9 赤い宝石の少女
なんという事だ。全国の異能力者が犠牲になった結果、一台のスーパーコンピュータが出来上がる。そんなもののために脳を弄られて半分死んだ状態になるなんて、絶対に嫌だし、許せない。
「だが、そんな情報、どこで…」
「うちの唯一の戦力かつ最強の偵察員の五色君をあまり舐めないでほしい」
「五色が全部集めてるのかよ」
ブレインと名乗る中年の言葉を聞き、五色の方を見る。別に誇るわけでもなく、いつも通りの眠そうな表情。だが、さっきの駐車場でも、実際に声を上げるまではその存在に気づくことすら出来なかった。
「異能力が『武器変創』って事は、本当にそこら中回って地道に集めた情報なのか」
「…まぁね」
こいつ、実は凄い奴なのでは、と思いつつ、隼人は再び視線をブレインへと戻す。
「で、俺は何をすればいい?」
「うん。何もしなくてもいい」
「…は?」
あまりにも拍子抜けな返事に、一瞬頭の中が真っ白になる。あれだけパラレルの野望を話しながらやる事がないとは。
「勘違いしないでくれ。今連中は黒崎君を優先的に狙っている。君が異能力を扱って反撃してきたのが意外だったみたいでね。君が力をつければ、せっかく手に入りそうな異能力が入手困難になる。だから、今の段階では君に全戦力を費やすだろう。だから、奴らに見つからないように、目立つ事なくいつも通り生活していればいい。そういう事だ」
そう言われると隼人も納得せざるを得ない。確かに、こちらから出向かない限りは、今のところ襲撃を受けることもない。だったら、とりあえずはこの研究施設に任せておいて、身を潜めつつ、隼人は異能力を扱う事に慣れ、五色は情報収集に当たるのが一番な判断だという事は言うまでもない。
「分かった。なら、また一週間後にでもここに来る。何か進展があればその時に」
「ああ。くれぐれも、死なないでくれよ?」
日常生活においてそんな台詞を聞く事になるとは。事の重たさを改めて感じた気がした。その日は解散となり、隼人も無事に家に帰れたが、ふと思う。
「白咲の身体は結局どこにあるんだよ…」
それについてはトリニティでも情報を掴んでてもおかしくはないのだが、なぜ教えてくれなかったのだろう。
あれから二日。白咲がいない事を除けば、驚くほどに以前と同じ生活が送れている。隼人に話を聞いていた野次馬達も、どうやら飽きてしまったらしい。
「…いいよな、あいつらは楽しそうで」
今こうしている間にも、あの四人組は隼人の事を探し回っている。そう考えると、いつも眠たくなる授業も迂闊に寝ることすらできない。
「白咲なら、こんな時でも笑顔でこの事態を乗り越えんのか…?」
ぽつりと自分にしか聞こえない程の音量で呟かれた独り言に答える人などもちろん居なかった。
その日の放課後、五色と会うことも無く真っ直ぐに家に帰るその途中。オレンジ色の夕日を背景に、一人の少女が道の真ん中に立ち塞がっている。その姿自体に見覚えはないが、持っている大鎌のシルエットには見覚えがあった。
「…あの駐車場にいた連中の一人か」
「ふぅん、ちゃんと覚えてくれてたんだ」
「今回は数の暴力って訳でも無さそうだな」
「あんたみたいな異能力者、私一人で十分以上よ。黒崎隼人」
「俺が一方的に名前知られてんのはアンフェアだな。せめて名乗ってくれよ」
「…私は紅原詩音。ま、名乗った所で、あんた今から死ぬんだけどね!」
急に彼女の目つきが鋭くなったかと思ったら、言葉を言い終わった直後に大鎌を構えて駆け出していた。
「速い…!?」
大鎌を持っていると言うのに、想像をはるかに上回る速度で近づいて来る。そしてその勢いのまま大鎌を振り下ろす。
「このっ…!」
