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異世界に行ったら僕の居場所はありますか?  作者: 大石 優
第2部 第7章 ケンゴの忘れもの
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第7章 ケンゴの忘れもの 2

「――消息掴んだわよ。感謝しなさいよね」


 校門に寄り掛かる僕に向かって、カズラが得意気に第一声を張り上げる。

 隣でアザミが笑いをこらえているので、きっと何かひと悶着あったに違いない。聞き耳を立てるような仕草でコッソリ話すように促すと、彼女は元々隠す気はなかったようで、素直に口を開いた。


「個人情報がどうのこうのって、あっさり断られちゃって。でも、そうしたらカズラが、『このまま、あたしの友達と一生離れ離れになったら、あんた責任取ってくれんの?』って係の人を睨みつけたんです。そしたら……フフフ、あっさり教えてくれました」

「さすがカズラだね。お手柄だよ」

「余計なこと言わなくてもいいじゃないの……。漢字までは読めなかったから、強引にこれも借りてきたわよ」


 そう言ってカズラは、分厚い中学校の卒業アルバムを突き出した。

 昨今は個人情報保護の観点から、たとえ卒業アルバムでも住所録が記載されない場合が多い。だが幸いこのアルバムには、しっかりと引越し先の住所が記されていた。さっそく住所と、顔写真をスマートフォンで撮影して保存する。

 そして、パタンと勢い良くアルバムを閉じると、両手で恭しくカズラに手渡す。


「じゃあ、悪いんだけど返却もお願い」

「なんか、あんたに命令されると悔しいわね」

「カズラ、ダメだよ。なんたって第一王子なんだから。王位継承権第一位だよ」

「もしも人違いだったら、覚えてなさいよ。三百倍にして返すからね」


 二人のやり取りを見ていると、その仲の良さにこちらも癒される。

 なんだかんだ言いながらもやる事はやってくれるカズラに、的確なアドバイスで補佐するアザミ。

 再び二人が中学校の校舎へと戻っていく姿を、手を振って見送る。



 ケンゴの奥さんから捜索するのは無理と判断して、娘から辿ったのは正解だった。

 最初の住所から通っていた小学校はすぐに判明し、その卒業時の担任から進学した中学校を聞き出した。そして、その中学校で引越し先の住所も確認できたというわけだ。

 さらに、もう一つ確認できたものがある。

 ため息をつきながらスマートフォンを取り出し、さっき撮影した写真を開く。

 どこか大人びた雰囲気、そして笑顔とは呼べない表情で、証明写真のように写る彼女の下に記されていた名前は……。


 ――松崎まつざき 詩音しおん


 小学校の担任はうろ覚えだったが、同学年に他に詩音という名前はないから間違いはない。当時の隣人は、中学に上がると同時に引っ越したと言っていたが、姓まで変わっていた。

 覚悟はしていたが、現実を突きつけられるとやはり辛い。そして、今もこの事実を知らずに向こうの世界にいるケンゴを思うと、やり切れない気持ちに押し潰されそうになる。


 今、ケンゴの奥さんと娘は別な家庭を築いている。

 ならば、これ以上は首を突っ込むべきではないのでは、という考えが頭をよぎる。さっきの夫人も言っていた、真面目だから思いを絶つためにきっと悩みぬいたのだろうと。だったら、今さらケンゴの無事を知ったところで、その思いを惑わすだけでしかないのではと、伝えることを躊躇う。


「なーに難しい顔してんのよ。さっさと行きましょう」

「兄さまどうしたんですか? 心配事でも?」


 戻ってきた二人に声を掛けられ、我に返る。

 やはり、一人で悩んでいても仕方がない。これほど大事な悩みなのだから、二人にも相談してみるべきだろう。ここへ来る途中に見かけた、ファミリーレストランでの軽い休憩を提案した。



「寒い日は、やっぱりお汁粉でしょ」

「えー、でもお店の中は暖かいし……。あ、これすっごく美味しそうだよ」


 メニューのデザート欄を二人で穴が開くほど見つめながら、決め切れずにかれこれ十分程経過している。だが二人を見ていると、メニューを見ながらどれにしようかと、味を想像しながら迷っているこの時間も、既に食事の時間に含まれているようだ。ウィンドウショッピングもショッピングというのと一緒か。

 どうやら、さんざん悩んだ挙句にチョコレートパフェとストロベリーパフェに決まったらしい。全然違う物にして分け合ったら? と、アドバイスしたが『そういう問題じゃない』と口を揃えて拒否されてしまった。


 ――アザミが呼び出しボタンを押して、店員を待つ。


 アザミは僕と入ったことがあるが、カズラはファミリーレストランは初めてだったようで、その仕組みも初めて知ったらしい。アザミに呼び出しボタンを押されたのが負けず嫌いに火を点けたのか、カズラも呼び出しボタンを繰り返し連打する。


「お、お待たせしまして申し訳ございません。ご注文はお決まりですか?」


 店内に繰り返し響く、呼び出しのチャイム。

 カズラの小学生のような行動で、一番迷惑を被ったのはこの男だろう。

 息を切らせる程の駆け足で注文を取りにやってきた彼の胸元には、店長と記されたネームプレートが光っていた。



 二人とも顔の高さほどあったパフェをペロリと平らげ、満足気に軽く伸びをする。落ち着いたところで、僕はさっき中学校の前で考えていたことを、二人に相談してみた。


「何を悩む必要があるのよ。事実なんだから、ハッキリ伝えたらいいじゃないのよ」

「でもカズラ、世の中には知らない方が良かったってこともあるんじゃないかな」

「ケンゴが過去の人なら、それでもいいかもしれない。でも、今も続いてるケンゴの苦しみを知らずに、別な幸せを手に入れてるって不公平じゃない?」

「だけど、ケンゴさんの消息が途絶えたせいで、奥さんだって苦しんだんじゃ……」


 カズラが言おうとしていることは大体感じ取れた。

 僕に向けられる言葉は罵声ばかりで、相性が良いとはどうしても思えないが、考え方は似ている。そして、ハッキリとものを言うカズラは、いつも僕の背中を押してくれる。


「奥さんにはケンゴさんの気持ちをハッキリ伝える。そして、ケンゴさんには奥さんの苦しみを全部伝える。その上でどうするかは当人同士の問題だ」

「へえ、あんたも言うようになったじゃないのよ。そう、今は壊れたかもしれないけど夫婦だったんだから、お互いの真実をちゃんと知った上で結論を出すべきだわ」

「兄さま……、本当に大丈夫ですか?」

「任せとけって」


 カズラには見下され、アザミには心配され、やはり二人にとっては頼りなく見えるのだろうか。年上だというのに……。



『――話すことはありません。お引き取り下さい』


 自信満々に、アザミに胸まで叩いて見せたというのにこの有様だ。

 インターホン越しに『新島健吾』と名前を出した途端に、にべもなく追い払われた。ケンゴの気持ちどころか、生存報告すらできていないというのに……。

 再度インターホンを押して、ケンゴの安否だけでもなんとか伝えようとするが、もう反応は返ってこない。

 どうにもならず三人で家の前に立ち尽くしていると、こちらを睨みつけている人影に気付く。それは着崩した制服にコートを羽織った、一見して女子高生とわかる服装だった。




「――あんたら、ちょっとツラ貸しなよ」


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