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涙の理由

作者: 藍川秀一

涙の理由

藍川秀一


 彼はいつも寝ていた。授業中から休み時間に至るまで、起きているところをあまり見たことがない。唯一彼が行動しているのは、体育の時間くらいだ。全く動けないのかと思いきや、普段の寝ている姿からは考えられないほどの俊敏な動きをしている。かといって、生き生きとしているわけではない。髪の隙間から見える目はほとんど半開きで、体全体からやる気の無さを感じることができる。運動そのものには慣れているようだが、手を抜いていることは明らかだ。それでも周りにいる誰よりも体を動かせているのだから本当にすごい。身体能力で体を動かしているわけではないみたいだ。彼の動きには、無駄というものをまるで感じない。私たちよりもはるかに、身体の動かし方を知っているようだった。

 そのせいか、いくつかの運動部から勧誘を受けていたようだが全て丁重に断ったようだ。運動はできるみたいだが、進んでやるほど好きではないらしい。

 容姿はそれなりにいいのかもしれないが、表情は長い髪に隠れ、把握することができない。さらに常にと言っていいほど机に顔を伏せているため、細かい部分までは知ることは不可能だ。本当に、ミステリアスという言葉を体現しているかのような人間だった。

 全身を漂うやる気の無さは、教師すら呆れさせるほどだ。彼を起こそうとする先生はいなかった。成績は悪くないというか、全教科百点を定期テストの度にとり続けている。一時期はカンニングを疑われるほどだったが、テストの日、彼は数本の鉛筆と消しゴムしか持ってきていない。疑いはすぐに晴れたが、それは異様と言わざるをえない。そんな彼が怖くて、教師は近づけないだけなのかもしれない。

 何を考えているのか、何を思っているのか、まるでわからない。

 たまに窓の外を見上げている。その姿はどこか悲しげで、何かに飽きているようにも見える。何が起きたとしても、クラスの誰よりも落ち着いていた。地震が起きたとき、突然雷が校庭の大木に落ちたときだって、同様することはなかった。

 事件が起きる度に、彼が遠い場所にいるような、そんな幻想にとらわれる。

 ある日の放課後、教室にいる彼を見かけた。部活帰りに、忘れた教科書を取りに来たときだった。彼はいつものように寝ていた。ホームルームから今まで寝ていたのだろうか?

 ちょうど下校時間になったせいか、チャイムが鳴り響く。その音と同時に、彼は体を起こした。キョロキョロとまわりを見わたしながら、現状を確認し、カバンを手に取り立ち上がる。

 歩き出そうとした彼を、私は呼び止める。少しでも彼のことを知りたいと思った。

「どうしていつも、寝ているの?」

 突拍子もない質問をしてしまったことを、言葉にしてから気がつく。訂正しようとしたときに、彼が答えてくれた。

「永遠に続く夢から、覚めるため」

 それからは、一言も言葉をかわすことはなく、月日が流れていく。学年が上がり、クラス替えが行われ、本格的に彼との関わりがなくなっていく。廊下ですれ違うこともなく、学生時代は終わりを迎えた。

 卒業式の時、視界の端に彼の姿が映った。

 彼は、泣いていた。

 周りにいる誰よりも、大粒の涙をいくつも流していた。学生時代が楽しかったとか、別れが辛いという理由で泣いているわけではないと思う。誰かと一緒にいるところは見たことがないし、笑顔なんて、想像することすらできない。

 ならばなぜ、彼は泣いているのだろう?


〈了〉


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