咄嗟に前方向から風を吹かせ、それに乗りながら後ろに飛ぶ。異能力の扱いは、前回戦った時に比べて格段に向上している。それでも、鼻先すれすれを刃が通り過ぎて行くのを感じる。赤色を基調とした機械仕掛けの大鎌だが、刃はギラギラと銀色に光る。
「お前何考えてやがる! ここ、住宅地だぞ」
そんな事は関係無いとは分かっているが、流石にこれを他人に見られたら冗談では済まない。冷や汗を浮かべながら、こっちが言ってもダメならば、と背中を向けて走り出す。
「あ! 逃げるの!?」
「逃げるに決まってんだろ! こっちは命やらこれからの日常生活やらが危ないってのに!」
「そんなの知った事じゃ無いわよ!」
そして、とっさに目に入った公園に入る。ここならば他人に少し見られても「コスプレ会です」とか流しておけばスルーしてくれるかもしれない。紅原が合わせてくれるならば、の話だが。
「もう逃さない!」
そんな狙いも知らずにすぐに紅原が追いつき、銃口をこちらに向ける。と言う事はやはり射撃ができるのか。と呑気に考えるが、ここでやられる訳にはいかない。
「もう逃げる必要はない。ここで追い返す」
言い終わるのと同時に右手を振り、突風を巻き起こす。それによって銃口が少しブレる。そしてその隙に一気に距離を詰める。改めてこちらに銃口を向ける頃には、1メートルもない程の距離に縮まっていた。
「なぜ俺の…、白咲の異能力を執拗に狙う! これが続けば、かなりの人間が犠牲になる事ぐらい分かってんだろ?」
大鎌特有の長い柄をがっしりと掴み、問い詰める。それを受け、少しばつが悪そうに紅原は顔を逸らし、小声で呟く。
「…そんな事、分かってるわよ」
「分かってるのなら、いい加減やめたら…」
「分かってても! 止める事が出来ないの! あんたなんかには分かんないよ! こんな気持ちは!」
そして急に大声を上げたかと思うと、隼人を蹴り飛ばし、距離が少し離れた所で改めて銃口を向ける。
「…もういい。その身体に大穴開けてやる!」
そして容赦無く引き金を引く。だが、轟音を放ちながら発射された弾丸は隼人の左腕を掠め、背後の木の幹に命中してめり込む。もちろん隼人の仕業だ。
「…何か訳ありっぽいが、これ以上は野放しに出来ないんだ。恨むなよっ!」
言い終わるのと同時に駆け出す。先程と同じく、銃口を向け直す頃には、隼人は既に至近距離に潜り込んでいた。今度は柄を持ったりせず、容赦無く蹴りを放つ。それは狙いを外す事なく紅原の腹にめり込む。
「うっ…! げほっ…、ごほっ!」
咳込みながらがくりと膝をつき、じろりと隼人を睨みつける。
「…そう恨むな。俺はもう強い。お前らの内の一人ぐらいでは止まらねぇ。お前の所の仲間にはそう伝えとけ」
それだけ言い放って隼人は立ち去る。紅原はそれを睨みつけながらゆっくりと遠ざかる背中に銃口を向けるが、引き金を引けずにそのまま大鎌を地面に置く。
「…くそっ! なんなのよ、あれ!」
悔しい。何よりもまずそれだけだ。異能力を覚えたてのはずの人間一人に勝つこともできなかった。それも正々堂々とだ。しかも見逃された。こちらは本気で殺しに行っているのに、黒崎隼人にはこちらを殺す気は無い。
「次は…、次は絶対勝ってやるんだから…!」
既に日が沈んで暗くなり始める公園の中心で、一人の少女が覚悟を決めるのであった。
紅原詩音の襲撃に遭って流石に身の危険を感じた隼人は、トリニティの研究施設へと足を運んでいた。入り口から真っ直ぐにブレインの元へと向かい、「おい」と声をかける。
「ん? あれからまだ一週間は経ってないのだが?」
「さっき、パラレルの連中の内の一人から襲撃を受けた。もう少し早めに手を打つべきだ」
「それもそう…か。分かった。だが残念ながらまだこちらの準備はまだ整ってはいない。だから今の私にできる事は情報の提供。それだけさ」
