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異世界に行ったら僕の居場所はありますか?  作者: 大石 優
第2部 第1章 異世界へようこそ
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第1章 異世界へようこそ 3

「――あんまり、兄さま、兄さま言われると照れくさいかな……」

「えー、それは残念です」


 一向にニヤニヤが止まらないが、そのうち慣れるだろうか。

 このままでは、精神的にダメになっていきそうだ。


「とりあえず、今後のことだけどさ」

「はい、兄さま」


 ダメだ、やっぱり顔がほころぶ……。

 兄さまという呼ばれ方もそうだが、真剣に僕の話を聞くために、瞳を輝かせた上目遣いで見つめられているこの状況も、さらに顔をほころばせている原因だろう。

 その瞳には期待や好奇心が詰まっている。

 他人からそんな目で見られるのは苦手なはずなのに、アザミのそれはなぜか嬉しい。兄として慕われている感覚が、新鮮で心地良いのかもしれない。

 だが、いつまでもだらしない顔をしていては軽蔑されるのも時間の問題。今は感情をグッと抑え、浸るのは一人のときにゆっくり味わおう。まずは話しかけた内容を伝え切るために、口の中のご飯を飲み込み、主任の車の中で考えていたことを打ち明ける。


「僕はやっぱりもう一度、向こうの世界へ行こうと思う」

「……そうですよね。元々、兄さまは向こうに残るつもりでしたからね……」

「それで……、アザミもまた向こうに戻るっていうのはどうかな?」

「え!?」


 唐突すぎる誘いに、アザミが困惑の声をあげる。

 やっとの思いでこちらの世界へ逃げてきたばかりだというのに、そんなことを言われたら当然の反応だろう。だが、僕だって考えもなしにそんな無責任な発言をするつもりはない。


「向こうの世界で最後に、アザミの魔法でロニスを吹っ飛ばしたよね。魔法が使えるようになったのなら、暮らし慣れた向こうの世界で堂々と魔力を示して、国王の座に就くのが一番アザミのためになるんじゃないかって思ったんだよ」

「でも……、実感がないんです……」


 僕も目を瞑った一瞬のうちに起きた出来事だったので、本当のところは良くわからない。だが、ロニスが驚きの表情で『王族の血統魔法か』と、アザミに向かって叫んでいた光景は頭に焼き付いている。


「感触とかなかったの?」

「魔法っていうものを一度も使ったことのない私に、感触と言われても……。それに、そもそも十二歳までに魔力が顕現しなければ、それ以降発現することはないって言うのはヒーズルの常識ですし……」

「そうか、でも窮地に追い込まれて才能が開花するっていうこともあるかもしれない」

「そんな話は聞いたことがないです――」


 魔法の知識なんてカズラとアザミに聞いたぐらいなのに、勝手なことを言い過ぎてしまっただろうか。確かにあんな咄嗟の一発だけで、魔法が使えるようになったと自覚しろというのは無理な話かもしれない。


「――それに……この世界はまだ来たばっかりで、やったことといえば部屋を暖めて、お水を出して、火を点けただけですけど、魔力なんてなくても他の人と同じことができるなんて素晴らしいと思いました。

 だから、私はこっちの世界の方が好きです。ヒーズルには余り良い思い出もありませんし、私はこの世界でもうしばらく暮らしてみたいです、兄さま」


 訴えかけるような眼で、力強く話すアザミの決意は固そうだった。

 この世界では誰も魔法が使えない。魔力絶対主義の不平等な世界から来たアザミにとっては、万人が平等で理想郷のように映るだろう。だが、この世界だって魔力以外は全然平等じゃない。

 とはいっても、そんな夢のない現実を到着初日に突き付けるのもひどい話だ。それに、そんなことは僕が教えるまでもなく、本人が望むようにこちらで生活を続ければ自然と感じ取っていくだろう。


「もちろん戻るって言っても、すぐってわけじゃないから……、将来的にって話で。だからアザミも結論を急ぐ必要は全然ないから、ゆっくり考えてくれればいい」

「はい……」

「でもね――」


 車の中で考えていたもう一つのことを告げる。

 こちらの方が大事な話かもしれない。


「――置いてきたケンゴさんのこと、それに消息不明のままのカズラさん。二人のことは、早めに何とかしなきゃって思ってる……」

「そうですよね……。私も胸が痛みます」


 向こうへ帰る方法は当てがないわけではない。

 だが、気がかりがあるのも確かだ。


「僕はある人に界門(・・)の出現場所と時刻を教えてもらって、向こうの世界へ行って、再び帰ってきた。だからその人に話せば、もう一度向こうの世界へ行くことも可能だと思ってる。

 でもね、界門の警護をしているのは国王の配下みたいだから、そんな情報を知っている人物に迂闊に接触するのも危険だよね」

「その人がどういった人かはわからないですけど、少なくとも父かロニス伯父様と繋がりがありそうですね」

「やっぱりそうだよね。かといって、他に界門の情報を得る当てもないし……」


 マスターが国王の関係者だとしたら、王女のアザミを匿ったまま近づくのは危険だ。何しろ、国王までもがアザミの命を狙う一人なのだから。そう考えるとこちらの世界に来たからといって、絶対安全とは言い切れないことに気付く。


「ごめんなさい、今はまだ色々と考える余裕がなくて……」

「そ、そうだよね。今日こっちへ来て早々、重苦しい話ばっかりしてごめん」


 アザミの憔悴したような表情を見て、独りよがりに気付く。

 僕は勝手知ったる日常の世界へ戻って気持ちが安らいだかもしれないが、アザミから見れば見知らぬ異世界へやって来て、ずっと気持ちを張り詰めさせているはずだ。僕が初めて向こうの世界へ降り立って、チョージ達に囲まれた時にどれほど不安だったことか。

 それに考えもなしに向こうの世界へ舞い戻ったところで、何もできずに終わるのがオチだろう。マスターに会いに行くことも含めて、今しばらくは様子を見た方が良さそうだ。


「昨夜からあんまり寝てないだろうから、ちょっと休んだ方がいい。こっちへおいで」


 アザミを手招きすると、居間を出て寝室へと案内する。

 見られて困るような物はないと思うが、いささかの不安もよぎる。


「疲れたろ、ベッドで寝るといいよ」

「え、でも、兄さまは?」

「僕はどうせこの後、主任に言われた通り仕事に行かないといけないからね。だから、アザミはゆっくりお休み」


 申し訳なさそうにするアザミを気遣わせないために、早々に寝室を後にする。

 居間に戻って時計を見るとまだ朝の六時だ。出勤準備には少し早い。




 ――僕はちょっとだけ仮眠を取ることにした。


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