始まりの日、『七月二十二日:午後』―④
「……心霊映像」
「ぅおおいっ!」
予想と期待を裏切られ心の底から絞り出した叫びだった。
「違うだろっ、そっちかよ! 確かにその可能性もあるけど、っていうかそっちの方がやべぇわっ、このホラー好きめ! おかげでネガティブな内容しか浮かばなくなったわ! 捨てるほどヤバイ映像だったらどうすんだよ! 呪われるわ!」
「わ、わかったから、うるさいよ。落ち着け冗談だから」
言葉ではそう言ったものの実のところホラー好きだった蛍は本気でそういった類の映像だと思っていた。丁度季節は夏、拾った物で楽しめるなんて幸運だと思ってしまった分、内心で落ち込んだ。
「それで?」
「HAa? まじか、この人、ちなみに今の『はぁ』はローマ字表記だからな!」
「いや、どうでもいい」
「はぁ……君て人は、櫻井だったらすぐにわかるぞ」
特定の人物の名前でようやく蛍は太陽が指しているDVDの内容の意味を理解した。
「あー、そういうことか、なるほど、あー、そういうことか!」
その反応で誤魔化しや気恥ずかしからの回答ではなかった。むしろ間違った解答の方を恥ずかしいと思わせる反応だった。
心底呆れた太陽は自分の意思を持って口調を元に戻した。
「なんかテンション落ちたよ。少しは女……という言い方は少し下品か、彼女とか考えようぜ」
「唐突にうぜぇな」
「いや、マジで」
苦手な会話に移りそうになり、慣れた手順で蛍は話をずらしにいく。
「人の事より自分はどうなんだっつの」
「俺は二次元でも三次元でも大丈夫な人間だらから、余裕だろ」
そんな蛍のパターンに気付きながら、やっぱり太陽もそれ以上は深く入り込まない。そこから先は本人次第なのは変わらないからだ。少し時代が違えば、それ以上深入りする他人もいたのだろうが、一つ間違えれば関係を壊してしまうほどに現代ではそれは好まれていない。
「それはそれで問題があるだろ」
「ま、いいや、時間もないし戻ろうぜ」
「お前が言うか」
「ははは、んじゃ、はい」
「は?」
太陽の手からDVDケースが渡される。
「鞄に入れて隠しといて」
「なんで俺が?」
「帰って隠してる時間ないし、先に見ていいからさ」
この瞬間疑心に満ちた。
帰ってから隠す時間がないわけがない。最低限、今持っている荷物は自分の部屋に置きに行くのだから、その時に隠せばいい。なにより太陽自身の鞄に入れておけば、帰省中誰もいない家で見つかることは絶対にない。結局、太陽は危険な物を自分の部屋に置いて置きたくないのだ。
「月にバレるのがそんなに怖いか」
太陽の家族の中で一番危険な存在が妹である月だった。部屋に勝手に入るし必要な物は勝手に漁っていく。その最中間違ってでも怪しげなDVDが見つかってでもしたら、今以上に嫌われる事間違いない。
「ぎくっ!」
「口に出すな」
「あはははは、頼むよ~」
仕方ない素振りを見せながら蛍はDVDを鞄にしまう。捨てないところ蛍も興味がないことはない。それを見抜き、余計な事を太陽は言う。
「むっつりめ」
「捨てるぞ!」
「そんら……ら、らめぇーっ」
「気持ちが悪い」
「そんな丁寧にはっきりと……」
「「くっ」」
「「あははははははははははははははははっ!」」
「さ、さっさと帰るぞ!」
「お、おう!」
笑い合いながら、再び二人は下山するために走り出した。
この時の二人はまだ知らない。
二人の携帯が繋がらない事で、二人の所在を導き出し待ち構えていた太陽の父親に下山した途端怒鳴られることを。
――この時の二人はまだ知らない。
拾ったDVDによって高校二年生の夏休み、一人が欠けることを。
そして――。
この時の二人はまだ知らない……。
高校二年生の夏休み、想像を絶する出来事に巻き込まれることを。