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異世界に行ったら僕の居場所はありますか?  作者: 大石 優
第1部 第1章 異世界の洗礼
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第1章 異世界の洗礼 4

 ――魔法は使えない。


 動揺せずにはいられない言葉だ。

 憧れの異世界へやって来た。

 そして、目の前で魔法を操る人がいる。

 それなのに、僕には魔法は使えない……。

 こんなひどい話があるか。翼を羽ばたかせて空へ飛び出そうと、ビルの屋上から飛んでみたものの、自分はペンギンだったぐらいのショックだ。

 動揺しすぎて、自分でも何を言っているのか、よくわからない。

 はいそうですかと納得することもできず、理由を求めてチョージに食い下がる。


「どうしてそんなことが言えるんですか? 練習してみないとわからないじゃないですか」


 困った表情のチョージ。

 訴えかけるような表情の僕が、魔法を渇望していると察したのだろう。チョージは医者が病状説明でもするかのように、なだめながら慎重に言葉を選ぶ。


「まずですね、君はきっと『外界人(がいかいじん)』です」

「外界人?」

「私も噂にしか聞いたことはありません。街に古くからある伝説のようなものです」


 その言葉に、今まで存在を忘れていたように静かだった周囲の男がざわつく。


「俺もよく婆さんに聞かされたわ」

「まさか、本当にいるなんてな……」


 取り巻き連中は口々に好き勝手言っている。

 その興味本位振りは、まるで宇宙人にでも遭遇したかのようだ。だが実際のところ、僕が置かれている立場は大差ないだろう。突然異世界からやって来たのだから。


 しかし、伝説と言われたら悪い気はしない。

 世界が荒れ果てているところへ異世界から伝説の人物が降臨、預言書に書かれた通りの風貌で悪の化身を打ち倒し、平和な世の中を取り戻す。そんな展開の本も随分読んだし、好きなジャンルでもある。

 少し妄想の世界に入りつつも、話の続きを催促する。


「それで、伝説っていうのは?」

「まあ、私も詳しくはないですが……」


 じらしはいらない。早く続けてくれと期待の目で見つめる。

 既に頭の中では、過去に読んだ本の主人公達がポーズを決めていた。


「外界というのは、このヒーズル(・・・・)に似た世界です。でも、外界には魔法は存在しません」

「あの、……ヒーズルって?」

「この国の名前ですよ、ヒーズル王国(・・・・・・)。まさか、ご存じないですか?」

「あ、すいません。ちょっと勘違いしてただけです。……続けてください」


 慌ててごまかしたものの、とても怪しい。

 今居る国の名前を聞き返すなんて、普通に考えたらあり得ないだろう。日本人なのに東京を知らないと言っているレベルだ。

 だがそれも無駄な取り繕いか。考えてみれば、僕はとっくに不審人物だ。

 そんなことよりも『ヒーズル王国』という国名、そしてさっき耳にした『シータウ』というこの辺りの地名、これは覚えておかなくては。


「魔法で悪さをしたり、人を傷つけた者は、神の裁きで外界に消し飛ばされます。そしてその代わりに、外界から選ばれた者がこちらへ送られてくるんです」

「それが伝説の勇者なんですか?」

「え? 勇者? 君は何の話をしているんですか」

「いや、だって選ばれた者とか、伝説とか言うから……」

「外界は、悪い奴を懲らしめる場なんですよ。魔法の使えない外界で罪を償って、許された者だけが帰ってくることができる。それが伝説です」


 閉口した。

 話を聞く限り、外界というのは僕の世界でいう、地獄のような場所じゃないか。

 そして伝説というのも、子供を躾けるための道徳を説いたおとぎ話だ。悪いことをすると罰が当たる、地獄に落ちる、だからいい子にしなくちゃいけない。何も知らない小さいうちに、恐怖心で悪事を働かせないように躾けるのは、この世界も共通なのか。

 まだ話を続けるチョージ。

 しかし、ここまでの話で妄想も打ち砕かれ、内容なんて入ってきやしない。


「この国に生まれたら、みんな小さい頃にこの話を聞かされるものです」

「いたずらすると、いつも聞かされたもんだ」

「懲らしめるための作り話だろって、真面目に聞く奴なんていねえけどな」

「おいらは、結構真に受けてビビってたぞ」


 また取り巻きは好き勝手ほざいている。

 伝説とやらに少しでも期待した自分が馬鹿みたいだ。

 そしてイラつきながらも、肝心な答えを聞いていないことを思い出した。


「で、その伝説と僕が魔法を使えないっていうのはどんな関係があるんです?」

「魔法で悪さをして外界に飛ばされた者は、そこで魔法を取り上げられるから、再び戻されても魔法は使えないんですよ」


 根拠はおとぎ話か。

 みんな口々に作り話だと言いながら、伝説って奴を充分に信じてるんじゃないか。

 『お前たちは子供か』ぐらい言ってやろうかと思ったが、その前にチョージの方が先に口を開いた。


「で、君はどんな悪さしたんですか?」

「いやいやいや、僕は……」


 当然ながら否定しようとしたものの、この先なんて言えば良いのか。

 『真面目にサラリーマンしてました』『警察の厄介になったことはありません』浮かぶ言葉は全部、元の世界でしか通用しないものばかり。身の上話だってきっと通じない。言葉に詰まり、そのまま有耶無耶(うやむや)にする。


 それにしても苛立ちはしたが、チョージから聞いたおとぎ話は興味深い。

 外界はここと似た世界で魔法が使えない。そして選ばれた者がこちらへ送られてくる。脚色はあるにしても、今の境遇に近い。

 そう聞くと外界というのは、僕が元いた世界を指している気もしてくる。

 もちろん、懲らしめられるような悪事を働いた覚えはないのだが。


「ここへ来る前はどうしてたんです?」

「えーっと――」


 どうにもチョージの関心を引いてしまったらしい。

 伝説の『外界人』として扱われ、質問が畳みかけられる。

 正直に答えるという選択もあるが、そこまで心は許していないし、奇異の目で見られたくもない。

 こんなときに重宝する言葉は、やっぱりアレか。


「――気が付いたらここに倒れていて……。前のことは、よく覚えてないんです」

「なるほど、なるほど。外界からやってくるときには、記憶を消されるんですかね」


 ごまかすための記憶喪失設定を、鵜呑みにしてくれるチョージ。

 彼は親切で、面倒見も良さそうだ。

 身寄りのないこの異世界に一人で放り込まれてどうしようかと思ったが、ここは恥を忍んで、しばらくの間だけでも居候させてもらえないか頼んでみるべきか。


「おっと、もうこんな時間でしたか。私は仕事がありますのでここで失礼させてもらいますが、困ったことがあったらいつでもいらっしゃい。あそこに小さく見える事務所に大抵いますから」

「あ、ああ。ありがとうございました……」


 決意を固める前に、別れを切り出されてしまった。

 仕方なく、スッキリしない気持ちのままにチョージを見送る。やはり頼んでみれば良かっただろうか……。

 一人庭園に残され、後悔じみた独り言を呟く。




「――いざとなったら、図々しく押しかければいいか……」


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