表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界に行ったら僕の居場所はありますか?  作者: 大石 優
第2部 第10章 主任の憂鬱
111/172

第10章 主任の憂鬱 3

「兄さま……」


 アザミの哀れむような目、そして主任の深いため息、どうやら僕の見立てはまたも見当違いだったようだ。

 そして、主任は苦笑いを浮かべながら、僕の言葉に返答を始める。


「あのね、普通は現状の生活を投げ打って、別な世界を求めたりしないものなのよ。少なくとも、あたしにはそんな勇気はないわ。

 そう言えば、聞きたかったんだけど……。どうして、あなたは異世界へ行きたいなんて思ったの? 危険だとは思わなかったの?」

「それは……」


 言いかけて言葉を止める。

 マスターに『異世界に興味がおありならご案内しますよ』と言われた時、頭の中に思い描いていた風景は、余りにも幼稚な夢だったからだ。

 だが、主任の目の真剣さに適当な言葉で返答する気になれず、その時の思いを正直に伝える。


「昔から、ライトノベルの世界に憧れてたんですよ。異世界で魔法をぶっ放して、悪人をやっつけて、困ってる人を助ける英雄って奴に。そんなのはおとぎ話だって理解してましたけど、酔っていたせいか、マスターの言葉についその気になっちゃったみたいで……」

「あんたは子供なの? 何の努力もなしに英雄になるつもりだったなんて、やっぱりあんたはおたんこなすだわ」

「私は、そういう純粋な心を持ってる兄さまは、素敵だと思いますよ」


 やっぱり言うんじゃなかった……。

 カズラには辛辣な言葉で打ちのめされ、アザミには――もちろん悪気はないのだろうが――子供っぽいと馬鹿にされたように感じる。

 だが、これが普通の反応だろう。だからこそ世の中の大人は、こんな憧れを胸の内に秘めていたとしても口にはしないのだ。


「ふーん、それでその憧れとやらは、どの程度叶ったの?」

「え、あ、ああ。魔法は結局使えてないし、出会った悪人と言えば…………、結局全部逃げましたから、異世界に行ったってだけですね……」


 一番呆れると思っていた主任が、真面目に話を聞き入れてくれたので逆に戸惑う。

 そしてゲークス、アジク、ロニスと出会った悪人を思い浮かべてみたが、誰一人やっつけたという言葉には程遠かった現実を思い出し、肩を落とす。


「でも兄さまは、困ってた私たちを助けてくれましたよ。半分は叶ってますよね」

「あ、あたしは助けてくれなんて、一度も頼んでないんだからね……」

「もう、カズラったら。結果的に助けてもらったのは事実でしょ? 最初に出会った時に始まって、兄さまが居なかったらどうなってたかわからない場面に、何度も出くわしてるじゃない」

「だから……、あたし一人でも何とかしてたってば」


 この話になるとカズラは絶対譲らないので、そのまま黙っておく。

 今でこそ笑いながら話せるが、二人と出会った当時は冷や汗は出るわ、膝は震えるわで、人生最大のピンチだった。だがそんなのは序の口で、それ以降も次々と人生最大のピンチが更新され続け、さっき受けた襲撃がたぶん現在の最高記録だと思う。


「はあ……。あたしには話してくれないけど、かなり危ない目に遭ってるみたいじゃないの。現にこうして、ここに逃げ込んで来てるぐらいだし……。

 旅立つ前に、山王子くんが異世界へ行こうとしてるのを知ってたら、危ないから絶対やめなさいって全力で阻止してたわ。どうせ、聞いちゃくれなかっただろうけどね……」

「いえいえ、そんなことないです。主任に止められてたらきっと、異世界行きは取り止めてたと思いますよ」


 異世界の存在を真に受けた上に待ち合わせ場所にまで行くなんて、きっと子供でもやらない。

 僕だって、約束場所へ行くまでには葛藤もあった。主任に一言、『やめた方が良い』と言われただけで、取り止めた可能性は充分にあっただろう。


「…………バカ……山王子くんのバカ……」

「え? えーと、主任?」


 肯定的に返したというのに、このリアクションは予想外だ。

 ついさっきまで、拗ねたような表情を見せていたと思ったら、突如俯いて絞り出すような声で呟く主任。アザミが慌てて駆け寄り、ハンカチをそっと差し出す。


「……大丈夫。ごめんね……アザミちゃん」


 こちらに向く冷ややかなアザミの視線が痛い。やはり、僕の失言か。

 会社での主任と、プライベートでの主任。あまりにも違い過ぎて、どう接していいのか戸惑う。会社では、何があっても涙なんて見せたことのない人だった。いつも明るく、笑顔を絶やさない気丈な人という印象だったのだが、ヒーズルから戻って以降は別人ではないかと思うほどだ。

