大魔女の話
テーマ:叡智、幾何学、視線
私は大魔女、名前を凹凸〇个という。
なに、読めないだと?知るか。私は大魔女だぞ。17歳だけど。
さて若干17歳にして魔術の深淵、叡智へと至った私はこの世で最も優れた魔術式である召喚式を極めた。古今東西、あらゆるものを呼び出せる。世界中の魔術師から教えを請われるが応じたことは無い。あの愚か者どもは教えても分からんからな、相手にするだけ無駄だ。
しかしそんな私でもここ日本で暮らすには金を稼がねばならん。本来なら国宝級の技術、むしろ保護してほしいくらいだがせいぜい精霊式が使える程度の魔術師しかいないここじゃ期待することもできやしない。
だから私は自分で金を稼いでいる。そら、今日も客がやって来た。
「あ、あなたが大魔女さまですか?」
「いかにも。ぐずぐずせずにそこの魔方陣に膝をつけ。会いたい相手への感情を昂らせろ」
「そ、それだけでいいんですか!?」
「いいともさ……いや、待て。お前、私の名前を言えるか?」
無反応。目の前で膝を突くハゲ散らかした中年には何も聞こえていないらしい。
まったく……。
魔方陣が光り輝く。霧があふれ出し、その中から一人の女性が現れた。
「目を開けてみろ」
「お、おおおお!?」
中年は感極まって涙を流し、女性に抱き着く。しかしそこに実体はない。
「どうなってるんだ!?なぜ触れない?」
「ここからは別料金だ。二倍払ったら実体も呼んでやるよ」
「払う払う!ほら、これでいいだろう!」
乱暴に札束が投げつけられた。慣れたものだが、もう少し余裕のある客が来ると楽なんだけど。
霧が濃くなり、しかし女性の輪郭ははっきりと縁どられる。そしてすぐに、実体としての彼女が現れた。
「あ、ああユミちゃん!会いたかったよ!!」
「……ここは?というかあんたは?」
「ぼ、ぼ、僕は小学校の時クラスメイトだった駒場だ!き、君のことが好きだったんだ!それで体操服を盗んだことを謝らせてほしくて!この通りだ!」
ユミと呼ばれた女性は土下座した中年を無言で蹴り上げた。鬼の形相で、何かを怒鳴る。
……その寸前で消えた。
「満足か?」
「ああ、ありがとう!これだけ、僕の人生の中で唯一謝罪できていなかった罪なんだ!これで明日からは胸を張って生きていけるよ」
「あっそ。お幸せに」
と、こんな感じ。誰かに会いたいという願いを持つやつの願いを召喚式で叶えてやる。金を積んだだけサービスもしてやる。顧客はあまり多くないが、一回でデカイ額が入るからそれなりにやっていける。
客の数は少なくとも、種類は千差万別だ。
「おお!カズ君……ダメなママでごめんね……!」
棄てた息子にもう一度会いたくなった母親。
「あなた……もう一度、あなたの腕の中で……」
若かりし頃の夫に抱かれたことが忘れられないばあさん。
「お前を……!お前をこうして殺しなおせる、なんてなぁっ!!」
事故死した復讐相手を自らの手で殺したかったおっさん。
我が召喚式は古今東西のみならず老若男女、生死、そして魂の時間すらも任意の対象を呼び出せる。
商売としては対象への感情や記憶を魂の検索と追跡に使っているが精度もかなりいい。顧客満足度はいまのところ99%を超え、我ながらすさまじい術式だ。こればかりはうぬぼれてもいいだろう。
だが、このような強大な力をふるっているとある問題が発生する。
「……あー、退屈だ」
飽きてくるのだ。
いまも目の前でヒョロガリなオタクが何やら願っているが、気持ち悪いのですこし召喚を先延ばしにしてやっている。そんなに誰かに会いたいものなんだろうか、この疑問も何度目か分からない。
私には生まれたときから父親がいない。
そう、このヘンテコな名前を付けた父親が。母親は父親について何も語ろうとしないどころか、なんと記憶からさっぱり抜けているらしい。私自身、父親の召還を試みてはみたものの失敗している。つまるところ顧客満足度99%の残り1%は私の満足度だ。さりとて強く会いたいわけでもなく、もし会えたら会ってみるか、程度の感覚だ。感情の強さが召喚に影響を及ぼしたことは無いので、父親を呼べないのは別の理由なのだろうが。
「あああ!会いたかったよミュミュたんっ!!!!!」
二次元世界の妹?よくわからないが想い人に会えたらしいヒョロガリは身体を震わせながら去っていった。金は貰っているからいいにせよ、あいつは結局私と目も合わせようとしなかったな。
「……」
本日の予約はもうない。適当に店じまいして、母親にごまかしの魔術をかけてから飯食って風呂入って寝る。そして明日は再び退屈な世界がやってくる。
