出逢い
冬も終わり世間は新学期の季節。
入学式だろう小さな子供とお父さん、お母さんが仲良く手を繋ぎ歩いているのを見る頃。私も新しい職場へとやっていきました。
『この度、こちらのお店に異動してきました、今日から店長をやらせて頂きます「姉崎雅也」と言います。まだまだ至らぬ私ですが、精一杯頑張りますので宜しくお願い致します』
私は飲食店に勤めて3年目の30歳のおじさんです。25歳で友人と起業し、訳合ってそれぞれ友人達とは別々の道を進む事になり、10代の頃にアルバイトをしていた会社に縁があり入社しました。
そこは何店舗か同じ看板で営むチェーン店の会社。そこで店長になり2年目にこのお店にやってきました。
『今日は何件か面接が入っているから』
上司の「松田」さんが入れておいてくれたみたいです。大体、店長が変わる時には辞める人も多いのでその際には求人を入れるのです。
『では次の方どうぞ』
「失礼します」
『あれ二人?』
時間のバッティングがあり同時に2名の面接になってしまいました。そのうちの一人に『桐野寛』と言う高校を卒業したばかりのフリーターで18歳の男の子がいました。見た目は大人しそうで、服装からは少しだらしなさを感じました。
『この度はありがとうございます。早速ですがなぜまたここのお店で働きたいと思いましたか?』
「...家から近かったので」
(最近の子達は何がやりたいかと言うより、とりあえずやってみてと言う感じの人が多い様です)
『高校時代は何かスポーツはやっていましたか?』
「...野球」
『野球かいいねー!ポジションは?』
「...ショート」
(最初のその間は何なんだよ。なかなか話が盛り上がらないけど、まぁ体は動かせそうかな?)
うちのお店は高級料理屋ではなく、多くのお客様に来て頂いて売上になるので、働く従業員はとにかく動けることが重要なのです。
言葉少な目で大人しそうな印象だったので接客業は心配かなとも思いましたが、高校時代は野球部でポジションはショート。動きは俊敏かも知れない。そう思い採用しました。
『では、来週の月曜日から始めましょう』
「...宜しくお願いします」
(...大丈夫か?笑)
今日の面接が終わり書類を整理していると、誰かが事務所にやって来ました。
「トントン」
「店長、少しお話しいいですか?」
入ってきたのは、元々お店にいたリーダー的な存在の『大谷和樹』
「お話ししておきたい事があるのですが。」
『なんですか?』
「社員になりたいのですが、どうすればいいですか?」
『いきなりだね!』
(元社員と言うことは聞いていたのですがまた社員になりたいなんて)
『なんでまた?』
「あの頃の自分がまだ何も知らなかったんです。」
『そうなんですね。分かりました!私もそのつもりで考えておきます』
「お願いします。前の店長にも言ってはいたのですが、そのまま何も無いので...」
『大丈夫!その件は私が引き受けます。その代わり一生懸命頑張りましょう!私が必ず見てますから!』
「ありがとうございます!」
(そうなのか。明日にでも松田さんに相談してみるか)
翌日
「社員に戻りたいなんてまだ言ってるのか!!」
となかなか厳しい口調で始まりました。
「どれだけ回りに苦労を掛けたのか!とりあえず時間をかけて見ていって下さい」
『はい。分かりました』
歳は24歳。どうやら彼は若い頃に仕事をバックレて一度辞めたらしく、会社の上司やそれを知っている人達は良くは思ってはいませんでした。
ただ若い頃はそういう失敗や間違いの一つや二つ私は有るものだと思います。その経験を良いものにしていく事に人としての成長があるのではないでしょうか、と私は考えました。
『おはようございます』
「あ、店長、おはようございます」
と挨拶を交わしたのは主婦の『森高和美』シングルマザーで歳は28歳。子供は二人。女手一つで育てているのだからそれは大変な事でしょう。私もシングルマザーの母に育てられ、その背中を見ていたのでよく分かります。
「今日も彼女来れないみたいです。さっき連絡がありました」
『またですか?』
「多いですよね」
とよくこうやっていきなり休むのが『中島玲奈』定時制の学校に通う17歳。手を抜くのが得意でとにかく気分で仕事をする最近の若い子って感じの女の子。
しばらくしてから知ったのが『大谷』と付き合っているらしい。何処のお店にいてもやっぱりこういう話は有るものです。
「店長からもちゃんと言って下さいよー!」
と、入ってきたのが『矢部汐里』歳は聞けないのですが、大体45歳ぐらいの主婦。趣味はパチンコ。7の付く日は必ず行きたいとの事で仕事は決まってお休み。
明るい性格でいつもケラケラ笑ってます(笑)
『まぁまぁ、わかりました。しっかり話しておきます』
そしてある日、書類等の仕事が溜まってしまっていたので、大谷君に少しお店を任せ、事務所で仕事をしていました。
『忙しくなったり何かあったら呼んで下さい』
「分かりました」
事務所には監視カメラがあり音は聞こえないのですが、店内の様子は伺うことが出来ました。時間は夜の18時。飲食店ではディナータイムの時間に差し掛かる時です。パラパラとお客様も入り初めたかな?と思い事務所から店に確認の連絡をしました。事務所から店は離れているため、専用の内線の様な機能のある電話が着いているのです。
『プープー、ガシャ』
『どう?大丈夫?』
「はい!まだ大丈夫ですよ!」
(本当かな?)
しばらくモニターを見ていると一人で少しあたふたした様子の子がいました。
私が来る少し前に入った『浜崎綾』普通の高校に通う17歳。様子を察するにきっとまだ回りについていけてない感じでした。店に戻り彼女のフォローに入りました。
『すいませーん!』
「少々お待ちください」
彼女の顔を見るととても困った感じを受け取れました。顔に出る分かりやすい子。きっと大変だったのでしょう。
『大谷君!もっと周りの人の状況や態度をみてあげような!』
「はい。」
大人しそうな子で、仕事中も何かあると顔に出る分かりやすい子。黒髪がよく似合う最近の若い子にしては真面目そうな印象。笑ったときに見える八重歯が印象的な女の子でした。
出逢いとは不思議なもので何処にどんな縁があるか分かりません。私にとって出逢いは人生そのものの様な気がします。この世に生まれてからお母さんと出逢い...お父さんと出逢い...歩く事と出逢い...友達と出逢い...学業と出逢い...仕事と出逢い...彼女、彼氏と出逢い...。
それぞれのいくつもの出逢いの中で色々な経験をして、人間が構成されていくのではないでしょうか。
ただ世の中には出逢いがあれば別れがあるとはよく言ったものだと思います。またすべてが良い出逢いなんて訳もないかも知れません...
“私にとってこの出逢いは良かったのだろうか?”
こうして新しいお店で、新しい仲間との日々が始まって行ったのです。
今日は仕事が早く終わり、店の前の広場のベンチに腰かけると、制服姿の女子高生が目に入り、あの子もこんな時があったなーと思いました。
よくこのベンチに二人で座り話をしたり、待ち合わせ等した事もあったなーなんて思い胸が痛くなりました。
今頃、何をしてるかなー
なんてまだ考えてしまう事に気持ちの整理がついていないのを感じました。
頭では分かっていても、気持ちが納得しない。
いつでもあなたを考えてしまう事から抜け出せないまま今も生きています。