ボトルメール
海岸の埋もれた瓶を掘り起こし、中に入りこんでプカプカ海原へ。
波音は湿った風と共に香りをまとう。
海になりたいと願うのに、波に揺られて揺られて、わたしはただの木の葉。
広い広い揺れ動く腹の上で思い描いた月。
光は影を浮かべ、ガラスの冷たさがあの人を映す。
親愛なる人よ、わたしは小さな人間です。海は世界へ通ずると言いますが、この波はあなたが揺らしたものですか?わたしは飲み込まれてしまいそうです。月の光をポケットに入れてあなたに贈りたい。
浜辺に落ちた釦を愛しげに眺めるあの人の足元にわたしはいました。あの人は釦を、わたしは手のひらを空へかざします。塩で錆びついたものと黒く汚れた爪。夜の下ではただの影ですが、あなたにはどう見えるのでしょう。濡れた裾の側では波音が泣き声のようで、聴いているだけで世界を愛せるような気がしました。
流れて揺れて流されて。
空と海の狭間で世界の果てなどないことを知り、わたしは海になる。
瓶の下はどこまでも深く、上に広がるのはあの人が描いた紙面。
目を閉じても見える太陽。
肌に燃え上がる雲の地図。
耳に沈む風の系譜。
鼻に沁みたるは潮の痛み。
海の腹の中へ沈むのなら深い眠りのままに。
海の腕から押し出されるのなら砂地にもぐりこんで。
目が覚めたら、さて、どこにいるのでしょう。