「待てよ……」
私は誰に会いたいのだろう。そういえば父親を呼んだことはあっても、それ以外の人物で私が会いたいと呼んだことは無い。
……どうせ暇だ、今日試してもいいだろう。
召喚式をつかさどる魔方陣の中心に座る。
そうだな、例えば私の中で最高にカッコいいと思える人を呼んでみよう。
恋愛などバカバカしくてしたことがないが、私自身ですらよく定義できていない対象を呼んでみることには興味がある。
ではさっそく……。
サイアクだ。
とりあえず金髪の鼻が高くて細マッチョな感じのハーフ美男子モデル的なやつが出てきた。確かにカッコよかったし話しかけられたときは生まれて初めてドギマギしたので召喚は成功していた。
だが、いかんせん性格が悪い。というかバカは嫌いだ。初手から「ラインやってる?」はまだ許そう。私の記念すべき最初のライン交換相手だ。
だが私の名前を見たとたん、あろうことか吹き出しやがった。妙な名前だと笑われるのには慣れていたがカッコいい顔でやられた分ショックが、もとい怒りが大きくなった。
もちろんすぐに反召還してやった、行き先はカッコよさの基準が逆転した異世界だ。ざまあみやがれ。
気を取り直して。次は、そうだな。なにか架空の……神とか呼んでみるか。私の未来について確かな役立つ啓示をもたらしてくれる存在。そうだ、それで宗教の開祖にでもなったらもしかしたら今より楽にお金が稼げるかも。
神は確かに召喚された。すごい……その、神が出てきた。いや、もう神以外に形容のしようがない。形もよくわからないし、光り輝いているし、声は聞こえるけど脳に直接、しかも謎の力で顔を上げることもできなかった。
脳が謎の思考で満たされてあやうく反召還の方法すら忘れるところだったけど、間一髪で神の反証を試みた男……誰だったかな、とにかくそいつを呼び出して神と一緒に消滅してもらった。
頼まれたってもう二度と呼ばない。私は今日から無神論者だ。
さて、時間的に最後の召還になる。どんなやつを呼ぼうかな。正直思いつかない。政治家を呼んだってつまらない話しかしないだろうし、そこらの一般人を適当に呼んだとて私の名前すら読めないアホばかりだ。いっそ凶悪殺人犯でも呼んでスリリングな魔法バトルでもするか?
どれもつまらない。退屈だ。だが残りの時間が妙にもったいない……。
……退屈、そうだ。
この世で最も退屈なやつを呼んでみようか。幸い、定義は簡単だ。この世で最も退屈な、びっくりするくらいつまらない、見てもなーんにも感じないような人間。
召喚式が光り始める。さあ、その高精度なシステムで呼べるものなら呼んでみろ。
人類の叡智、真理の幾何学術式がくっだらないことに使われていることは今さながら滑稽だ。その滑稽ささえもひれ伏すような、マジでくだらない人間を呼んでみせろ、我が術式よ……!
「……ん?」
なんか普通の男子高校生が呼ばれたように見える。
身長も普通、顔だちも……普通。服のセンスを問おうにも明らかに制服のセットで、しかもそのデザインもまたどっかで見たような感じの無個性なやつだ。
ははん、なるほど。本当に普通の人間が呼ばれたんだな。私と恐らく同年代の、掃いて捨てるほどいるオタクっぽい皮肉屋な『普通の男子高校生』が呼ばれたんだ。
「おい、お前。言葉は話せるか?」
さあ、口を開いてみろ。召喚式の精度を見せつける退屈な言葉を発するんだ!
「ここは……?」
「私の召還室だ。仕事でね、暇だから適当に呼んでみたのさ」
「……そういうあんたは」
「大魔女だ。名刺もある」
名刺を投げて渡すと、男子高校生は運動能力も普通らしくギリギリキャッチしそこねて落ちた名刺を拾った。
「変な名前だな」
「そういわれると思ったぜ」
「れいか、って呼べばいいのか?」
「そうだ。まるじゃなくてれい」
「前半はおうとつ?」
「そう」
「そうか……」
あれ?
なんだこいつ、私の名前を最初っから読めたのか。
拍子抜けだな……。
「何かしたいことはあるか?」
「できれば帰りたい」
「おう、じゃあな」
……っは?
やべ、つい流れで反召還してしまった。
まあいいいか……。
良くねえ。
全然良くねえ。
あの日以来、なぜだか胸がざわついて仕方がない。
あの日呼んだあいつ、普通過ぎてなんの感情も起きなかったあいつが気になる。
あいつが持ち込んできた普通を、どうしてももう一度味わいたいという思いが日に日に強くなっている。
くそ、やっちまった……!
普通の奴を呼ばないと召喚できないのに、あいつを考えると普通じゃない邪念が入っちまうじゃねえか……!