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異世界に行ったら僕の居場所はありますか?  作者: 大石 優
第2部 第1章 異世界へようこそ
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第1章 異世界へようこそ 5

「――すごいです。一体どんな仕組みなんですか? 兄さま」


 浴槽の栓を嵌め、給湯ボタンを押してお湯張りを始める。

 自動的にお湯が出始めるとアザミは感嘆の声を上げて、今日だけでも数えきれないその回数をさらに更新した。

 普段から当たり前のように使っているので考えたこともなかったが、言われてみれば確かにすごい仕組みだ。自動的に適温のお湯が浴槽に溜まり、自動的に止まる。アザミに問い掛けられたお陰で、この世界の便利さを改めて実感させられた。


「大変です。石鹸がありません、兄さま」


 確かに向こうでは、頭を洗うときも石鹸だったなと思い出す。

 ボディーソープにシャンプー、リンス。さすがにトリートメントまでは使わないので持っていないが、上から下まで石鹸一つの向こうとは大違いだ。それぞれの使い道を教えながらボトルの頭を押して液体を出すと、こんなところでもアザミは感嘆の声を上げる。

 液体の石鹸に感激、シャワーからお湯を出して見せては感激、そしてそんなことを知っている兄に感激……、しているようにも見える。僕が発明したわけではないが、そんな眼差しを向けられれば悪い気はしない。


「わ、私にこんな物を動かせるのでしょうか……」


 お湯が溜まるまでの時間で、脱衣場にある洗濯乾燥機の使い方も教えておく。

 アザミは大きい機械の操作は不安なようで、何度も手順を確認してくる。と言っても、洗濯物を放り込み、洗剤をセットしてスタートボタンを押すだけだ。

 着替えはソーラス神社で放棄したカバンの中だったはず、となればしばらくは今着ている物を着回すしかない。心配ならやってあげたいところだが、脱がせて洗ってやるわけにもいかないので、こればかりはアザミ自身で操作してもらうほかない。

 そんなに難しい操作でもないので、アザミでも大丈夫だろう。少しずつ慣れて、電気製品への恐怖心も克服していってもらわなければ。


「兄さまとお揃いですね」


 朝、コンビニで買っておいた歯ブラシを手渡し、洗面台の歯ブラシ置き場へ。二本並んだ歯ブラシを眺めると感慨深い。いや、そんなことで浸っている場合ではないか。

 ここまで一通り説明を済ませると、ちょうどお湯張りが終わったようだ。


『――お風呂のお湯が溜まりました』

「あ、ありがとうございます」


 自動音声にびっくりしたアザミは、誰も居ない風呂場にお礼を告げる。

 僕はそんなアザミの行動に笑みを浮かべながら、脱衣場兼洗面所を後にして、台所側へと出ると後ろ手でドアを閉める。


「服が乾くまで二時間ぐらい掛かると思うからごゆっくり。でも、のぼせないようにね」

「ありがとうございます。兄さま」


 アザミが風呂に入っているあいだに居間に戻り、パソコンの電源を入れる。

 社会復帰ならぬ世界復帰をするにあたって、この世界の二週間の情報が欠落したままではまずいと考えたからだ。

 インターネットでニュースサイトを閲覧する。

 だが目立ったニュースもなく、思ったほど世界に変化はない。むしろ、ついつい気になる見出しに踊らされて、リンクを踏んではあらぬ方向へと内容は逸れて行く。


 久しぶりのインターネットはやはり情報に溢れている。

 向こうの世界で、情報から隔離されていた反動もあるのかもしれない。ふと浮かんだ興味に即時に答えが示され、またその答えの中に新たな興味が湧く。尽きることのない循環に、我を忘れて時間を浪費して行く……。


 ――ピー……。


 脱衣場の洗濯乾燥機が動作完了を告げる。もう二時間も経ったのか。

 となればアザミの風呂ももうすぐ終わるだろう、そのまま次に入らせてもらうとしようか。


「――いやぁー!」


 悲鳴に近い叫び声が、脱衣場から僕の耳へと突き刺さる。

 何が起きたのかと、慌てて脱衣場に飛び込む。


「アザミ! 大丈夫?」


 そこに居たのは、胸元を露わに焦りと困惑で泣き出しそうな表情のアザミだ。

 縮み上がった服を何とか前で合わせようと、必死な姿に目が釘付けになる。いつしかの再現のように僕は硬直し、胸の鼓動は高鳴りを通り越して止まりそうだ。

 両衿を力いっぱい引き寄せるが衿同士を重ね合わせるのがやっとで、こぼれそうにはち切れんばかりの胸。そして縮んだ上に胸を隠そうと服を引き上げたせいで下着を露わにした下半身。

 もはや手だけでは隠し切れないと、アザミは顔を真っ赤にして床に座り込む。


「ご、ご、ごめん」


 慌てて脱衣場から出て、後ろ手でドアを閉める。

 わざとじゃなかったのだが、わかってくれるだろうか。事故も二度目だと故意と思われそうで不安になりながらも、脳裏に焼き付いてしまった光景が目に浮かぶ。

 すると、ドアの向こう側から心細そうな声が聞こえ、慌てて煩悩を振り払う。


「兄さま……何か、着られるものを貸してくれませんか?」

「あ、ああ。ちょっと待ってて」


 言ってはみたものの、僕が女性物など持っているはずもなく、アザミには大きすぎるサイズばかりだ。それでも咄嗟にクローゼットから手近な服を取り出すと、中を見ないように脱衣場のドアを開け、手だけを差し入れて手渡した。

 しばらくして、申し訳なさそうに小さくなりながらアザミがドアを開ける。


「驚かせてごめんなさい、兄さま」

「いや、いや、いや……。こっちこそ、いきなりドア開けちゃってごめん」


 サイズの大き過ぎる男物のワイシャツを着るアザミにまた目を奪われるが、これ以上は目の毒だ。慌てて目を逸らしたが、紅潮した頬が熱く火照り、再度心臓が高鳴る。自制心を振り絞り、もう寝るように促すのが精一杯だ。

 まだ眠くないと不満の声を上げるアザミを、視線を上げないようにしながら寝室に押し込む。


 とりあえず原因は取り除いた。次は気持ちを落ち着けようと風呂へ向かう。

 一気に服を脱衣カゴに放り込むと、お湯を張ったままの湯船に飛び込み、両手でお湯をすくい上げては二度、三度と顔に叩きつける。

 それでも落ち着かず、今度は頭まで湯船に潜る。勢い余ったせいか、鼻からお湯を飲み込んで激しくむせる。


「ゲホッ、ゲホッ。やれやれ、初日からこんなことで大丈夫かな……」


 湯船に浸かりながら自然と不安が漏れた。

 それじゃダメだと気合を入れて、両頬を自分の両手ではたく。




 ――よし、明日から本気出す。


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