始まりの日、『七月二十二日:午後』―②
元々体を拭くものなど用意していない二人は、濡れたままの体の上にTシャツとワイシャツを着こむ。濡れたままではするりとは着れず、普段よりも時間を要して着替えを終える。落し物がないかだけを確認して、カバンを肩に掛けるとお互いの準備を確認し、走り出した。
間に合うかどうかの問題ではない。今現在、すでに待たせてしまっているという事実だけがすでにある。ようは、どれだけその時間を短縮できるかというのが課題になっていた。
湖をでて山を急降下で降りていく。会話がないまま、数分を過ぎた頃だろう。二人の携帯電話が同時になりだした。
ようやく山の中でも電波を拾える場所にまで来たようだ。
同じ携帯を同時にみる。そこからの行動は違った。蛍は母親の着信履歴と月からのメールをいると携帯を閉じる。太陽は両親二人からの着信履歴の山を消し、汚い言葉で汚れたメールをそのままに、走りながらスマートフォンを耳に押しあてた。
たったのツーコール、それで繋がる。
「すま――」
『いいからっさっさと降りて来いっっっ!』
謝罪すら許されず電話は切れた。
太陽がスマートフォンをカバンにしまうと蛍の方を見る。
聞くまでもなかった。怒鳴り声は間違いなく少し離れた蛍の耳にも届いていたからだ。仕方ないといった素振りもせずに蛍は、走り出そうと問題の張本人が一向に動き出さない。
「何してんだよ?」
「ははは、トイレ」
「お前ねぇ」
「ははは、悪い悪い」
仕方ないと言えば、仕方がない。湖でずっと水の中にいた上に、これから叱られる可能性に体が反応したのだ。これが反対なら先に行っていればいいのだが、蛍が先に太陽の父親の場所に行ったところで、怒りの破片をぶつけられるのが目に見えていた。だったら、一緒に怒られる方が無難な選択。一緒に行動していた時点で同罪、それも今回の帰省の予定を知っている者なら尚更だった。
適当に手で払い物陰まで行ってこい、と合図を送ると太陽はそそくさとその場から姿を隠した。時間にして数分と差は生まれない。蛍は一人になって、きっと怒鳴られる事を予想しながら、何度目かになるため息を吐いた。
木々の隙間から見える空を眺め太陽の用足しを待っている間、ふとこれから太陽がいない期間の事を考える。聞かされている予定では一週間は法事で杉原家はいなくなる。これまでもこの一週間でやることは同じだった。夏休みの宿題だ。
太陽と一緒にいると高確率で脱線してしまうことが長年の付き合いで理解している。それは太陽の所為ではないし、その脱線に付き合ってしまう意思の弱さは誰にでもある。だからこそ、新学期早々に教師に説教を回避するためにこの期間中にやっておきたいのだ。当然、太陽以外の友達と遊んだりもするだろう。そう考えると、できることなら一日をフルに使い、半分くらいを終わらせ、残りは午前中やら空いた時間を細かく消化していけばいいはずだ。
これは家族当然の付き合いで部屋以前にお互いの家に自由に出入りする間柄の二人では、片方が欠けないとできない。特に蛍は計画を立てるタイプではあるが一〇〇%守れる人間でない事、そして太陽は行き当たりばったりで行動するタイプであることが大きな要因だった。
仕上げに、夏休みの宿題の量から実際はこれより時間が掛かるであろうことや、最後には太陽の宿題の手伝いをする光景も頭に思い浮かべた。
その時だった、風を切り蛍の腕のすぐそばを黒い物体が通り過ぎた。




