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痛い表現有。
私はどうやら主人公を痛めつけるのが大好きなようです。
エハヴは5歳になって唐突に記憶を思い出した。
ちょうど荷物運びをしていたため衝撃で荷物を落としてしまい、村人に殴られたために気のせいだと決め込んだが、皿洗いをしていてやはり気のせいではないと思い返す。
前世は女であったこと、事故で死んだこと、地球ではない世界に転生したこと。
なぜ今更思い出したのか、あんな幸せだったころのことなんて思い出さなければよかった。
エハヴがそう思うのは今置かれている環境にある。
母親の思惑通り村人たりの奴隷となり、従順に仕事をこなす召使のような存在になっているからだ。
失敗すれば鞭打ち、殴られ、蹴られ、冷水をかけられる。
きれいだった金色の髪は見る影もなくくすんで元の色さえわからないものになっている。地面に何度も押し付けられたためか服も体も土まみれ。満足な食事もしていないため、やせ細ってがりがりだ。
どう見ても健康児に見えない。
母親である女はまた子供を身ごもった。
次も男であれば労働力が増えると村人は喜んでおり、女に食べ物を送る。
エハヴはそんな村人がかわいそうで仕方がない。騙され食料を奪われ自分たちがやせ細っているのすら気づかない哀れな人たち。
「まあ、そんな人たちに使われてる僕も僕か…」
抵抗なんてできない。
まだまだ子供だから村人たちがいくら老いているとはいえ簡単に伸されてしまう。満足な食べ物も食べていないから筋肉もない、返り討ちは目に見えて明らかだ。
名も分からない大人に命令されるまま、外にある木片を集めに行く。
ここの生活でわかったことは、この村は見捨てられた場所だということ。
北の王国、ツァフォンは年老いた王が治める国だ。
特産品はキノコやニンジン、鹿や熊など。伝統工芸品は織物や染め物だという。
やはり気候が寒いため作物はあまり育たないため、王族であっても食事は貧相で、それでも平民よりは豪華だったりする。
そんなツァフォンには屈強な兵士が多い。寒さに耐性があるためスタミナもあり、なにより地形を利用した訓練で精神力もある。
一度、西の辺境にある国が攻めてきたことがあるが地の利を生かして追い返したことがある。当時、西の国では侵略が盛んに行われ、もはやそれが流行りの如く行われいた。ゆえに、王都であろうと果敢に攻めてきたのだが天候も合わさり、西の国は大敗した。
それほどに、北では耐久性も攻撃力も優れた戦士が揃っている。
ゆえに、この国に生まれた子供はこぞって戦士になろうと奮起するのだ。大きくなれば王都に向かい戦士になる。平民出身でも参加できるため、戦士になるのは頭の良さや身分も関係ないというのが人気の1つでもあるだろう。
だが、最近は良い話を聞かない。
王妃が亡くなってからというもの、王都は内戦が絶えないのだという。
王と王妃の間に子供がいないのが大きな問題だった。側室2名には男子が1人ずつおり、そのどちらかが次期国王となるのだが、それが貴族の間で分裂し、第一王子派と第二王子派にわかれて民にまで飛び火している。
ゆえに財政などが各地に上手く運ばない事態が起こった。
王も歳のせいか絶妙な誤魔化しに引っかかってしまいそれを良しとしてしまう。今や王都は腐った貴族の楽園であり平民には地獄と化している。
そして貴族たちは自分たちの私腹を肥やそうと十分は税の入らない村々や街は次々に切り捨てていった。切り捨てられた土地には領主とは名ばかりのクズたちが当てられ、仕事もせずただ税を搾り取る機械と成り果てている。
そうして、この村は見捨てられた。
滅多に情報が入らない場所でも村長の家を掃除するときにそれなりに資料がある。どういうことか、文字は書けないのだけれど読むことはできるのでこうしてこの世界の情報を少しずつ取り入れている。
それと、どうやらこの村は人だけじゃないようだ。
猫人族に狼牙族、また竜人族。そういった亜人まで存在する。ほんと、異世界だなーと実感できる種族だ。
かくゆうエハヴも父親がドラゴニュートの血を受け継いでいるため、耳より上の頭には竜の角が生えている。まだ子供ゆえに小さいが、大きくなれば立派なものとなるだろう。
普通なら種族差別とか起こっても良いのだが、田舎であるためか、そんなものはないし、やはり結束しなければ生きていけない場所のためそんなことをする人たちはいなかった。
