プロローグ
最初っから痛い表現有。
私の家は、いわゆる貧乏だ。
だけど誤解しないでほしい。
1日3食、暖かい布団で眠れるし学校にも満足に通い就職も果たした。
世間的に見れば貧乏でもなんでもないと言われるだろうが、貧乏だ。私が就職して早1年。まだ学校の給食費が払えていない、家のソーラーパネルのローンもまだ。挙句の果てには風呂場を改造しようという新たな借金まで背負わされそうになっている。
つまるところ、親が浪費家なのだ。
親と言っても父親のほうで、毎日口癖のように節約しろと言っているが説得力がまるでない。兄ともども呆れ果てているのだけれど、言っても無駄なので黙っている。
家は父親が産まれたと同時に建てられたもので50年以上の年代もの。
どこかガタがくるのは仕方ないのだが、リフォームしようとするほどボロくはないし、エアコン1つでまだ十分に過ごせる。
まあ、不満を言えば夜になればネズミが活発になり天井をドタバタ走り回ってうるさいことだけ。
あれさえなければまあ、満足だ。
家族は7人家族。
祖父母に父母、兄、私、そして妹。
どこにでもいるような家庭で、祖父母以外全員働いている。
といっても、兄と妹だけはフリーターで、アルバイトで生活を賄っている。就職に失敗、といえば怒られるのだけれどそれなりに掛け持ちしているためなかなか稼いでいるほうだ。
それでも貧乏。
理解できないかもしれないけど、貧乏だ。
浪費家は父だけじゃない。これは遺伝だ、兄も私も妹も…なかなかの浪費家だ。
兄はゲームに、私は本に、妹はお洒落に使う。
いくらお金があっても足りないほどに。
計算はしているのだけれど兄と妹は際限がない。家にお金を入れることなんてごく稀だ。
そんなこんなで生活は苦しい。
だからだろう、母が家を出ていった。穏やかな人だ、何度悪く言われようとも自分が悪いんだと考えて静かに身を引く。争い事が苦手でマイペースなところもある。
祖母…姑との関係も悪くなかったはずなのに、私たち兄弟が就職するときから雰囲気が変わって一方的に攻められるところを何度も見かけた。
父はそんな母に何も言わない。
夜遅くまで働いている母に労い言葉はなく、少しのミスで盛大に怒鳴る。これじゃあストレスも溜まるってもんで、いつの間にか家にいなくなり出ていったことを知った。
会える距離にいるのは、何とも言えないけど。家に戻る気はないそうだ。
そりゃそうだろう、あんな家に戻りたいなんて誰が思うだろうか。
とまあ、波乱万丈…とまではいかないが、そんな生活をしていた私は今交通事故に合っている。
いやはや走馬灯なんてあるんだな、と妙に冷静になった頭で考える。
いつものように車に乗って、いつものように仕事場に向かうだけなのに。
大型トラックが毎朝通る道は、いつもと違っていた。
滅多に降らない雪のせいでタイヤが滑り、何台もの車を巻き込んで停車する。その巻き込まれた車の中に私はいた。
悲鳴に、怒声、様々な音が遠くで聞こえる。
寒いためか、感覚がまったくない。足を動かそうとしても一向に動かない。
動くのは目だけ。恐る恐る目を下に落とすと下半身は車によって押しつぶされていた。視認し、認識したためなのか突然襲い掛かる激痛。下半身が燃えるように痛い。もしかしたら真っ二つに裂けているのではないかと恐ろしい考えをしてしまう。
寒い。
割れた窓から冷気が流れ込み体を包み込む。体を巡る血液は押しつぶされた下半身によって外に流れ出ていきさらに寒さが増す。
寝てはいけない。寝てしまえば終わりだ。
それだけは嫌だ。まだ母に恩返ししていない。まだ父に、言いたいことを言っていない。
決して満足いく人生ではなかった。学生時代、様々な人の思惑に揉まれて人間不信に陥り、それでも社会で信頼できる人たちに出会って、これからだという時なのだ。
死ぬのは、怖い。
そんな私のささやかな願いすら、死神は嘲笑い、死へ誘う。
ああ、願わくば。来世はもっと長生きできるように。
◆◇◆◇◆◇
北の国は1年中雪が大地を覆っている。
そのために作物はあまり取れず、村人はひもじい思いをするばかり。さらに、領主様は強欲で、そんな民たちからさらに税を搾り取る。
そんなことを続けられれ、民たちの間では子供を作ってはいけないと口を酸っぱくして新しい夫婦に言うようになった。
だが、できるものはできるし、ほしいものはほしい。
しかし見つかれば、子供は村の男たちに持っていかれて雪山へと捨てられる。口減らしだ。
子供はご飯をよく食べる。それでは周りの人たちの食べ物がなくなる。そんな自分たちが生き残るためのやり方を、数十年続けてきた村は、また新しくできた子供を雪山に捨てた。
村は十数人の小さいものだ。
それでも互いに団結し合い麦や作物を収穫して何とか生きようと足掻いている。
そんな閉鎖的な村に、新たな夫婦ができた。といっても、厳しい冬で妻を失った男と夫を失った女で生きるためにと婚姻を結んだ愛のない夫婦である。
だが、やりことはやる。
毎晩のように熱い夜を過ごせば、必然とできる子供。
村の人々はまた厄介者ができたといつ捨てるかなど決めていたが、母となる女はそれに制止をかけた。
「この子供はみなの奴隷にしよう」
思ってもみなかった提案に村人は呆気にとられる。
今や生きている村人は高齢者ばかり。作物を育てるのも難しくなり、それではいずれ村は滅びてしまう。ならば今のうちに若い者を大人の言いなりに育ててしまえばそのようにはならない。
女の言葉に村人頷く。
ならばその子供、お前たちが見事育てて見せろ。
女はその言葉にほくそ笑んだ。
奴隷というのは建前で、妊婦であるなら栄養価の高い食べ物が当然必要となる。産むことができるいま、村の食料は必然的に女に多く分け与えられる。
もちろん、我が子を奴隷にするのも忘れてはいない。
過酷な労働も負担が減ることができるのであれば万々歳だ。
女は笑う。きれいな顔を歪め、笑う。
「早く産まれてきておいで、可愛い可愛い私の赤ちゃん」
約10か月後、そうして可愛い男の子が産まれる。
母親似の整った顔、父親似の金髪にアメジストの目。
名前はエハヴ。
奴隷になるべくして産まれた子は、皮肉にも愛される子という意味の名をつけられる。
日本で無念にも死んでしまった女性は、こうして転生を果たした。