 どう対処するべきか迷っていると、主任が力ない声をさらに絞り出す。


「……そんな危険な目に遭ってるっていうのに……。それでも、また異世界へ行こうとしてるんでしょ? 王子様は……」

「え、ええ、そのつもりなんですけど……。それでもまだ国民のことを考えたら、王子なんて名乗りを上げるのは踏ん切りがつかなくて……」

「ちょ、ちょっと。あんたはまだ、そんな煮え切らないこと言ってるの?」

「隠したところで、命を狙われ続けることに変わりありませんよ。王子」


 僕が王子を名乗らないことには、アザミの危険は取り除けないことはわかっている。

 だがやはり、一国の王子を名乗るというのは大ごとだ。そう簡単に決断できるものではない。


「兄さまの気持ちも尊重してあげてください。このまま、こっちの世界で逃げ続けるっていう選択肢もあります。それに、主任さんにはきっとその方が……」


「――甘やかしちゃダメよ、アザミちゃん。山王子くんの言葉には嘘があるわ」


 まだ目の赤みもひかないままの主任が、涙声を張り上げる。

 この場の視線を一斉に集めた主任は、さらに言葉を続ける。


「あなたは国民なんて引き合いに出したけど、きっと自分に自信が持てないとか、責任が取れないって及び腰になってるだけよ。

 会社でもずっとそうだったわよね。あなたはちゃんと正しい考えを持っているのに、自信のなさで発言できない。事柄が大きくなればなるほど、責任に押し潰されて行動を自重してしまう。その結果いつも他人の意見に流されて、不満を溜め続けていたわよね――」


 見事に図星を突かれて、ぐうの音も出ない。

 入社から四年間、同じ部署で顔を突き合わせていただけのことはある。


「――あなたが王子候補なのは紛れもない事実なんでしょ? だったら、胸を張りなさい。そして異世界へ行って、正真正銘の王子なのか、そうでないのかはっきりさせなさい。現実を見つめないことには何も始まらないわ。

 その結果、本当に王子だったのなら迷う必要はない。正直に名乗りを上げるべきよ。そこには自信も責任も関係ないわ、だって事実なんですもの」

「でもある日突然、国のことを何も知らない男が王子ですなんて現れても、国民だって迷惑じゃないですか?」

「まだ、そんなこと言ってるの? 名乗りを上げるまでは義務よ、それが現実だったなら。嘘をついて現実を捻じ曲げる方が、よっぽど迷惑な行いじゃないかしら? ――」


 確かにそうかもしれない。

 僕は現実と想像をひとまとめにして、必要以上に怯えていたような気もする。


「――その上であなたがどうしたいのか、自分の考えをはっきりと示すのよ。『僕は国のことを何もしらないので、王子は辞退します』でもいいし、『これから勉強します』でもいいわ。

 ここから先は責任も発生するけど、取るべき責任を先に考えてたら、いつまで経っても行動なんて起こせない。

 それに独断でなく、ちゃんと話し合っての行動なら、一人だけの責任じゃないんだから、恐れる必要もないじゃないの。間違っていてもきっと誰かが正してくれる。ここにいる三人も巻き込んで共犯にしちゃいなさい」


 息つく暇なく叩きつけられた言葉は、その全てが的確でサンドバッグにでもなった気分だ。もはや言い返す言葉もない。

 一通りの言葉を吐き終えた主任は、一度だけ両方の目から流れる涙を拭うと、一言だけ言い残して居間を出ていく。




「――山王子くんなんて、異世界でもどこでも行っちゃえばいいのよ!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