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好き、大好き、すごく好き 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 こーちゃんは、好きな花とかあるかい? 

 ――あまり意識したことがない、か。

 まあ、あたしもそこまで気にすることはなくなったかな。ちょっと前までは花言葉がなんだとかに神経質になっていたけれど、詰めれば詰めるほど、自分のゆとりまで切り詰めちゃってね。息苦しいのなんの。

 効率を突き詰めるのは、心に遊びがなくなるし、たいていの場合は、はた目からもつまらなく映ってしまう。

 この作業。死ぬまで楽しめる人間もいるんだろうけど、私は果てのない追究に疲れちゃう性格だったようだ。こうして今は、正解を意識することなく、のんびりさせてもらっているわけ。

 こーちゃんの文筆も、容易に正解が見つかったり、ハナから正解と決めつけて、かかったりするものでもないだろう? たまにはのんびりするのもいいんじゃないかい?

 ――面白い話を聞くのも、のんびりの一部?

 そうかい、熱心だねえ。なら私も、少し昔話をさせてもらおうかい。

 

 学生時代。12月に初めて彼氏ができて、ひと月くらい経った時だ。

 学校っていうのは、いい場所だったよ。半ば強制的に、顔を合わせて話ができる機会をくれるんだから。だから休み時間は、私にとって貴重な逢瀬の時間。

 彼氏は自分の世界をしっかり持っていて、そこへ無遠慮に踏み入られるのを嫌う。

 私としては正直、せっかく付き合えたんだから、もっとスキンシップを取りたかったけど、どこに地雷が潜んでいるかわからない。

 それを踏むのが、ものすごく怖くてね。毎日が楽しいながらも、少し緊張する時間だった。

 

 私と彼氏の帰る方向は、正反対。学校の校門を出ると、いくらも歩かないうちに別れの瞬間がやってくる。

「じゃ」と短く一言。手を振って背を向ける彼。

 私も手を振るけれど、彼は一度前を向いたら、こちらを見やることはない。付き合う前から変わらずにいるその姿に、私は一抹のさびしさを覚える。


 ――私は彼の中で、ちゃんと特別な存在でいるのかな?


 構って欲しかったんだ、私。

 それを贅沢が過ぎると、心の中へ押し込んで、表に出そうとしなかった。


 私の通っていた学校では、冬場のコート着用が許されている。私はコートの外ポケットに両手を突っ込んで、肩をいからせながら仏頂面でずんずん歩いていった。

 一人になると、いつもこう。昔からのくせで、常に周囲へ威嚇するような態度を取っている。自信がなかったんだろうね。

 今までの悩みに加え、彼氏の気持ちが自分にあるか、という重荷をしょい込んでいる。さぞ険しい表情をしていたろう。

 

 だからなのかね。ふと喧騒からはぐれたくなったんだ。

 わき道に入った私は、昼間は閑散とている住宅街を抜け、小さい公園へ。そこは鉄棒と砂場と滑り台がある以外は、さほどスペースに余裕がない。

 何かと落ち込むことがあった時、そこのブランコに腰かけて、気分のままに漕いでから帰るのが、私の秘かな発散法。

 けど、その日は公園に先客があった。

 

 クラスメートの男子のひとり。

 公園の隅に立ち尽くしつつ、手に持った花の弁を、ブチブチと一枚一枚はがしているんだ。

 いや、彼の場合、厳密には何百個も集まった「花」をひとつひとつといった方がいい。

 手にしているのは合弁花のタンポポだったから。この時期に咲いているとは、珍しい。

 

 やっていたのは花占い。花弁を一枚ずつむしりながら選択肢を順番に挙げていき、すべてをむしり終わった時に、一致した選択肢のひとつに決める、古典的なものだ。

 私の界隈では「好き、嫌い」の二択か、「天国、地獄、大地獄」の三択が主流だった。

 でも、その場での彼がつぶやく選択肢は、こう。


「好き、大好き、すごく好き。好き、大好き、すごく好き……」


 吹き出しそうになっちゃった。

 はずれなしの選択肢。もはや占いでもなんでもない。それを真剣なまなざしでこなすものだから、ますますおかしく感じられる。


「な〜にやってるっすか?」


 彼が花をすべて散らせた時を見計らって、私は当時の男子風に声をかけてやる。彼はびくっと肩を震わせて、こちらを見てくるけど「お前かよ」と、大きなため息をつく。


「人の顔見てその態度。超失礼って感じなんだけど」


「ふん」


「で、で、何よあの花占い。誰よ相手は。ほれほれ、言ってみそ」


「おめ、見てたんじゃねえか。食えねえ女。言わねえよ」


「あ、そのパターン。もしかして相手は私? うわー、照れちゃうなあ。でも、応えられないの〜、ごめんね」


「うぜっ。彼氏ができて、脳みそまでお花畑になったくさいな。こちらからご遠慮だわ」


「あれ、知ってたの?」


「というか、あれで内緒にしてるつもりなのか? ピエロにしか見えんけど」


 むっとした。同時に、ちょっと背筋が寒くなる。

 ピエロという表現。彼と過ごす時間を「茶番」と言われた気がしたし、彼の気持ちが実はどこか別にあるのに、懸命にすがりつこうとしている私の姿を、「道化」にたとえられたようにも思えたから。


