第15章 闇の中へ 3
――ここで一体何があったというのだ。
じっくり観察して考察したいが、今は時間との戦いの最中だ。考えている暇があったら真っ先にケンゴの所へ戻って、この異変を報告するべきだろう。
足音を立てないように注意しながら境内を駆け抜け、携帯電話で足元を照らしながら、転げ落ちないように石段を後ろ向きに下りる。通りを渡る時には焦りのあまり足がもつれて転びそうになりながらも、何とかケンゴの元にたどり着き、大急ぎで最低限の用件を伝える。
「すぐに来てください。境内に向かいながら状況説明します」
「やべえのか? とにかく移動開始するか」
「わかりました」
ここで説明してから移動を開始してはタイムロスだ。
どうせ石段は急いで上れる状況じゃない。ならば、上りながら境内で見たことを報告すれば時間も短縮できる。
状況説明をしながら石段を上り切った第二の鳥居にたどり着いた時、ケンゴの持ってきた懐中時計は一時半を指していた。思った以上に時間が経過している。
時刻の確認を済ませると、ここまで足元を照らしてきた懐中電灯の電源はすぐに切る。さすがに境内から先は、堂々と明かりを灯しながらというわけにはいかないだろう。ここから先は、どこに誰が潜んでいてもおかしくない。
時間に余裕もないので手短に作戦を立てる。まずは状況分析だ。
境内に転がっている防魔服は二種類あって、見慣れない白い方はアザミの話によれば警備兵の物だと言う、そしてもう一種類は見慣れた黒装束だ。ここで両者間の争いがあったのは間違いない。そして境内には誰も居ないところを見ると、きっと今は建物の中に戦いの場を移しているのだろう。
それにしても、こちら側ではこんなに警備が厳重なのか。ケンゴや僕がこちら側に渡った時の雰囲気からして、せいぜい二、三人を対処すれば何とかなるだろうと高を括っていたが、想定外の先客がいなければ社殿にすら近づけずに終わっていたことだろう。この不測の事態は実は天の助けかもしれない、神頼みの効果だろうか。
「よし、境内には人気はないようだ。まずは賽銭箱まで行ってみてくれ。それで大丈夫そうならこれで合図を出せ」
そう言って、ケンゴが懐中電灯を手渡す。
「行ってきます」
「おう、頼むぜ」
「気を付けてくださいね」
背中に二人の期待を背負い、二度目の出発だ。今度の目標地点は目と鼻の先だが。
身を低くし、足音をなるべく立てないように気を付けながら、素早く手水舎の陰に身体を滑り込ませる。さっきは躓いて声を出しそうになったが、今回は事前に足元も確認していたので大丈夫だ。
参道の石畳は避けて、少し遠回りになるが拝殿から漏れる明かりの届かない脇を通って、賽銭箱を目指す。
だが体勢を低くしているせいか、賽銭箱に近づくにつれて見上げるかたちになり、拝殿の中の様子が伺えなくなっていく。かといって、不用意に立ち上がって気付かれては計画は台無しだ。それならばと、思い切って経路を変更することにした。
まず、拝殿の右端まで暗がりを縫って歩み寄り、廊下へとよじ登る。そして、静かに廊下を匍匐前進の要領で、正面の開け放たれた扉を目指してゆっくりと進む。中央に近づく毎に耳を澄ませるが、付近に人の気配は感じられない。
床に這いつくばった体勢のまま、意を決してそっと拝殿の中を覗き込むが中は無人だ。だが耳を凝らすと奥の方から時折、打撃音や喚き声のようなものがかすかに聞こえる。争いの場はかなり奥に移っているようだ、今なら二人を招いても問題ないだろう。
懐中電灯の先端を手で包み、広範囲に明かりが拡散しないように注意しながら、鳥居の陰にいる二人に向かって二回点灯と消滅を繰り返す。続いて左腕を大きく伸ばし、腕全体で招き入れる仕草をして合図を送る。この明るさなら、充分僕の姿も見えているはずだ。
慎重に二人がこちらに向かってくるのが見えるが、何とももどかしい。もっと大胆に行動しても大丈夫だと念を送ってみるが、二人がそんなものを感じ取れるはずもない。待っている時間のなんと長いことだろう。
だが、自分がここへ向かう姿を見ていた二人も、きっと同じ気持ちだったに違いない。
二人は賽銭箱の陰までたどり着いた。
そのタイミングで改めて、廊下に這いつくばったままの体勢で、再び拝殿内を覗き込む。そして、誰もいないことを再び確認したところでゆっくりと立ち上がり、堂々と侵入しても大丈夫なことを二人に示す。二人も少しホッとしたのか、ケンゴがアザミの手を引きながら正面の階段を上り、僕の元までやってきた。
「冷や冷やさせやがって、この野郎」
「ドキドキしましたよお」
ケンゴには小声で怒られ、アザミには涙ぐまれた。
賽銭箱を目指せという指示だったのに、いきなり経路を変えたのだから無理もないか。
「奥から物音が聞こえるんで、その手前まで行ってみますか」
「そうだな、ここからは三人揃って行動しよう」
下見の時に建物の外を一回りしたので、この神社のおおよその間取りは見当が付いている。まず拝殿があって幣殿を経て本殿に続く。本殿は拝殿よりも数段低くなっていて、幣殿はその高低差をつなぐように設置されている。そして最終目的地の界門は本殿だと目星をつけている、距離的には目前だがその道のりは険しそうだ。
「あと十五分で界門が現れる。あんまり時間ねえぞ」
「わかりました」
ケンゴは時刻を確認すると懐中時計を再びポケットにしまい、拝殿に侵入を開始した。僕とアザミもそれに続く。
幣殿までは目と鼻の先だが、やはり直線的に進むのは危険だ。ケンゴを先頭に足音を立てないように気遣いながら、ゆっくりと拝殿の壁伝いに進む。一歩一歩進むにつれて、奥で争う音が大きくなっていく。
何も考えずに直進すればほんの数秒で到達できる距離だというのに、一体どれぐらいかかったのか。やっと幣殿入り口に到着だ。
下見の時に、幣殿は外観からみても下っているのはわかっていたが、中は緩やかな下り階段になっていた。幣殿入り口から本殿の方を伺うと黒装束の人影がちらりと見え隠れして、慌てて三人で死角に身を隠す。
「――どうやらここが最前線らしいぜ。これ以上は進みようがねえな」