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しらないせかい

 等間隔に地面が盛り上がっている。

 少しだけ地面が盛り上がり、その奥の地面がそれよりも高く盛り上がる。

 それを延々と繰り返して、どんどん高くなっていって、上へ上へと続いている。

 盛り上がった地面は水平に整えられていて、その大きさは自分の足を置くのにちょうどいいぐらい。

 ごつごつしてないから、素足のままでも特に問題はない。

 不思議な地面だ。

 ひんやりしていて、壁と同じモノでできていることがなんとなく分かった。


 それが、初めて『階段』を昇った少年の感想であった。

 少年の首を軽く絞めた後、原色は少年の手を引っ張って、少年の世界の外へと連れだした。

 あの檻の中から見えた世界から。

 あの檻の中から見えない世界へ。

 未知の世界である。

 昔のヒトは世界の端は崖になっていて、海水は奈落へ落ち、底の底には化物が潜んでいるとか、そういうことを考えていたらしい。

 つまるところ、知らないものというのは、存在しないのと同義なのである。

 崖なんてなくて、その向こうにも世界はあるのに。

 でも彼らは知らなかったからそこを奈落にした。

 少年にとって、檻の中から見えない場所は暗黒であった。

 見えている場所しか、存在しないのだとばかり思っていた。

 だから原色が現れたときは一体どこから現れたのかと思ったし、その原色に見えなかった場所に連れていかれそうになった時は、素直に恐怖を覚えた。

 しかし、そこには暗黒はなかった。

 崖もないし、奈落もないし、化物も潜んでいない。

 そこには階段があって、上へ上へと続いていた。

 少年は首をゆっくりとあげる。

 階段の先に、少しばかりの眩い光がみえた。

 小さく、遠くにあるのに目が痛かった。

 まるで、隣にいる原色の髪のようだった。


「さあ、行こうか」

 原色は階段を昇りはじめた。

 盛りあがった地面を一個ずつ、一個ずつ踏みしめて歩いていく。

 危険性はないらしい。

 原色に引っ張られるようにして、少年も階段を昇りはじめた。

 足取りはおぼつかない。

 歩くのになれていない。というよりは、歩いたことがない。といった感じである。

 物心つく前からずっとあの檻の中にいたのだから、まあ当然といえば当然か。

 盛り上がっている地面を一つまたぐのにも、少し時間がかかる。

 六段も昇らないうちに、少年は肩で息をはじめた。

 肩を大きく上下させるたびに、軽く首を絞めているモノが『ちりん』『ちりん』と音を鳴らす。

 首を絞められているせいか、息が切れるのもはやい。

 少年は原色に握られている手とは逆の手を、モノと首の間に差しこんだ。


「あ、ダメだよ。首輪を外そうとしちゃあ!」

 それに気づいた原色が声をあげた。

 階段は長いが、狭い。

 原色の高い声は、何度も反響する。

 言っている言葉はさっぱり理解できなかったけれど、どうやら自分のやっている行動に怒っているらしい。

 少年は間に差しこんでいた手を引っこ抜いた。

 原色はうん、と安堵したように頷いた。


「いい、これは首輪っていってね、これがないと色々困るんだよ?」

「い……こ……?」

 少年は原色が言った言葉をマネしようと、口を開いた。

 久方ぶりに喋った気がする。

 ノドはガラガラで、声は掠れていた。


「首輪。分かる?」

「く……ら……」

「く、び、わ」

「く……び、わ……」

「そうそう」

 原色は満足げに破顔した。

 どうやらこの首を絞めるモノは『くびわ』というらしい。

 破顔した原色の顔は歳相応の愛らしさがあって、少年はなんだかよく分からないけど顔が熱くなった気がした。


「しかしビックリだね。ヒトも言葉が話せるんだ」

「……?」

「言葉の意味は全く分かってないみたいだけど」

 驚いた様子で原色は話すけれど、少年は意味が全く分からずに首を傾げるだけだった。

 原色は困ったように「たはは」と笑った。


「まあ、言葉を喋る鳥もいるし、そういうものなのかもね」

 原色はなにか呟いて――多分、自分で勝手に納得して――再び歩き始めた。

 少年はそれに引っ張られて――階段に足を引っかけて思いっきり階段に体を叩きつけた。

 ずっこけた。

 全身くまなく、階段の淵で殴られた。

 ジーンと全身に響く痛みに、少年の体はビクリ、と動いた。


「わ、大丈夫……?」

「……ん」

 少年はむくり、と倒れていた上半身を持ちあげて、体全体を持ちあげた。

 鼻は真っ赤になっていて、涙もポロポロとこぼれている。

 ゴポリ、と口から液体があふれおちた。

 色は、原色の着ている服と同じ色。

 よだれにしては、あまりにも痛い。

 鼻の穴からも、同じ色の液体が流れでた。

 やはり、鼻水にしては痛い。


「わ、わ。血が出てるじゃあないか。血っ!」

 原色が慌てている。

 どうやらこれは慌てるようなものらしい。

 少年は口と鼻から流れる痛い鼻水とヨダレを、老犬のような目で眺める。

 ぐいっと、鼻を手の甲で拭ってみた。

