物語の幕開け、『現実と二次元』②
時間にして一分か二分、突如状況は変わる。
どこからかナニかが近づいてくる気配が感じ取れた。気配といってもアニメで見せるようなオーラのようなものではない。蛍は至って普通の人間であり、気功の使い手ではない。理由は至って簡単、どこからか風で揺れる草木の音に混じり、生き物が近づいてくる音が聞こえたのだ。
音の大きさからいってそこそこ大きい。
「(熊なら最悪……イノシシでも危険)」
身の危険を感じながら、蛍は立ち上がる。
来る!
そう思った直後、その存在はひょこっと顔を出した。
お互いの視線がぶつかる。
そして、お互いの姿を見て停止した。
瞬きを数回。おそらく蛍が感じた感情をその存在も抱いただろう。
「(人間……?)」
草木から顔を出したそれは紛れもない人だった。年齢にして十歳そこそこ、特別変なところと言えば、その姿がキャラクターと呼び替えることができるアニメの姿をした子供だった。
しかし、それは蛍の中で救世主とも言えた。
人であるならこの状況を説明することができる。
そう思った矢先だった。
その女の子と思われる子供の顔が破綻していく。それと同時呼吸をおもいっきり吸っている。
まずいと蛍は思う。
「ちょ、ちょっとまって、話を――」
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!」
蛍は思わずにはいられない。そんなところだけ現実的なのかと。
蛍から見ればアニメの姿の女の子だが、女の子からすれば蛍の姿はなんなのか。見たこともない生物ならば、人はきっとこう名付ける。
【化け物】
女の子の悲鳴を聞きつけ、さらに存在が現れる。
「ムイ様っ!」
もう色々なことで頭がパンクしそうになる。
アニメの姿だとか、登場するまでの間隔がなさすぎることとか、様付とか、重なりすぎる混乱に蛍は嫌気がさした。
「勘弁してくれ」
追い打ちをかけるように脱力する蛍に向かって鋭い視線が突き刺さる。
「異様な化け物め」
追い打ちは減らない。
「ムイ様を守るのが私の役目だ」
そう言い放ち、腰に掛けていた剣を抜く。
「斬る」
冗談ではなかった。後ずさりした蛍の足元で木の根が引っ掛かり状態が後ろに逸れた。その目前で金属の閃光が通り過ぎる。
――殺される。
その瞬間、情けなくも力が入らなくなった体を無理やり反転させた蛍は恐怖のあまり、叫びながら叫んだ。
普段映画で、叫んで逃げたら居場所がばれるだろうと思っていた蛍、しかし、実際にその危機的状況になると叫んでしまった。叫ばなければ恐怖で体が動かない。
後ろを振り向くことなどできはしない。辺りにある木々の枝など視界にすら入らない。ただひたすらに自分を殺そうとする存在から逃げる為に前だけを見つめる。
ただ前に前に、何も考える事はないまま走り続けた。
蛍が走り去った後の事。
「なんだアレは……?」
「ローヤル……、今のって……」
「もう心配はいりません。あの存在が何かは分かりませんが、あの逃げ方からすると、ムイ様を狙ってやってきたというわけではないでしょう。密入国か、迷い込んだか、正体は気にはなりますが、危機は去りました。今後はもう私から離れませんように」
ムイと呼ばれていた女の子は化け物が走って行った方向をじっと眺めていた。
「……ムイ様?」
「え?」
「どうかなさいましたか?」
「ううん、なんでもないよ」
どことなく、ムイの様子がおかしい事に気が付いたローヤルと呼ばれた少女。
「後を追ってはいけませんよ」
「え? お、追わないよ」
その答えにローヤルは微笑む。
「では帰りましょう」
「いやっ」
「ダメです」
「イーヤっ」
「約束では危険があれば帰るはずです」
「アレは危険じゃないもんっ」
「あれは危険でした」
「過去形になってるもんっ!」
「では、危険であったと認めるんですね」
「ず、ズルい!」
「ずるくて結構です」
そのまま手を引かれ、二人の少女は山から帰っていった。