「皿洗い終わり、っと…次は馬の世話か」
「エハヴ!こっちに来い!」
「え、は、はい!」
一枚一枚丁寧に磨き上げた皿をすべて仕舞うと馬小屋に向かい、今日の仕事は終わりのはずだ。見落としもないし、ミスもしていない。なのに、なぜ呼ばれたのだろう。
すぐさま身支度をし、呼ばれたほうに向かう。
家の中には女と男…つまるところ、エハヴのヒューマンの母親とハーフドラゴニュートの父親がいた。女はもうすぐ臨月らしくお腹は大きい。毎日満足のいく食事のおかげが、ほかの村人よりもふくよかで肌の張りも良い。
男のほうも同じようなため二人で分けて食べているのだろう。本当、変なところで知恵の働くものだと二人に向き合う。
「あの、何か粗相がありましたか?」
「はっ、粗相だと。汚らしいガキがいっぱしに丁寧な言葉を使いやがる」
「あんただね? 私の貯蔵庫から食料を盗んだのは」
女に言われて奥にある戸棚に目を向ける。
あそこには村人からもらった大事な食料が保管されており、エハヴは触れてはいけないと言われているのだが、扉が開いており中の食料が床に落ちている。明らかに誰かが盗んだ形跡が見られるが、濡れ衣だ。
「違います、僕は今日ずっと外にいました」
「嘘おっしゃい!お前じゃなきゃ誰だっていうんだい?」
「何て嘘つきだ、こりゃあ鞭打ちじゃ直らねえぞ。そうだな…」
男が部屋を見渡して一点を見つめる。
そこにあるのは暖炉の灰をかきだすために使われる鉄の棒だ。まさか、いや、そんな。
冷汗が止まらない。今まで殴られたり蹴られたりしていたが刺されたりすることはなかった。薬草も貴重なこの村で大きな怪我をして死んでしまっては元も子もない。だから今までそんな大きな怪我をすることはなかった。
「こいつでいい。お前、このガキを抑えられるか?」
「それくらいお安い御用さ」
「ち、ちがっ…僕じゃない!信じて…ひっ!?」
「黙りな、その嘘つきな口を塞いでやるよ」
そういうや否や、男女の行動は早かった。
男は棒の尖ったほうを火にあて温め、女はエハヴの口を大きく開けさせ閉じないように両手で固定する。これだけで何をするかは一目瞭然。エハヴは大きく体を揺すり逃げようともがくが、身重な女の手ですら振りほどけない。
熱した鉄の棒は赤く光っており、そんなもの当てられたら火傷だけではすまない。エハヴは恐怖に顔を引き攣らせ、目に涙をためて精一杯抵抗する。
「嘘つきには、これくらいで十分か」
「早くやっちまいな」
「へいへい。悪く思うなよクソガキ、これもお前が悪いんだ」
鉄の棒が口の中に入れられる。瞬間、訪れる激痛。
棒が当てられたところから全身に激痛が走り、どこにそんな力があるのかと思うくらい暴れまわる。目からは大粒の涙が零れ落ち、声なき声を上げて全身で抵抗する。
なぜこんなことに。
何度考えようが思おうが誰も助けてはくれない。
蹴られてもいい、殴られてもいい、それならまだ我慢できる。だけどこれは限度を超えている。
もしも炎症を起こしてしまえばそこから化膿し、最悪死んでしまう恐れがある。それを分かっていて、分かっていてこの夫婦はそれを実行した。
夫婦には幸いにも子供を妊娠している。エハヴが死んだところで替えはきくのだ。
鉄の棒が抜き取られ、やっと解放されたことにはエハヴはぐったりと床に倒れこむ。
ズキンと断続的に痛む喉に手を当てるが、治るはずもなく。声も出せないまま床に爪を立てて痛みをやり過ごす。
「これに懲りたら二度と食料を盗むなんてことすんじゃないよ」
「ま、生きてたらの話だけどな」
ただ、ただ長生きしたいだけ。それなのにどうしてこんな目に合わなければならないのか。エハヴは涙を堪えることができず、決壊したダムのように大粒の涙をこぼす。
絶対に生きてやる。
その執念のおかげか、当たり所が良かったのか。エハヴの喉は化膿することなく大きな火傷を残して生きている。
一番の理由は山に生えているドクダミのおかげで、煎じて飲めば化膿を抑えることができた。
しぶとく生きているエハヴに夫婦は首を傾げていたが、すぐに興味を失い相変わらず奴隷のように扱う
。
しかし、それから3年。エハヴは気づけば見知らぬ土地に置き去りにされ、絶望に打ちひしがれていた。
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