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異世界に行ったら僕の居場所はありますか?  作者: 大石 優
第1部 第15章 闇の中へ
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第15章 闇の中へ 6

 ロニスが迫ってくるが、この身体全体にのしかかっている重力を跳ねのけられない。目の前の界門へ向かうことも、すぐ横にある本殿入り口から逃げることもままならない。

 左手を突き出したまま目の前にロニスが仁王立ちになり、僕とアザミを嘲笑うかのように見下ろす。


「さっき向こうの男に火を点けてやろうと思ったが失敗した。この間の机の仕掛けといい、どうやらお前たちの着ている妙な服にも魔力を阻む効果があるようだな。だが思った通り、外部からの力には効果がないようだ。

 随分と手こずらされたがこれで最後だ。至近距離から強烈な奴をお見舞いしよう、生身に直接打ち込んでやれば防ぐこともできまい――」


 今まで放っていた魔法が解けたのか、急に身体が軽くなる。

 しかし、ロニスの突き出した右手はもう目の前だ。このまま自分だけが飛び避けても、アザミへの直撃は免れない。覚悟を決めて、少しでもダメージを軽減できればと願いつつ、アザミをきつく抱きかかえる。

 ロニスの右手が僕の頭へとさらに伸びる――。


「ちきしょう、間に合え!」


 叫び声と共に、ケンゴも自由になった身体でロニスに掴み掛かろうと、迫っているがまだ若干の距離がある。

 一瞬の出来事だというのに、目の前に映る光景はまるでスローモーションのようだ。交通事故の直前などに体験するというあれだろうか。懸命なケンゴの姿も、ロニスの何かに取り憑かれたような醜くゆがむ表情も、そしてそれが勝利を確信したような笑みに移り変わる様まではっきりとわかる。

 もはや僕にできるのは祈ることぐらいだ、ぎゅっときつく目を閉じ、せめてアザミだけでもと救いの祈りを念じる――。


 その瞬間、きつく閉じた目に何か明るいものを感じ、そして同時に何かが破裂するような乾いた大きな音が耳に届く。そして再び開けた我が目を疑った。

 目の前まで迫っていたはずのロニスが、その表情を驚きに変えて宙に浮いている。そしてケンゴもロニスの袖を掴みながら空中にいた。


 一瞬の間の後、どさりと鈍い音を立ててロニスとケンゴが、床にその背中を打ち付ける。


「王族の血統魔法か! ナデシコ、貴様使えたのか……」


 ロニスが怒りに顔を歪めながらこちらへ向かい掛かるが、ケンゴがそれを羽交い絞めにしてもつれる。

 目を閉じていたので発動の瞬間は見られなかったが、今起きた事象はアザミの魔法だったのか。切羽詰った極限状態で覚醒したのか、それとも本当は使えるのに嘘をついていたのか……。振り返ってアザミを見るが、本人が一番驚いている様子で目を丸くしている――。


「早くアザミを連れて飛び込め!」


 ケンゴの叫び声に我に返る。

 ケンゴは依然、ロニスを精一杯の力で羽交い絞めにしている。ロニスはケンゴに再三魔法を打ち込んでいるようだが、苦悶の表情を浮かべながらも堪えられているようで、決して離そうとしない。ダウンジャケットが多少は効果を弱めてくれているのだろうか。


 アザミの手はしっかりと握り締め、飛び込む準備はできている。

 界門消滅までも時間はない。そして、ケンゴがロニスを押さえ付けていられるのも限りがあるだろう。それでもなお、葛藤せずにはいられない。このままではケンゴが界門に飛び込めそうもないからだ。


「何やってんだ、早く行け!」

「で、でも……」


 ケンゴが続けて叫ぶ。

 だが、本当にそれで良いのだろうか。迷いを断ち切れないままケンゴの顔を見る。

 その表情から僕が飛び込めずにいる理由を読み取ったのだろう。より一層大きな声でケンゴが叫ぶ。


「俺ならどんなことをしてでも帰ってみせるから、王女を連れて早く逃げろ!」


 ケンゴの悲痛な声に決心を固める。

 アザミの手を引き寄せ、彼女とロニスの間に身体を置き、自らが盾となりながら魔方陣へ向かう。


「貴様ら許さんぞ!」


 後方からのロニスの声が耳に届くよりも先に、左足に激痛が走る。野球の硬式球を思い切りぶつけられでもしたような感覚だ。その痛みで足が前に出ない、界門はもう目前だというのに……。

 ケンゴの手を振りほどくことを諦めたロニスは照準をこちらに切り替えたようで、左のわき腹、次は右肩と立て続けに容赦なく魔法を撃ちこんでくる。差し詰め、バッティングセンターのホームベース上で背を向けているようなものか。その都度激痛に呻き声が漏れる。

 これでも急所を外れたり、致命傷に至らずに済んでいるのは、ケンゴがロニスを妨害してくれているお陰だろう。だがいつまでも耐えきれるものではない、こうしている間も魔法の弾は次々と撃ち込まれる。痛覚も麻痺し始め、気も遠くなり始めた。


 アザミだけならいつでも飛び込めるはずだが彼女も躊躇しているようで、僕のことを心配そうに見つめている。

 異世界に一人で行くのは心細いだろう。でも向こうなら、きっと彼女一人でも大丈夫だ。そう考えてとにかくアザミだけでも、なんとか魔方陣へ突き飛ばそうと力なく両手を押し出す。しかしアザミは逆にその手を掴み、そのまま後ろにもんどり打つように二人で倒れこんだ。




 ――次の瞬間、僕とアザミは漆黒の闇に包まれた。


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