる嫌な気配だった。

 今までぼんやりとしていた蠢きが、途端に質量を伴って具体的に感じられる。


 「おい、レオン。多分お出ましだ」


 「…ああ、来やがったな。マジか」


 レオンがふーっと息を吐く。


 眼前に広がる急勾配の下。

 鬱蒼と茂る針葉樹林の中の僅かな切れ目から、気配は漏れ出ている。


 こちらと同じで、数は2つ程。


 問題は、俺たちより遥かに巨大だということだ。


 「…あれが、敵のグランドールか。初めて見たぜ」


 自分に言い聞かせるようにレオンが言う。

 声量は抑えているが、興奮と震えは抑えれていない。


 直接見えているわけではない。

 厳密には、"魔術的知覚"で感じ取っているわけだが、わざわざレオンに指摘するほど、俺は無遠慮じゃない。


 恐ろしいことに、この魔術的知覚というやつは直接眼で見るよりもよほど多くの情報を認識できる。


 「でかいな」


 素直な感想が口をつく。


 意識を樹海の切れ目に集中させると、おぼろげだったグランドールの巨大な輪郭が浮き彫りになる。


 ただひたすらに無骨。

 血の通わない人型殺人兵器。


 グランドール。


 鋼鉄と強化カーボン繊維で形作られた漆黒のボディ。

 人を模した姿は、その巨体も相まって、異様そのものだ。


 (自重は魔術によって軽減され、熟練パイロットが操縦すれば、新体操の選手のような動きすら可能だ、と言ってたな)


 要は、ただの人間じゃ逆立ちしても勝てない。

 

 昔、自衛隊の基地を見学した時に、戦車を直接見たことがあったが、感覚はまさにそれだ。

 生身で挑もうと考えることすら烏滸がましい。


 絶対的な限界がある。


 そう。


 俺たちが"魔術師"であることを除けば。


 「まだ奴らはこっちに気づいてない。訓練通りにやるぞ」


 「…おう、わかった」


 レオンの返事には、まだかなりの緊張があった。

 当然だ。


 だが、俺は冷静だった。

 敵の姿が見えた時、初めに考えたのは、どう逃げるかではなく、どう倒すかだった。

 

 何故か。

 

 この男、レオン・スタークの魔術だ。


 レオンの使う魔術は"爆破"。

 起爆点周辺の大気から可燃性ガスを抽出し、圧縮。

 爆発に指向性を持たせ、対象を吹き飛ばすという、極めて破壊力の高い魔術だ。

 

 コントロールこそ難しい魔術だが、レオンは訓練中に、俺たちの眼下を進むグランドールに引けを取らないサイズの金属塊を何度も吹き飛ばしているのだ。


 初めてレオンの訓練の様子を見た時、魔術というものの恐ろしさを骨の髄まで叩き込まれたのを思い出す。

 敵が気づいていない状況なら、先制攻撃で十分対応できるはずだった。

 ところが、だ。


 「…ハァハァ」

 

 荒い息。

 噴き出す汗。


 レオンは極度の緊張で、構えた手は小刻みに震えていた。

 

 「レオン!」


 声と同時にレオンの右手に触れる。


 単なる触覚だけじゃなく、魔術的知覚も働いたのだろうか。

 レオンの不安な気持ちが伝わってくる。

 

 初の実戦。

 失敗は許されず、自分のミスが死に直結するというプレッシャー。


 無理もない。

 俺も逆の立場だったら、間違いなくこうなる。

 俺自身の緊張が伝わらないように、ゆっくり、焦らず言葉を紡ぐ。


 「…いいか、レオン。お前は強い」


 俺も必死だ。

 いかに落ち着かせられるか。

 

 だが、そういった意図とは別に、素直な本心でもあった。

 

 レオンは強い。

 これは純然たる事実だ。


 訓練中、粉微塵に吹き飛んだ金属塊を見た俺は、魔術というものの底知れなさに震えたのだ。

 そんなものを大した代償もなしに、ポンポン撃てるこいつが弱いわけがない。


 ただ実戦経験がないだけなのだ。


 「わりぃ。もう大丈夫だ。

 …覚悟は決めてる」


 力強い宣言。


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