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さんにん

「お風呂ですか?」

「そう。お風呂。この子の」

 体を何度も揺すられて安眠妨害されたトゥーが、若干不機嫌そうな雰囲気をかもしだしながら原色に連れられた部屋には三人の同じ人が待っていた。

 同じ髪色だった。

 同じ背丈だった。

 同じ服装だった。

 トゥーと同じ黒色の髪をしている。混ざっている色はない。

 背丈はトゥーや原色よりも大きい。大人と同じぐらいだろうか。

 服はひらひらとしている服だった。色は黒と白。

 黒い布が腰から足元までを覆っていて、その前に白い布がかけられている。

 後にトゥーはこの服がメイド服というのだと知るのだが、今はまだ原色が着ている服よりも地味。という感想しかなかった。

 三人の同じ人を前にして、しかしトゥーはそこまで驚くことはなかった。檻の中でどうみても同じ見た目なずんぐりむっくりが何匹も徘徊しているのを見たことがあるからだ。

 同じ見た目の生き物が何匹もいるのは、知っている。

 だからこの三人の同じ人もそういうものなのだろう。


「その、もしかしてこの子。ヒトですか?」

 三人の同じ人のうち、一人が代表するように原色に尋ねた。

 彼女の視線はトゥーの耳に注がれている。トゥーは自然と自分の耳に手を添えた。トゥーの耳はまんまるとしている。三人の同じ人の耳はとんがっている。

 原色は頷く。

「そうだよ。ヒトだよ。誕生日プレゼントに買ってもらったんだ」

「ヒトは初めて見ました。本当にいるんですね」

「汚れてますけど、どこか泥沼にでも落ちたんですか?」

「違うよ。元々こんな感じだよ」

 原色の返答に、三人の同じ人は顔を見合わせる。

 四人の目がちらちらと自分の顔を見ているし、恐らく自分のことを話しているのだろう。ということはさしものトゥーにも分かった。

 分かったところでどうする。というわけでもないのだが。


「商品価値のないものを買わされましたね」

「あー、クラシーと同じことを言った!」

「騎士長も同じことを言っていたのですか」

「もしかしてみんな、ヒト嫌い?」

「いえ、別に嫌いではないのですが」

 三人の同じ人はトゥーの体をくまなく観察してからはっきりと言う。


「このまま放置しておくとすぐ死にそうな見た目をしているので、そうかな。と」

「今からご飯食べさせてくる」

「それよりも先に、お風呂です」

 ひょいっと、トゥーの体は原色に抱えあげられた。そのまま脇で挟み込むように抱えるとそのまま部屋からでようとしたが、三人の同じ人に抑えられたようで、体が大きく揺れた。力をいれず、なされるがままにぶらーんとしていたトゥーの体は大きく揺れる。


「なんで? 死にそうならはやくご飯食べさせないと」

「そんな急がなければならないほどではないですよ」

 焦る原色に、たしなめるように三人の同じ人は言う。

「すぐには死にません。それよりも、こんな汚れた状態で屋敷の中を歩きまわらないでください」

「私たちの仕事が増えます」

 三人の同じ人は原色の足元を見ながら言った。正確に言うならば、トゥーを引きずった痕。かもしれない。

 ドアの方からさっきまで原色とトゥーが立っていた(トゥーは座り込んでいた)位置まで、酔っぱらいが書いたような線が書かれていた。その隣には不規則に水が滴った痕もある。この痕は、玄関からこの部屋までずっと続いているだろう。


