第8章 嘘つきな魔法使い 3
「えー! なによ、あれは魔法じゃなかったっていうの!? この、大嘘つき!」
確かに魔法だと言いながら、防犯ブザーを鳴らした。
だけどそれは、カズラを騙すためじゃなく、襲撃者を撃退するためだ。
できれば話したくない、防犯ブザーという異世界の品。帰り道でも特に尋ねてこなかったので、うやむやにしてしまおうと黙っていた。
このままやり過ごせるかと思ったが、それも夕食の席まで。
付き纏ってきたナンパ男を、僕が魔法で撃退したとカズラが話したせいで、アザミが目を輝かせてしまった。しかも、今までに見たこともない魔法なんていうものだから、再現までねだられた。
こうなってしまっては、種明かしをしないわけにもいかない。
そしてその結果が、この嘘つき呼ばわりだ。
紐を引き抜くだけで、誰にでも使える防犯用品。
それは実演して見せただけで、すんなり理解を得られた。
しかし引き続いて、防犯ブザーについての詳しい説明を求められて、気が滅入る。
異世界から持ってきたと正直に言うには、自分の素性から話さなければならない。だからといって、自作したなんて言おうものなら、構造やら材料やら延々と質問責めに遭うのは必至。
頭を掻きながら返答に苦慮していると、背後からケンゴの声。
「まあまあ、それは俺が開発した商品だ。一儲けしようと思ってな」
助け船が到着したようだ。任せておけとばかりに、ケンゴが目配せをする。
美味しいところを全部持って行かれそうな気がしないでもない。だが僕には、この状況を切り抜けるすべはない。
ならばここは、口の上手いケンゴに後を任せるよりほかないだろう。
「商品てどういうことよ」
「俺の職業は発明家だぜ。こういう物を売って生活してんだよ」
よくもまあ、次から次へと適当な設定が浮かぶと感心する。
だがこの家の庭や部屋のあちこちに、やたらとガラクタが転がっていたことと重ね合わせると、それを生業にしているのはまんざら嘘ではないのかもしれない。
「シータウの奴らは、血の気の多い腕っぷしの強い奴ばっかりだからな。こんなのがあったら便利だろ?」
ケンゴの作り話に真剣に聞き入る、カズラとアザミ。
時折、「へー」とか「おー」とか感嘆の声まで上げている。
話を信じ込ませるために、得意げに語るケンゴ。だが、そもそもそれは僕の持ち込み品だ。思った通り、美味しいところを持っていかれたようで、やや不愉快。
それにしても、防犯ブザーごときがこれほど役に立つなら、大量に持ってくればひと財産作れたんじゃないかと、ふと思う。
もちろん、事前にそんな予想ができるはずもないのだが。
でも帰る方法を見つけて、向こうと行き来ができるようになったら、仕入れて帰ってくるのも悪くない。
「それ、もっと良く見せてもらえませんか?」
アザミは防犯ブザーに強く興味を示したらしい。
カズラと一緒にあれやこれやと話しながら、楽しそうに弄り回している。
そして時折、誤ってスイッチを入れてしまっては、けたたましい音に身を縮める。
「おいおい、あんま鳴らしてっと電池……いや、魔力なくなっちまうぞ」
「これは、中にクロルツが入っているんですか?」
「い、いや。クロルツは使ってねえんだ。まだ試作品だしな」
子供のように、純粋無垢な目を輝かせて尋ねるアザミ。
そして事情が事情とはいえ、飄々と嘘の返答をするケンゴ。対照的な、大人の汚れを見た気がする。
「すごい、クロルツを使わずにこんなことができるなんて不思議です。どういう仕組みなんですか?」
「あー、そいつは秘密の技術だから教えられねえな。でも魔法が使えねえ俺にとっちゃ、あんな得体のしれないことがどうしてできんのか、そっちの方が不思議で仕方ねえや」
「確かに、魔法の仕組みの方が不思議ですよね」
僕もケンゴと同意見だ。
この世界に十年間も暮らしているケンゴでさえも、やはり魔法は不思議なものなのか。この貧民街のシータウでは、魔法に触れる機会はあまりないのかもしれない。
僕もチョージから魔法の初歩の初歩についてはサラッと聞いたが、漠然としたものだけ。発動の理屈は、さっぱりわからない。
大の大人が二人揃って、魔法の魔の字もわからない様子にカズラは辟易としたのか、きっぱりと言い放つ。
「それぐらい、学校で習うでしょ? あんたたち、揃いも揃って学校行ってないわけ?」
「ちょっと、カズラ……」
アザミがカズラに言い過ぎを咎めるように、口を挟む。
ハッとした表情を浮かべるカズラ。
気まずそうに、勢いで発した言葉を謝罪した。
「……悪かったわ。この辺じゃ学校に行かないなんて、珍しいことじゃなかったわね……。でも――」
気を使ってくれたのは嬉しいが、学校に行ってないわけじゃない。
僕の世界の学校では、そんな授業はやらないというだけだ。
「――不思議って言われても、魔法なんて日常的にあるんだから理屈じゃないのよ」
この世界で生まれ育てば、それが常識か。
確かに、この世界の人間にとっては当たり前にあるのだから、仕組みなんて考えないのかもしれない。
僕だって、火に水を掛けて消したり、コーヒーに砂糖を入れて溶かしたり、そんな日常の動作をするときにいちいち理屈は考えない。
「カズラ……そんな意地悪言わないで、教えてあげればいいじゃないの」
「うーん、アザミがそういうなら仕方ないわね、そんなに気になるなら仕組みぐらいは教えてあげてもいいわ。学校程度の知識で良ければだけど」
なんだ、解説できるなら勿体ぶらずに教えてくれればいいじゃないか。
てっきり、この世界の科学水準では説明がつけられないのかと思った。
これは魔法について詳しく知ることができる、願ってもないチャンス。
メモを取りたいところだが、書いている文字から不審に思われても困るので、暗記するしかない。
――コホン。
心の準備のためか、やや間を空けるカズラ。
やがて口元に握りこぶしを当て、軽い咳ばらいをする。
そして、カズラの魔法講座が始った……。