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異世界に行ったら僕の居場所はありますか?  作者: 大石 優
第1部 第14章 それぞれの想い
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第14章 それぞれの想い 5

 昨夜は夜更かしになってしまったというのに、目覚めは早かった。

 作戦決行は深夜だから、こんなに早く起きる必要などなかったのだが、緊張感のせいだろうか。そして普段なら、一度目覚めても二度寝の誘惑をなかなか振り切れないはずなのに、今日は寝覚めも最高の気分だ。


 近くの川から汲んでおいた水で身支度を整え終わると、ちょうどケンゴが買い出しから戻る。今日の朝食も焼きトウモロコシだ。


「結局、毎朝これでしたね」

「朝っぱらからすぐ食える物なんて、これぐらいしか売ってねえんだよ」

「でも美味しいです、これ」


 朝から王女を交えて焼きトウモロコシを頬張る。

 三日続いた同じ朝食も、今となっては良い思い出になった。もっともこんな非日常の生活ならば、やる事なす事が全て思い出に刻まれていく。向こうの世界で同じような毎日を繰り返していた時とは大違いだ。

 最初は、こんな埃っぽい廃倉庫も一時凌ぎだから仕方ないと割り切っていたはずなのに、三晩も過ごすとそれなりに快適に感じてしまう。密度の濃い三日間を過ごしたこの場所とも、今日限りでお別れかと思うと感慨深い。


 食事が済んで一息付くと、恒例の作戦会議だ。

 作戦会議は何度やったかわからない。個人的にはお別れとなる二人とどこかへ出かけて、少しでも思い出を増やしたい気分だが、命を狙われている状況で外をうろつくような自殺行為もできない。結局、室内でできることとなるとこうなってしまう。

 もちろん、ピリピリと張りつめた会議ではない。今回の作戦がテーマの雑談を繰り返していると言った方が近いだろう。


「待ちに待った当日だからな。今日の段取りを確認していくぞ。まず服装だ――」


 ケンゴが向こうの世界の防寒着を、僕のリュックから取り出して並べる。


「――俺はこのダウンジャケットを使わせてもらう。アザミちゃんはこの厚手のパーカーだ。誰よりも顔隠さなきゃならねえからフードが付いててちょうどいいだろ。そしてお前さんも、用心のためにこのセーター着込んどけ」


 この黙っていても汗が滲むこの季節に、なんでこの防寒着をと最初は耳を疑った。

 だが、『向こうから持ち込んだ物にクローヌが含まれないのは衣服も一緒だ。それなら防魔服とは呼べねえだろうが、ちっとは効果あるだろう』というケンゴの意見を聞いて、なるほどと思った。

 それにケンゴとアザミは、向こうの世界へ行けば今は冬の真っ只中だ。こんな薄着で寒中に放り出されては、せっかく逃げたのに凍死なんて事態にもなりかねない。僕の逆の失敗をしないためにも、防寒対策は賢明な判断だろう。


「現地に二時間前に着くために、十一時にここを出る。そして現地に着いたら、このあいだ決めた場所でひとまず待機だ」


 ソーラス神社まで徒歩で約一時間、下見をした時に確認済みだ。その時に決めた場所も、頭の中で風景を思い浮かべる。


「作戦開始は界門が開く一時間前の午前一時だ。わかってるな」

「もちろんです」

「大丈夫です」


 あまりに早く目的地に到着したところで、界門が出現していなければ何もできない。出現中に界門に到達して、そのまま飛び込むのが理想的だ。早すぎず、遅すぎずということで一時間前が作戦開始時刻に決まった。


「作戦開始時刻になったら、まずどうするんだ?」

「先遣隊の僕が様子を見に行きます」

「そうだ。もっとも俺らがこっちに来た時の見張りなんて、一人いるかいないかだったから大丈夫だとは思うがな」

「そんなものなんですね」


 王女とはいえ、詳しく知らされていないアザミは拍子抜けした声を出す。

 十年前ケンゴが街灯を掴んだ時は作業員が一名。そして僕のときは誰も現れなかった。そう考えれば、こんな大げさな作戦を立てるまでもないと思うが、用心に越したことはない。