「汚れた足と、濡れた体で屋敷の中を歩きまわらないでください」

「はーい……」

 原色は体を縮こませながら小さく声をあげた。

 原色の地位は、ここではすごく下の方なのだろうか。トゥーの頭の中のピラミッドでは、原色の位置がどんどん下がっていた。


「では、その子を預かりますね」

「はーい。じゃあね、トゥー」

 ひょい、と原色の手から三人の同じ人の手へとトゥーは渡される。

 ひらひらと手を振る原色から目線を動かして、トゥーは三人の同じ人の顔を見上げる。驚いているようだった。どうして驚いているのかはトゥーには分からない。


「本当、えらく軽いですね。この子」

「こんなものじゃあないの?」

「これぐらいの年頃ならもっと体重はありますよ。無論、エルフの話であって、ヒトは違うのかもしれませんが」

「それでも、この細さは少し不安になりますね」

 三人の同じ人はトゥーの体を持ち上げて、腕を片手で掴みながら深刻そうな表情で言った。片手で掴んでいる三人の同じ人の左手は、右から一番目と二番目の指の先がくっついていた。三人の同じ人は更に顔をしかめる。


「風呂ははやめに済ませることにしましょう」

「湯船にいれる必要はありませんね」

 地面におろされたトゥーの頭上で、三人の同じ人は話し合っている。

 その声を聞いていても、意味が分からない。興味が薄れたトゥーは、部屋の中を見回した。

 なんというか、質素な部屋だった。

 広さはトゥーが住んでいた檻と同じか、それより小さいぐらい。

 地面は柔らかくない。さっきまであった痛い汗のような色の柔らかな地面はなりを潜め、つるりとした固い地面がある。檻の地面に似ていて、トゥーは少しばかり懐かしさを覚えていた。

 部屋にはなにか装飾品があるわけでもなく、部屋の四隅には箱があって、その中には服がたくさん敷き詰められていた。

 そんなことを確認していると、急にトゥーの腕は引っ張られて、上に向けて伸びる形になった。

 ばんざーい。である。

 トゥーは腕を持っている相手の顔をみあげる。

 三人の同じ人は上まで伸ばしたところで、手を離して、トゥーの服に手をかける。

 トゥーの腕は力なくぱたりと落ちる。服を持ち上げようとしていた三人の同じ人は少し固まってから、もう一度腕をあげる。

 服に手をかける。ぱたりと腕が落ちる。

 服に手をかける。ぱたりと腕が落ちる。

 服に手をかける。ぱたりと腕が落ちる。


「トゥー」

 原色の声がした。

 聞き覚えのある言葉だ。確か、原色が優しくなる言葉だ。

 しかしどうして、それを原色が口にするのだろう。

 トゥーはゆっくりと原色の方を向く。原色は両腕を上に伸ばしていた。はて、と力なく倒れたようにトゥーは首を傾げる。

 原色は伸ばした両腕を強調するように、何度も伸ばしている。

 伸ばせ。ということだろうか。

 トゥーは弱々しく、手をだらんと幽霊みたいに垂らしながら腕を伸ばした。

 そのすきをつくようにして、三人の同じ人はトゥーの服を剥ぎ取るように脱がせた。原色がなんだか偉そうな顔をしていた。

 まあ、今のは彼女の手柄だし仕方ないだろう。

 三人の同じ人は呆れたように彼女を見た。トゥーは自分の体を見ていた。自分の体を見たのは初めてだった。

 服を着替えたことなんて、恐らく記憶の中では一度もない。

 だから自分の体の白さと細さには少しばかり驚いた。

 胸のあたりは少しばかり膨らんでいた。否、浮かび上がっていた。

 体の中になにかあるのだろうか。柱のようなものが何本か見えた。真ん中のあたりがなにやら動いている。耳をすませば聞こえてくるドクドクという音に合わせるように動いている。鼓動だ。見えるものだったのか。


