帳璦の場合
土竜の遠吠え、第二十六話のこぼれ話。
彼が治療所に来るのは何回目だろう?
第一次変遷の頃には来なかったと思う。
第二次変遷以降、状況の激変からだったと記憶している。
それまでは狼に噛まれた、引っ掻かれたと騒ぐシーカーが治療の合間に口説いてくる。
そんな日常だった。
幽体が出る様に成ってからは訪れる人間も減った。
いやシーカー自体が減った。
そんな中ほぼ毎週現れる男性が居た。
毎回貧血で顔を青くしてフラフラと現れる彼。
内出血と筋繊維損傷でボロボロに成りながら、また週末には迷宮に入って怪我をしてくる。
変人なのだろうと思って居た。
「すいません、えっと……少し、聞いても良いですか?」
ああ、来た来た。
所々で痛みに声を詰まらせながらだけど、正直、やっぱりこの男もか、と思った。
「ええ、良いですが、なんでしょう?」
警戒心と軽蔑を表に出さない様に出来るだけ愛想良く判事をする。
「一日に、何人のシーカーが担ぎ、込まれていますか? 大体の数で良いんですが」
彼の口から出た質問は意外な物だった。
いや、意外と言う程変な質問では無いのだけれど。
大抵のシーカーは命のやり取りで精神が昂ぶっていて女を求める様に成るのは知っていた。
だから予想外だった。
「はあ、そうですね、二人三人程でしょうか、もっと多い時も有りますが」
少し考えて答える。
意図が良く分からなかったから我ながら間抜け答え方をしたと思う。
「そうですか……、んっ、やっぱり減ったな……」
「何か気に成る事でも有りましたか?」
何故治療に来るシーカーの数が気に成ったのかを尋ねてみる。
「いえ、間引きの数が足り、なければ氾濫が起きますから。幽体は壁も透過、して来ますし、シェルターも意味、を成さない可能性も有るので」
「そうですね、まだ変遷から間もないですけど、心配ですね」
どうやら彼は素直に氾濫を心配していたのだと分かった。
珍しいタイプの人間だと思った。
激痛に苛まれていて私の顔に意識が向いていないだけだと分かっていても、何と言うか下世話な人間の中に普通に話せる人が居たのが嬉しかった。
でも彼と話す時は決まって彼が怪我をしている時だ。
一服の清涼剤と認識して良い状況では無い。
出来ればあまり怪我して欲しくないと思う。
でも下世話な男達に口説かれていると、少しでも話したいと思ってしまう私は悪い女だと思う。
そんな罪悪感のせいか、青い顔をして寝入っている彼を点滴が終わっても起こせなかった。
どうしたものかと考えているとゆっくりと目を開けて周囲を寝惚けた目で見まわしている。
少し可愛いと思ってしまったが、そんな事は欠片も外に出さずに点滴の針を抜いた。
胸元もお腹も背中も両腕も怪我の跡が斑模様に成っていて痛々しく残っているのが見える。
きっと見えない太腿や脚も似た様な物だろう。
私の為では無いけれど真摯に駆除活動を続けている、それが一人の人間として有り難かった。
彼があまり怪我をしません様に。
神様にお願いをしてみる。
迷宮と言う苦難を人間に与えた神様が聞いてくれるとは思えないから、無駄に成りそうだけれど。
美人さんって変な角度でチョロい時有るよね(笑)
特別視されないだけで印象に残っちゃったり、ね(苦笑)