 黙りこくる私に対し、彼は少し肩をすくめたあと、足元に生えているタンポポの一本をぶちりと抜いた。

「気負い過ぎないことだな」と彼は花弁をいじり出す。


「男は表立って気持ちを出さんことが多い。口が上手い奴もいるが、どこまで本心だか。

 黙るわけは、ひとことで表すと『言わなくたって分かるだろ?』だな。基本はほっといて欲しい性分。悩む時もひとりで悩みたい。

 それを女は不安に思うのか、うるさいくらいに世話焼いてくれる。うちのお袋なんかいい例だよ」


 親と彼女じゃ違うかもだが、と付け足す彼。


「だから、俺は『好き』をここで吐き出す。『直接言えよ』と思うかもしれんが、伝えたために、今以上にべたべたされるのはごめんでね。お前も吐き出してったらどうだ」


 彼がタンポポを一輪、私に差し出してくる。受け取るや、彼はまた「好き、大好き、すごく好き……」と花をむき始めた。

 ――「好き」を吐き出す、ねえ。

 自分の気持ち。彼のそっけなさも相まって、本当に伝わっているか、不安を感じることもある。

 ――私の想いは、まだ伝えきれてない。

 それを見せつけたかったのかも。私は彼と同じように「好き、大好き、すごく好き……」と繰り返しながら、タンポポをむしり出したの。

 

 それから、私は彼へ気持ちを伝えられない日があると、タンポポを探して件の花占いをするようになったわ。

 場所はあの公園だったり、地面がむき出しの土手や駐車場だったり、いずれも帰り道にちょろっと寄れるところ。

「すごく好き」で終わるまで、長い時間をかける日もあったけど、じょじょに私は構わなくなっていた。

 その分、重ねた「好き」がある。散った花こそ、思いの証であり結晶。

 これだけあるのだから、誰にも負けない。そんな、私の自信になり始めていたの。

 一ヶ月後の2月。彼氏から突然の転校と別れを、切り出されるまではね。

 

 親の仕事の都合で、彼氏は何も悪くなかった。別れる時だって、初めて面と向かって「好きだ」と言ってくれたし、何度も頭を下げてくれた。

 けど、私には一連の出来事が、テレビの向こうのように遠く感じられたよ。

 連絡先だって知っている。いざとなれば、思った時に会いに行くことだってできるのに。

 そして彼が去った翌日。休み時間にいつもの場所へいって、彼が来ることなく終わって、ようやく実感が現実に追いつく。私は声を殺して、泣き出しちゃったよ。

 

 件の公園に向かう私。時々、タンポポをむいている彼と鉢合わせするけど、今日は私が先着。

 私はタンポポをむしる。一時期に比べると、この公園もタンポポの数が増え、綿毛を生やすものも見られるように。

 その時、私の中で渦巻いていたのは愛情じゃない。彼と自分を引き裂いた境遇そのものへの憎悪だった。

 悔しくて、悲しくて……歯ぎしりで、運命を食いちぎれたらと思ったくらいだよ。

 自然、口から出る言葉も変わった。


「嫌い、憎い、呪いたい。嫌い、憎い、呪いたい……」


 ひとり歩く時のような仏頂面を下げて、私は花占いをしていく。今まで重ねてきた好きと同じくらい、このもやもやをぶつけなかったら、知らしめることができない。

 私の痛さを。私の苦しさを。その根の深さを……。

 私はやがて、ただ憎さを表したいがために、花を散らすようになっていた。

 

 どれくらいむしっただろう。足元がもう、散らした黄色い花で埋め尽くされるようになった頃。

「やめておけ」と制止がかかる。見ると、公園の入り口にあの彼が立っていた。


「好きって言葉より、嫌いって言葉の方が敵を作る。人でなくてもだ」


 動けるか? と尋ねてくる彼。

「バカにして」と動こうとする私だけど、どうにも足が重い。その時、私はようやく、最初のうちはかがんでもいでいたタンポポの花が、今は少し背を曲げる程度で摘めることに気づいたんだ。

 私はすねの辺りまで、地面に埋まってしまっていた。てっきり、花を大量にむしって埋もれてしまったと思っていたんだけどね。

 彼に引っ張ってもらい、私は地面の拘束から抜け出る。ズボリと足が抜けた跡に、花たちがザザッと音を立てて流れ込んだことが、穴の深さを物語っていた。

 あのまま気づいていなかったら……と鳥肌が立つ私。

 それを見ながら彼は、あの時の「好きを吐き出す」のくだりは、ちょっとウソだ、と告げてくる。


「地面もさ、愛が欲しいんだ。種子に口説かれ受け入れたら、養分吸われておおわらわ。枯れ果てるまで努力する。

 だから俺はエールを送るんだ。一部の負担を取り去って、好き、大好き、すごく好きってね。それなのに憎しみをぶつけられたら、キレたくもなるだろ?」

 

 それから一ヶ月後の3月。

 卒業式の後、私はかの公園へと向かう。

 ひと気のない公園には、遊具があるところをのぞいて、ほとんどの地面に綿毛を持つタンポポが生えていた。あの日の私の足跡は、すっかり埋まっている。

 さあっと風が吹いて、一部の綿毛が空を舞った。思い思いに飛んでいく彼らは、どこかの地面に受け入れてもらう時、きっとこう口説き始めるだろう。

 

 好き、大好き、すごく好き、と。

 


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― 新着の感想 ―
[良い点] 切ないけれど、どこか爽やかさも感じて、すごく面白かったです。 彼女の気持ち最後の方までも、とても共感させられました。 片想いの時もですが、両想いになってからの不安もまた大変なのでしょうね…
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