元原薊の場合、「素直に成れない」
祟目君から新しい依頼が来た。
今の現代具足の芯のステンレス板を銀板に置き換えたいらしい。
意図が分からなくて詳しく聞いてみると今迷宮で出現しているモンスター、幽体対策なんだって。
話を聞いていると相当厄介で防具と透過してダメージを負うみたい。
言われた通りに預かった装甲パーツからステンレス板を抜いて、同じ形に加工した銀板を仕込んで行く。
パーツ数が多くて手間だったけれど、二日も有れば十分だった。
装甲パーツから鉄板を抜いてみたけれど、漆皮の硬度が予想以上に硬くて驚いた。
鋼並みの硬度を持っていると思う。
置き換えて余ったステンレス板を興味本位で叩いてみたらこっちも硬かった。
つくづく迷宮と言う物の謎が深まった。
完成した事を連絡すると次の日の夜、多分仕事終わりに急いで来たんだと思うけれど祟目君が現れた。
「お待たせ。銀板に置き換えた現代具足、納品です」
「助かります、これで週末からまた迷宮で駆除活動に戻れます」
「余り無茶しない様にね? 就職してからも土日籠ってるんでしょ?」
「体力的に厳しい時は休んでますから、大丈夫ですよ」
納品を済ませて世間話と言うか念押しをしておく。
ちゃんと食べてるみたいだし、特に疲れた様子も無いのだけれど、頭が疲れてる人の顔をしている。
真剣に可能性を模索している人間の目の動きをしているから。
そんな分析をしていると明日も仕事だからと彼は早々に帰って行った。
精神的に余裕が無さそう、そんな印象が気に成ってネットで色々調べてみた。
シーカー御用達のSNSで調べてみると祟目君が発見したと言う武器の話題で持ちきりだった。
その中に気に成る一文が目に留まった。
曰く、防具が何の意味も持たない、一回の攻撃で大怪我すると言う愚痴が書き込まれていた。
どう言う意味だろうとHPをいくつか見て回ると幽体に攻撃された人間の怪我の写真が表示されていた。
攻撃を受けた箇所が毛細血管から筋繊維までズタズタにされて内出血している写真だった。
その傷のあまりの痛々しさに言葉も出ない。
思わず手で口を押えてしまう位衝撃的だった。
完治するまで日数も掛かり、激痛で動きが悪く成った所を袋叩きにされて命を落としたシーカーも居るらしかった。
「祟目君、こんな世界で戦ってるんだ……」
シーカーとは想像するよりもずっと過酷な世界だった。
間引きしないと、駆除してかないと、氾濫は阻止しないと、時折会話に混じる言葉が本当に深刻で身近な危険なのだと思い知らされた。
モンスターは祟目君曰く、その土地の負の記憶を固められた理屈無視の災害だと言っていた。
そして今直面しているのは幽霊の特徴をモンスターに当て嵌めた害敵。
そのイメージは弱点もそのまま引き継いでいると言う事らしい。
昔、学生時代にTVで見た心霊番組を思い出して、そして思い付いた事が有る。
相談に乗って貰うつもりで電話をする。
「あ、綵ちゃん? 久しぶり、ちょっと綵ちゃんの旦那さんに相談が有るんだけど」
「え? 棗に? 良いけどどうしたの?」
「うん、祟目君の防具の事でちょっとアドバイスが欲しくて」
「了解、折り返し電話させるね?」
「ごめん、お願い」
そう言って綵との電話を切って待機していると数分後に着信が有った。
「もしもし」
「こんばんは、木村です、奉の鎧の事で話が有ると」
木村君、卒業して神主さんに成ってから随分と落ち着いた気がする。
元々は砕けた喋り方をしていたのに、今では落ち着いた大人の喋り方をしている。
少しだけ感慨深い物を感じるけれど、今はそれ所では無い。
「うん、祟目君の現代具足の装甲パーツの芯にしてたステンレス板を銀板に置き換えるんだけど、あれって概念が乗るって本当?」
「どうなんでしょう、私も妻もシーカーを随分前に引退していますので。ただ奉が発見した物は検証済みなので確かだとは思うのですが」
自身の体験、経験が無い事なので木村君も断言は出来ないらしい。
「そっか、それでね、幽霊って別に銀を特に苦手にするイメージ無いんだけど、どうなの?」
「そうですね、特に効果が有るとは聞きませんね、もっとも私自身幽霊を見た事は有りませんので何とも」
「本当に居るのかどうかもアレだから置いておくとして、神主さんが地鎮祭とかで唱えてるお経? あれって幽霊に効果あると思う?」
「祝詞ですね? イメージをそのまま引き継いでいるなら効くと思いますよ?」
「その祝詞って文字にすると何か不都合とか有る?」
「いえ、特に不都合な事は有りません」
「なら祝詞の文字を祟目君の現代具足に書き込んだらどう成ると思う?」
「どうと仰られても……、ただ幽霊が触りたがらない可能性は有りますね」
「装甲パーツに直接書いて落ちちゃったら意味ないから芯材の金属板に書き込めたりする?」
「ええ、可能ですよ」
「お願い出来るかな? 私が書いても多分効果無いから」
「効果が無いとは思いませんが、こちらで書かせていただきます」
「じゃあ、二日後に銀板を持って行くからお願いして良い?」
「分かりました、お待ちしています」
「ありがとう」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
そう言って心配を掛けてくる友人の顔を思い出して小さく笑ってしまう。
向こうでも小さく笑った気がしたから同じ人物の事で笑っているのだと思う。
電話を切って作業場に移動する。
銀板を切り出してからバーナーで炙ってから水に漬けて焼き鈍しをしてから加工を行う。
丁度鉄と焼き入れ・焼き鈍しの手順が逆なのが面白い。
トンカンと金床で銀板を叩いて曲線を付けていく。
時折、画像で見た傷を思い出して、あんな怪我をこれ以上させないと気合を込めて金槌を振るった。
「手が掛かるんだから、全く」
弟が居たらきっとこんな風なんだろうなと苦笑しながら赤く焼けた銀を叩き続ける。
今日は特に顔が熱い。