 痛い鼻水と同じ色の筋が、手の甲に太く書かれた。

 くんくん、と臭ってみる。

 嗅ぎ覚えのある臭いだった。

 どこだっただろうか、と少年は黙考してから檻にあった鉄格子の臭いにそっくりなのだと気づいた。

 痛い鼻水とヨダレはとどまることを知らず、足元の階段に点々と痕をつけていくけれど、少年はそこまで大きな反応を見せなかった。

 まるで驚く元気がないように。

 まるで驚き方を忘れてしまったみたいに。


「ほら、そこに座ってはやく!」

 対して原色は慌ただしく少年に命令した。

 指さしたのは、階段の段差だ。

 少年は指さされた場所を見てから、ゆっくりと腰をおろした。

 原色は少年の顔の前に移動すると、痛い鼻水とヨダレがとめどなくあふれている少年の顔を両側から鷲づかみにした。

 がっちりと固定した。

 少年は目だけ動かして原色の手をみた。

 指は細く長い。少年とは違う意味で真っ白な手だった。


「動かないでね」

 原色は少年の目をじっと見つめながら、口を動かした。

 なにを言っているのかはさっぱり分からなかった。

 それは今までと全く変わらないのだけど、その、いま、原色が口にしている言葉は更に、重ね重ねて意味が分からなかった。

 多分、さっきまで話していた言葉とは別の言葉なのだろう。

 少年の頭ではそれを理解するのが精一杯だった。

 それが詠唱であることは、さすがに理解できなかった。

 檻の中にあったものしか知らないのだから、まあ、仕方ない。


「我望むは光の加護。抉られた記憶を再見し、顕現させよ。

 『リスワ・レスヲ』」

 原色の手が、ぽうっと光った。

 それは、階段の一番上にあるものに似ているような気がした。

 まぶしくて、まばゆくて。

 けれど、全く違うものであることだけは少年にも分かった。

 見た目は似ているけれど、決して、同じものではない。

 現にその差異は、少年の顔にあらわれていた。

 痛い鼻水と、痛いヨダレが止まっていたのだ。

 全身を駆け巡っていたジーンとした痛みも、なくなっている。

 少年は何度か瞬いてから、原色の顔を見た。

 原色は痛い鼻水とヨダレが止まったのをみて、安堵したように息を吐いていた。


「ああ、よかった。ビックリしたよ」

「…………」

 胸元あたりに手を添えて、原色はすっくと立ち上がった。


「じゃ、行こうか。痛みも治ってるはずだから」

 原色が言ったとおり、少年の体から痛みはすっかり消えていた。

 原色の差しだした手を少年はボーッと見つめる。

 頭を支える力もないのか、くてん、と首を傾げた。


「ああもう、言葉が通じないっていうのは不便だね」

 痺れをきらした原色は、少年の腕を乱雑に掴むと、ぐいっと引っ張った。

 急なことにバランスを崩して、またずっこけてしまいそうになった少年だったけれど、さすがに学習した原色は少年の体を支えるように全身で少年の体を受けとめた。

 ふわりと、柔らかな体に包まれた。

 優しい匂いがする。

 知らない匂いであった。

 そもそも『匂い』自体知らないものではあったのだけど。

 少年が知っているのは『臭い』だけである。


「きみはまず体を鍛えないとね」

 仕方なさそうに笑いながら、原色は少年の腕を掴んだまま階段を昇りはじめた。

 今度はゆっくり。少年の歩調にあわせて。

 少年は階段の段差に足をひっかけないように気をつけながら、おっかなびっくり昇りはじめた。

 十段ほど昇った頃には、歩くことにも階段を昇ることにも慣れてきた。

 体力的にはもう限界に近かったけど。

 死にそうだ。

 また階段で全身をうってしまいそうだ。

 少し休憩してから、もう十段ぐらい昇った。

 一番てっぺんに見えていた光に辿りついた。

 下から見たときは、原色の髪の色のように目に痛い色合いをしていたけれど、そこまで辿りついてみると、その色はどこかにいってしまった。

 代わりに、知らない色があった。

 知らない音があった。

 知らない匂いがあった。

 知らない空気があった。

 知らない天井があった。

 壁がなかった。

 広かった。

 大きかった。

 眩かった。

 眩しかった。

 知らない。知らない。

 知らないモノしかなかった。

 知らないモノが広がっていた。


「…………」

 少年は無意識の内に、口をぽっかりとあけていた。

 遠く遠くの天井には、なにやら丸いものが貼りつけられている。

 二つ、同じ大きさのものが光っている。

 ずっと見ていると目が痛くなってきて、少年は目をそらす。

 天井は、檻のものよりもずっとずっと高くにあった。

 手は届きそうにない。

 色は――原色の目にそっくりだった。


「ビックリした?」

 原色は少年の隣に立つ。

 両手を背中にまわして、少年の顔を覗きこむように、上半身を少し傾ける。

 その顔は慈愛に満ちている。

 慈愛。というよりは、ペットに向ける笑みに近いかもしれないけど。


「ようこそ、外の世界へ」

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