始まりの日、『二分の一』①
蛍の部屋が急速に汚れていた。
掛布団が捲られ放置される。また、探し物を探すために退かされたものが位置をずらし、次々と行方不明の岐路を辿る。
不運というべきか、いつも通りというべきか、二番手で自身の部屋に入ってきた蛍は乗り遅れたことを後悔した。
「マジ……勘弁……」
ことの成り行きは、太陽の父親に怒鳴られた後のことだ。
怒鳴られること軽トラに一人は助手席、もう一人は荷台に乗った。乗り込む前、蛍と太陽は小さな声で揉める。法律上から考える揉め事ではない。怒り狂った父親の隣にどっちが座るかということだ。
結果を先に言えば、蛍が助手席に座る羽目になった。理由は、事故を起こす可能性を少しでも低くするため。ハンドルを握る人間が親子喧嘩と言わんばかりに殴り掛かるような事態になれば、車に乗っている時点でOUT、荷台に乗っているとなればさらに危険が増す。話し合いというよりも、半場脅しの流れで座席が決まった。
家に着くまでの間、蛍が説教をくらい続けた。家族同然であるからといえば蛍は何も言えなくなるが、後ろでニタニタと説教から逃れた蛍がなんとむ腹立たしく思う蛍だったが、太陽の父親も馬鹿ではない。そんな太陽の姿などバックミラー越しに丸見えだ。
太陽の父親の「後で思い知らせといてやる」と蛍に向けられた囁きは、間違いなく太陽の耳にも届く。それだけで蛍の気分は晴れた。
「なんで俺だけっ」と直後に叫んだ太陽だった。
別に実の子だとかそんな理由はない。単純な普段の素行の違いでの扱い。それがこの二つの家族の形だった。
軽トラが家まで着くと、待ちわびたように両母親がほっと息を吐き、妹の月は何も言わない。そんな姿を尻目に荷台から颯爽と飛び降りた太陽は、旅の支度と颯爽と駆け出す。その姿を後ろに、
「衣服はもう積んだよっ」
と、太陽の母親が叫ぶ。
「はいはーい!」
親子の慣れたやり取りの後、遅れて蛍は車から降りた。帰郷に仕事用の軽トラではさすがに帰れない。軽トラを駐車場に止め、太陽の父親は自家用車に乗り換える。
「はぁ、疲れた」
説教疲れを蛍は噛みしめ、どこかへ走り去った太陽をただ待つ光景に安堵するはずだった。が、長くは続かない。月がおもむろに近づいて来ると、本来の兄の行く末を教えてきた。
「追わなくていいの? ほたにぃの部屋行ったけど」
「うそっ!?」
後追うまで刹那の間しかなかった。
片づけていたはずの部屋が変わり果てている姿を確認し、冒頭へと戻る。
「マジ……勘弁……」
「お、ちょうどいいところに」
「頼むから、もう少しやり方を考えて……、はぁ……もういいや。財布なら机の上に置いてある」
「え、あマジで。さすがっ!」
素直には喜べず床に散乱された物を一つ掴み、元あった場所に戻す。そんな細やかな片づけをしているうちにすでに太陽は次の行動に移っていた。
「あった」
探していたものは財布だったはずだ。それに疑問を浮かべ太陽の方をみると、蛍のカバンを漁り拾ったばかりのDVDをケースから取り出していた。
「いやいやいや、皆待ってるからっ」
「大丈夫だって、少しだけ、中確認するだけだって」
無理に止めるだけ時間が掛かる。それに蛍だって内容に興味がないわけではない。DISCがトレイに収まり、太陽の私物であるBDレコーダーが読み込みを始める。
その間にTVの電源を入れ、蛍は少しでも片づけを続ける。ジジ、ジジジと読み込みの音が続く。
ジジ、ジジジ、ジジジジ。
「…………」
「…………」
ふと、家電に詳しくない蛍も異変に気付く。
「…………」
「…………」
ジジ、ジジジ、ジジジジジ。
「いくらなんでも長くない?」
ジジ、ジジジジ、ジジジジジジジジジ。
「だからよっ。ちくしょう、ダメクセェ!」
所詮は山から拾ってきたゴミだ。ケースに入っていたとはいえ、野ざらしにされてからどれくらい経っているかも分からない。雨が降れば隙間から水も入るだろう。例え入らなくてもこの時期は湿気で水滴ぐらいの湿りは出る。なにより、この気温だ、壊れない方が無理なのだ。
「はい残念」
そもそも、本当に入っていたのだろうか。
「こうなったら、意地だな。PCで調べるまで納得がいかない」
「そんな時間無いって」
抜群のタイミングだった。
「ちょっと、まだなのかいっ!」
太陽の母親の声で終了の合図となった。
「やべっ、」
「ほらな」
「上等、帰ってきたら覚えてろよ」
「いいから行くぞ」
太陽の背中を押して、部屋から出ていく。
ジジ、ジジジ、………ジジ……………。