「この服はもう着ないほうがいいですね」

「それ、服と言っていいのでしょうか?」

「服と言うより汚れたズタ袋に穴が空いているだけ。みたいですね」

 三人の同じ人はトゥーの服を見てから顔をしかめていたと思うと、一人が服を持ってどこかに行ってしまった。

 持っていかれた服はきっと、二度と見ることはないだろうし、着ることもないだろう。

 なんとなくトゥーはそう思った。

 きっとそれは、間違いではないだろう。

「それでは、ティティも服を脱いでください」

「はーい」

 原色は片手をあげると、両手を交差させるようにして服を掴むと、そのまま乱雑に服を持ち上げた。

 理由はよく分からないけれども、あの服はそんな感じに脱いでいいモノではない気がした。

 三人の同じ人は額に手を添えた。


「あのですね、ティティ。その服はそんな感じに脱いでいいような服ではないんですよ」

「私たちの給料がどれだけ飛べば買える服だと思ってるんですか」

「知らなーい」

 原色は服をそこらに適当に置きながら言った。

 三人の同じ人は置かれた服を手に取り、それは大事そうに部屋にあった棚の中に入れた。


「ねえ。新しい服知らない? 着替えがないんだけど」

「全部あなたの部屋に片付けていますよ」

「どれがいいか選ぶの手伝って!」

「どうします?」

「彼の風呂はひとりいれば事足りるでしょう。別に構わないですよ」

 三人の同じ人が顔をこちらに向けながらそんなことを言う。

 声が違う。

 言葉というものを知らないトゥーが彼女たちの会話を聞いて理解できたことがあるとすればその程度だった。

 三人の同じ人は声が違う。

 冷たいのと、ゆっくりなのと、静かなのだ。


 静かなのは部屋からでていって、ゆっくりなのは原色の隣にいる。

 原色は今は服を脱いでいて、白い薄そうな服を着ているだけだ。

 体は白くて、細くて、小さい。

 けれどそれはトゥーと違って、不健康ゆえ。というものではない感じがした。

 そして、もう一人。

 トゥーの前にいる三人の同じ人は冷たい人だ。


「それでは、私はこの子を風呂にいれてきますので……なにか注意しておくことはありますか?」

「目を離したらすぐ勝手な行動をするかな。気をつけてね」

「了解しました。行きますよ」

 三人の同じ人――冷たい声の人はトゥーの手を取った。その手は声と違って暖かかった。


「……?」

 冷たい声の人は小首を傾げた。

 トゥーは冷たい声の人の手を見ていた。降ろしている腰を持ち上げる様子はない。冷たい声の人は、原色の方をみた。

「まあ、目を向けてたらきちんと動いてくれるわけではないんだけど」


***


 トゥーが動きだしたのは、手を繋いでから数十秒ほど経った頃だった。

 その数十秒が一体なんのための数十秒だったのかは、冷たい声の人やゆっくりな声の人にも、原色にも分からずじまいだった。

 トゥー自身にか分からない数十秒。

 しかしトゥーにはそれを言語化する力はなかった。

 仮に言語化する力があったとしたら。

 『冷たい声の人でも、手は温かいのか。と思っていた』

 とでも言うのだろうか。

 ともかく。ゆっくりと立ち上がったトゥーは、冷たい声の人に引っ張られるようにして、奥の部屋の方へと連れられていった。重たい首だけ動かして、原色の方を見やった。原色は手を振っていた。