「俺たちの目的地は?」

「ソーラス神社、社殿の一番奥です」


 アザミが力強く答える。

 この世界での神社は、界門の出現場所を示すために建てられるもの。界門を祀るように建てられているのだから、最奥に出現するのが自然だ。


「外から見た感じ、拝殿がまずあって、幣殿が続き、さらに本殿がある。きっとそこに界門は現れる」

「そこにたどり着けば作戦成功ですね」

「二時から二時十五分の間にな」


 作戦の流れはこんなところか。

 何度も話し合って、段取りは充分頭に叩き込んだ。イメージトレーニングも何度やったかわからない。


「じゃあ、気合入れるためにあれやるか」

「あれって何です?」


 輪になっている三人の中央に、ケンゴの右手が差し出される。

 ピンときた僕は、その上に自分の右手を重ねる。


「さあ、アザミちゃんもだ。俺が掛け声かけたら、一斉に『おー』だからな」


 何をしようとしているのかわからないアザミは、不安そうに右手を差し出す。

 三人の右手が重なったのを見計らって、ケンゴが掛け声をかける。


「ファイトー!」

「オー!」

「……おう……」


 初めてのアザミは恥ずかしそうに一拍遅れたが、何となく雰囲気は伝わっただろうか。


「さて、お次はこいつをお前さんにプレゼントだ」

「え? 何ですか?」


 突然の思ってもみない展開に驚かされるが、手渡された封筒の中身を見てさらに驚いた。

 便せんに手書きで、日本語とこの世界の文字の対応表が書かれている。毎晩、僕が寝ているあいだも何やらゴソゴソしていたが、これを作ってくれていたのか。これほど実用的なありがたいプレゼントがあるだろうか。感激に目が潤む。


「ありがとうございます。大事に使わせてもらいます」

「ボチボチ教えてやろうとは思ってたんだが、こんなにも早く帰れることになっちまってそんな暇もなかったからな。それと、こいつもだ」


 手渡されたのは何かのカギだ。あの家のものだろうか。


「ドアがぶっ壊されちまったから意味ないんだがな。それにあの後どうなったかわかんねえけど、俺が十年近く住んでた家だ。好きに使ってくれ」


 確かに逃げ出して以来、あの家がどうなっているのか確認していない。

 ケンゴは十年住んだらしいが、僕が厄介になり始めてからは二週間ぐらいか。それでもあの家にはカズラ、アザミ、ケンゴとの思い出が詰まっている。無事二人を送り出したら、真っ先にあの家に戻ってドアの修理をしなければ。

 ケンゴ抜きの生活は不安しかないが、住処が確保できたのは大きい。もちろんロニス一味の襲撃は恐ろしいが、王女が居なければきっと付き纏う理由もなくなるだろう。


「じゃあよ、今日は特別にこれも食っちまおうぜ。景気付けだ」


 まだ他に何か買ってきていたのか。

 確かにいよいよ決行日だし、特別な景気付けもいいなと思いながら、ケンゴが取り出した物を見て慌てる。あれは取って置きの非常食、『牛肉の大和煮』の缶詰だ。


「ちょっと、ちょっと、それ僕の非常食じゃないですか」

「固てえこと言うなよ。ほら、アザミちゃんにも向こうの食文化を知ってもらういい機会じゃねえか」

「間違いなくケンゴさんが食べたいだけですよね。帰ってから好きなだけ食べたらいいじゃないですか」


 取り返そうとケンゴに掴み掛かったが、缶詰は放り投げられアザミの手に渡る。

 手に取ったアザミは目を輝かせて缶詰を見つめている。こんな期待に胸を膨らませる子供のような表情を見せられては、奪い返すことなんてできない。最後の一缶だったが仕方なく諦めた。




「――そう気を落とすな。気まぐれで帰ってくることがあったら、お土産に買ってきてやるからよ」


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