【事件解決編】
「観人くん、お待たせーっ!」
山奥も山奥。車でないと来れないであろう場所に建つ、豪邸と言っても過言ではないような大きな別荘。
いかにも重厚そうなその扉を開き、エントランスに迎え入れてくれた彼にそう言うと、その目は今まで見たことないほど丸くなった。
うんうん、驚いてる、驚いてる。サプライズは大成功だ。
「ど、どうして、刑事さんが……?」
「へへー、驚いたでしょ?」
「いや、そりゃあ驚きますよ。だって僕、麓の駐在所に連絡入れただけですよ。それなのにどうして、ええっと……」
「甘味屋咲。毎回毎回、ホント観人くんは人の名前覚えられないねー」
「すみません、どうしても苦手で。それで甘味屋さんは――」
「そんな他人行儀な呼び方しないでよ、観人くん。私のことは『咲』って呼んでって、いつも言ってるじゃない!」
「……、……それで甘味屋さんは、どうしてここに? たしか県警――それも強行犯係の方じゃなかったでしたっけ?」
「…………」
むう……なかなか呼んでくれないな。さすが観人くん、手強い。
だけどまあ、そういう奥ゆかしいところもまた観人くんの良いところであり、また今度のお楽しみだと思えば、それはそれでアリだ。
というわけで膨らませていた頬を戻し、改めて彼の質問に答えた。
「……実は私、過去の事件を調べるのに、たまたまその駐在所にいたのよ。そうしたら事件発生の一報が入って、しかもそれが観人くんからだって言うから、車飛ばして来たってわけ。あ、安心して、駐在さんももう少ししたら到着するだろうから」
で、今回はどんな事件なの?
私がそう尋ねると、え、と観人くんは再び驚きの声を上げた。
「もしかして通報内容、聞かずに来たんですか?」
「うん、もちろん! 観人くんからの通報なら、私は目の前の犯人を無視してでもすぐに駆けつけるよ!」
「いや、それは犯人逮捕してからにしてください」
冷静にツッコミを入れてくれる観人くん。その言葉からは、ヒシヒシと愛が伝わってくる。
しかしそんな私たちの逢瀬に、突如として無粋な声が割って入ってきた。
「おい! まだかよ、管理人! 警察、来たんだろ? 早くしろよ!」
「すみません。今、事情を説明してるんで、もう少々お待ちください」
観人くんがペコリと頭を下げた先には、リビングらしき豪華な部屋。そしてそこから覗くのは、若くチャラそうな顔だった。
えーっと……とりあえず逮捕しちゃおっかな? なんか言い方もムカつくし。
一瞬そんな風に思うも、さすがは観人くん。私の経歴に傷を付けまいと、「えっと、それじゃあ順番に状況を説明していきますね」と話を再開した。
「とりあえず僕は今、ここで臨時の管理人をさせてもらってます。なんでも担当の管理人さんがぎっくり腰になってしまったらしく、その代理をやってくれないかと、以前お世話になった管理会社の社長さんから頼まれまして」
「なるほど。さすが観人くん、信頼されてるね」
「それで次にこの別荘についてですが、ここはあの王芝の会長さんの別荘だそうです」
「王芝って、あの王芝グループの?」
「ええ、そうみたいです。ちなみに今、あちらのリビングに集まっていただいているのも、王芝の経営者一族の方々ばかりです」
「へぇ、そんな人たちがこんな山奥にわざわざ」
「一年に一回、ここに集まるのが恒例らしいですよ。そして、今後の経営方針を決めるんだとか」
まあ正直、と苦笑いを浮かべる観人くん。そんな表情も、どことなく憂いを帯びていて素敵だ。
「仲が良い、とは言えない雰囲気ですけどね。皆さん、かなりピリピリしていらっしゃいます」
「ふーん、そうなんだー」
とりあえずそんな風に相槌を打っておくが、はっきり言って話の内容などどうでもいい。特に、私と観人くん以外の人間のことなど心底どうでもいい。
ただ、真っ直ぐ私に向かって話しかけてくれる観人くんの顔と声を、独り占めしていたいだけだ。
だが、さすが観人くん。それすらも察知したのか、「それで、甘味屋さんにお越しいただいたのはですね」と改めて私の名前を呼んで(下の名前じゃないのが惜しいけど)、言葉を続けた。
「実は、器物損壊事件があったからなんですよ」
「器物損壊? また誰か殺されたとかいう話じゃないの?」
「そんな物騒な話じゃありませんよ。この前の事件じゃないんですから」
頭も手も横に振る観人くん。どの角度から見てもカワイイ。
しかし、次に浮かべた柔和な表情とは裏腹に、続く言葉は私の刑事としての背筋をゾクリと撫でた。
「ただ、これから物騒な話になるかもしれませんけどね」
「……どういうこと?」
頭を刑事モードに切り替えて、訊く。
これまではさほど緊急性がないと感じられていたけれど、ここからはどうやら違うようだ。あまり浮かれてもいられない。
「先ほど、リビングにいる方の一人が発見したんですけど、駐車場に停めてあった車が全台、何か鋭利な刃物でパンクさせられていました。それで、すぐにロードサービスを呼ぼうとしたんですけど、こちらもいつの間にか電話線が切られていて、外部との連絡手段を断たれてしまっていたんです」
「何者かに閉じ込められたってわけ……ん? だけど、携帯で――」
言いながら仕事用のガラケーをポケットから取り出し、画面を開く。しかし、そこに表示されているのは圏外の文字。
まあ確かに、こんな山奥まで電波が通じてるとは思えな――
「ちょ、ちょっと待って! それじゃあ、観人くんはどうやって駐在所に連絡を?」
駐在所への通報は、間違いなく電話だった。定年間近の駐在さんが、私の目の前で受けたのをしっかりと覚えている。
しかしそれに対して観人くんは、さも当たり前のことのように『それ』を取り出した。
「衛星携帯電話です。電波の届かないエリアだって聞いていたんで、もしものためにレンタルしといたんですけど、正解でした」
こんなところで何か事件が起きたら大変ですからね、と微笑む観人くん。その笑顔に、私は再びゾクリと震えた。
以前の事件のときもそうだった。彼の『当たり前』や『もしも』は人の――特に犯人の想定を、簡単に超える。計画を大いに狂わす。
だからきっとこの笑顔は、何かを企む者にとっては死神の微笑みにも等しいものなんだろう。
そしてそんな彼はそんな表情のまま、流れるように私にこう言った。
「それで通報後は、皆さんにリビングに集まっていただき、そこから出ないようにしてもらいました。現場保存という口実で。ですので甘味屋さんは是非、皆さんの部屋と荷物を調べてみてください。こんな僻地に、ここまで丁寧に僕たちを閉じ込めたんです――なかなか物騒なものが見つかると思いますよ」