 じいっとその手を見てから、トゥーは再び自分を半ば引きずるように歩いている冷たい声の人を見やった。

 冷たい声の人はトゥーを見るわけでもなく、前を向いていたが、視線に気づいてか、顔をトゥーの方に向ける。

 顔を見た。目を見た。

 理由は分からないが、安心できる行動であった。

 冷たい声の人はドアをガラリと開けた。

 今まで見てきたドアはどれもこれも開閉するタイプのドアだった。

 だからこそ、『引き戸』にはトゥーは少しばかり驚いたのだが、それ以上に驚いたことがあった。

 奥のドアの向こうは白かった。

 真っ白。

 それは、青い天井にひっついていた『白』に似ていた。

 もしかしてあの白いもくもくとしたものは、青い天井以外でもひっついているのかもしれない。

 白いもくもくとしたものは、次第にどこかに消えていった。

 現れた部屋は、またもや見たことのない部屋だった。

 ツヤツヤとしている。

 またもや見たことのない地面であった。芝も苔も生えていない。カーペットも敷かれていない。

 四角いツヤツヤとしたものが何個も綺麗に並んでいる。部屋の真ん中にはこの家に入る前に見かけた大きな水桶と同じようなものが置いてある。

 けれど、ここの水は下から上にいくことはなく、きちんと上から下に落ちている。

 水桶の中にある水は、白いもくもくを吐いている。

 寒いときに口からでてくるものに似ていた。

 もしかしてあれが、白いもくもくとしたものをつくっていたのだろうか。

 トゥーはそんなことを考えながら、おもむろに一歩目を踏みだして――ずっこけた。

 後頭部を地面に叩きつける。ちかちかと、視界が点滅を繰り返す。

 ぱくぱくと口が動く。

 冷たい声の人は、いま自分の目の前でおきたことについてあまりよく理解しきれていないようで、何度も目を瞬いている。

 さもありなん。

 水で濡れた風呂場は滑りやすく、それに気をつけるのが普通であり常である。一般常識と言ってもいい。

 しかしそんな『一般』も『常識』も知らないのがトゥーなのである。

 原色が呆れたように顔に手を添える。

「天樹様。治してくれるかなあ」

 何度も何度もこき使えば、天樹と言えど面倒を見なくなるものだ。


***


 トゥーが次に目を覚ましたのは、知らない場所だった。

 知っている場所の方が圧倒的に少ないのだから、それは当然か。

 甘い匂いのする部屋の中だった。

 ぱちり、ぱちり。と瞬く。

 自分の体が倒れていることに気づいたトゥーは上半身を持ち上げようと地面に手をつけて力をいれてそのままころん、と転がった。

 異様に柔らかい地面だった。

 体を包み込むように存在しているみたいで、体がむずむずする。

 立ち上がろうとする度に。

 ころん、ころん。

 と転がって、うまく立ち上がることもかなわない。

 ころん、ころん、ころん、ころん。

 そうしているうちに、トゥーは落っこちた。

 まさかそこに段差があるとは全く考えていなかった。


「どうしてトゥーは目を離したらすぐにケガをするのかなあ」

 ずでん、と柔らかい地面からカーペットに落っこちたトゥーを見ていた原色は呆れたように呟いた。

 体がひょいっと持ち上げられる。

 原色が持ち上げたのだ。

 そのまま柔らかい地面の上に腰掛けるように座らせられる。

 体が地面に沈み込んでバランスがとりづらいし、なにより気持ち悪い。トゥーはすぐに降りようとしたが、それを防ぐように原色は彼の前に立って、肩を掴む。


「気づいてる、トゥー? 今日一日であなたがしたケガ。治ってないのもあるんだよ」

 言葉の意味はさっぱり分からなかったが、どうやら怒っているらしい。ということだけは理解できた。

 『と、う』という原色が喜ぶ言葉を言おうと思ったが、前回それを言ったのに原色の機嫌が変わらなかったことを思いだして、口を噤んだ。

 どうしたらいいのか分からなかったから、黙っておくことにした。


「天樹様のちからは、願った私たちに奇跡を与えてくれるの。あなたのケガだって、すぐに治せる。ただ、それはあくまでも天樹様のちからであって、私の自由にできるものじゃあない」

 あくまでも借り物。

 天樹様からの授かりもの。

 原色は強調するように言ったが、もちろんトゥーには分からない。

 ただ、声が強くなった。そう思うだけだ。


「だから、一日に何度もケガをすると天樹様も呆れてケガを治す奇跡を与えてくれないの。天樹様。けっこう呆れっぽいから」

 私だって呆れてるんだよ。と原色は言う。

「このまま何度もケガをされたら、天樹様も今みたい奇跡を与えてくれなくなる。ケガをしてもケガをしたまま」

 原色はトゥーの首に視線を向けた。

 トゥーの首には『剣』でつけられたケガの痕が残っていた。


「今のままじゃあ、多分トゥーは明日もたくさんケガしちゃうと思うんだ」

 だから、と原色は続ける。

「お勉強。常識について勉強していこうか」

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