「…なるほどな。それならそれで構わない。で、なんの情報だ?」
「奴らの名前だ。あと武器のスキルだ」
「武器のスキル…?」
「まぁそう焦るなよ。まず、あの四人組だが、奴らはパラレルに雇われた傭兵だ。それぞれ大剣、剣、大鎌、アーチェリーを装備している」
アーチェリーを使っている人物に見覚えはないが、多分あの時の黄緑色のマントを羽織った少女のことだろう。ここまで思い出して気になることが一つ浮上する。
「ところで、あいつら何歳だ? 傭兵って割には、かなり若い気がするんだが」
「君はいつも私の話の邪魔をするな。…そうだな、真偽はとりあえず気にしないものとすると、彼らは君と同世代だ。大体16歳辺りか?」
「本当かよ…、それ」
「真偽はとりあえず気にしないと言っただろ。それに私は実際にその姿を見ていないからなんとも言えん」
「そ、そうだったな…」
公園での紅原の表情が頭に浮かぶ。「こんな事好きでやってるわけ無いじゃない」と顔に書いてあるも同然な表情だった。少し話すだけであれだけ動揺するという事は、傭兵になってあまり経験はないという事だろうか?
「話を戻す。あの四人は異能力こそ持ってはいないが、特殊な機構を施された武器を扱う。で、その武器の名前には宝石の名前がモチーフになっている」
「…宝石?」
「そう、宝石だ。青い大剣、サファイア。赤い大鎌、ルビー。黄色の剣、トパーズ。そして緑のアーチェリー、エメラルド。まぁ、別に名前なんかどうでもいいんだが」
「なら言うなよ…」
「まぁそう言うな。で、大事な武器のスキルの話だ。今の所明らかなのはサファイアとトパーズだけだ。サファイアには小型のブースターが付いてて、それを使うと大剣の重みゆえに発生する隙を徹底的に消すことができる」
「ああ。確かにあれは厄介だった」
「そしてトパーズは刀身に高圧電流を流し、纏わせる。そうする事で一時的になんでも断ち切れる凄まじい斬れ味と威力を併せ持つ」
「…そんなに危険なものなのか」
「まぁ、人間ならどこに当てても致命傷だ」
「後の二つ、ルビーとエメラルドについては分からないのか?」
「残念ながらその二つはデータがない」
「…ルビーは、あの大鎌は先端の銃口から射撃ができる。多分それ以外には何もない」
「…そうか。君は一度ルビーを扱う子の襲撃を受けているのか」
「だが、エメラルドについては全く情報がない。調べるならそれを頼みたい」
「分かっている。五色君が偵察に向かっている。まぁ、流石にこれ以上の情報は奪えないだろうがな」
どうやら五色もここが限界らしい。これ以上深く偵察すれば、たちまちあの四人に襲われて捕まるなり殺されるなりしてしまうのだろう。つまり、この情報源でパラレルと戦わねばならない。ん? 戦う?
「おい、最後に聞きたい。もしかしてパラレルの本拠地に乗り込むなんて言わないよな?」
「それは、本番当日までのお楽しみだよ。黒崎君」
こんな事態だと言うのに優しく笑ってそう告げるブレインの顔を見ていると、また命がけであの四人と戦わねばならないと言う不安と、それでもなるようになる、という根拠の全く無い安心感に包まれるような感覚がする。
「明後日だ」
「…明後日?」
「決行の日だ。午後六時にここに集合だ。本当はもう少し準備を進めたいところなのだが、時間がない。パラレルに対策を取られる前に潰しておく」
「ああ。分かった」
果たしてそう簡単に潰せるものなのだろうか。疑問は残るが、ブレインが作戦を立てるのならきっと大丈夫だろう。まだ出会ったばかりだが、ただ者ではない雰囲気を醸し出している人間だ。
「はぁ、疲れた…」
呟きながら研究施設から自宅への帰り道を歩く。その日は、いや、その次の日も、不気味なぐらい平凡な日常を過ごし、決戦の日が来るのであった。




